第2話 ヒラメを見せる

 縄で両手を縛られた俺は、訳も分からぬまま砂浜からほど近い大きな海上都市にある城に連行された。

 そして今は、ファンタジーの世界でいう所の謁見の間らしき場所に跪かされている。

「怪しい人物を捕らえて参りました」

 目の前の大きな玉座には王様らしき人物と、その向かって左隣の椅子には金髪の少女が座っていた。

 その2人に向かって女声の騎士は鉄兜を脱ぎ、敬礼をした。

 俺はその素顔を見た瞬間、自分の勘の良さに驚いた。

 鉄兜の下から現れたのは、想像通りの銀髪ショートカットだったからだ。

 若干ツリ目で薄い唇が気の強さをあらわしている。

 歳は20代前半ぐらいで、とても美人なのだが、恐らくその性格から男にはモテないだろう。

「目の前に御座すは、王様であらせられる、トゥヌス・オリエンタリス5世様ぞ! 頭が高い!」

 銀髪の女性騎士に見惚れていると、頭をグッと押さえつけられた。

「よい、面を上げさせよ。オラトリア」

「ハッ!」

 王様にそう言われると、オラトリアと言われた女性は、俺の頭を押さえつける力を弱めた。

 オラトリア、か。あだ名はリアだな。自分の中で勝手にそう決める。

 顔を上げ、再び王様をまじまじと見る。

 トゥヌス・オリエンタリス5世は、俺の想像している王様とは程遠い容姿をしている。

 今まで王様と言えばもっとふくよかで、白ひげをたっぷりと生やした姿を想像していたが、目の前にいる人物は正反対と言っても過言ではない。

 がっしりとした体格に、四角く威厳がありつつも精悍な顔立ち。

 短めの黒いあごひげと太い眉がまっすぐそうな性格をあらわしていた。

 歳は40後半か50代前半ぐらいだろうか。声も渋い。とてもダンディーだ。

 次は隣に座る少女へ目をやる。

 艶やかな長いゴールドヘアーで、くりくりとした青い目が好奇心旺盛さを物語っていた。

 歳は10代半ばぐらいだろうか。子供らしさと大人らしさが同居した顔立ちをしている。

 恐らく王女だろう。いや、若い女王の可能性もある。

 目が合うと、ニッコリと笑いかけてきた。

 そのまぶしい笑顔に吸い込まれそうになった時、ダンディボイスが問いかけてきた。

「して、お主は我が領地で何をしていた? 見慣れぬ恰好をしているが、どこから来たのだ?」

 俺はその問いかけに一瞬戸惑った。ここはどこなのだろうか。自分はどこから来たのだろうか。

 人や街並みは西洋のそれであるが、言葉が通じる。ということは、現実世界の西洋ではない。

 つまりは、死後の世界か、異世界転移か、だ。

「王がたずねているのだ! 答えぬか!」

 今度はグイと髪を掴まれた。

「リア、いい加減にしなさい。貴女には後でお仕置きが必要みたいね」

 今度は少女がオラトリオを諫めた。

 彼女がリアと呼ばれたことに、心のなかで笑みが溢れる。

 やっぱり、あだ名はそうなるよな。

「ハッ! 申し訳有りません。セリオラ様」

 リアは俺から手を離すと、跪いてセリオラと呼んだ少女に対して頭を下げた。

 そこでもう一度、「おぬしは何者だ?」と王様が問いかけてきた。

「その、申し訳ありません。私にも分からないんです。船が転覆した後、あの砂浜で目を覚ましたんです。なので、ココがどこかすら分からなくて。一応、日本という国から来たのですが……」

「二ホン……? 聞いたことが無いな。オラトリア、お前は聞いたことが有るか?」

「い、いえ。私も初めて聞きました」

「オラトリアも知らないとなると、ますます謎だな。それで、目を覚ました後は?」

「その、釣りをしておりました」

「ツリ? 何だそれは」

「えっと、魚を釣る……、とってました」

 釣りという言葉が通じない。この世界には釣りという文化が無いのかも知れない。

「ふむ。見知らぬ土地で目を覚ましたというのに、随分と余裕が有るのだな」

「まぁ、その、怪我とかしていなかったですし、目の前に離岸流、いや、魚がとれそうな良い場所が有ったので……」

 俺がそう言うと、隣に跪いていたリアが立ち上がり、クーラーボックスを持ってきた。

 そして、俺の横にドンと置く。蓋は開いた状態だ。

「これが、こ奴のとっていた魚です」

 リアがクーラーボックスの中からヒラメを取り出した。

 時間的に既に血抜きは終わっているだろう。

「おお、これは立派なビラーギョではないか!」

 そのネーミングに少し吹き出しそうになる。なんだよビラーギョって。

「私の国では平目ヒラメと呼んでいる魚です」

「なるほど、呼び名も違うのだな。して、それをどうするつもりだ?」

「後で食べようと思ってました。そのため、神経締めと血抜きが済んでいます」

 神経締めや血抜きが通じるかどうか分からないが、一応説明する。

「うむ、良く分からんが、食べるのだな。どうやって食べる? 焼くのか? 揚げるのか?」

 確かにムニエルとかフリットも美味しいけど先ずは

「いえ、刺身です」

 そう、刺身だ。そのために素早く神経締めをして血抜きをしたのだ。

「サシミッ!? ねぇねぇ、サシミって何?」

 嬉々としてセリオラが尋ねてきた。

「えっと、生で、切り身にして食べます」

「なんと! 魚を生で食べるというのか!?」

 今度は王様が驚いている。

 どうやらこの世界、いや国か? には魚を生で食べる文化が無いらしい。

「はい。山葵わさびと醤油をつけて食べると美味しいです」

「お父様! 私、そのサシミとやらを食べてみたいです!」

「し、しかし、魚を生で食べて大丈夫なのか? 腹を下したりはしないか?」

「ええ、大丈夫です」

 これは半分嘘だ。知らない世界の知らない魚を生で食べるのだ。もしかしたら毒など持っているかも知れない。しかし、先ほどの反応からして、この魚自体は食べる事が有るらしいので、火を通せば食べられるのは確実だ。

「ねぇねぇ、お父様。お願い」

 少し駄々をこねる様にセリオラは王に懇願している。

「分かった分かった。してお主――」

大翔ヒロトです。松下大翔マツシタヒロト

「うむ、ヒロトよ。娘のためにそのサシミとやらを作ってはくれまいか?」

 俺は正直驚いていた。まさかこんな展開になるなんて。

 捕まって城に連れてこられた時は、良くて投獄、最悪は処刑されるものだと思っていた。

「承知いたしました」

 勿論その提案を受けないわけはない。もしかしたら俺という存在に興味を持ったのかもしれない。

「しかし、王! よろしいのですか? こんな素性の分からない――」

「オラトリア。セリオラが望んでいるのだ。そんなに心配ならヒロトが調理している所をお前が監視していれば良い」

 ただ一人を除いて。

「くっ!――。御意」

 縄を解かれた俺は、今度は厨房へと連れていかれた。

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