鏡の向こう側

@ngmrn17_svn

「鏡よ鏡、私に幸せは訪れる?」

毎日鏡に問いかけて返ってくるはずがない返事を待った。


「鏡よ鏡、私に幸せをください。」

今日もいつものように鏡に独りごちた。

次の瞬間、私は見たこともない場所に立っていた。


壮大な海。

青い海。

広がる空と潮の匂いが鼻を掠めて

「世界は広いよ。」

とでも言うように私を包む。

呑まれそうになるのが怖くて辺りを見渡した。

1人の少年が哀しそうに立っていた。

ただ1人で孤独だった。

「どうしたの。」

思わず声をかけてしまった。

もしかしたら私と同じかもしれない。

淡い期待を込めた言葉は次の瞬間、散った。

「お母さんがお空に逝っちゃった。

僕の星になっちゃった。」

何も言えなかった。

「そっか。」

それだけしか言えなかった。

少年は続ける。

「ここにいれば会える気がしたんだ。

空と海は同じ色。

繋がってるってことだよ。」

なんて綺麗な考えをするんだろう。

私にはそんな純粋な心はもうとっくにない。

薄汚れた醜悪な欲望だけが心に依存していた。

少年は消えていった。


どれくらい歩いただろう。

いつの間にか活気のある街に来ていた。

また何の気もなく辺りを見渡す。

気難しい顔をした老人がやるせなく橋を見つめていた。

「どうされたんですか?」

声をかけてしまった。

「若者が身を投げようとしていた。

喪っていい命など何処にもない。

たとえ関わりがなくとも胸が締め付けられる思いだった。」

何も言えなかった。

「そうなんですね。」

それだけしか言えなかった。

老人は続ける。

「お願いだから命を棄てないで欲しい。

辛いのはこの世界が悪いから自分を責めないで欲しい。」

その言葉が強く刺さったまま抜けない。

自分の意志をもった老人の前では泣けない。

自分の正義を貫く老人の前では泣けない。

その強さが羨ましかった。

老人は消えていった。


気づけば同じように何人かに声をかけてしまった。

声をかける度、見つけてしまう自分にはない物。

羨ましかった。憎かった。欲しいと思ってしまった。

命なんて要らない。

こんなに苦しむくらいなら命なんて要らない。


泣き疲れて気を失った私が目を覚ましたのは最初の海だった。

少年はいなかった。

老人もいなかった。

声をかけた全ての人がいなかった。

海に足を進める。

冷たい海水が私の頭を冷やす。

全部私だ。

今日出会ったのは全部過去の私の心だ。

気づいた途端叫んでしまった。

「あの頃の純粋さが欲しい。

あの頃の強さが欲しい。

あの頃の優しさが欲しい。」

願うものを全て叫んだ。

醜悪な心の欲望を思いのまま叫んだ。

今の私にはないものを持っているくせに、何でそんなに辛そうな顔をするんだ。

幸せじゃないのは何でなんだ。

虚しくなって脱力した。

体が沈んでいった。


ここは何処だろう。

嗚呼、今見ていたのは夢だったのだろうか。

気づけば元の世界に戻ってきていた。

髪を触ると濡れている。

私は確かにあの世界へ行ったのだ。

そしていつものように、けれどもいつもと違う問いを鏡に投げかける。

「鏡よ鏡、幸せとはなんですか?」

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