25.いちばんめんどくさい奴とは?



「秋の空と花と紅葉、スゲェえもい」




そう呟いて、でかい体格でしゃがんだ角度からカメラを向けているいおくんは、この場にいる誰よりもきっと夢中になっている。


片手にはスケッチブックまで準備万端。




もはや地面スレスレの位置から何枚か撮影しては確認している姿は、職業病ではないだろうか?


今日はデートの日だよ?




角度を変えては何枚も撮っている不良に、道行く人たちが遠回りをして避けて行く。


いおくん……不審者みたいに思われてないかな?




「すーごい花が似合わなそうなのに、この場の誰よりも楽しんでる男がいるわ」


「いおくん、さすがマンガ家さん魂が火を噴いてるよねっ」




この日を別の意味で楽しみにしていたみっちょんは、いおくんが思いの外景色に夢中になっている事に舌打ちをしていた。


舌打ちする美人さんもなんだかかっこよく見えてきてしまうから不思議だ。




「アッチはアッチでぼーっと空見上げたまま固まってるし」




園にある紅葉と空を、ぼーっと……いや、真剣に見上げている未夜くんは、ぽかんと口が開いてしまっている。


そんな二人をカメラに収めるみっちょんもまたニヤニヤとして楽しそうだし、琥珀はお花を片っ端から撮影している。




今日はデート……いや、いおくんがみっちょんを呼んで自分も付いてくると言ったことによって、Wデートというシチュエーションになってしまったのだけれど。


なんというか、これは……。






これは……撮影会だねっ!!!??






もはやデートの要素はいずこやら?


綺麗なお花と美しいお空の撮影会になっていた。




琥珀もカメラを向けてパシャリパシャリしている。むふふ。




「なんだか、琥珀の読んだ少女漫画となんか違う気がする。もっとみんなでわちゃわちゃソフトクリーム食べるのかと思ってた」


「どんだけソフトクリーム食べたいのよ。今日結構寒いわよ?」




そう言ってブルりと震えるみっちょんが、「っくしゅん」と可愛らしいくしゃみをする。




すると、それに気付いたいおくんが近付いてきた。


おやおやぁ?




「なに、寒いのお前?」


「別に。ちょっと風が冷たかっただけよ」


「んな脚出して薄着で来てっから冷えんだろ」


「ファッションは時に寒さを犠牲にすることも必要なんですー。なにしてんの、花撮ってくればいいじゃない」


「……お前、今日の為にめかし込んできたの?」


「……は?」




トゲトゲしいみっちょんといおくんがお話していると、琥珀はハラハラしてしまうよ。


いつ喧嘩になっちゃうかなって、でもずっと仲良しさんだったなら大丈夫だよね?って。




バチバチと視線を交えているみっちょんといおくんを、あわあわと交互に見てから、琥珀は未夜くんに助けを求める視線を送った。


じーーーーっ!!




これでは気付いてくれないかと、未夜くんの元へと歩き出した時、ぽとりと何か落ちた気がした。


あれ?と気付いて振り向くと、落ちているメモ帳(落描き用)。


そしてそれを拾おうとする、マスクにサングラスをかけた赤髪の男の人と、グラサンのフレームの上から目が合ってしまった。






あ、れ?


不審者かな?






「はっ!!!違っ!!女神さんこれ落としましてよっ!!!」


「落としましてよ????」




サササッと俊敏な動きでメモ帳を返してくれた彼は、どうやら盗もうとしていた訳では無いようで、むしろいい人そうで。




────あれれ、なんか見覚えのある赤髪だな?




速やかに拾って返してくれたと思ったら、もう遠くの彼方へと消えていっていた彼。


呆然としちゃって、ありがとうも言えない素早さだった。




ありがとう、見知らぬ不審者の人。


この中身を見られていたら、私はとても恥ずかしかったことだろう。




先程の見たものは何だったのだ???




