松下大翔異世界を釣る。~天真爛漫なお姫様とツンデレ従者を添えて~
玄門 直磨
第1話 ヒラメを釣る
暖かな日差し、打ち寄せる波の音、目を覚ますと俺は見知らぬ砂浜に倒れていた。
口の中には砂が入り込み、ジャリジャリとしていた。
その感触が気持ち悪く、ベッと唾を吐き出す。
「ここは、どこだ?」
まだ朦朧とする意識の中、何が起きたのか記憶と自身の経歴を辿ってみる。
俺の名前は
高校卒業後、すぐに就職した俺は必死に給料をため込み、誕生日と同時に退職した。
勤めていた企業がブラックだったというのもあるが、夢であった動画配信者になるためだ。
動画の内容は趣味だった釣り。
そのため、小型船舶の免許を取り、中古の船も買った。
その船を使って離島へ向かっていた時に、初めての動画撮影をしようと意気込んでいた矢先、大きな渦に巻き込まれ転覆したのだ。
もっとも、そんな所に渦潮が出来るなんて聞いたこと無かったのだが。
「よし、どうやら記憶喪失ではないな」
少し意識がハッキリしてきたので、体を起こし状況の把握につとめる。
けがなどは無く、体に異常はない。気絶する前に着ていたフローティングベストとウェーダーもきちんと身に着けている。
砂浜を見渡すと、釣り道具一式が散らばっていた。
パッと見た限り、全部有るようだ。だが、苦労して買った船は見当たらない。
どこか見えない所に漂着しているかも知れないが、命が助かっただけ儲けものだと思うことにする。
この砂浜がどこかは分からないが、入り江の様になっている。
運よく流れ着いたのだろうか。海の底に沈まなかったのはベストのおかげかも知れない。
海の向こうは視界の限り水平線で、船や陸地などは全く見えない。
「んん? あれは!」
ふと海面を見ると、一部白泡が沖へと伸びている個所がある。
「離岸流だ!」
俺はすぐさま立ち上がり、フラットフィッシュ用のロッドを探す。
「有った!」
5mほど離れた所にそれは転がっていた。
タイガ社製のフラットフィッシュ専用ロッド、『マテオFF 103ML』だ。
ロッドを拾い上げ、砂を落としながら傷や変形が無いか確認する。
「よし、問題ないな」
フラットフィッシュ、つまりヒラメやマゴチをサーフから釣るために開発された専用のロッド。
FFはフラットファナティックの略らしい。
そして、すぐそばに落ちていた釣り道具の殆どが入ったバッグを開け、リールを取り出す。
幸い、ロッドに取り付けていなかったため砂まみれにならずに済んだ。
リールも同じくタイガ社製で製品名は『カルデラLT4000-CHX』。
ハイギアタイプのモデルで、価格はそれほど高くない奴。
ロッドにリールを取り付け、ラインをガイドに通していく。
リールにはPE1号が200m分巻かれていて、その先端はフロロカーボンの道糸が1mほどFGノットで結ばれてる。
ガイドにラインの通し終え、道糸にスナップを取り付ける。
タックルの準備が整ったら、ルアーの選択だ。ベストのポケットからルアーケースを取り出す。
もう一度海の状況を確認する。
第一ブレイクは約100m先で、そのちょっと手前がどうやら深くなっている様だ。
「狙い目はあそこか、となると」
飛距離を出すため、選んだのはメタルジクだ。
フラットファナティックシリーズのメタルジグ、『ヒラメデスX』の40g。
ヒラメを確実に仕留めるため、挨拶の『です』と死の『Deaht』をかけているらしい。
「天気は晴れ、海面も濁ってはいないな。よしナチュラルカラーで行くか」
色の選択は人それぞれの考えがあるが、俺は晴れていて水がクリアな時はシルバー系をチョイスすることが多い。
その中でも、イワシの様な黒い斑点があり、ブルーとピンクが配色されている、いわゆるブルピンイワシカラーを使う事が多い。
実際に実績もある。
「よし、準備できた」
スナップにメタルジグを取り付けると、ドラグを調整しながら波打ち際に向かう。
離岸流の真正面には立たず、少し離れた場所から斜めにキャストし、狙う場所を斜めに通すようにするのがポイントだ。
離岸流があり、海底がえぐれているとそこに小魚が溜まりやすく、それを狙ってヒラメなどのフィッシュイーターが潜んでいる事が多い。
