43.知るため?



それはいつものように咲くんと運ちゃんに送って貰って、お家に帰ってきた後のこと。


玄関を開けてただいまを言うと、「おかえり」と出迎えてくれたママンに。




「あら琥珀、肩になにかついてるわよ?」




そう言ってママンが、その欠片を琥珀の肩から取った。


それが目に付いた瞬間、琥珀の喉がヒュッと鳴る。




「あら……シール?」


「トーンかすっっっ!!!」




それは、トーンを切った後に出たちっちゃい欠片でした。


口からぽろりと言葉が出ちゃってから、琥珀はあわてて口に手を当てるけれど、もう遅い。




「とぉん……?」




キョトンとしているママンが、琥珀を見つめてから、そのトーンかすを見下ろす。


琥珀はちょっぴり、どきどきとしてしまう。


いたずらがバレた時のように、ひんやり、冷や汗がじわっと滲む。




「……フィルム?みたいなやつねぇ?前もどこかで……そうだわ、お洗濯の時に靴下にくっ付いていたのを見かけて……」




そう、そうなのだ、いつのまにやらトーンカスは不思議とどこかしらにくっついている、そういうものなのだ。




「琥珀ちゃん」


「うぅ……はい」


「……なにか新しいこと始めたのかしら?」




キョトンとした顔で、首を傾げるママンに、もうこれ以上黙ってはいられなそうだなと気付いてしまう。




「あぁそうだわ、咲くんが長い定規の忘れ物を持ってきてくれたこともあったけれど……」


「あぁ、はい、そうですぅ」




琥珀は秘密でいることがとっても苦手だ。


隠していたって程ではなかったけれど、一応不良さん達の所にいるのもあって、ちょっと言いにくかった。




琥珀、漫画のこと親バレしました。
















琥珀が漫画のアシスタントに入るようになったこと。


それから咲くんと出会ったこと、みっちょんも最近一緒にアシスタントに入るようになったこと。


ママンに事情を説明した。




「なんだ、漫画のお手伝いをしていたってことなの?ミツハちゃんも?」


「そうなの……」


「あらまぁ、じゃあ部活ではなかったのね」




あぁそうでした!!!


そっちは嘘ついていたんだった……ごめんよママン……。


みっちょん部活のお手伝いに少々駆り出されている事になっていたのでした。




リビングで二人、ママンと向かい合ってお話している。


パパンはまだ、帰ってきていない。


非常に、気まづいきもち。




と、琥珀がどう説明しようかとあれこれ考えていると、ふっとママンの笑い声が静かなリビングに響いた。




「あらあら、ふふふ」




なぜかママンは嬉しそうに、琥珀に笑いかけたのだった。


そんなママンに、緊張がピークに達していた琥珀は拍子抜けする。




「琥珀、ママ別に怒ったりなんなりなんてしないわよ」




そう言ってにこりと笑ったママンは、たしかに怒っているようには見えなかった。




「まぁちょっと隠し事はあるのかなぁって思ってたけれど。帰りが遅くなっていたしね」


「うっ」


「ちょっとくらい遅くなるのは、高校生にもなったんだもの、少しくらい遊びたくなったのかなって、目を瞑っていたのよ」




割としっかりバレていたらしい。




「ただでさえ、琥珀は子供の頃にお友達と遊べるような経験が足りていなかっただろうから、ママちょっと、心配もあったけれど嬉しかったのよ。ミツハちゃんと一緒なら尚更だわ」




母はこんなにもよく子供をみているものなのか。


ちょっと心配してもいたけれど、見守ってくれていたのか。


その気持ちを思うと、琥珀は少し涙腺が緩むのを感じた。


ふるっと、唇が震える。




「ママねぇ、今琥珀から漫画のこと聞いて、琥珀が美術的なこと、また出来るようになったのかと思ったら嬉しくなっちゃって……あ、でも美術から離れていた琥珀もママの大好きな琥珀ちゃんだからね、そこはプレッシャーとか感じないで欲しいのだけど」


