13.なぜいる?



────そこは埃臭くて汗の匂いやら木の匂い、あらゆる匂いの籠る、狭い、薄暗い闇の中でした。




「アンタ咲さんたち侍らして何調子付いてんの?クソが」




この辺で既にお察し出来ちゃう方には十分な要素が揃っているかと思われますが。




「ほんと信じられない!未夜さんに何したのよっ!なんでこんな頭すっからかんな奴に……!!」


「二人とも落ち着いて。絵すら描けなくなったこの子の魅力なんて、色気も出せない鼻垂らしたただのガキなんだから。そのうち飽きられるでしょう?」




くすり、歪んだ笑みを向ける最後の人が一番怖い。


ていうかガチで鼻垂らしてたから、反論が全く出来ない……!!!




その通りでありすぎて!!


反論!!しようが!!ない!!!!


残念……!!!!




捻ってしまった手首と、強打した顔面をよしよしすることで忙しい琥珀ちゃんの上から降ってくる声は、どことなくキレられていらっしゃるようなドスの効いた声たち。


体操服では少し肌寒かった。




「いや、侍らせてなんて、いないのですけれど……」


「はぁん!?ぶりっ子クソ雌がちやほやされてんじゃねぇよドクズが!!」


「えぇ……」




真ん中に仁王立ちしているリーダー的立ち位置のおなごが、めちゃくちゃお口が悪いのですが……。


いっそ清々しいほど見事な毒舌っぷりなのですが。




琥珀ちゃんは一周回って、そこまで悪口が言えちゃうのも凄いなぁと感心しながらも、困っておりました。ぐすん。















本日は月曜日、朝のお天気は快晴!


それはそれは気分もウルルン ルンルン ルルルンルン!ランラン ルー!!


たくさん眠って起きてスッキリ状態で学校へ向かった琥珀ちゃんでした!るん!!




そしたら、教室に入ろうとした時に、廊下まで聞こえる程ザワザワとしているではありませんか。


それでも空気の読めないことに定評のある琥珀ちゃんは、そのまま気にせず自分の席へとGO!!……しようとして。


既にそこには、座っている人がいたのでした。




「あ、きた」


「………………未夜くん????」




そこには……ここにいるはずのない未夜くんが。




あれ……?


学校は?


いや、ここも学校なのは学校なんだけれど……あれ?




未夜くんて、中学生じゃなかったっけ…………?




混乱する私の元へ、立ち上がった未夜くんが来る。


制服の上からダボダボのカーディガンを着て、その手にはやはりゲーム機が。




「未夜くん……学校間違えていないかい??」




というかそもそも、私のクラスに未夜くんがいたのなら、初めて会った時に気付いたはず。


もちろん未夜くんはこのクラスの人ではない。




「俺、ここの一年だよ」


「…………一年?」


「そう」


「一年生……?」




………………高校、一年生!!?!?


びっくり仰天して肩がビクゥ!!っと跳ねる。




未夜くん高校生だったの!!?


私とひとつしか変わらなかったの!!?!?


ダボダボの彼シャツ状態の服たちのせいで幼く見えていたんだろうか……?




「あ、こんな所にいた」




ドアの前に立っていた私の背後から聞こえてきた、この短期間で聞き慣れたこの声は、そう。




「咲、くん……!!?と、雨林さん……?」




廊下側からにこにこで、ひらひらとこちらに手を振ってくれる爽やか腹黒な咲くんと、隣には機嫌の悪そうな黒縁メガネ雨林さん。


黒髪が周りに多いと、そのアッシュグレーの髪色も目立つなぁ。


未夜くんのプルシアンブルーも目立つは目立つけれど。




なぜ二人が……いや、未夜くんも入れて三人がここに?




「おはよう」


「おはようございます……?あれ、え、まさかみんな学校……??」


「一緒だよね」




にっこーというか、朝日のように眩しい笑顔がペッカーと向けられていて。


登校して来た時よりも外野が湧いていた。




「マジですか」


「もちろん」




もちろんなんだ????


雨林さんは私の横を通り過ぎて未夜くんの前に出る。


クラスの人達が慄いて数歩下がっていた。


なぜこの人はこんなにもご機嫌ナナメなのか……!!




「未夜、教室戻れ」


「やだ」


「やだじゃねぇんだよガキ」


「ていうかなんで未夜くん、私の教室……どころか席まで、知ってたの??」




空気の読めない琥珀ちゃんは、咲くんのニコニコパワーで気を強く持てているのか、そう横から口を出していた。


クラスの人たちが『お前マジか』って顔で琥珀ちゃんを見ている。きゃっ!恥ずかち!