「よし、まず1投目」
波打ち際に立ち、リールのベールを起こしフルキャスト。
着水と同時にラインを押さえベールを倒す。
ラインの色からすると、大体110mほど飛んだか。
メタルジグが着底するまで数秒待ち、一定のペースでリールを巻いていく。
ハイギアタイプなので、そこまで早く巻かなくてもスムーズにジグが泳いでくれる。
1投目は特にアタリ等は無く、巻き終えてしまった。
2投目も少し角度を変えてキャストしてみたが、同じくアタリは無かった。
「よし、3投目っと」
1投目、2投目より少し角度を付けてキャストする。
窪んでいる所を横にジグを泳がせるためだ。
そして、2投目まではただ巻きだったので、今度はストップ&ゴーに切り替える。
1秒感覚で1巻きし、5回巻いたら一旦手を止める。
そしてまた巻きだす、というやり方だ。
巻いてるときはジグが浮き上がりながら泳ぎ、手を止めた時に底へと落ちていく。
メタルジグの形によっては、その落ち方が不規則で、魚に対してアピール力が高まる。
そして、50mほど巻き、ジグがフォールした瞬間――
バイトだ!
「――っ! 来たぁ!?」
すぐさまフッキングする。
「よっしゃ! 掛かった!」
手に感じるズシリとした反応。ギリギリとドラグが鳴く。
「よしよし! 結構おっきいぞ」
抵抗はするものの、左右に魚が走ったりしない。青物やシーバスではないだろう。
そして、ブルンブルンと感じる抵抗、ほぼ間違いなくヒラメだ。
相手がヒラメと分かったからには、強気にリールを巻いていく。
素直にどんどんと魚が引き寄せられていく。
そして、すぐに波打ち際付近まで近寄ってきた。
だが、ここで油断してはいけない。
サーフの釣りにおいて一番注意しなければならないのがこの波打ち際だ。
むやみに巻き続けたり、強引に引っ張ってはダメだ。波が引いてる時にそんなことをしようものなら、ラインが切れたりなどして魚をバラす事になってしまう。
慎重にタイミングをみて、波が押し寄せた瞬間、その波に乗せる様に上げるのだ。
「よし、今だ!」
大きく波が押し寄せた瞬間、一気に引き上げる。
すると濡れた砂浜を平べったい魚がピチピチと跳ねる。
着ていたフローティングベストのポケットからフィッシュグリップを取り出すと、すぐさま魚の口を掴み、波打ち際から離す。
「よっしゃ! よっしゃ! やった!!」
何回釣っても、この興奮はやめられない。
そして、サイズを測るためメジャーを取り出す。
「おおっ! 記録更新だ!」
サイズを測ってみると、60㎝オーバーだった。
しかし、今まで釣ったヒラメとどことなく違う。
「なんだ、これは……」
日本で釣れるヒラメより縦に長いというか、菱形に近い。
そして、表面はゴツゴツとしている。
「イシビラメ、かな?」
どことなくヨーロッパで出回っているイシビラメに似ている。
「あれ? スマホが無い」
記念撮影と調べ物をしようと思ったが、スマートフォンが見当たらない。ベストのポケットや、釣り具が入っているバッグも見てみたが無かった。
「転覆した時に落としたか? 困ったなぁ」
スマートフォンも大事だが、今はもっと重要なことが有る。釣ったヒラメを締めなければ。
一旦スマホの事は忘れ、容量60ℓのクーラーボックスに海水を入れ、血抜きの準備をする。
血抜きは魚を美味しく食べるため、鮮度を保つために必要な処理だ。
バッグからアイスピック、ワイヤー、ナイフを取り出す。
まずはヒラメの眉間をアイスピックで刺し、脳を破壊する。
そして、そこから神経締め用のワイヤーを差し込み、素早く抜き差しする。
ビクビクと痙攣した後、クタリと静かになる。
そしてヒラメを裏返し、ナイフでエラの根本、尻尾の付け根を切る。
海水の入ったクーラーボックスに入れ、完全に血が抜ければ血抜きの完了だ。
一見残酷なようだが、こうすることによって鮮度を保つことができ、美味しさもキープ出来る。
クーラーボックスの中でヒラメをジャブジャブと動かしながら血抜きをしていると、陸地の方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「ん? なんだ?」
