書けなくなった勝負事 完
朝香るか
1.公園にて
夕方、小さな公園でブランコに座っている男女がいた。男は頭を抱えるようにしている。カッコいい革のジャケットを身に着けている男が、ブランコにのっている様子はとても滑稽だ。彼の方をむいている女はフワフワのスカートをはいている。足をぶらぶらさせながら、もう一人は彼の言葉を待っていた。
太陽が隠れて暫くたった。電柱のライトに蛾が寄ってくるほど暗くなって、ようやく彼は口を開いた。
「書け無くなってしまった」
彼はぽつりと言った。何の感情も見受けられない。唯の呟き。それは彼の戸惑いを象徴しているようだった。
「あんなに書きたいキャラもストーリーもあったんだ。それなのにかけなくなった」
落ち込んでいる彼を尻目に彼女はブランコをこぎだした。
「どうして?」
「何でだろうな。きっかけは覚えていない」
「そう」
彼女はいかにもどうでもよさそうな、関心のない声で返す。数秒黙った後に決意したようにきっぱりという。
「そんなこと言われても私にできることなんかないわよ」
「ある。だからピアノを弾いてもらおうと思ってね」
「ピアノ」という単語がでた瞬間、彼女の表情が険しくなった。彼女は声を荒げた。
「私は落ち込んでいる人に聞かせるほど巧くないわ。だからってスランプってわけでもないのよ。これからレッスンがあるから」
彼女は黒いバッグを荒々しくつかんで公園を出て行った。
「どこが違うんだよ。お前と同じだからこんなところにきてるんだろうが」
認めたくないのだろうが彼女もまたスランプだから。
もっとも彼女の方がより深刻なために、焦る気持ちも強い。だからこそできなくなったと認めることができないのかもしれない。
彼女の父親は有名なピアニスト。世界をまたにかけてコンサートを開催している有名人。
その娘が彼女であり、全国のピアノ大会で優勝した実力者である。
ライトアップされた舞台。完璧な時間を心待ちにする観客たち。つまらないミスは許されない完全実力主義な空間。そんな厳格な空気の中で実力を出し切れた彼女は賞賛の的になった。
優勝したその日から彼女の人生は変わる。
大きいとは言えないホールにあるボロボロのピアノを使っていた。
しかし音楽大学に推薦では居ることが決まって、立派なグランドピアノを弾くようになった。
「それがいけなかったんだろうな」
今までとは違うプレッシャー。失敗することは父親の顔に泥を塗るのも同じこと。
だから人から見られることが怖くなった。誰にも完璧な自分しか出せなくてだから此処に来る。
「ま、人のことをあんじているほど俺も暇じゃないか」
彼は親の脛をかじって勉強している身。生活させてもらっているのだ。一人立ちしなくてはならない時は近い。
それまでにやりたいこと、磨きたい能力、これからの生活のあり方を確立しなければならない。
そんなことを考えながら彼もまた小さな公園から出て行った。
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