すると、ようやく私に気付いてくれた未夜くんがこちらを向いたので、琥珀は手をヒラヒラと振りながら未夜くんの元へと近付いた。


小首を傾げて微笑んで手を振り返してくれる未夜くんに、なんだかきゅんきゅんする。かわいい。


今日もまた萌え袖がいつも通りかわいい。


これが胸きゅんというやつか。




「ごめん琥珀、置いてけぼりにしちゃって。葉の削りって難しく考えちゃって、逆光での葉っぱ、ずっと見ていられる」


「……トーン削りのことずっと考えてたの!!?」




未夜くんは上を見上げてずっとトーンのイメージをしていたご様子。


それはきっと職業病というやつじゃないかなぁ……。




「グラデーションをかけたり、重ねて削るのも綺麗かなって。下から見上げた時の、葉の感じもイメージしておきたくて」


「漫画に関わってると、やっぱりそういうのが気になっちゃうものなのかな」




ここに居るみんな、絵に関わることを極めている。


今日集まった全員、集合の時に手にカメラを持っていたのを見て、みんな考えることは一緒なんだなって笑ってしまった。




そういえば今日はフラワーガーデンにいるのに、何だかあちらこちらにカラフルな髪したグラサンマスクの人達が見えるなぁ。


なにかのイベントだろうか?


顔見せたくなさそうだから、有名人さんとかなのかな?




こちらもみんな景色に夢中で、まとまりの無い集団に見られてしまっているかもしれない。


デートの予定だったはずなんだけどなぁ。


あいす……。




とはいえ、琥珀も楽しそうなみっちょんを描けるチャンスだと思ってパシャリ、シャッターを切ってしまうのだけど。


なんだかんだでいおくんは優しいから、みっちょんのお話を聞いてくれてるなぁ。




「琥珀は、今日見ている景色で、どんな所が好き?」




琥珀の隣に並んだ未夜くんが、琥珀の視線に合わせてかがむ。


一瞬、すぐ横で視線が絡まるけれど、次の瞬間にはもう、未夜くんは琥珀の見ていた方向に顔を向ける。


すぐ隣から琥珀の視線の先を見ているようだ。




その先にいる二人を、瞳に映して。


柔らかな風が、みっちょんの長く柔らかい髪を靡かせて、背の高いいおくんと並ぶと、一枚の絵画のよう。




「琥珀ね、みっちょんがいおくんと楽しんでる所を見るのが、すごくいいなって思うの」




景色のことを聞かれているから、この答えは未夜くんの知りたい答えとはちょっと違う気もする。




けどね、本当に。


最近はね、いおくんのお話しているみっちょんの表情がすごく自然で、不満そうに口では文句を言ってるのに、楽しそうに見えていてね。


琥珀にはそれが、とても素敵に見えるの。




美しくて、ずっと眺めていたくなる。




「花壇のお花も、大きな木に囲まれた園内も、青いお空もすごくすごく素敵。でもそれを背景にいろんな表情を見せてくれるみっちょんが琥珀にはきらきらして見えるの」




無意識、なんだろうなぁ。


普段は意地悪そうないおくんもね、いつもよりずっとずっと、柔らかい表情をしているの。


琥珀のことはすぐ、からかってくるのにね。


みっちょんの前にいる時の顔は、すごく優しそうで、でもお口はいつも通りに悪いの。




「琥珀は、二人のことを応援してるってこと?」




背を伸ばしてぴしりと立つ、琥珀よりすこし高い目線。


今日もぶかぶかな黒いパーカーの手元は、ゲームを持ついつもと違ってカメラが握られている。




そんな未夜くんには、二人はどう見えてるんだろう。


みっちょんたちを応援、かぁ。


どうだろう。




「それは、みっちょんがそういう気持ちなんだって話さない限りは、琥珀の考えることじゃないかなぁって、思うの」




琥珀の瞳に映る二人は、素敵に見える。


けれど、そんな琥珀の気持ちを押し付けて、みっちょんを困らせたくはない。


二人がお互い、心の中でどう思っているのかなんて、琥珀にはわからないから。




「なんだろう……この気持ち」


「推し?」


「……あ、それピッタリかも」




推し……推す?うん、推す。


間違いなく琥珀は二人のことを推すよ。


陰ながら!推しているよっ!