顔を上げ、声のする方を見上げると、そこには西洋の鎧を着こんだ人達が5人ほどいた。
「え? なんかの撮影?」
ここはコスプレ会場か何かなのか。鎧を纏った人物たちは腰に剣をぶら下げている。
「いたぞ! あそこだ!」
先頭に立ち、周りの人達よりも立派な鎧を身に着け、フルフェイスの鉄兜を被った人物がこちらに向かって指を刺した。
その声に、後ろにいた4人がこちらに剣を抜きながらかけてくる。
「えっ? えっ?」
あまりの状況の掴めなさにぽかんとしていると、周りを包囲されてしまった。
「貴様が通報の有った怪しい人物だな。報告通り奇妙な恰好をしている。捕らえよ!」
少し遅れて来た鉄兜の人物がそう言い放った。その声は、くぐもっているものの、凛とした女性の声に聞こえた。
恐らく、銀髪のショートカット美女に違いない。
そんな風なことを考えていると、抵抗する間もなく捕らえられてしまった。
----------------------------------------あとがきとか-----------------------------------------
フローティングベスト:たくさんのポケットが付いた浮力のあるベスト。海に転落した時、これが有るのと無いのとでは生存率が違ってくる。船以外では努力義務だが、着用必須。
ウェーダー:足から太もも、胸辺りまで伸びる防水のオーバーオール。サーフの釣りにおいてほぼ必須。安全のため波打ち際は足首ぐらいまでしか入らないが、身に着けた方が良い。
タイガ社:架空の釣り具メーカー。
ロッド:釣り竿の事。
103ML:数字の部分は長さ。10フィート3インチ(3m12㎝)アルファベット部分は硬さ。MLミディアムライト少し柔らかめのロッドで、扱いやすい硬さ。
リール:糸を巻き取る釣り具。
LT4000-CHX:メーカーによってアルファベットの表記は違ってくるが、4000はリールの大きさ。4000番などと呼ぶ。CHXはハイギアを示す。Hの表記があるとハイギア。
ハイギア:リール一回転で巻ける距離が長い物。投げる回数が多いルアーフィッシングにおいては、ハイギアタイプを選ぶ人が多い。
ガイド:ロッドについている糸を通す(支える)輪っかの様なやつ。
ライン:いわゆる糸。素材はナイロンやカーボン、ポリエチレンなど。
PE1号:通称PEライン。素材は高分子量ポリエチレンを編んだ(撚った)物。4本編みや8本編みなどが有る。細くて軽いため、飛距離を出したい釣りに最適。また直線強度もある。ただ擦れに弱いデメリットがある。そのため、擦れに強いフロロカーボンなどを先の方に結び付ける。1号は糸の太さ。
FGノット:糸と糸を結ぶやり方の一つ。慣れるまでは難しいが、強度のある結び方。FGノットを結びやすくする道具もある。
ルアー:魚の形などをした疑似餌
メタルジグ:鉛やタングステン等で出来たルアー。重さは様々。
スナップ:ルアーを付けるためのフックみたいなやつ。
第一ブレイク:砂浜側から沖に向かって最初の駆け上がり(波がもっこりするところ)
ベール:リールの部品。起こすと糸が出る状態になり、倒すと糸が巻けるようになる。
フルキャスト:キャストはルアーを投げる事。つまり全力投球。
ラインの色:PEラインは25m毎に色分けされているものもある。そのため、どれくらい飛んだかおおよそ把握することができる。
アタリ:魚が食いついてくる感触。
フォール:言葉そのままの意味。落ちる。ルアーがフォールした瞬間(ルアーが落ちた瞬間)。
フッキング:フック、つまり合わせる事。魚がルアーに食いついた瞬間、針をより確実にひっかけるため、ロッドを立てたり引いたりする事。
ドラグ:リールの部分の一部。ベールが倒れた状態で糸を引っ張った時、どれぐらいの力で糸が出るのか調節する部分。緩めると軽い力で出ていき、きつく締めると出なくなる。大きい魚がかかった時、ドラグがきつすぎると、結び目などから糸が切れてしまう。
フィッシュグリップ:魚を掴むための道具。
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