第13話 大雨の旅立ち
あの、すいません。旅立ちの日という時というモノは、すがすがしいほど綺麗な青空が広がっていて、心地良い風が吹き抜けるっていうもんじゃないんですかね?
それがどうしてこんな大雨でじめじめとしているんでしょうか?
まさかこんな大雨で薄暗い中フウリを送り出す事になるなんて思ってもいなかった私は思わず、私達の人生と重ねてしまった。。
「まさに、これからの私達を暗示しているような悪天候ね」
お気に入りのフリル付きの傘を差し私と同じように空を見つめるフウリに、今考えていた事と同じような事を言われて心臓が跳ね上がった。フウリを見やると彼女はいつものように聖母のような笑みを浮かべていた。
「ちょ、ちょっと何言ってんのフウリ」
「ふふ、冗談よ」
その笑顔が何かを含んでいるように見え私は嫌な予感がした。
「冗談って…ねぇ、あのね、何回も言うけどさ、お願いだから無理しないでね」
「もちろんわかっているわ。貴女達が入学するまでは絶対に無茶はしない。安心して?それに、ほら。私にはアレがあるもの。お守り代わりの、ね」
「本当…間に合ってよかった」
「すごい大作になったものね。初めて見た時はちょっと驚いたわ」
「はは…あれもこれもと詰め込んでいるうちに辞書のようになってしまいまして」
「それだけ、貴女達が私の為に一生懸命作ってくれたんだもの、絶対に無駄にしないわ」
「何か役に立てればいいのだけど」
「きっと私の道標となるわ。改めて、本当にありがとう」
「フウリ…」
あ、待って。さっきまでの何かたくらんだ笑みじゃない、急な心からの優しい笑み止めて。なんか久しぶりに泣きそう。せめて私は笑って送り出したいのに。
本当はこのまま泣いてしまいたい。
大切な大切な幼馴染をたった一人で戦地に送り出すような事なんて本当はしたくない。とにかく心配で不安しかない。
でも何よりも、一番はやっぱり寂しいよ。ずっと一緒にいたのに。2年も会えないなんて。
そんな私の気持ちを察してくれたのかフウリはそっと私の手を握ってくれる。
「タソガレ、ルトスの事、頼みましたからね」
タソガレは地面が雨でぬかるんでしまっている事も厭わずフウリの前に傅き手を自分の胸に当てた。
「もちろんです。私が命に代えてもルトス様をお守りして見せます」
「カイちゃん?貴方もよろしくね?」
「きゅー!」
私の腕に抱かれているカイはその声に元気よくけれども寂しげに応えた。
「それから…」
フウリは少し視線を下にずらした。
「ルクス、そんなに泣いたら綺麗な目が赤く腫れてしまうわ。大丈夫よ。長期休暇にはかえって来るから。きっとまたすぐ会えるわ」
フウリは先ほどから傘も差さずにまるで子泣き爺のように泣きながら腰に抱きついてはなれないルクスに優しく諭した。
「う、だってぇ…さび…寂しぃよぉ…心配…だし…ううぅ…」
その顔はもうありとあらゆる水でぐちゃぐちゃだった。
「大丈夫よ。それに私と一緒に「すくーるらいふ」っていうものを送るんでしょ?私の事を「先輩」って、それから「お姉さま」って呼ぶんでしょ?約束したものね。私は約束は破らない。知ってるでしょ?」
「うん…うん…約束、した」
「だからほら、もう泣かないで?可愛い笑顔見せて頂戴?」
「うぅ…」
なんとか必死に笑って見せようとしているがやはり涙がとまらないようだ。
「アカツキ、貴方はそのまま動かなくていいわ、ルクスが濡れちゃうからね、アカツキ?ルクスの事支えてあげてね?」
「寛大なるご配慮痛み入ります。必ずや、貴女方のお約束の為にも俺の全てをかけて」
アカツキは先ほどから傘も差さないルクスをなんとか濡らさない様に代わりに傘を差し、さらには近づきすぎて傘から滴る雫でフウリの洋服を濡らさない様に配慮しながら器用に立っていた。
「マオ、お菓子食べ過ぎちゃダメよ?ルクスの事助けてあげてね?」