両こぶしをぎゅっと握り締めて、琥珀はキリッとした顔で強く頷いた。




「なに変な顔してこっち向いてるのよ、琥珀?」




そう私たちの元へと歩いてくるみっちょんには、ぶかぶかなサイズのカーディガンが肩からかけられていた。


小顔効果(?)でさらにかわいくなったみっちょん。




ミニスカートだってこともあって、カーディガンに完全にみっちょんが覆われてしまっていて、一瞬琥珀は何を見ているのかわからなくなって、目を擦った。


かわいすぎて眩しい、私の親友。




「みっちょんがカーディガンに食べられてしまった」


「そうじゃない」




頭を抱え込んでしまったみっちょんが、隣にいるいおくんをやや強めにどついてから、また口を開く。




「コイツが、しつこいんだってば」


「くしゃみしてただろうが。足出しやがって、パンツ見え──」


「黙れ変態。ペチパンツ履いてるから見えないわよ」


「なんだよ下履いてんのかよ」


「当たり前でしょばかじゃないの?」




それでもなお二人のバトルは終わらないらしく、私たちは二人のバトルが落ち着くまでクロッキー帳を広げて、その姿を映し描いていた。









そして、事件は起きた。




「いおがいない」




自販機に飲み物を買いに行ったみっちょんが戻ってくると、この場を眺めてそう呟いた。




「……え!?さっきまで一緒にいなかった!?」


「トイレ行くっつってそのまま戻ってこないのよ。何してんのアイツ?」


「……便所ですること?」


「未夜くん、みっちょんが言いたいのはきっと、トイレが長いとかじゃない気がする」


「一番ややこしい奴が消えた……まったく」




みっちょんはなんだか少し考えて、ため息をついていた。


その表情は、なんだか憂いているご様子にも見える。




「アンタ、未夜……みゃあでいいわ。みゃあ。ちょっとそこの男子トイレと多目的トイレ見てきて」


「多目的トイレ?」




『みゃあ』はスルーでいいのか?未夜くん。




「あのね、あいつが視界から消えた時、それは一番めんどくさい奴なの。いい琥珀?」


「はい」




いちばんめんどくさい奴とは??


どういうことなのかとみっちょんを見つめると、指を一本ずつ立てて説明してくれた。




「1.トイレでまだ踏ん張ってる」


「ふむ」


「2.女引っ張りこんでる」


「…………女の子!!?」


「3.想定通り、迷子になってる」


「そういえばすぐ迷子になるって言ってた……」


「4.こっち放棄して喧嘩……というか、絡まれてる可能性もあるわ。顔面いかついから」


「ひぇ!!?」


「5.いい場所見付けてスケッチしてる。さぁどれだと思う?」


「難しすぎる問題!!!!」




選択肢も園の範囲も広すぎる!!


できるならば1で、踏ん張っていて欲しいところだ!!


場所が特定しやすいしっ!!


でもトイレで倒れていたらそれはそれで困る!!




あわあわと心配する琥珀の隣で未夜くんが顎に手を当てて考えるようにして、空を見上げる。




「ん……でも、騒ぎになってないから喧嘩はしてないと思う」


「遠くで絡まれてたらこっちまで聞こえてこないじゃないの?」


「いや、そうじゃなくて……喧嘩になってたらたぶん、アイツらもそっちに行くから」




そう言って、その辺をうろついていたグラサンマスクの金髪さんを指差す未夜くん。


びっくーーー!!!と大きく肩を跳ね上がらせる不審者さん。


その周りでも植木の合間からガササッと至る場所から、同じタイミングで聴こえてきた。




みっちょんが大きく舌打ちをすると、指さされていた金髪不審者さんが直角にお辞儀をした。




「そーいうこと」


「なに?え?知ってる人?」




周りをぐるりと見渡したみっちょんは、肩を回してポキリと音を鳴らして言う。




「私ら、黒曜のメンツに囲まれてたのよ。きっと最初から」


「………………へっ!!??!?」




それはそれは、琥珀ちゃんには衝撃的事実だった。


いつの間にやら金髪さんはその場に正座をしているし、チョロチョロとメンバーたちも正座くんの所に集まって来て並んで正座をし始める。


なんてこったい。


こんなに潜んでいたなんて。




「な、なんで……?」




なんで黒曜のみんな?が、こんなところにいるの?


え、本当に黒曜のみんななの??




そこへ集まったのは十数人のカラフルでガラの悪い男たち。


その中に見付けた青髪くんと目が合うと、ビックゥ!!と大きく肩を跳ねさせていた。




「…………青ちん?」


「…………ハイ、さぁせんした……」




それを見て私はハッと気付く。


さっきメモ帳(落書き用)を落とした時に拾ってくれた赤髪の人。




赤ちんだったのか。













■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□




掘り返されるトラウマ、新たなる発見、度重なる風邪、趣味で崩す貧弱な体……。


気付いたら春になり、お転婆な天気のおかげで低血圧が酷く、死んでいました😇

倒れてもなおピアノが楽しくて、春アニメの曲を耳コピし始めました。

デートの続きも、はよ進めたいと思っています。




⇓ついった⇓

@rim_creator


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