「私誰にもクラス教えて……ませんよね??」




咲くんにそう向くけれど、彼はニコッと笑って「うん」と頷く。


ならなぜ三人も私のクラスに突撃しに来てしまわれたのか!!




「琥珀ちゃん、時々表彰されてたでしょう?」


「……うん??」


「あの頃から目を付けてたからね」




にこり、それはもう当たり前かのような笑顔で。




確かに私は去年の冬までは絵を描いては何かと送りつけて、賞を貰っては壇上に呼ばれていた。


そのせいで美術部からの勧誘は凄まじい勢いだったのだけれど、私はそこでみんなとわちゃわちゃ描いていく気はなくて。


結局どこの部活にも属していない。




ていうか咲くんがモデルにされたのって、あの美術部員たちのところだったってことか。


ちっ、羨ましいぜっ!!




「じゃあ私が絡まれていて、助けてくれてた時には既に……?」




私を知っていたってこと……?




「うん、思わずお持ち帰りしちゃった」




おもちかえり……なのだろうか、あれは?


けれどそんな咲くんの紛らわしい言葉遣いに、教室がまたざわつき出す。


まって、今の発言はちょっぴり、ちょっぴりばかし修正したい所が──。




と思っている私の横を、雨林さんに俵担ぎされた未夜くんが通り過ぎていく。


もう一度言おう。


雨林さんに俵担ぎされて教室を出ていく未夜くん。


そして私にチワワのような瞳で訴えてくる未夜くんと、どんどん距離が開いていく。




「未夜の回収に来ただけだから。お邪魔しちゃってごめんね?」


「……え、は、はぃ」


「じゃあまた」




バイバイ、と手を振って雨林さんに続いて教室を離れていく咲くん。


残ったのは教室中の注目を集めてしまった、か弱いか弱い琥珀ちゃん。


その視線に流石の琥珀ちゃんもブルりと震えた。




人に注目されることには慣れていたはずなんだけど、所々目付きの変な人が気になって。


食べられたくはないので逃げに徹したい所存です!!!




その後、友達には「オマエ……コノ土日デナニガ……」なんてカタコトで詰め寄られ、そのなんとも言えない顔にどう説明しようかと悩んだ琥珀ちゃんは「てへぺろ!!!!」と盛大に誤魔化したのであった。















というのが朝のこと。


なんだかんだで友達が周りにいたからか、それから授業は滞りなく受けられたのだけれど、昼休み前の体育の授業が終わってお片付けをしていた時のことだった。




体育館から出ていこうとするクラスの人たち。(別クラスと合同授業)


それを追うように琥珀もるんるんと出ていこうとしたところで掴まれる二の腕。


二人がかりで引っ張り込まれる体育倉庫。


その姿はまるで捕らえられた宇宙人・コハク。




ぽーいっと放り投げられ、着地の勢い余って跳び箱の木の部分に顔面を強打。いたい。


その時に体重をかけた左手にグキィッ……と嫌な痛みが走り。




そして利き手は顔面と左手の犠牲の上で無事である!!!!


どやぁ!!!


絵描きの利き手はなにより大事なんじゃあ!!!(やり切った感)




しかし実はここからが本番でありました。




「アンタ咲さんたち侍らして何調子付いてんの?クソが」




鼻血が奥からつぅ、と流れて来るのを感じながら、冒頭部分の状況へと繋がる。


明かりの付けられていない、真っ暗の倉庫の中。




「いや、侍らせてなんて、いないのですけれど……」


「はぁん!?ぶりっ子クソ雌がちやほやされてんじゃねぇよドクズが!!」


「えぇ……」




私はそんなことより、早く鼻血の対処がしたかった。


けれどしかし体育のすぐ後なんて何一つ持ち物なんてない。


手ぶらでしかない。




手を上げられそうな気配がするものの、鼻血を出しているからかその手が顔に落ちて来ることはなかった。


汚れちゃうもんね。




まさかmy鼻血がこんな時に役に立ってしまえるなんて誰が予想していたことだろうか。


ただの女子に対しては防御力を発揮するのか、鼻血。


まぁその鼻血が出てる時点で何も防御出来ていないのだけれど。




「あの、鼻……」


「ウゼェんだよ黙れクソ豚」




ティッシュ、持っていませんか?と聞きたかったのに。


やばい……豚なんて言われてしまったら。




豚を育てて出荷するあのゲームの豚ちゃんを思い出してしまうではないか……!!!