「う、うん」


「やっぱり琥珀にとっても、好きなことに携わることが出来た方がいいじゃない。その方が楽しいでしょう」


「……うん、楽しい」




黒曜のことを思い浮かべて、みっちょんも、咲くんも、いおくん、未夜くん、ちょっとぶっきらぼうなリンくん、みんな琥珀に優しく接してくれることを思い出す。


すると、ふふっと嬉しい気持ちが込み上げてくる。




本当に、黒曜はいい所だ、暖かいところだし、咲くんのつくってくれる空間は琥珀にとってもみんなにとっても居心地がいい。


琥珀のそんな緩んだ顔を見て、ママンもにこっと笑って頷いてくれる。




「ミツハちゃんもいるなら、ママ心配ないわ。あの子琥珀のこととっても大事にしてくれているもの」


「みっちょん、いろんな相談も乗ってくれるし、琥珀のことすごく考えてくれるの。琥珀もみっちょんのこととっても大事」


「うんうん、二人協力して好きなこと頑張ってるんでしょう。ならママは何も言うことはないわ」




ふぅ、と一息ついてお茶を飲んだママンにつられて、琥珀も一口ココアを飲む。


それからママンは腕を机について、頬杖をつく。




「それで、漫画ってどんなことをして作るのかしら?あのフィルム……とーん?っていうの?あのシールも使っているのよね?」




ママンが画材に興味を持ってくれて、琥珀はピョコンとテンションが跳ね上がる。


何とも単純なのは自覚している琥珀ちゃんです!!




「トーンはねぇ、物の影をつけたり色味を付けたりする時に使うんだけど……漫画って白黒でしょ?だから絵よりちょっと大きめに切ってね、裏にノリが付いてるから貼り付けて、切り絵みたいにデザインカッターで切るんだけどねっ!シールみたいな柔らかい素材じゃないし、薄いけど固めだからね」


「あらまぁ!それでちっちゃな欠片が服にくっついちゃうのね!」


「そうなの!ぴょーんって飛んでっちゃってどこにくっついたのかもわからなくなるんだよっ」




なんて、琥珀はママンに漫画の作られ方を長々と説明したのである。


ママンはいつも、琥珀のお話を丁寧に聴いてくれる、とっても優しいママンなのだ。




長い定規も、原稿用紙の長さ分が必要だったり、二点透視、三点透視となると長さが必要だから長い定規を使っていたり、たまにインクがくっついて手が黒くなっていたりとか、それはもうたっぷりお話した。




ママンは、琥珀が美術を……好きなことを続けるきっかけがまた出来たことを喜んでくれていた。


琥珀が、自分から表現できるような絵が描けなくなっても、琥珀の中で積み重ねられてきた経験は無くならないし、続けている限り、これからも蓄積され続けていく。


無理なく続けられることはいいことだわ、と、認めてくれた。


ただちょっぴり、疲れすぎには気を付けてねと体の心配をされたのだった。
















「なに、琥珀ついに親バレしたの?」




翌日、みっちょんに報告すると、「まぁ言いにくいかもね、漫画は……」と頷いてくれていた。


なんだかちょっぴり、琥珀も言いにくかったのだ。




「トーンでバレたか」


「トーンは隠せなかったの」


「まぁ私はトーンほとんど使ってないからそういうのないけどね。背景の下描きやベタくらいかしら」


「みっちょんはまだアシスタント入ったばっかりだもんねぇ」




とはいえ最近はいおくんから教わってペンテク練習を始めているみたいだけれど。


まんつーまんというやつだ。


イチャイチャしている素振りもなく、漫画のテクニックを次々と教えて貰っているみたいだ。




そして、そんな二人の仲は順調みたい。


たまに喧嘩してる声が響いてくるけれど、いおくんがまた変にちょっかいかけているんだろう。




「みっちょんは、いおくんとのお付き合い──」


「この流れでそれ聞く?」




てへっと琥珀は自分の頭をコツンと叩く。


いおくんの話を出した途端にツンモードになったみっちょんは、視線を外して「別に……」なんて呟く。


なぜだろうか、いおくんのこと大好きなのに、みっちょんはいおくんのことになるとツンツンになる。




「仲は……悪くはない」


「順調なんだ!」


「……順調とかそういうのわからないけど。なんか……今までの延長線上っていうか、別に特別なこと……」


「ちぅとか?」


「仕事場では拒否してるわよ!」




仕事場じゃなければイチャイチャもしてるのかな……ふふ。


微笑ましいなぁ。




「アンタこそ咲さんのことどうなのよ!」




む、話題を変えられてしまった。


グンッと近付いてきたみっちょんは今日も素敵な顔をしている。


私の親友、今日も美しい!素敵!




