18.なんでぼっち飯してるんですか?
「いや、そんなに何度も何度も倒れた人だって説明されてるとなんだか俺情けなくなってきて……」
「ご、ごめん青髪くん……」
オトコゴコロなんてものを欠片もわかっていない琥珀withみっちょん(とばっちり)。
ぶっ倒れた衝撃が強くてついついその時の青髪くんのことを話してしまっていたけれど、どうやらプライド的にダメだったらしい。
「ごめんね青髪くん」
「青ちんでいいっすよ。赤ちんと俺はアシスタントでは一応毎回呼ばれてるんす」
「アンタ呼ばれるのわかってて二日酔いでぶっ倒れたの?」
「若気の至りってやつっすよ!!!」
毎回呼ばれているくらい頼りにされてるのに前日に酒飲んで二日酔いになるとは、どこから突っ込んでいいのかわからないな!!?
というかみっちょん、さっき青髪くんの照れ姿見てたのによく何事もなかったかのように掘り返せたね。容赦ないな!!
琥珀のお皿をみっちょんに一旦渡して、マフラーを持ち出すべく一階の漫画の置いてあった扉を開く。
「あ、琥珀はここに置いてきたマフラーを取ってくるから、ここでちょっと待っ――」
待ってて――と言いながら、部屋へと入ろうとした。
そして扉の奥にいる視界の端をその姿がかすめ、言葉が詰まる。
「どうしたの琥珀?」
「あ、いや……ちょっと、ここで待ってて?」
そうお願いしてから、するるんと華麗に体を扉の奥へと滑りこませ、すぐさま扉を閉じた。
今私の目の前にある光景を見せていいのか判断が付かなかったからだ。
琥珀の目の前には、今起きていることを何も気にしていないように見えるその人が、もすもすと一人でご馳走を食べている。
一人で。
このパーティー化した空間から一人外れたここで。
「……雨林さん、何でボッチ飯してるんですか」
もすもす、サラダを無言で食べていた彼の瞳だけが、スッとこちらを見上げる。
葉っぱ頬張ってうさぎさんみたいでちょっと可愛いかもしれない……!!!!
本に囲まれたその空間は、紛れもなく乾杯前まで私たちがいたお部屋だ。
「ウザ」
そうポツリと一言だけ零し、再び彼は食事を再開する。
なんというマイペースなんだ……。
「君の歓迎会でしょ。なんでここに入って来るの」
もそもそ、今度は唐揚げを頬張る雨林さんは、どうやらその手を止める気はないようだ。
「青がm……青ちんくんに借りていたマフラーを取りに戻っただけです」
「そう」
応えながら、テレビの前のソファーに置いてあったマフラーを手に取る。
……今だかつて上司(?)のボッチ飯に遭遇するなんて事態を聞いたことがあっただろうか、いやない。
不良がボッチ飯というのもなかなか聞いたことがない。
不良は群れるものではないのだろうか。
なぜこんな所でポツリと一人で食べているのか不思議で仕方がないけれど、デリケートな問題だったらどうしよう……!!!
いっそ一緒に食べ……いや絶対それは拒否される。
それに不思議に思ったみっちょんや青ちんくんや未夜くんが入ってきてしまう可能性がある。
……未夜くんがこの事態を知っているのかは知らないけれど。
「『青ちんくん』ておかしくない?」
ぽつり、呟くようにそう指摘された。
確かにおかしいのは自分で言っていて思っていたけれど。
「……さっき呼び方を知ったばかりなので、慣れなくて」
「『くん』いらねぇだろ。あんた、あの生意気女には砕けて話してたんだからできるでしょ」
「女……って、みっちょんのことですか」
た、確かに屋上での態度だけ見ていたら……あのみっちょんは生意気と言われてしまっても仕方がないのかもしれない……とはいえ酷い!!
琥珀のカッコイイお友達だもん!!!
この人も結構お口が悪いのねっ!!
