第7話 ワサビを採る

リアが言うに、山葵の群生地は、城から1時間ほど行った先にあるとの事だった。


流石にその距離を歩くのにウェーダーでは不便なため、リアに動きやすい装備を準備してもらった。


平民が主に軽作業をする時に着る、植物の繊維で出来たシャツとズボンで、デザインはシンプルだが伸縮性があり、着心地は良い。


通気性もあり、汗をかいても蒸れにくい素材だとの事だ。


「はぁ。全くなんで私が貴様なんかと……」


城を出ても相変わらずリアは文句を言っている。


「1人で行けるなら行くけど、それで王様やセラに怒られるのはリアだろう?」


「そうだ。だから仕方なく付いてきているんだ。ってか、また馴れ馴れしく呼んだな」


道中には、そこまで凶悪ではないが魔物が出るとの事だった。


低レベルの冒険者でも倒せる程度の魔物ばかりだが、万が一を考えリアに護衛をしてもらっている。


しかし、歩いてもう30分ほど経っているが、いまだ魔物とはエンカウントしていない。


目の前には、沢へ続くと思われる森が広がっている。


「なぁ、見渡す限り魔物なんて見えないけど、本当にいるのか?」


俺のその言葉に、リアが「はぁ」とため息をついた。


「今は私が魔よけの魔法を周囲に放っているから見えないだけだ。弱い魔物だから姿を隠しているだけだよ」


「そうなのか。ここら辺の魔物って、どんなんだ?」


リアがやれやれと言ったように肩をすくめると、周りに大量の魔物が出現した。

魔よけの魔法を解除したのだろう。


「う、うわぁ!」


森の木陰からは大きなネズミと大ムカデの魔物が、周りの土からは巨大なミミズが、岩影からは巨大トカゲが現れ、こちらを伺っている。


「私がいなければ、今頃貴様はあいつらの腹の中だ」


見慣れたような形をしていても、その大きさが人と同じぐらいあるととても気色悪い。


たとえ武器を持っていても、まともに戦える自信が無かった。


「あ、ああ。一緒に来てくれて、助かったよ」


「ふん。分かれば宜しい」


再びリアが魔よけの魔法を放ったのか、周りにいた魔物達は瞬時に姿を消した。


「魔物は弱いやつが大好物なんだ。貴様はさぞご馳走だろうな。魔力を持たないからこの世界の平民以下だからな」


確かにリアの言う通りかも知れない。この世界の人々は、個人差は有るとはいえ魔力を持っているらしい。俺にはその魔力が無い。なのでこの世界で1人で生きていくのはかなり厳しいだろう。


