第6話 兄

あれ以来初めて兄ちゃんの部屋に入る。1回り以上年の離れた僕らは寝室を別々に構えていた。ふわりと兄ちゃんの香りが広がる。長い間ほったらかしにされていた。随所には埃がたまり時の長さを物語る。壁には有名私立高校の制服がかかり、棚には泥のついたサッカーのスパイクが置いてある。ここだけは兄ちゃんがいた頃の変わり映えしていない。だからこそ僕は入ることができなかった。この光景を見れば兄ちゃんが死んでしまったという事実からもう目を背けられない。キレイ好きの兄ちゃんのよって整然と並べられた私服に手をかける。僕とは正反対でガタイのいい兄ちゃんの服はどれも似合いそうになかった。その中でも異彩を放つほどサイズの小さなセットアップを見つけ羽織ると小さな紙がポケットに入っていた。膝から崩れ落ち、左手で顔をおさえながら、泣いた。泣き虫だと言われてもいい。ずっと聞きたかった言葉。オレンジ色の付箋に万年筆で書かれた楷書の手本のような字。


『  泣き虫なそうたへ

成長したな。15も年の差がある俺らだけど仲の良い兄弟になれたと俺は思っているよ。親父やお袋に言えないことがあるなら俺を頼りにしてくれ。


泣き虫なんて書いたけどまだ変われるから。いつだって一歩踏み出せたヤツが勝ちだ!そうたなら絶対できる。なんてたって俺の弟だからな!!

                           一番の味方の兄貴より  』

袖を通したセットアップは平均身長を遥かに下回る僕にピッタリのサイズだった。兄ちゃんにはここまでお見通しだったのかと苦笑いする。

扉の向こう側で黒い何かが見え隠れする。息子の温かな涙を優しく見守る母さんの姿があったことに僕は気づかなかった。

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