46.守ってくれてるの?



咲くんと、お付き合いが始まりました。




おうちに帰ってきて、お部屋に一人きりになった途端、明かりもつけずに、崩れ落ちるように座り込んだ琥珀の顔は熱くて、部屋の暖房を付けないと寒いのに……でも、熱くて。


どうしようもなく緩んだ顔を誰にもみられないように両手で覆った。


自分の部屋なので、自分しかいないのだけれど。




ため息ばかりが出てきてしまう。


咲くん、と。


咲くんと、彼氏彼女に…………………はぁうっっっ!!




どうしよう、どうにもならないのだけど、頭の中ではどうしようでいっぱいになっている。




嬉しさや恥ずかしさが、限界突破してしまったようだ。


現実味がない、明日朝起きてこれが夢だったら?なんて、また頬を引っ張ると、ちゃんと痛みが走った。


現実である。




いい加減寒くなってきたので照明と暖房をつけて、そして、顔をむにむにとマッサージした。


にやけすぎだ、琥珀ったら。




あまりよく眠れなかったような気がする。


咲くんのことを思い返しては悶えて、また思い返しては悶えて……いつの間にやら時計は深夜を指していた。


ちょっと寝不足な琥珀ちゃんです。













月曜日の朝、家の外には咲くんがいた。




門を出て、咲くんが目に入ってきてびっくりした琥珀は、驚きすぎてぴょんと少し跳ねてしまった。




「あ、おはよう琥珀ちゃん」


「…………お、おはよ」




そして左手を差し出してくる私の王子様は。




「一緒に学校、いこうか」




おてて繋ぎをご所望でした。


















「朝から一体何騒いでるかと思ったら……」




学校に着き、マフラーを首から降ろすみっちょんは、琥珀をジト目で見ていた。




「咲さんと手繋いで登校したって、もう学校中その話でもちきりよ」


「ふえぇ……」




噂が回るのが…!!はやい…!!!


学校に着き、琥珀を教室まで送ってくれた咲くんは、じゃあまた放課後ね、と爽やかな笑顔を残して去っていった。


その背中をしばらく眺めていると、振り返った咲くんがバイバイと手を振ってくれて。




自分の席に戻ってからも、琥珀はぽーっとその事で頭がいっぱいになっていた。


それからみっちょんも登校してきたというわけだ。




「なに、咲さん迎えに来たの?」


「お家出たら、そこに咲くんがいた……」




手は冷えていたな……どれくらい待たせてしまっていたのだろうか。


お外、寒かったろうな。




「ほんと、べた惚れされてるわね、琥珀」




ベタ惚れ?琥珀が?




「咲さん、嬉しくてしょうがないんだろうね」


「嬉しく、思ってくれてるのかな……」


「あんなに外に出してるのに、嬉しくないわけがないじゃない。まぁ大切にしてくれるとは思うわよ」




そういって、うっすら笑うみっちょん。




「琥珀が身動き取りにくくならなきゃ、私は見守っているだけよ」


「身動き?」


「束縛がどれほどのものか、まだわからないからね」




そく、ばく……。




友達も少なかった琥珀には、恋バナをする人も今までいなくて、束縛というものがよく分かっていなかった。


恋バナ……といえば、あの人しか出て来なくて。


琥珀は授業が始まる前にメッセージで質問を送ったのだった。














それは一時限目が終わった直後に来た。




「おいテメーこれはどういう意味だ!!」




ガツガツと教室に入ってきたのは、いおくんで。


みっちょんの元には行かず、真っ直ぐに琥珀のところへ向かってきた。




「へ?どうしたの?いおくん」




クラスメートたちが若干怯え気味で、教室が静かになっている。




「束縛って……」


「……あぁ!そう、ちょっと聞いただけだよ?」




『いおくんは束縛とかしているの?』




いおくんの様子を見るに、ちょっと言葉足らずだったかもしれない。


束縛ってのがよくわからなかった琥珀は、恋愛で悩む仲間であったいおくんにご相談したのだけれど……直接来てしまったようだ。




「聞いただけ?これが?ミツハになんか言われたんじゃ……」




その時、いおくんの後ろから教科書を持ったみっちょんが近付いてきて、いおくんの頭をそれで殴った。


教室中が息を飲む。




「イテッ」


「まぁ、確かにその言葉出したのは私よ。でも別に私は不満とか琥珀に話してないから安心しなさい」


「み、ミツハ……」


「琥珀はまだ束縛のことがよくわかってなかっただけよ」


「……あー、咲のことか」




と、いおくんは後ろにいたみっちょんを背中から抱きしめて、頭をグリグリと頬に擦り付ける。


い、イチャイチャだ……!!!


