23.恋ってなんだろう?



「俺も琥珀とでーとする」


「………………ふぁい?」




よい子のみんなー?


こーんにーちはーーー!!


琥珀お姉さんだよぉー?




今日はぁー、黒曜でー、


トーンで『雲』を削っているよぉぉおおお!!!!


難しいよおおおおおお!!!




「み、未夜くん……?」


「俺も琥珀とでーとする」


「ふぁい?」




そして指導中に口説かれる琥珀ちゃん。きゃっ!!


先程と同じ会話を繰り返す私たちっ!!


未夜くんはなんてことない、いつも通りの綺麗で透き通っているような儚い顔だ。




そんないつも通りの可愛い顔で、でーとにって、でーとで…………でーと?(ゲシュタルト崩壊)




「あ、琥珀、ちょっと待って」




そう言って伸ばされる指先に、琥珀はパニックの頭のまま、言われたように固まった。


未夜くんの細長くて綺麗な指先が、今日も相変わらずぶかぶかの服の中からするりと伸びてきて、前髪に触れる。ナイス萌え袖。




さらり、優しく触れられるから、視線が合わせられなくなって下を向いてしまう。


うぅ、男の子に近付かれるのは琥珀、慣れていないんだよぅ……。




すぅ……っと髪をすく指先が離れたと思ったら。




「トーン、付いてた」


「………………とーん」


「うん、前髪に。あ、肩にも」




そう言ってパッパッと払ってくれる優しい未夜くんに、緊張がドッとほぐれた。




それはトーンのかす、だ。


どうやったら髪や服にトーンかすが付くのか、未だに謎。




トーンの裏に付いている弱いのりで服に付いたり、静電気で引き付けたり、バネのようにびよんと飛んでくっついてきたり(?)、しているんだろうけれど。


結局、くっつく瞬間は気付いていないので、いつの間にか目の前トーンの欠片が現れたという状態で発見する。




トーンを使ったことの無い、ここに来た初期の頃ですら服について持ち帰っていたり。


カバンを開ければトーンかすがこんにちはしていたり。


どこからともなく奴は現れる。




「あ、ありがとう……」




まるで少女漫画でご定番のような、髪にふわりと触れられるシチュエーション……。


けれども付いてたモノはトーンかす!!


絵的に物足りない!!!




恥ずかしいやらツッコミたいやら、琥珀の心は複雑模様です。


でもまぁ、アナログ現場あるあるだよね!!

(他の現場しらんけど)




「ね、こはく」




胸に拳を当ててぐぬぬと複雑な面持ちで目を瞑っていると、顔のすぐ近くで声がしたので、バチッと瞼を開いてしまった。


すぐ目の前で視線が交わり、んぐっと琥珀の息を詰まらせる。


近すぎて、未夜くんの麗しいまんまるな瞳に絡みつかれる。


思わず、息を止めてしまった。




琥珀の変な顔をそんなにまじまじと見られていたのか。




ドクドクドクドク、心臓が急激にやる気を見せる。


顔に集まってくる熱、椅子の背もたれには未夜くんの手が体重をかけていて、もう片方の手は机にあって。




これじゃまるで……迫られているみたいじゃないか。




「でーと」


「…………で、でーと」


「なにするのか、よくわからないけど。琥珀は知ってる?」


「……い、いや…………少女漫画に、ある、かも」




ふと思い出してしまう、この下の部屋にある少女漫画。


琥珀もまだまだ修行中の身、でーとなんていうハイレベルなシチュエーションで何をするかなんて何も分からない。


この前、咲くんにゲーセンに連れていかれたことだって、結局でーとだったのか仕事のうちなのかわからないままだ。




目の前には間近に迫る未夜くん、私の手には未だ持ったままのトーンカッター。


…………むしろ今危ない人なのは私の方なのではないか?(武器所持中)




「漫画って、一階の?」


「そ、そう」




じっと見詰める未夜くんの顔が、ゆっくりと離れていく。


ようやくまともに息が吐けた琥珀は、それからすぐに凶器(デザインカッター)の蓋を閉めた。


これを凶器にはしたくない。




「……トーン削りのテキストにしただけで、漫画の内容ちゃんと読んだことない」


「……そうなの?」


「そう。少年漫画にも影や服にトーンを使う人はいるけど、ペンテクや背景で画面埋めちゃう人も多いから、少女漫画の方が使ってるトーンの種類とか組み合わせが多い」


「そんな所を見てたのか」




未夜くんもすごく漫画の観察をしているんだなぁと、ここで知る。


たしかに、トーンって漫画でしか見たことないから、使い方の幅を広げるには漫画を読むしかないんだね。




「あとは、いおりに教えてもらったり」


「いおくんマジでなんでも出来るのね」


「たまに他の作家さんの所にも手伝いに行ってるらしいよ」


「マジか」




既に漫画家さんである上にアシスタントさんにまでなってきているのか。


同じ学校にいたんだから、琥珀とも同じ高校生よね?




あれ、私…………今さらだけどみんなの歳知らないな?


琥珀はここに来て衝撃の事実にビビビッと気付いてしまった。


あまりにも居心地が良すぎて気付かなかったけれど!!