頬を膨らませて不機嫌さを密かにアピールしていると、雨林さんはフォークの先をこちらに向けて下から私を睨みつける。
その鋭い眼差しに、ゾワリと悪寒が走った。
勢いに負けてすぐさま頬がしぼんだ。スンッ。
「お前、この黒曜で上に来ることを認められてる女なの。あの女が上に来れたのもお前の作業環境見せる為であって、アシ以外の理由でソロで動き回ることを認められてんのはお前だけなの」
「……え」
「お前今や俺より立場上なんだけど、気付いてねぇだろ?」
「………………は!!?!?」
その衝撃的な言葉に、私は思いの外大声を上げてしまった。
だって、何なら雨林さんも未夜くんも私の上司なんじゃないかというくらいに思っていて、何なら私は下々ーズの一員だとすら思っていたのに……!!!??
大声を出してしまったことに気付いてすぐに口を塞ぐも、外から誰かが入ってくる様子もない。
私の叫びなんて聞いたら真っ先に駆けつけてきそうなみっちょんのアクションがない。
……ここも防音?
外の声が大きいせいもある……?
「ウッザ」
「だっ……な、私……!!?」
「黒曜には
「……咲くんが?」
「公道の大規模な暴走も、喧嘩も争い事もここではしない。だから序列はいらない。従って、本来女を置く枠もない」
この黒曜の倉庫に来るようになってからまだ数日。
私の把握していることといえば、ここでバイクを乗り回していたりいじってる人がいること、だべりながら雑誌を見ている人、ゲームしている人、時々襟首を掴まれている人……。
思っていたより血生臭い所ではない。
「弱くて居場所のない奴らが安心出来る居場所にする為、許可なく喧嘩吹っ掛けたり強引なことは禁止。やるなら咲の許可がいる。だからといって男だらけの場所が安全なわけねぇ」
「……」
「今回特殊枠として副長の次にお前の枠を作った。下の奴と同等にしたら、お前が何されるかわからねぇから」
「咲、くんが」
そこまで私の(仕事環境の)ことを考えてくれていただなんて……。
確かに琥珀は考えの足りない所があっただろうし、みんなに受け入れられないこととか、学校で体育倉庫に引っ張られることとか、全然考えたこともなかった。
咲くんは……琥珀のずっとずっと先のことまで考えて、琥珀のことを黒曜に迎え入れてくれていたんだ。
「上に手伝い来てた奴ら。アイツらにアンタの話を下の奴らに広めるようにも言ってたんじゃない?出入りしてる時に見てただけじゃアイツらそう簡単に受け入れなんてしないし」
「そ、そんなことまで……!?」
「咲ならそれくらいする。感謝しろとは言わないけど、知っておけばいい」
優雅に、グラスに注がれた赤紫色の液体(グレープジュース)を飲んで食事を終わらせる雨林さんは、なんだか大人に見える。
全然高級レストランとかじゃないのに、所作が綺麗だ。
器用なのか…………アシスタント出来ちゃうくらいなんだから、この倉庫内では器用な方なんだろうな!!
「アンタ、9時-5時って言ってたけど、学校行ってる時はどうするわけ」
「……は!!言われてみれば!!」
そうだ、それで集中し過ぎて初日は23時帰宅とかいうことやらかしたんだった!!
学校が終わってからすぐに咲くんに迎えに来てもらって、黒曜まで来るとして……ここに来るのは早くて16時半とかそんなもんだろうか。
「30分じゃ足りない……」
「当たり前」
『バカじゃないの?あぁバカか』なんて言いたげな蔑んだ眼差しを向けられている。
お夕飯をお家で食べられるギリギリまでは居られればなんとか……。
「19時前までなら延ばせるかなぁ…」
「二時間はいれるってこと?」
「……まさか毎日のように来るなんてこと」
「来るでしょ」
「来るの!!?」
それはもはや部活じゃん!!?
放課後二時間……しかも時給出ないよね?これはさすがに出ないよね……??
「ど、土日は……」
「お前の習得速度次第」
ひぇぇぇ!!!
が、頑張らねば休日が無くなるっ……!!?
まだどんなことをやらされるのか具体的には解っていないので、より未来の想像がつかない!!!
私は、その時真っ先にある事が頭の中に浮かぶ。
『それじゃあ、絵に割く時間が──』
それは、もはや癖のような、習慣のような。
私にとっては当たり前だった家で過ごす時間。
何時間も、なん十時間もかけて…………けれどそれも、今は駄作を生み出すばかりの時間になっていて。
「……おい、急に静かになるなよ」
この人は……そんな私の事情なんて知らない。
時間が足りなくなると焦るのに、その時間があっても増えるのは納得いかない色をなくした絵。
理想と食い違う現実、私を認められない私。
私の創作の時間は、本当に必要か?