ごく自然にイチャイチャが始まった!!!




「まぁ俺より咲の方が束縛強くはある。けど多分お前気付いてないから問題ないんじゃね?」


「気付いてない……?」


「俺は結構ミツハのこと自由にさせてるけど。もーちょいミツハも俺のこと束縛してきてもいいんだぜ」


「え、嫌よ」


「浮気の心配とか俺が言い寄られる心配とかねぇの?」


「あったら別れるわ」


「絶対しねぇし」




そして首に顔を埋めてぎゅっと抱きしめるいおくんからは、みっちょんへの愛情がダダ漏れていて、一方みっちょんは「離せ」といおくんの頭をひっぱたいていた。


ひっぱたく程度に済んでいるということは、それだけみっちょんに受け入れられているのだとわかる。


琥珀もにまにましてしまう。





「まぁ、束縛っつーか過保護っつーか、アイツの女になんなら、そうやって周り固めた中で守んねぇといけねぇ」


「……咲くんが、守ってくれてるの?」


「お前が黒曜に入ってきてからずっと、アイツはお前を守ることに全力だよ」




そういっていおくんは、みっちょんをようやく離す。




「ま、咲の相手がお前なら大丈夫だろ。俺とミツハもいるし、守りも固い」


「咲さんなら精神的な束縛はまぁ、大丈夫じゃないかしら。多少動きにくいかもしれないけど……」


「動きにくいって……たとえば?」


「外にいる時は一人になるんじゃねぇよってこと」


「画材屋さん出かける時も、咲さん呼びつけなさいね」




それは……琥珀が束縛しちゃわないかい……?




ふと、今朝のことを思い出した。


咲くんが迎えに来てくれて、琥珀は手を繋いで一緒に登校した。




あれが束縛というなら、なんて優しい束縛なのだろうか。


琥珀はまた、照れてしまう。




咲くんの束縛は、守るための束縛……それを琥珀がわかっていれば十分な気がした。




「ありがとう、いおくん」


「おう」


「休み時間が短いんだから、さっさと教室戻んなさい」




そういって追い払われたいおくんは、みっちょんに教室から蹴り出されて行った。




そして、戻ってきたみっちょんが「あ、そういえば」と視線を上に向ける。




「クリスマスが近いけど、琥珀は何か考えてるの?」


「………………え?」




クリスマス、が、近い。




「はっ!!!」


「まさか」


「冬休みが近いな、というくらいしか琥珀考えてなかった!!」


「確認しといてよかったわ」




そう、12月24日はクリスマスイブ、25日はクリスマスなのです!!


ということは……咲くんとお付き合いをして、初めてのイベント……。




「でも、黒曜でクリスマス会とかしないのかな?」


「あったらあったでいいじゃない。プレゼント探しに行かない?」


「……みっちょんも?いいの?」


「私だっていおにプレゼント用意する気よ。一緒に探しに行きましょうよ」


「うん……!!!」




琥珀は大好きなみっちょんを、ぎゅーっと抱き締める。


みっちょんも、ぎゅーっと抱きしめてくれて、そんな短い休み時間は終わった。




クリスマス、楽しみだっ!!!















