第6話 惨劇

 ガラッ、ドドドドドドドド!!


まるで洪水のように押し寄せる、土砂は


渡邊先生の前でバスに降り注いでいく、


横転したバスの中には、まだ生きている生徒がいるのだろう。


必死に窓から手を出して、這い出ようとしている。


その光景を目の前にして走り出そうとする、渡邊先生。


「ま……まって、まってくれぇ!!」


生命の無い物に向かって必死に叫ぶ、


そんなことは、お構いなしに次々と降り注ぐ土砂は、


無慈悲にもバスを斜面に押し出そうとする。


「いやぁあああああ。助けてえええ」


「うわああああああ!!」


降り注ぐ土砂に混じって、悲鳴らしきものが聞こえてくる。


「頼む、やめてくれぇ!!」


渡邊先生は降り注ぐ土砂を無視して、向かおうとするが、


強い力で羽交い絞めにされた。


「行ってはいけません。行っては駄目なんです」


鬼頭先生が全身の力を振り絞って、渡邊先生をとめる。


「うぁ……ああぁぁあ……頼む、行かせてくれ」


「頼む……」


声を振るわて、懇願する渡邊先生を


鬼頭先生は決して離さなかった。


「行かせません、例え貴方に恨まれることになってもです」


力強い言葉で制止されるが、渡邊先生は耳をかそうとしない。




 二人がもみ合いをしてる間に、最愛の妻を乗せたバスは、


土砂の力に抗えず、斜面へと突き落とされていった。


「助けてええええぇ」


「いやぁああああああ」


バスからは絶叫がこだまし、周りの木々をなぎ倒しながら、


土砂とともに転がり落ちる。


ばっしゃーーーん。


落とされた先には、雨で増水した川が流れていた。


川の濁流に飲み込まれ、隣のクラスの生徒たちには、


二度と会うことが出来なかった。


その様子を上から、恐怖と困惑に支配された、


生徒たちが見下ろしていた。




 渡邊先生が抵抗をやめたのは、バスが斜面に落ちて行ったのを


見送った時だった。


鬼頭先生に引きづられるように、生徒たちのところに連れてこられた。


すでに放心状態で、膝から地面に崩れ落ちた渡邊先生は、


ただ、下に俯いてアスファルトを眺めているだけだった。


ただ、こうして渡邊先生が立ち直る時間を待つほど、


悠長な状況でもなかった。


鬼頭先生は、日下先生に


バスから生徒は全員出たのか確認していた。


「生きている子は全員でました」


それは今立っている、20名の生徒たちだけが、


生存者だということを、言い表していた。




 いつ、落石や土砂が降り注いでくるか、わからない状態で、


事故現場に留まるのは、危険と判断した鬼頭先生は、


生徒たちに来た道を、徒歩で引き返すと告げる。


雨がだんだんと強くなり、軽傷な男子生徒が、我、先にと先頭に立った。


三名の男子生徒が来た道を急ぎ足で、引き返そうとしてるとき、


先ほどと同じ轟音が鳴り響く、それは、まだ踏みとどまっていた生徒たちに、


衝撃すぎる光景であり、自分の死を直感した瞬間でもあった。




 空から聞こえた轟音は、狙ったかのように男子三人に、


落ちてきた。


落石だった。目の前でスイカ割りをした如く、人間が潰れるのを目の前にして、


へたり込む女子生徒、呆然とする男子生徒、恐怖におののく女子生徒、


だが、絶望は途切れることなく、生徒たちを恐怖のどん底叩き落とそうとする。


その上から土砂が降り注ぎ、来た道も行く道も完全に断たれてしまった。


「終わりだ……俺たちここで死ぬんだ……」


恐怖に耐えかねて、泣き出す男子生徒に、


鬼頭先生は、


「泣くな、泣いたからって、状況が変わるわけじゃない」


「生きることを諦めるな!!」


と怒号を飛ばす。


「日下先生、この斜面を下りましょう」


「危険じゃないですか?」


「ここで上から何かを降ってくるのを待つつもりですか?」


「……」


日下先生が黙ると、無言で頷いた。


残った生徒はガードレールを超え、山の斜面を


慎重に、慎重に、降りて行った。




 ここまで来る途中に、何本もトンネルを抜けてきた。


来た道を戻ればいいはずだったのに、土砂は広範囲を埋め尽くし、


アスファルトの痕跡はおろか、目の前には土砂でできた壁が作られていた。


クラスメイト一行は斜面を下りて、川沿いを抜ける事で、元の道路に戻ろうとしていた。


下に着くと、まだ、人が歩ける場所は残っていた。


怪我した生徒を支えながら、歩き続けると、人が集まれるほどの岸辺が出てきた。


岸辺にも土砂は流れてきていたが、その前に岸辺から見上げるほどの高さに、


道路は位置していた。


落胆し、憔悴しきった生徒たちは、その場にしゃがみ込む者もでてきた。


誰かが叫んだ。


「先生!!あそこに橋が見えるよ!!」


上を見上げると、確かにつり橋がかかっている。


辺りを見渡すと、茂みに階段らしき道も見えていた。


「先生、ここから行けそうだよ」


日下先生が、いったん確認をするために、先に行く。


戻ってくると、


「確かに行けそうです」


「鬼頭先生どうしますか?」


「このまま、ここにいてもこれ以上の増水も考えられますから」


「少しでも、高いとこに来ましょう」


生徒一行は、日下先生を先頭に階段上になっている道を上がっていく。


茂みをかき分けながら、上に辿り着くと、今にも崩れそうなつり橋が左手に出てきた。


右手を見ると木が生い茂り、下の方は川になっていた。


道路と岸辺のちょうど中間くらいにできた、


人工物は橋を架ける為だけに、作られたのだと思えた。


風と雨に揺られ、つり橋は、


きぃきぃ


と、不気味な音を立てている。


日下先生が、一番につり橋に足をかける。


メキメキ、ミシミシと今にも足場は折れそうなほど、


頼りない音を上げている。


「私から渡ります」


日下先生はその崩れ落ちそうな、つり橋を


繊細な足取りで渡り始めた。

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