私、みんなの個人情報、黒曜ってことしか知らないっ!!!(とても今更)




「み、未夜くんっ」


「うん?」


「未夜くんも高校に来てたってことは、高校生なんだよねっ!!?」




というか、みんなで屋上に集合(?)した時になぜ気付かなかったのか!!!


ごくナチュラルに全員同じ制服を着てなさったのに!!!




「…………琥珀まさか俺のこと中学生だと思ってたの?」


「んむぐっ……!!!」




琥珀は深い深い墓穴を掘りました。


ごめんなさい。


いや、あまりにも可愛いから、そう思い込んでいたわけ、で、ありまして…………しゅん。


しゅんしゅん。(反省の音)




「まぁいいや。琥珀行こ」


「………………え?」




















ページをペラリ、めくる。


一ページ丸々使って、女の子のピンチに駆け付けた男の子が、女の子を庇うように立って睨みを効かせている魅せシーンに、琥珀の心もぎゅぎゅんと撃ち抜かれた。




はうっ!!


ここで助けて貰っちゃそりゃあ惚れちゃうよっ!!!




琥珀は胸の奥がムズムズきゅるるんと悲鳴を上げて、顔面を机にゴチンと伏せた。


いてて、鼻潰れちゃう。




ペラリ、静かな空間にページをめくる音が響く。


琥珀は瀕死でページをめくる手を止めているから、琥珀が鳴らした音ではない。




「なんでこいつら、水族館や遊園地行くたびに女の取り合いしてんの。静かに見て回れないの?」


「……そこは女の子の願望シチュエーションだからじゃないかなぁ」




冷めた瞳で漫画を読んでいるのは、提案者の未夜くん。


琥珀はこんなにきゅるんきゅるんしちゃうのに、未夜くんはしないのかなぁ。


……あぁでも主人公が大体女の子だから男の子は感情移入できないのかもなぁ。




「ダメだ、合わない。琥珀のオススメの漫画ある?」


「なまいきざかり?」


「なまいき……?」




一応、みっちょんに言われてからいくつか少女漫画を漁っていたんだ。


「きみとど」で友情と柔らかい愛情をほわほわと学んだ私は、「お女やん」という真っピンクなコミックスで女子向けネット小説サイトにハマり(不良モノ)、それから今、「なまいき」にハマっている。




シンプルに絵が好みだったので読んでみたらキュンキュンの連続で、主人公もヒロインも真顔ばかりなのになんでこんなにカッコイイの!?と衝撃を受けたものだ。


もう少しで完結するらしいので、完結したらもう一回読む予定だっ!!




「琥珀、スポーツ系男子好きなの?」


「うん?うーん……どうなんだろう?琥珀の好みって考えたことなくて」


「…………タイプも?」


「たいぷ…………琥珀のたいぷ?」




はて、琥珀のたいぷ……。




美術一筋17年、花の女子高生琥珀ちゃん高校2年生。


その中で色恋沙汰なんて考えたこともなかった17年。


タイプは?と聞かれることもあった気がする。


乙女はなにかと人の恋路が気になるようで、琥珀もよく聞かれていた気はするけれど。




『でも琥珀ちゃんにはなんか、恋とかはまだ早そうだよね』


『幼いっていうか……恋より芸術に極振りしてるかんじ』


『琥珀ちゃん、幸せになりたいとか思わないの?』


『…………琥珀はもう幸せだよ?』




美味しい物食べて、好きなことして、お友達とお話できて。


それは幸せなことなのに、みんなは恋することが幸せなことなんだろうか。


幸せってなんだろう。恋ってなんだろう。




「好きになった人が、琥珀のたいぷなんじゃないかなぁ」




行きつく先はいつも一緒。


まだ体験もしたことのない、そんな理屈。




「んな生ぬりィ考えじゃ三十路になっても処女フラグだぞ、こーはく」




突如、バタンと開かれた先から現れたのは、いおくんだった。


あまりにもびっくりした私たちは、目をカッ開いて彼に注目する。


ていうか登場が荒いんだけど!!




「三十路でジョジョの意味がわからない!」


「いや、処…………お前まだ意味知らねぇのか」


「いおり、それ以上琥珀のこと穢さないで。怒る」


「あ?未夜、こんなことで怒るやつだったか?」


「あのオンナが、怒る」




そこで数秒、考える仕草をした彼は、今度は面白いくらいに顔を青ざめさせていた。


それから私に顔を向け、キリッとした眼差しで再度口を開く。




「ジョジョ、そこの本棚にあるぜ」


「え、ほんとです?」




琥珀はいおくんが人差し指を向けた棚へと視線を向けた。


なんだ、漫画のお話だったのか。


三十路で、ジョジョでフラグ……んむ?