私の頭の中では可愛い豚ちゃんがブヒブヒ、脳内を占めている。


なんとも言えない顔になっていることだろう。




「キモ。何その顔、状況わかってんの?」


「現実逃避してるんじゃない?」


「現実逃避に不細工な顔ってするもんなの?」


「おつむが弱くて状況が理解出来てないのかしら?」




やばい、豚のこと考えてたら、目の前の三人も豚に見えて来た。


琥珀ちゃんの妄想力が火を噴くぜ!!!


でも助けて!!ごめんなさい!!!!




「なんか言ったらどうなの?」


「さっき黙れって……」


「ウゼェな黙れ」




理不尽が酷い!!ぱわはらだ!!ぱわはら!!!!


だぶるばいんどだ!!!!




その時、「プフッ」と、息が抜けるような音が、この体育倉庫の奥から聞こえて来て、四人とも息を詰めた。


そこで動きを見せるのは、鼻から垂れた琥珀ちゃんの鼻血だけである。


後で体操服を洗わなければ琥珀ママに怒られてしまいそうだ。




四人の会話が止まったことに気付いたのか、奥からは「はぁー」と長い溜め息が聞こえて、ははっと笑った。


男の人の声だ……というか、このかすれたようなハスキーボイスには覚えがあるような気が――。




「テメェら寄ってたかってウチの嬢ちゃんに何してんの?」




暗がりの中、奥から現れるのは、オレンジ頭にたくさんのピアスがキラリと光る、その人。


ビックゥ!!!と肩を跳ねさせる四人。


そう、四人だ。


なぜなら琥珀ちゃんもびっくりしているからだ!!




「い、いおりさん!?」


「おぉよ」




なぜなのか、首をコキコキ鳴らしながら体育倉庫の奥から現れたのは、キャラデザ担当・いおりさんだった。


いわば私の主である。


極悪面の雇用主の一人である!!




「お、おはようございま……」




ま……まで言った所で、私は三人からの訝し気な視線に気付く。


あ、今お昼だった。しかも学校だ。


つい条件反射で。




お三方から『お前今何時か知ってんの?寝てんの?』というような心の声が聞こえて来ないでもない。


しかしいおりさんはそんなこと関係ないようで。




「あー。はよ。んで?何お前鼻垂らしてんの?」


「ぶつけましたん……」




はよ、と挨拶を返してくれた上にニヤリと悪役のような笑みを見せる。


あれ、この人今一応ヒーロー側だよね?おかしいなぁ?


至極楽しそうにその光景を見回す。




「なに、喰われ待ち?」


「ひっ……」




彼女たちはいおりさんが顔を見せた時から声を発しないで、ガタガタと震えている。


まぁその気持ちはよくわかる、私もついこの間まで彼を見て奥歯ガタガタ膝をプルプルさせていたのだから。うんうん。




「というかいおりさん、私のこと覚えられたんですね」


「あ?こ……こくう?こかこー……ちげぇ、こくよ……こくとう?」


「琥珀ちゃんですっ!!!!」




名前!!全然!!まだ覚えてらっしゃらなかった!!!!


何度目の自己紹介だろうか!!!


か行ということだけは覚えてらっしゃったようだけれど!!




途中でコーラとか言いそうになったでしょう!?


琥珀ちゃんはそんなに甘味を極めてはいません!!


無味です!!


石です!!!


樹液の化石です!!!




「あー、そうだそうだ。石のな。で?うちの琥珀になんか用?」


「……あ、その」


「未夜?と、咲か。なに、お前ら相手してもらえると思ってんの?」


「い、いえ、そんな……」


「まぁチクるから関係ねぇよな、もう」




チクる?


そういおりさんが呟いた後の三人の慌てぶりといえば、悪いけど面白かった。


三人の両手が目の前で高速でぶんぶんと揺れているのだ。


「それだけは!それだけはご勘弁を!!」なんて半泣きで。


すごい、三人揃って同じ動きをしているなんて、この三人通じ合っているな。




「え、なに?喰われてぇの?仕方ねぇな、明後日空けとけよ」




三人は目を見合わせてからブンブンと顔を縦に振っていた。


会話が成り立っていないのに交渉が成立してしまった!!?


