第8話 苦しんで悩んで恋に落ちてまた悩んで

[光の力を持つ者を殺す事ができる者、それは闇の力を持つ者のみ。逆もまた同じ事]

遥か昔から【青ぐ】の世界で存在していたとされる光の力と闇の力。

光の力と闇の力を持つことが出来るのはそれぞれたった一人だけ。

当代の人物が天命を全うすると新しく力の宿主が生まれ力は巡っていく。

そして、この力は人が扱うにはあまりにも強大で恐ろしいものであり、世界の歴史は常に力と共にあったと言っても過言ではない。

光の力と闇の力は権力や欲望のために使われ続け数々の争いや悲しみを生み、その度に多くの犠牲を出してきた事からいつしか[災いを呼ぶ呪われた力]とも呼ばれるようになった。

しかし、現在において力の保持者は存在していない。

それは、[災いを呼ぶ呪われた力]の保持者であるが故に愛する人と殺し合わなければいけなくなったとある男女がお互いの力と命を賭してこの力を封印したからである。

その後力の保持者が長らく生まれる事は無く、今では人々にとって縁遠い力となっていった。

また、[災いを呼ぶ呪われた力]が失われ事により争いも次第に減っていき、今も尚この世界を統一しているサキマ一族が天下をとってからは長い間大きな争いは起きず平和な時代が続いていた。




「でも、その平和は仮初で、力を復活させようと目論んでいる奴らが沢山いて、しかももう既に力の保持者が誕生してました、なんて誰が信じるんだろう」

私は皮肉交じりに言葉を投げ捨てた。

「きっと、冗談はよせと笑われるでしょうね」

「…そうだよね、だって光の力と闇の力なんてどれだけ昔の話なんだって話だし、そもそもどうやって復活させんだよって話だもん。…でも…そのどうすんだよってところをあり得ない方向で可能にしていったんだよね…あの人達は…」

「ルトス様」

タソガレは話を遮ると私の唇にそっと人差し指のせた。

「そんなに強く唇を噛んではいけません。…力を抜いて」

私は無意識のうちに唇を噛んでしまっていた事に気が付かなかったようだ。

でもそのくらい力の復活の事を考え出すと心が締め付けられ怒りや悲しみに似た言葉にできない感情に襲われるのだ。

「…力を復活させるために信じられないほどの人達が研究の犠牲になった。私は、その事を知ってたはずなのに…。初めはどこかルトスの事を他人のように見てた、だからその事実を深く考える事もなかった。でもそれは最低な事だったってわかる。…ルトスは…私は、多くの人の犠牲があって生まれる事が出来た命だというのに…この世界でルトスとして生きてきて、私が[あの]ルトスとして生きているんだと分かれば分かるほど、年々その事が重く圧し掛かってくるの…受け入れる事が苦しくて難しいほどに。私は…」

すると今度は柔らかく温かい感触が唇に走る。

一瞬の出来事に私は思わず固まる。

「一度忠告しても聞いて下さらなかったものですから」

「…すいません」

今でも思い返すと恥ずかしすぎてのた打ち回る事になるので今はなるべく考えないようにするが、タソガレが護衛騎士試験に合格した日に手の甲ではなく初めて口にキスされてからというもの、私は彼から数えきれないほどのキスをされてきていた。精神的には生娘でもない癖に初めの頃はただ顔を赤くすることしか出来なかったが少しずつだか慣れた…と思う。

しかし、このような不意打ちは別だ。突然綺麗すぎる顔が目の前にあるというのは本当に心臓に悪いんだからな。

私が顔を赤くしてうなだれているとタソガレが静かに話し出した。

「俺は、俺の…タソガレ=キオスの人生の記憶しかありません」

「え?」

「だから、貴女やルクス様のお気持ちを察することは出来ても、完全に分かる事はできません」

「それは、私達がおかしいだけだから…」

「でも、ただ1つだけ確かに言える事。貴女は記憶をと取り戻す前も、今も、俺にとってずっと変わらない。ただ1人の愛おしい俺の主だという事。貴女はずっと変わっていません。」

「タソガレ…」

「誰だって、いきなり自分とは別の記憶を思い出したとしたらその全てを受け止めるだなんてすぐには出来ない。そして、貴女の、貴女達の記憶は非常に残酷なもので、悲惨なものだ」

タソガレは静かに、でも確かに私に言葉を届けてくれている。

「それでも、貴女は多くの悲しみを受け入れながらも運命に立ち向かおうとしている。自分たちの、ひいては周りの人間達の幸せな未来のために」

「違うよ、結局自己中なだけで、私達が幸せになりたいからで…タソガレ達まで巻き込んで」

「でもその結果、もしかしたら想像よりも多くの…大袈裟に言えばこの世界のためになるかも知れない」

「いや、さすがに飛躍しすぎだよ」

「そんな事はありません。貴女ももう分かっているはずだ、光の力と闇の力の恐ろしさについて。その力は使い方次第では世界も滅ぼしかねない」

「…世界を…」

「貴女のような過酷で悲惨な運命が待ち受けている事、自分の中に恐ろしい力を宿してしまっている事、…貴女が言った愛すべき日々が全て偽りだったと知ったとしたら、普通なら気がおかしくなっても不思議じゃない。でも貴女とルクス様はそれでも前へ進もうとしている」