「咲くんはねぇ……最近よく口説いてくるかなぁ……」


「あらま。進んでるんじゃない?ていうか流石に琥珀も口説かれていることがわかるようになってきたのね」


「うん、でも……でも琥珀はお付き合いがやっぱりよくわからなくて」




琥珀の精神が幼いからだろうか。


最近咲くんのこと、よく悩むけれど。


でも、でもお付き合いとなるとまた、なんかわからなくなっちゃって。




「なにがわからないのよ?少女漫画読んでるでしょう?咲さんならエスコートもお手のものよ」


「む……咲くんのことまだ……よくわからないし……」


「アンタ咲さん前にして緊張とかしないの?」


「え、する」


「言葉に一喜一憂とかしないの?口説かれて嬉しくないの?」


「……嬉しい」


「一緒にいて……あんたの場合は心地良さとか、感じない?」


「…………する」


「じゃあ十分よ」




はぁ、とため息をついて、みっちょんは腕を組む。


「そんだけ自覚してるのにまだ迷うのか」と、みっちょんは呆れた顔をする。




「知らないことばかりだから不安になってるんだろうけど、知らないからこそ知る為に付き合うんじゃないの?」


「…………知る、ため?」


「まぁウチらの場合は元々色々と知ってた仲だけど……でもまぁ、付き合ってから知ることの方が多いのよ」




そう言って、みっちょんは上を向く。


過去に記憶を巡らせるように。




「ピアスあんなにあけてる理由だって知らないし、中学の頃なんて丸々知らない。ただなんか、私の進学先聞き付けてここまで来たらしいけど」


「すごいないおくん」


「私達でさえ付き合い長くても知らないことなんていっぱい出てくるんだから。琥珀なんてまだ知り合ってそんなに経ってもいないでしょう」


「……うん」


「でも咲さんのこと気になるし、アピールもされてるんでしょう?」


「む…………うん」


「私には、悩む理由がわからないけどね。あの咲さんだし。ぽーっとしてたら誰かにすぐ取られちゃうわよ」


「え、それは……」


「嫌でしょう?」


「…………」




取られちゃう……か。


そうか、失う可能性だって、0じゃあないんだ。


琥珀がこのままだと、離れていっちゃうかもしれない。




「焦りがあるなら」




どきっと、琥珀の胸が大きく鼓動する。


焦り……これは焦りだ、琥珀でもわかる。




「……」


「それが琥珀の中の答えなんじゃない?」




ぐっと、締め付けられるように、胸が苦しくなった。


この気持ちが……琥珀の中の答え……。




咲くんは……咲くんは誰かの元に行ってしまうのだろうか。


琥珀が足踏みしている間に……。




学校でも人気者の咲くん……周りを女の子たちに囲まれていた咲くん…………。




なんで琥珀、そこまで気付けなかったんだろう。


こんなに琥珀の心は……咲くんから離れられないのに。




みっちょんが琥珀の顔を真顔で覗き込んで、それから頭をわしわしっと雑に撫でた。


わわっ、頭ぼさぼさになっちゃう!!




「そーんな顔出来るんだから、なんの問題なんてないわよ。いっちゃえ」


「んむ……」


「時には勢いも大事よ」


「勢い……」




そう、そうね、琥珀このままだとずるずるずるずる、考えたまま、どんどん先延ばししちゃうんだろうな。


いいのかな、咲くんと……お付き合い、なんて。


付き合う事については、迷いが完全に無くなるわけではない。


けれど、みっちょんに言われた言葉で焦りの気持ちが湧いてきたのも事実。




でも琥珀ね、咲くんを好きかどうかっていう迷いは無くなったよ。


咲くんの隣に一緒にいて、それが当たり前でいたい。


もう琥珀の心は、咲くんにぎゅっと掴まれちゃっている。




一緒にお出かけしたいし、楽しかったことをお話したり、琥珀も咲くんのこと、特別だと……思う。


もっと長い時間、一緒の時間を過ごしていたい……。




咲くんの、特別になりたい。




だから……。




「うん、みっちょん」


「ん?」


「琥珀、咲くんに告白したい」




固い意思!琥珀決めたよ、咲くんとの未来のこと。




「…………琥珀が告白するの?」


「……ど、どうしよう断られちゃったら……」


「いやそれはない。けど……うぅん……咲さんも本当は告白したい方なんじゃ……?わからないけど」


「琥珀伝える!咲くんの隣にいたいよって」


「ピュアすぎて眩しいわ」




琥珀の決意は固まった。


琥珀……頑張って咲くんに気持ちを伝えたいって思う!!



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