時間で解決するものなのか?
技術で解決するものなのか?
感性の豊かさで解決するものなのか?
「お前、」
そう言って雨林さんが立ち上がろうとした時、ガチャ……という扉の音が部屋に響く。
「なにマフラーひとつに時間かけてんのよコハ────は?」
「──あ?」
「あ」
我が愛しき友、みっちょん様が、部屋に入って来てしまわれた……!!!!
待たせてたのを完っ全に忘れてた!!!
き、気まずい!!!
顔を合わせれば睨み合う二人、ドアの向こう側からピョコリと見え隠れする青髪、思わずマフラーをギュッと抱き潰す琥珀ちゃん!!!!
ごめんなさい雨林さん!!!
予想していた事なのに!!
避けられた出会いだったのに!!!!
でも話が長かった雨林さんも雨林さんだよね!!???(責任転嫁)
「ご、ごめんみっちょんお待たせしすぎましたん!!!」
「なんでアイツがここにいるのよ」
「ノーコメントで!!!!」
「──煩いのが増えた」
「雨林さんも火に油注がないで!!?」
ほんと仲悪いなこの二人!!
会ってまだ全然お互いのこと解ってないのにすごい嫌い合うじゃん!!
「なに話してたのよ」
「あ、その、先輩と後輩的な!お仕事的なお話を少々!!」
「こんなパーティの真っ只中にする話じゃないでしょう?」
「そうだよね!?ごめんね私がちょっとお邪魔しちゃったみたいで……」
なんてテキトーな言葉を口にしながら、みっちょんの背中を押して一緒にその部屋を出る──直前に。
「──私、ホントは私の絵も描きたいんです」
雨林さんに振り返って、そう伝える。
無駄な時間になるのか、そうでないのか、今はまだ全然わからないし、怖いけれど。
「咲くんが、画材好きなだけ使っていいって言ってくれたので、その時間は少し、欲しいです」
描けなくても、画材に触れて使い方を覚えることは、私にとっての楽しみなことだ。
それは絵を完成させられるかとはまた、別なお話だから。
閉めた扉の向こう側は、相変わらずの賑わいを見せていて。
部屋の中とは全然違った空間になっていた。
「なんであんな所でぼっち飯してたのよあの灰髪眼鏡」
「まだそんな風に呼んでたのみっちょん?雨林さんだよ」
「名前は珍しいから覚えてるわよ。なんか琥珀のこと雑に扱いそうで心配なの」
「……大丈夫だよ、雨林さんなら。未夜くんも凄く懐いてるし………………モモテツ買ってたし!」
「モモテツ関係無さすぎて笑うんだけど」
そう鼻で笑うみっちょんだけれど、本当に心配してくれているんだと思う。
あの屋上での雨林さんの言葉を気にしているのかもしれない。
「あの、大丈夫でした?」
お皿にケーキを乗せてオロオロとこちらに向かってきた青髪くん。
「あ、あお──────青、ちん」
くん、を付けないで、そう呼んでみた。
私は、まだここの人達を怖がっていたんだと思う。
まだほとんど知らないから、失礼のないようにって気を張りすぎて。
でも、咲くんもいおりさんも、そして雨林さんも、そんな私が気にしすぎないようにって声をかけてくれていた。
この黒曜という組織の為だと、理由もくれた。
自由にしていいと、それを咲くんも許してくれると。
「はい!女神さん!!」
みっちょんに接している時のように砕けていても大丈夫だと。
むしろ上にいるなら、堂々としないといけない。
いい笑顔を返してくれる青髪くんに、ギュッと握りしめていたマフラーを返す。
「この前はありがとう。助かったよ」
「うす!またいつでも頼りに来てください、大歓迎っすから!」
いおりさんがあの鼻血の時になぜ青ちんを呼んでくれたのかはわからない。
偶然なのか、意味があったことなのか。
けれど私は、そのおかげで彼とちょっぴりだけ仲良くなれた。
こんな風に、ちょっとずつちょっとずつ、黒曜の仲間と仲良くなって行ければいいな。
そう感じた、打ち上げ会となった。
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