第16話 餌をとる

 セラから聞いた話によると、この国にも四季の様な物があるそうで、今は丁度日本で言う秋に相当するらしい。

 また、世界地図を見せてもらったが、イリス王国の有る島はイギリスに似たような縦に長い島国で、城は島の東側の中央付近に位置していた。

 その他にも、東側の海は穏やかで、西側の海は冷たく荒れている事が多いという事や、北の方は雪が積もるほど寒く、南は暖かい気候だという事も教えてもらった。

 そこで、俺は改めて決意をする。

 この世界で、釣りをしながら暮らそう、と。

 この世界に来る直前の記憶は、海に転覆した所までしかないため何が原因でここに来てしまったのか皆目見当もつかない。そのため、どうやれば元の世界に戻ることが出来るのかもわからないし、正直未練は無かった。

 家族もいない、彼女もいない、仕事もない。

 一発逆転を狙って釣りの動画投稿者になろうとしたけど、成功する保証もない。

 それであるならば、この世界で悠々自適に暮らしていけばいい。もう、理不尽な上司に頭を下げる必要も無いのだから。

 それに、この世界に一体どんな魚がいるのかとても興味がある。元居た世界では見たことのない魚や、食べたことのない魚がいるかも知れない。それにこの国では魚の知識が著しく乏しい。なので、今後も釣り日誌を作成し続ける事を決意した。


 セラとのお茶会の後、俺はリアを探した。聞きたい事が有ったからだ。

 暫く城の中を探し回っていると、訓練場にいるという情報を入手したためさっそく向かう。

 訓練場に行くと、リアは1人で槍を振るっていた。

 いつもの鎧姿ではなく、タンクトップ姿だった。

 二段突き、払いあげ、横薙ぎ、バックステップからの突進突きなど、様々な技の連携を確認する様に槍を自在に操っていた。その見事な動きに惚れ惚れとする。

 槍が振るわれる度に飛び散る汗、そして踊る様に舞う身体、そして弾む胸。

 あの夜の事を思い出すと、少し変な気持ちになる。

「のぞき見なんて趣味が悪いな」

 手を止め、リアがこちらを向いた。

「いや、別にのぞき見なんてしてないよ。訓練の邪魔になるかなって」

「ふん。貴様ごときが来たところで、集中力が乱される事などない。むしろ、あと一  歩場内に入って来ていたなら、容赦なく貫いていたがな」

「こえ~~。でも、その後ちゃんと生き返らせてくれるんだろ?」

 俺がそう言うとリアは顔を背け、タオルで汗を拭いだした。

「ところで、何の用だ?」

 リアはなおもこちらに背を向けつつ、汗を拭っている。

 俺はその言葉に、ここに来た目的を思い出した。

「ああ、そうだ。この辺りにミミズの取れる場所ってないか?」

「みみず? なんだそれは?」

「ワームって言った方が分かりやすいかな? 土の中に居たりする、ひも状の赤茶色した生き物なんだけど……」

「あぁ、あれか。それならばそこら辺にいるぞ?」

「本当か!? ぜひ案内して欲しいんだが」

「分かった。だが何に必要なんだ?」

「あぁ、釣りの餌になるんだよ。今度狙う魚はそれで釣れるんだ」


 俺とリアは連れだって城外に来ていた。ミミズであれば城内の花壇とかにも居そうだが、そこには目もくれず一直線でここに来た。

 目の前には広大な畑が広がっている。

 一面黄金色で、時折吹く風にさわさわと音を立て揺れる。

 どうやら小麦畑の様だ。

 なるほど、ここの土壌ならば質のいいミミズがいるかも知れないな。

「それで、ココの土を掘ればいいのか?」

 俺のその言葉に、リアは怪訝そうな表情をした。

「何を言っているんだ? ちょっと待っていろ」

 そう言うとリアは、人差し指と親指を口にくわえ笛の様にピィーと鳴らした。

 すると、目の前の麦畑がガサガサと揺れ始め、何かが一斉にこちらに向かって来る。

「えっ? えっ?」

 意味不明の出来事に戸惑っていると、麦畑からは大量の大きなミミズ達が一斉に飛び出して来た。

「わぁっ!」

 あまりの大きさ、あまりの気持ち悪さに驚き尻もちをついてしまった。

 大人の足ほど太い動体で長さはゆうに2メートルを超えている。

 一匹だけでも気持ち悪いのに、目の前では大量の巨大ミミズがうねうねと蠢いている。

 しかし、襲ってくる気配は無い。

「なっ、なっ、何なんだこいつらは!」

「お前の求めていたみみず、とやらでは無いのか?」

「形はこんな感じだけど、ここまで大きい奴じゃない! こんなだ。こんなサイズだ」

 指で長さなどをジェスチャーする。

「そうなのか。それならそうと早く言え」

 俺は何とか這いずりながらリアの背後に回り込む。

「相変わらず情けない奴だな。このジャイアントデスワームぐらい簡単に倒せないんじゃ、外の世界で生きていけないぞ」

「いや、元々1人で外を出歩くつもりは無いから! とっ、とにかく何とかしてくれ」

「ったく、仕方ないな。そこで大人しく見ていろ」

 ため息をつきながらリアは一歩前へ出ると、腰に下げていた剣を抜く。

 その圧に気おされたのか、ジャイアントデスワーム達は少したじろいだように見えた。

「フン!」

 横薙ぎの一閃。

 リアが剣を鞘に納めると同時に、ジャイアントデスワーム達は醜い悲鳴をあげながら倒れた。

「す、凄い……」

 10匹はいたであろうジャイアントデスワームを、たった一撃で全部葬り去ってしまった。

「こいつらは、巻き付きと溶解液さえ気を付ければなんてことは無い。動きも遅いし、防御力も低いからな」

「あ、ありがとう。でも、その溶解液をくらったらどうなるんだ?」

「ん? 皮膚が焼けただれて、どんどん内部に浸透して行ってやがては肉が腐って落ちる」

正直、くらわなくて良かった。

「じゃあ、さっきの指笛は?」

「あれは、モンスターを呼ぶためのスキルだ。もう一度やるか?」

「いやいやいや、いいです」

 もう一度モンスターを呼ばれても困るだけだ。

「それで、普通サイズというかコレくらいのサイズのミミズはどこのいるんだ?」

「それならそこら辺の石の下とか、畑の土の中にいるぞ」

 俺は言われた通り、畑の端っこに転がっている少し大きめの石を持ち上げてみた。そこには、ダンゴムシの様な生物や、ハサミムシに似た昆虫、そしてミミズが居た。

「よしよし」

 そこで見つけたミミズを拾い集め、畑の土も少しだけ掘り返してみる。うじゃうじゃと塊でいたので、それもごっそりと袋に入れる。

「しかし、そのみみずとやらで何が釣れるんだ?」

「色々釣れるよ。ただ、こっちでどんなのが釣れるのか分からないけどね」

 今回ミミズを集めたのは、とある魚を釣ろうと思ったからだ。ただ、現状その魚がこっちの世界にいるのかは分からないけど、時期的にシーズンの魚ではある。

 それに、比較的簡単に釣れるし、海に近い川や汽水域の湖などで釣れるので釣り場としても安全だ。

 セラと一緒に釣るのにはもってこいの魚だった。

 元の世界でも、釣り初心者や子供に人気の魚だ。見た目も可愛いし食べても美味しい。

 十分な量のミミズをとり終えると、くだらない事で駆り出されたことに少し不機嫌そうなリアと一緒に城へ戻った。

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