これからも町の外に出るときは、リアに付いてきてもらおうと改めて思う。


「さあ、先を急ぐぞ」


リアに促され再び、山葵の群生地を目指し歩き出した。


◆◆◆


森に入って40分ほど経っただろうか、やっと群生地と思しき場所に到着した。


「はぁはぁ。ここが、目的地?」


息を切らせながらリアに尋ねる。


学生の頃は運動部に所属していたし、社会人になってからも3徹なんて当たり前だったから、体力にはそれなりに自信が有ったが、想像以上に沢登りは過酷だった。


というか、リアがこちらの事は気にせずどんどんと先に行ってしまうため、それに追い付くのに必死だった。


「そうだ。ほらあそこに見えるだろう」


俺とは違って、呼吸が一切乱れていないリアが数メートル先を指さした。


そこには、地面から山葵の葉っぱに似たものが生えていた。


「よし、あれか」


山葵を収穫しようと群生地に近づく。ふと振り返ると、リアは付いてこず先ほどいた場所に待機していた。


「ん? リアは来ないのか?」


「あ? あぁ、私はここで周りを見張っている。好きなだけ採るがいい」


好きなだけ、と言われてもとりあえず2~3本有れば良いだろう。


リアの態度が何か引っかかるが、まぁいい。


「よし、まずは1本目」


地面から生えている茎の根元を掴み、一気に引き抜く。


ぱっと見それは、山葵の様に表面が凸凹としていたが、全体的に人の様な形をしている。


そして、口の様な場所が蠢いたと思った瞬間――


『¥#”$#%#&%&*?!!』


この世の物と思えない叫び声が聞こえ、世界が暗闇に包まれた。


◆◆◆


目を覚ますと、山葵の群生地に仰向けに倒れていた。リアがこちらを見降ろしている。


「うぅ、一体何が……。頭が痛い」


上半身を起こし、手に握っているものを見る。


色は山葵に酷似しているが、形が全然違う。


「これ、マンドラゴラってやつじゃないか?」


「なんだ? 知っていたのか?」


「いや、知っていたというか、俺の世界では創作の中で出て来たりするんだよ。叫び声を聞くと、発狂して死ぬってやつ」


「あぁ、まさしくそれだよ。お前は一度死んだ。だから私が蘇らせたんだ。感謝しろ」


「いや、感謝しろって……。先に教えてくれれば良かったじゃないか。もしかして、知ってて嵌めたのか?」


だから距離を取っていたのか、自分が混乱死しないように。


「ふふっ。しかし、混乱していた貴様は面白かったぞ。思い出しても、ふふっ傑作だ」


こちらの質問を無視し、リアは腹を抱えながらくっくっと笑っている。


「え? ちょ、俺、何したの?」


「し、白目を剥きながら、ケツを叩いて、ふふっ、ビックリするほどユートピアって――叫んでいた、くくくっ」


あぁ、それは恥ずかしい。


だが、不幸中の幸いか、全裸にはならなかったようだ。


「もういいから。混乱死しない採り方を教えてよ」


リアはまだ笑ってる。むしろリアも混乱しているのでは? そう思えるほどツボに入っている。


いつも仏頂面なのに、笑うときは笑うんだな。


「ああ、すまない――。抜いた瞬間、口を押さえればいいんだ」


笑って出た涙をぬぐいながらそう教えてくれた。


「良し、じゃあもう1本」


手近に有ったマンドラゴラを掴み、また一気に引き抜く。


そして、リアに教わった通りにすぐに口と思われる部分を手で押さえ込む。


顔を上げ、リアの方を見ると、いつの間にかバックステップをして距離を取っていた。


ああ、やられた。


『¥#”$#%#&%&*?!!』


再び世界が暗転した。


◆◆◆


目を開くと、まず自分が服を着ているか確かめた。


「おっけ。今回も脱いではいない」


いい加減にしろと文句を言おうとリアを見ると、ヒーヒーと笑い転げている。


その姿を見ると、怒る気持ちが無くなってしまった。


うん、普通に可愛い。


だが、そこで気になってくるのが自分がどんな事を口走ったのかだ。


「なぁ、リア。今度は俺、どんなんだった」


「こ、今度は、全く、意味不明な事を、叫んでいた、あはは。ハイル! フンデルベン! ミーデルベン! とかって、ふふっ」


ああ、今度はそれか。だがビックリするほどユートピアよりましだ。


しばらくリアの笑いが落ち着くのを待ち、再びちゃんとしたマンドラゴラの取り方を聞く。


するとリアは1枚の布を取り出した。


「抜いた瞬間、この布を口の部分にあてるんだ。おいおい、そんな目で見るなって。

今度こそは本当だよ。この布には魔力がこめられているから、マンドレイクの叫びを吸収してくれるんだ」


俺が訝し気な目で見ると、そう言って布を手渡して来た。


半信半疑で布を受け取ると、言われたように引き抜いたマンドラゴラの口に布をあてる。


一瞬死を覚悟し、ギュッと目を瞑ったが、再びあの叫び声が聞こえる事は無かった。

ほっと胸をなでおろす。


「ほらな? 今度こそは大丈夫だっただろう?」


「そうだな。よし、3本も有れば充分だろう。もう帰ろう」


疲れた。2回も死んだことが関係しているのかは分からないが、疲労感が半端ない。


しかし、もし俺に蘇生の魔法が効かなかったらどうしたんだろうか。


もしかして、事故と見せかけて俺を消すつもりだったのか。


チラリとリアを見ると、


「ん? どうした?」


と首を傾げてきた。


その様子に、そんな邪な雰囲気は感じなかった。


「いや、何でもない」


そう言って、マンドラゴラを袋にしまうと、城に向かって歩き出した。


◆◆◆


城に戻ると、セラが一目散に出迎えてくれた。主人の帰りを待ちわびていた猫みたいだ。


「おかえりなさい、ヒロト! それにリアも」


「ただいま」


「ただいま帰りました」


「それでそれで、良いの採れた?」


セラがまとわりついてくる。


「ああ、なかなか良さそうなのを3本採ってきたよ」


そう言って、布の袋に入れていたマンドラゴラを取り出す。


「これが、ヒロトの言っていたワサビ?」


「いや、実際すりおろしてみないと何とも」


リア曰く、マンドラゴラは山葵と同じような風味がすると言っていた。


後で実際にすりおろして確かめよう。


そして、リアのイタズラの事をセラに報告しようかと思ったが、止めることにした。


貴重なリアの笑顔が見れたのでそれでチャラにしようと思ったのと、恐らくセラからお仕置きされる事になるだろうからだ。


「いやしかし、こ奴の混乱した姿をセリオラ様にもお見せしたかったです。もう、これが傑作で――」


そこまで言って、自分が失言したと悟ったのだろう。ハッと口を手で押さえた。


「リア、あなた。ヒロトを騙したのね?」


「いえいえ、滅相もございません。私が注意する前に、こ奴が勝手に引き抜いて――」


俺はやれやれとかぶりを振る。せっかく黙っておいてあげようと思ったのに。


「言い訳は無用です。今晩、覚悟しておきなさい」


セラのその顔は、怒りというよりかは、イタズラ心を躍らせているような表情をしていた。


そしてその夜、隣の部屋からは一晩中リアの叫び声が響いたのは言うまでもない。

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