「それは…」

「すぐにじゃなくていい。少しずつでいい。まだ時間はあります。まずは出来る事を一つずつ。あれもこれもと手を出すと目の前の小さな事さえ見えなくなります」

「…少し、ずつ?」

「そうです。それに貴女にはルクス様がいる。フウリ様も、アカツキも。1人で抱えきる事はないのです」

そこまでいうとタソガレは彼の膝で寝ているカイを起こさないようにそっと私を抱き寄せる。

「そしてルトス様、俺はここにいます。どんな事があっても貴女の横に。貴女の事をずっと見ています。貴女が進みたい道を全力で切り開いて見せる。もちろん、逃げ出したくなったとしたらどんな手を使ってでも貴女を地の果てまでお連れしてみせる」

タソガレに抱かれているとタソガレの温かさが伝わり、思い詰めていた何かがほぐれていく。

「…じゃあ、もしまた私がどうしようもなく辛くなったらこうしてのんびりできる場所にも連れてってくれる?」

「あぁやはり、分かっていらっしゃいましたか」

「だって、タソガレがわざわざ自分から行きたいところがあるから一緒に行って欲しいだなんて言わないでしょ」

「えぇ、我ながら信じられないほど下手くそな嘘です」

「…でもね、ありがと、タソガレ」

私は頭をタソガレの胸にグリグリと押し付けた。

タソガレは最近色々と考える事に疲れてしまっていた私に気が付いていたのだ。

だからこうして、昔はよくみんなで遊びに来た私の御気に入りのこの丘に連れてきてくれたのだ。ただ静かに私の話を聞いて、言って欲しい言葉を私にくれる。

だめだな私、もうタソガレに甘え切っていて彼なしでは成り立たないようになってる。これでは彼の思うツボというかなんというか…。

…でも、いっか。

私も完全に彼に恋してしまっているのはもう間違いない。これから数多くの攻略対象と出会う事になるかもしれないのにまさか本編が始まる前にもうタソガレに落ちてしまったのだ。将来ヤンデレ具合カンストになったとしても、それも私の事を想ってくれてなのだと考えてしまっているほどに私は落ちている。

そして、タソガレはそのあとも私の気が済むまでずっとそのままでいてくれた。

結局カイが目を覚ましたのはお屋敷に戻ろうとした時。

私自身の使い魔でさえもタソガレも前ではここまで無防備なのだ、これはもう完敗だ。

ま、カイはちょっと寝太郎すぎるけれど。

それにしても、偽りの両親の事や目を背けたくなるような私達の出自と[災いを呼ぶ呪われた力]とも呼ばれるほどの光の力と闇の力に対しての恐怖。そして、迫りくる運命の日。

もう上げれば上げるほどキリがないくらい考えなくてはならない事だらけだ。でも、ここでクヨクヨしているわけにはいかない。

[クソ鈍感天然詐称事件飛び込み選手権代表双子姉妹]の逆襲はこれからが本番。

[分かっている]からこそ打ち勝って見せようじゃないの。

ところが、そんな風に私が気持ちを新たにしていた頃、また新たな問題が発生していたようで。




お屋敷に戻り自室へ向かうと扉の前にはウィネが困ったように立っていた。

「申し訳ございません、どうしてもルクス様がルトス様のお部屋でお帰りを待ちたいとおっしゃいまして…」

「ルクスが?」

「はい…本日は屋敷の書斎にこもって熱心に書物を読んでらしたのですが、突然大きなお声を出されたかと思うと書斎を飛び出しお部屋に閉じこもってしまいまして…」

一体何があったのだろう。もしかしたら、何か調べていて新たな事実やまた嫌な事がわかってしまったのだろうか。

思っているよりも状況は深刻かもしれない。私はいつものようにウィネやコットに部屋で2人きりで話せるようにと人払いを済ませ、適当な言い訳をつくり2人も部屋前から下がるようにお願いし、代わりにタソガレに部屋前の警護を頼んだ。

「もし、大事だったらすぐに呼ぶね」

「わかりました」

アカツキは護衛騎士団の仕事からまだ戻っていないようだった。

とにかく私は状況を把握するために一つ深呼吸をし部屋に入った。

「ルトスゥゥゥっ~!!!」

「ルクス!大丈夫?何があったの!?」

真っ暗な部屋で泣きべそをかいていたルクスは私を確認すると飛びついてきた。

足元ではマオがぷーぷーと何かを必死で訴えながらくっついてくる。

マオもルクスがずっと泣いているのをなぐさめながら見ているだけしかできず困っていたようだ。

なんとか彼女を落ち着かせ、部屋の灯りをつけるとルクスの目は真っ赤になっていた。

カイを籠から出しマオの相手をして貰い、ルクスをベッドに座らせ手を握る。

「ルクス…こんなに目を腫らして…どうしたの?一体何が…?」

するとルクスの目から大粒の涙が溢れる。

「私、私…私は…」

「うん、うん、ゆっくりでいいよ」

「あのね…これは、地雷なの」

「ん?」

「今の状況は私にとって最も地雷なの!」

「え?え?え?」

「私にとって今がもう最も辛い状況なんです!!」

「ゴメン、ちょっと話が…」

「どうして、どうして、こんなにも…私は…私は…」

「お願い、ちょっと待って、だから一体…」

「どうして…好きになってしまってんだろう」

「す、好き?」

「…そう、どうして、アカツキの事をこんなにも好きになっちゃったんだろう…?」

「ルクス…?」

「私は絶対的なズィ×アカ固定厨なのに!そこに私が入っちゃいけないんだってばぁ!!!」

「…まさかのズィータがキター…」

そうだ、色々ありすぎて忘れてたけれど、私達って悲しいほどにヲタクでしたね。

そして、どうやらこの問題を解決するは一筋縄ではいかないようだ。

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