その放課後、琥珀たちはひとつの大問題に直面していた。




「あ?二人だけで買い物?ダメだ」


「なんでよっ」




みっちょんがいおくんに言い返す。




「外は危ねぇじゃねぇか」


「琥珀には私が付いてるんだからいいでしょう!?」


「ダメだ俺も行く」


「それじゃあ意味ないんだってば!!」




まさか……2人で出掛けるという所で躓くことになるとは思わなかった。




「確かに学校じゃお前に任せてるけど、外は別だ。俺も咲も付いてきゃいいじゃねぇか」


「だから!それじゃ意味ないんだってば!!」


「なんでだよ?」


「言ったら意味無いでしょうが!」


「わけわかんねぇ!!」




がみがみと二人で言い合っているところに、咲くんがご到着なさった。




「また喧嘩してるの?」


「あー……えっと、二人でお買い物行きたくて」


「そっか……それはさすがになぁ……」




うーん、と悩む咲くんは、スマホを取り出す。




「二人で買い物に行きたいって、俺たちが付いて行っちゃダメってことかな?」


「そういうことになります……」


「じゃあ俺たち2人じゃなければ、付けてもいい?」


「え?」


「雨林とかどう?」




そう代案を出てきた咲くんに、「え!?」とみっちょんが反応する。


こっちの声聞こえてたのか。




「あの灰髪インテリクソ眼鏡……?」




そういえば、雨林さんとみっちょんの相性も悪かったような……とここで思い出す。




「あー……雨林か。雨林ならいいか」


「琥珀ちゃん、雨林ならどう?大丈夫そう?」


「琥珀は大丈夫だけど──」




そう琥珀は答えて、みっちょんの方を向く。


みっちょんは首を傾げて少し悩んでから、「……いいわ」と許可を出した。


ちょっと相性は悪いけれど、買い物に付いてきてもらうくらいならまぁ、きっと大丈夫だろう。




そういうことで、いおくんと咲くんには先に倉庫に行ってもらって、琥珀とみっちょん、リンくんの三人で、クリスマスプレゼントを探しに行った。




「で、ボスたちに内緒でなにしに行くわけ?」


「クリスマスのプレゼントを買いに行くのよっ」


「クリスマス、ねぇ」




と、なにやら含みを持ったような、リンくんの声。に、みっちょんがつっかかる。




「アンタとは縁遠そうね」


「縁遠くて結構。そういう雰囲気嫌なんだよ」


「嫌って?」


「そういう、幸せそうな雰囲気とか」




それを聞いて、琥珀は「ん?」となにかが引っかかる。




「リンくんは幸せそうなことが苦手なの?」


「なんか気持ち悪くなる」


「それって、打ち上げも?」


「……」




琥珀が何を言いたいのか、どうやらリンくんはわかったようで、琥珀はちょっぴり睨まれてしまった。




「打ち上げ?」




みっちょんはちょっと考えてから、何か心当たりのあることに気付いたらしい。




「あぁ、ボッチ飯」


「ウザイ」


「幸せに当てられるのが嫌だったわけね」




ふふんとみっちょんは、イタズラな笑みを浮かべる。




「そんなんじゃいつまで経っても幸せにはなれなそうね」


「ウザ。求めてない」




つん、とした態度で、リンくんはスマホをいじる。


でもそうだったのか、と琥珀はひとつ謎が解けて。


けれど、どうして幸せそうな雰囲気が苦手なんだろうと、また新しい疑問が浮かんだ。




「リンくんは……幸せそうな雰囲気の中にいると、どんな気持ちになるの?」


「は?」


「あ、答えたくなかったらいいの。でも琥珀気になっちゃって」




琥珀はそう付け加えた。


リンくんを傷付けたいわけじゃない。


けれど、知りたい。




大事な、黒曜の仲間だから、知れることは知っておきたい。


気付けることには気付いてあげたい。


そう、思って。




「自分だけ世界から置いてかれたような気持ち」




リンくんは瞼を伏せて、そう答えてくれた。




「未夜の親もたいがいだけど、俺の親もまぁ問題があって。幸せなんて自分に縁遠いもんだと、染み付いたわけ」


「そんな……」


「咲は、『じゃあ少しづつ自分の幸せに慣れていけばいい』って言った。あの人は俺を輪の中へ入れようとしてくれてる」




リンくんは琥珀を見下ろしてから、またスマホに視線を落とした。




「あの人は俺にまで、自分を変えるチャンスを与えようとしてくれている。そんな咲のことをお前が支えるのか」




そう嘲笑うリンくんの表情には、力がなかった。


きっと、そういう言い方しか今は……できないんだろう。




「リンくんにとっても、咲くんはすごく、大事な人なんだなってことがわかったよ」


「そんなこと言ってないけど」


「伝わってきたんだよ」




ねぇリンくん、あなたは自分がひとりだと思いたくないんじゃないかな。


思いたくなくて、でもきっと、そう思うのも怖くて。


みんなのいる中で、一人きりの時間を作ってしまっているんじゃないかな。




本当に幸せな空気の場所にいるのが嫌だったら、きっと打ち上げにも来ないでしょう?


でもリンくんはちゃんと来てくれていた。




「ふふ」


「なに、気持ち悪い」


「リンくん、きっと咲くんのおかげで変わってきてるよ。変わろうとしてくれてるよ。大丈夫だよ」


「……別になにも心配してないけど」


「大丈夫、大丈夫なのよ」




ねー!とみっちょんにもくっつくと、「まぁ、そのうち慣れるんじゃない?」と、みっちょんも賛同してくれた。




それからツンなリンくんは、お店に着くまで琥珀たちと目を合わせてはくれなかった。

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