いおりミラクルや……。


何が起きたのか琥珀ちゃんにはさっぱりである。


いおりさんはよく人を食べるのだろうか?カニバ?(ちがう)




いおりさんが手を上下にシッシとすると、その三人は慌てて体育倉庫から出ていった。


それをボーッと眺めていた琥珀ちゃんに合わせて、いおりさんがヤンキー座りで目を合わせる。




「っつっても、チクらないとは言ってねぇけどな」


「ほぇ?」


「お前の顔写真撮っていい?」


「やめてください!!!」




スマホをこっちに向けるな!!!


両手で顔の前をガードすると、またククッと笑われる。




「さっきのドカッて音はお前が顔面から突っ込んできた音ってことでOK?俺その音で起きたんだけど」


「つまりこんな所で寝てたってことですか」


「寝たの今日だかんな〜」




また深夜まで作業をしていたということか。


眉をひそめて訴えていると、突然いおりさんが私の体操服の襟首を掴む。


ヒッ!?と肩をビクつかせていると、そのまま襟を私の鼻に付ける……って!!おぉい!!!




「私の体操服で拭かんでください!!!」


「もう汚れてんだからこれ以上変わんねぇだろ」


「酷い!!!」




腹を出されながらちょんちょん、思ったより優しく拭ってくれて。


次に首裏に手を添えられて、右手を持ち上げられて──。




私の親指で鼻を圧迫する体勢にされた。


後頭部を若干押さえ付けられて下を向く。


私の脳内に沢山のハテナが浮かんでは踊って行く。




「小鼻圧迫して下向いて20分。次垂らした時に役立つだろ、覚えとけ」


「………………これもしかして止血法です??」


「上向くんじゃねぇぞ、俺の股間でも見てろ」


「視線的にはその辺にありましたけど、そう言われると目を逸らしたくなりますね」




とはいえ、こんな冷えるところで20分も待機していたくはない。


片方の鼻が使えなくて鼻声みたくなる。


踊っていた脳内のハテナたちがビックリマークになってぴょんぴょん飛び回る。


活きのいいビックリマークたちだ。




「小鼻って上の方じゃないんですか?」


「膨れてるとこだよ、上掴んでも意味ねぇ」


「さいですか」




スマホを取り出すいおりさんが、一瞬の隙をついてパシャリと私を撮る。


まて、堂々と盗撮しないでいただきたい!!!


スマホを奪いたいけれど右手は鼻にあり、左手は現在負傷中である!!!ガッテム!!!




「お前、他に怪我は…………顔か」


「手首も捻りましたが利き手は無事です」


「さすが」




そんな、褒めて貰えるとは思っておらず。


琥珀ちゃんはテレテレと照れてしまう。


おっと鼻血が出ているのに興奮してはいけない。




「なにおまえ興奮すんなよ」


「いおりさんの口から聞くとハレンチなニュアンスに聞こえてくるのでやめてください」


「ハレンチて」



は、鼻で笑われた!!!


優しいのか意地悪なのか本当にわからない人だなっ!!




ぶすくれながら頬を膨らませていると、体育館の奥から数人の足音が聞こえて来た。


昼休みの部活でも始まったのだろうか……なんて思っていると、いおりさんが立ち上がる。




「来たな。お前立てる?」


「?立っていいんです??」


「冷えんだろうが。つーか顔上げんな下げろ。とりあえず保健室行く」




言われてすぐにハッ!として顔を下げると、倉庫の扉の向こうから声が聞こえて来た。


知らない人の声が二人……?かな?


その後すぐに肩から掛けられる、もふもふとしたもの。




「すんません、昼寝用に持ってきてるマフラーなんかですが……」


「いや、助かる。おら立つぞ」




また二の腕を掴まれると、引き上げられる。


というか昼寝用のマフラーって本来の使い道と全然違うよね????




私の脚は問題なく怪我もしていないので、歩けるけれど……。




「マフラーさんの持ち主さんの顔が……!!見られません!!」


「黙って借りてろ」


「ありがとうございます!!どなたか存じない方……!?」


「あ、いや俺……」




気持ち首をぺこぺこしてお礼を言っていると、私の視界に覗き込んで入ってくるその人。


艶めく青い髪がサラリと揺れて、私に目を合わせる。


……あれ?


この青髪……見覚えが……?




「女神さん」


「初日にぶっ倒れてた青髪くんではありませんか!!!!」




琥珀を「女神さん」と呼んだ、いっちばん最初の人ではありませんか!!!




こんなところで再会するとは思いもしていなかった琥珀ちゃんでありました!!


顔も服も血まみれの中、失礼しますん!!!

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