「きぃ!きぃ!」
マオはアカツキの方の上で一生懸命に応える。
「フウリぃぃぃぃぃぃ~!!!」
「は~い。私はここにいるわ。よしよし」
まるで赤ちゃんをあやすようにフウリはルクスが泣きやむように言葉をかけ続けた。
うん。これはもう少しかかるな。
まぁ、ルクスの気持ちも分からなくもない。
ルクスにとってフウリは、ただでさえ大好きで、生きる糧であり、全てを注いだ最推しだった。そんな大切な存在が突然幼馴染になって、毎日一緒に過ごして、私達を信じて危険を顧みず力になってくれたのだ。ルクスにとってフウリとは、いまや本当に本当にかけがえのない、私やアカツキとは違うまた別の大きな存在なのだ。
そんなフウリとの別れだけでも辛いのに、どんなことが待っているのかわからない場所へたった1人で送り出さなくてはならない。元々感受性豊かなルクスがこうなってしまうのも無理もない話だ。
だから私も、タソガレもアカツキも、そしてフウリも無理に彼女を引き剥がしたりはしなかった。
そんなフウリとルクスのやり取りを見守りながら旅たちの時を待っていた私はふと、旅立ち前のとある日の出来事が頭によぎった。
「この方が、ルトスの[さいおし]さん?」
「そうなの!本当は携帯とかがあればすぐにどんな人か見せられるんだけどね~…。今は私達の文章でしか伝えられないんだけど」
「いいえ、十分素敵な女性だという事がわかるわ。ルトスの[さいおし]さんになるのも分かる気がする。お会いする日が楽しみだわ」
私はその言葉に首を痛めるんじゃないかと思うほど全力で頷いた。
フウリが学園へ旅立つ約1週間前、私達はなんとか攻略キャラ取り扱い説明書、略して攻略本を完成させ、フウリに渡す事が出来た。
そしてルクスが真っ先にフウリに見て欲しいと伝えたのは、作成の最中に判明した私の最推しのシヤコちゃんについてのページだった。
最推し、というものが何かという事、ルクスにとってその存在がフウリであることは早い段階から説明しており、フウリ達も最推しという存在がどのようなものであるかは理解している。ちなみにフウリの最推しは私達2人だそうで、その事を聞いたルクスがまた鼻血を出していた事が今はもう懐かしい。
そして、フウリ達にもまたルクスに合わせて私の最推しについては、その人物が話題にのぼるまで教えないという事になってたのだ。…タソガレには性別と攻略キャラなのかだけ聞かれたから教えたけど。
「なるほど。この方も私と同じで命を落とす事が定められてしまっているのね」
「うん…フウリとはまたちょっと違うんだけど、やっぱりこの子も私達の為に命を落とす事になるの…。だから彼女の事もしっかりと守りたいんだけど…」
「そうね、…守りましょう。命を落とす事が運命で決まっているだなんて馬鹿げているわ」
フウリは自分と重ねたのか、本を持つ手に力がこもったように見えた。
そう、シヤコちゃん…シヤコ=ラムはどのルートに入っても学園内で数少ないヒロインの味方として物語に関わっていき、ヒロインにとって憧れの存在となるのだが、彼女もまた死に方は様々だがヒロインを庇う事で命を落とすというのが決まっている。
でも、もうそんな事はもう起こさせない。私が彼女を守ってみせる。絶対に。
その後、フウリはシヤコちゃんのページ、それと付随してリイヅのページもしっかりと時間をかけて読みこむと、一息をつき私達にこう宣言した。
「決めたわ。私の学園計画」
「計画?」
突然、彼女から発せられた宣言に私達は首を傾げた。
「まず、一年目。一年目は様子見をしようと思うの、私。情報収集、状況把握の大切さは身に染みてわかったから…でもね、二年目は少し私の方から動くことにするわ」
「え?二年目?」
「えぇ、シヤコさんとリイヅさん…そう、シヤコ=ラムさんとリイヅ=キミキさんが御入学されたら、ね」