結局琥珀にはよく分からなかったけれど、未夜くんはいおくんをちょっと警戒するようになっていた。

















「デートにどこ行くか?お前ら雲削り放ってデートの計画立ててんのかよ」


「琥珀の指も休めないとペンダコが痛くなる」


「はっ!確かに!!デザインカッターってシャーペンとかと違って持つところが固いかも……」


「おい、明らかに後付けの理由付けてんじゃねーか」




琥珀のペンダコもなかなか固いけれど、最近は手首にも力を入れて使ったていたりしているので、利き手に結構なダメージがかかっている。


鉛筆と違ってペン先は立てないと細い線が出ないし、カッターはちょっと寝かせ気味にして削らないとボロボロになってしまうから、どれも使うときの角度や力加減を変えないといけない。




あれ、実は思っている以上に体への負担のでっかい作業なのでは?




「まぁ休むことにとやかくは言わねぇよ。そんで、デートってどこ行く気だ?」


「決まってない。なんでいおりにデートの場所言わないといけないの」


「でーとってどこ行くんだろうねぇ?ってこの部屋来たので……いおくん、どこ行くのがおススメかなぁ?」




むんむんとまた漫画のページを捲りながら、いおくんなら経験豊富そうだなぁ……という淡い期待から尋ねてみた。


すると天井にスッと視線を移したいおくんは、「あー……」と何か考えるようにして、今度は琥珀に近付いてきた。


手元の漫画にいおくんの影がさしたことで、琥珀はいおくんを見上げる。




「……?」


「お前、行くならミツハ連れて来いよ」


「…………?????」




うん……???




「俺もそれ行くわ。デート?」











「は?」


「……へ!!?」




どんな展開だ!?という衝撃で、パサリと漫画を机の上に落としてしまう琥珀。


思わず立ち上がって固まる未夜くん。




「は……なんで、付いてくる気になってんの……」


「み……みっちょんとデート!!???」


「お前はそっちに反応すんの?」


「みっちょんとわくわくうはうはデートっっっ!!?」




ど、ど、ど、どうしましょう!!?


まさかそんな、そうか、女の子同士でデートしてもいいじゃありませんかっ!!!


みっちょんとデート!?なんて素敵な!!!




「琥珀、俺とのデートなんだけど」


「……みっちょんと未夜くんに挟まれてのデート……!!?」


「with俺かよ」




いおくんがおまけみたいな展開になってしまった。


わなわなと妄想膨らませる琥珀ちゃんの頭の中では、三人でソフトクリームを一緒に食べてにっこにこしている妄想が展開中。


ぜったいおいしい。


ソフトクリーム食べるなら牧場に行きたい。




「何お前ら、女二人で出かけることくらいあっただろ?ねぇの?」


「画材屋さんデートなら年中行ってます!!!」


「すげぇ楽しそうだけど、そうじゃねぇな」




あぁ未夜くん、そんな残念な人を見るような顔しないでぇ……。


琥珀はママンとパパンにお出かけ連れてってもらうことが多かったからお友達とそんなにお出かけすることがなかっただけなの……。




「ん?でもなんでいおくんもデート行きたくなったの……?」




琥珀はね?いいんだけど。


ちょっと未夜くんが不機嫌そうだけど、でもまぁ、みっちょんと未夜くんに挟まれてのおデートとかすごく行きたいから、このまま強行突破したいところなんだけど……。

(欲望に忠実な琥珀ちゃん)




「あー……資料撮りに?」


「資料?」


「漫画の背景はいくらあっても損はねぇ」


「その気持ちわかるかもしれない」




琥珀も、いろんな場所行くとその都度写真を撮ってくる。


絵の資料にしようと思って。


だから、最初にカメラを買ったのは中学生の頃で、今でもその名残で写真を撮ることがある。




「ミツハも一緒なら撮るだろ」


「なるほど」


「なんで琥珀とのデートなのに絵のこと考えないといけな――」


「加工したら白黒写真に出来るけど」


「……」


「あ!そしたらトーン作業する時にイメージしやすそうだねっ」


「…………」


「夕焼け空とか必須だろ」


「夜景とかも参考になりそう~!」


「………………はぁ。いいよそれで」




粘りに粘って折れてくれた未夜くんは机に突っ伏してしまった。


あらら、ごめんね?


でも未夜くんもぶつぶつと「光の当たり加減」とか「グラデーションが」とかぶつぶつ言っていて、だんだん声のトーンが上がってきているのでちょっと楽しそうだ。


デートを知らない二人で行くより、きっとみっちょんや経験豊富そうないおくんもいた方が、きっと何かとスムーズに進めてくれることだろう。




「むふふ、楽しみだなぁ。みっちょんに予定聞いてみないと!」




るんるんるるるん、漫画の続きのページを捲る琥珀はだんだん楽しくなって来て、読む手も止まらない。


数ページ捲った所で、どうやら漫画の主人公たちも四人でお出かけするエピソードに繋がっていったらしく、琥珀たちと一緒だなぁ~と読んでいたら、その言葉が目に入って来た。




「『Wデート』……?」




女の子二人が、この状況をそう呼んでいた。












■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□



引き続きまだ不安定なRIMです!でも元気です!


今回も琥珀ちゃんの人より幼い心、楽しく書いてきました!

いおくんとみっちょんの絡み好きなので、書くの楽しみにしています!わくわく!!



⇓ついったぁ⇓

@rim_creator

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る