奴隷寸前貴族娘×闇落ち元勇者

たいら

奴隷寸前貴族娘×闇落ち元勇者

「お母様、今日のごはんはなんですか?」




「ふふ、お腹減ったのね」




「はい」




少女は顔を赤らめて母からの質問に答える。




「今日はすき焼きよ。ちょっと待っててね」




貴族の身分にありながら、母親は娘のために手料理をよく振舞った。




「すき焼き!お肉!やった!あ、すいません…」




すき焼きは少女の好物だった。


つい、貴族らしからぬ言動をとってしまう。




「いいさ、お腹がすいた時くらいは。それにお前は出来過ぎなくらいだよ」




「そうよ、たまには子供らしくていいの」




父親も母親も、子供の子供らしさを咎める性格ではなかった。




「はい。日々精進してまいります。お父様、お母様」




甘やかしすぎず、それでいて温和な両親に愛情を注がれ、少女は良くできた子に育っていた。




「そういえば、今日は先生が診に来てくれる日だったな」




「そうね、外はこんなだし、少し遅くなるかもとはおっしゃっていたけれど…」




今宵外は雪が降っており、それに風も吹き始めていた。


母親の心配をよそに、インターホンが鳴る。




「噂をすれば、かな」




父親は安心した様子で、玄関を開ける。


ナイフとは、意外に音が鳴らないものだ。


しばらくして、ドサッと誰かが倒れる音がする。




「あなた、いらしたの?、っ!」




キッチンから遅れて母が到着する。


胸のあたりから血が流れ、あたりは血まみれだった。


経った今まで話をしていた人間が天を仰ぎ、倒れている。




「あぁぁぁぁぁぁぁ!」




母は銅像に隠している剣を持ち、戦った。


父を殺した相手のナイフと鍔迫り合いとなる。




「逃げて!」




母親は少女に命じる。


鍔迫り合いをしている男の後ろから、さらに2人の男が出てくる。


戦いは数だ。


母親の服から血がにじむ。


体がフラフラした後、後ろに重心が傾く。




「に…げ…」




少女は腰を抜かし、隅で震えることしかできなかった。


男たちが近づく。


なぜか力が入らない。


少女の頭に鋭い衝撃が走り、視界は徐々に暗くなっていった。




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「やりましたね」




「ああ、貴族出身の生娘だ。変態どもには相当の高値が付く」




少女は薄っすらとした視界の中、男達の声が聞こえる。




「出発を急いだほうがいいんじゃないか?」




他の男が口をはさんでくる。




「この吹雪の中だ。下手に動けば俺たちまで地獄行きだ」




どうやらここは山小屋のようだ。


外は目の前が見えないほどの猛吹雪である。




「この天候でここを特定できる奴なんていやしない。天候が落ち着き次第出発する」




突如。


爆裂音。


飛び散るガラス。


そして、血しぶき。


男の頭には小さな穴が貫通している。




「なっ!」




男たちは息をのむ。


全員の体が固まる。




「がっ!」




少女の視界がはっきりと戻り始める。


上体を起こし、周りを見渡す。


そこら中に広がる血。


割れた窓から吹き付ける冷気。


一人は頭にナイフが突き刺さっており、もう一人は首があらぬ方向に曲がっている。


そしてもう一人。


不精ひげに伸びた髪の風体の若い男。


こちらに向かってくる。


少女はまた動けずにいた。




(やめ、て…!)




痛みは、なかった。


男は自身のコートを少女に被せると、背を向けてしゃがんだ。


乗れ、ということなのだろう。


少女がおそるおそる背中に乗ると、男はザクザクと吹雪の中を進み始めた。


すると、二人の目の前には山小屋が見えた。


男は焚火を起こし、近くのソファーに横たわる。


男は少女に声をかける。




「名前は?」




「ミア…」




「なぜあそこにいた?」




「知らない…、お父様もお母様も殺されて、気づいたら…」




男はため息をつく。




「吹雪が治まったら街まで連れて行ってやる。それからは自分で何とかしろ、いいな」




ミアの表情は晴れない。


虚な目でゆらゆらとゆれる火を見つめている。




「私、どこへ向かって帰ればいいの?」




「…」




「わたしにはもう、帰る場所がない」




ミアは泣いていた。


声を荒げる元気はもうない。


ただ感情が逃げ場を欲して流れるのみ。


幾ばくかの時間が流れる。


木が燃え、パチパチと音を立てている。




「俺にももう無い」




ミアは少しだけ男の方を向く。




「皆、俺のせいで死んじまったよ」




「そっか、一緒だね…」




ミアは立ち上がると男の上にかぶさるように寝る。


泣きながらか細い声で発する。




「一緒にいてよ…」




男は左腕を自分の目に当てる。




「俺といると、死んじまう」




「でも、一人は、怖い…」




男はしばらく止まっていた。


男はミアに問う。




「ほんとに、俺でいいのか?」




「うん」




男は慣れない手つきで、片方の腕をミアへと回す。


もう一方の腕は頭へ。




「あったかい」




ミアは男に問う。




「ねぇ、名前は?」




「…ライ、シャ」




その名前は、死してなお竜の進軍を止めたとされる大英雄の名前だった。

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