「それって…」
「どこまで出来るか分からないけれど、こちらから積極的に接触を試みてみるわ。この御二人…なんだかこれからの私達にとって大事な存在になりそうだもの」
それに反論したのはルクスだった。
「待って待って!あのね、シヤコちゃんはいいと思うの。でもね、リイヅさんは、あの人は絶対に危険だと思う。あの人、本人のルート攻略しても、いや他の全ルート攻略してもリイヅさんの本当の目的というか、本心が分からなかったんだよ」
「そのようね、こちらもそう書いてある」
「じゃあ、なんで!?」
「確かに、彼は恐らく一筋縄ではいかないでしょうね。私なんかじゃ相手にならないでしょう。でも、1つだけ確実な事があるのよね?」
「…え?」
「まさか…シヤコちゃんの事?」
言葉が詰まったルクスに代わり私が応えるとフウリはにっこりと応える。
「えぇ、そう。彼が何よりも大事に思う存在。それが、シヤコさん。彼女の敵は彼にとっての敵。彼女にとっての味方は彼にとっての味方。きっとこれが何よりも大切な事」
「でもそれで、フウリはどうするつもりなの?」
「ふふっ。安心して?まずはお友達になるだけだから」
「え?」
「一緒に勉強したり、お話したり…ね?」
「は、はぁ…。それならいいけど…絶対に油断しちゃだめだからね!?」
「もちろんよ…あぁ…楽しみが増えたわ…」
「フ…フウリ?」
フウリは笑っている、なのになんか怖い。
それにしても、フウリはこの数年間で美しくそして気高い女性になったけれど同時にたくましく強く黒くなった気もする。絶対逆らいたくない。
っていうか、シヤコちゃんとフウリが出会う事になるだなんて【青ぐ】本来の世界では絶対にありえない事だ。とにかく彼女の狙いは何なのかそれは分からないけれど、無茶だけは絶対に止めて欲しい。ルクスの言う通り、リイヅ=キミキという人物だけは本当に計り知れないのだから。それにしても、私はシヤコちゃんに実際に会ったらどうなってしまうんだろう。
早く会いたいような、でも怖いような、複雑な乙女心って奴だ。
まぁ結果的にフウリは攻略本を手に入れた事により新たな目的が出来たようだし今は良しとしよう。
なんとか泣きじゃくっていたルクスが落ち着いたことで、いよいよお別れの時。
最後に3人で別れを惜しむように抱き合う。
あぁ、やっぱり寂しい。
「それじゃあ皆、…ルトス、ルクス、ごきげんよう。お元気で」
皆が皆、それぞれフウリに対してそれぞれの想いを抱き、送り出す。
フウリの旅立ち、それは私達全員の新たな出発でもあった。
ふんわりと笑う笑顔とは対照的に背をまっすぐに伸ばし颯爽と振り返る事もなく馬車に乗り込む凛とした佇まいに思わず見とれてしまう。
きっとそれは私だけではなくてこの場にいる全ての人間がそうであるに違いない。
大雨が降るどんよりとした中で、まるでそこだけ光が差しているようだ。
あっという間に荷物も積み終わり、いよいよ馬車が王都へ向けて走りだす。
「フウリ!!元気でね!手紙書くから!!無茶しちゃだめだからねぇ!!!」
「フウリぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!!!!大好きだよぉ~!!!!」
気が付けば私達2人は追い付くはずもない馬車を追いかけて走っていた。
窓からフウリが手を振る姿が見えるがその姿がどんどんと小さくなっていく。
あぁ、どうか、どうか、もう運命に抗うだとか、私達の事だとか忘れてしまうくらいフウリにとって素敵な学園生活が待っていますように。そして、私達が入学するまで無事でいてくれますように。走るだけ走って体力の限界が来てその場で動けなくなったルクスを抱きしめながら私は繰り返し祈った。
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