第2話 部活再開とワープホール

 翌日。


 放課後、部室まで足を運ぶと既に部長がいた。珍しく漫画や同人誌を読んでいなかった。


 部屋は散らかっており、机の上には起動中のノートパソコンと書きなぐりされたコピー用紙が散乱していた。




「なにしてるの?」


「部活」


「えっ?」




 約二か月間、部活と称してダラダラしていた態度からは考えられないセリフであった。


 部屋の奥を見ると、ニッパーを片手にした部長と何やら大きな装置が横たわっていた。




「とうとう、部活ニートも卒業か。お父さん、うれしいよ」


「誰が部活ニートか。それにお前は俺のお父さんではない。年下の分際で生意気なやつだな」


「年下って言っても、たった1か月違いだろ。しかも、学年同じだし」


「うるさい。日本は年功序列社会なのだ。年上を敬え」




 ぶつぶつと言いながらも、部長は手を動かし続ける。


 僕も手伝った方がよいだろう。


 端にカバンを置き、机の上の資料を見る。パソコンには全体のモデリングが表示され、コピー用紙には回路図が掛かれていた。


 何が書いてあるのかさっぱり分からない。


 モデリングを見ても、何がどうなっているのかが分からないし、回路図も複雑なのと字と線が汚すぎて読めない。定規ぐらい使ってくれ。




「ねえ。これ何作ってるの?」


「無線充電装置。無線君」


「無線充電装置?」


「置くだけで充電できる携帯とかあるだろ?あれの充電器を作ろうと思ってな」


「ああ。あれね」




 たしか、充電器のコイルの円で磁界を作って、スマホの内部に搭載されたコイルで磁界を電気に変換するって感じの構造だった気がする。


 しかし、部長が現在作成中の無線充電装置、無線君はスマホの大きさとは比べ物にならないほど大きい。まだ未完成なのでなんとも言えないが、コイル円の半径が1メートルほどあった。




「ちとコイルが大きすぎやしませんか?」


「結果作りの為の文化祭の発表なんだ。ちょっと変わったものを作らないとあいつが廃部の印を押すかもしれないし。部屋の端から端でも充電できるように大きくしてみました」


「コイル大きくしただけでそんなに変わるのかねぇ……」




 改めて回路図を見てみるが、字が汚すぎてよくわからない。ヘナヘナした図面と干からびたミミズみたいな字で紙面は埋め尽くされていた。




「ボールペン講座でも始めたら少しはマシになるのかねぇ……」


「?」




 部長はよくわからなそうな顔をしながらドライバーを回していた。


 一応、僕も部員なので手伝う事にした。と言っても、設計図に何が掛書かれているか解読できなかったので、部長の指示通りに線をつなげたり、ネジを閉めたりしていただけなのだが。具体的な構造について、口頭で説明を求めたが、部長の解説が下手過ぎてさっぱりだった。


 そんなことをしている内に暗くなってきた。あと、三十分程度で完全下校時刻を迎えそうなときに、




「よし、動作確認するか」




 部長がテスター片手に言った。




「これ動くの?」




 装置の周りには配線やら、コイルの切れ端等が散乱していた。本体の方も配線でぐちゃぐちゃしている。




「……たぶんな」




 部長がスイッチに指を伸ばす。


 電源を入れた瞬間、装置から光と振動が漏れ始めた。僕は、まぶし過ぎて反射的に手で視界を塞いだ。




「な、なんだ?」


「おかしいな。こんな事が起こる設計はしてないはずなんだけどな……」




何かが燃えているかと思ったが、光は炎のようなオレンジ色ではなく、LEDの白色光に近かった。でも、部長曰くLEDは使用していないらしい。しかも、発光は円状になったコイルの中心部から発生している。そこには何もないはずだ。


 振動もますます大きくなり、始めは大したことがなかったが、今では部屋全体にまで広がった。




「部長、とりあえず、電源止める?」


「いいや、先に原因を究明しておきたい。見た感じショートによる発火とかではないっぽいし、すぐに止めなくても大丈夫だと思う」




 部長はテスターを片手に装置を調べ始めた。色々な所の電圧や電流を計測している。


 そう言えば、この装置の元々の目的であったスマホの充電は出来ているのだろうか?


 僕は、自分の携帯を取り出してみた。充電開始のマークは出てない。




「部長、スマホの充電できてないぞ」


「うーん……どこが悪かったのか俺にもさっぱりわからん。見た感じ設計図通りに作れてるはずなんだけどな」


「設計段階からおかしいところがあったとか?」


「その可能性はあるけど……設計図もぱっと見変な所はないし……うーむ……わからん」




 部長はさじを投げるかのように、設計図の書かれた紙を宙へ放った。投げられたコピー用紙はふわふわと落下し、装置の方へ。そして、問題の光源であるコイルの中心部へふわふわと吸い寄せられた。用紙と光がぶつかった瞬間、僕の目の前から用紙は姿を消した。




「あれ、部長。設計図の紙、消えちゃったよ」


「え?なんだって?」




 部長はちょうど目を離していたみたいだ。




「だから、コピー用紙が装置の光に触れた瞬間消えたんだって」


「は?そんな馬鹿な事があるはずないだろう。風にでも乗って飛ばされたんじゃないの?」


「この部屋窓も開けてないのに?」




 この部屋は窓も開けてないし、クーラーも扇風機も今日はつけていない。完全な無風だ。


 部長は立ち上がり、装置をじっと眺めた。




「これの光っているところで設計図が見えなくなったんだよな?」


「ああ」


「装置の裏側に落ちていったのかな?この光ってる所、コイル円の中心で何もないはずだから、裏にすり抜けていったんじゃないの?」




 本当にそうなのか?


「僕が見た様子だと、すり抜けるっていうより、掃除機に吸い込まれるような感じに近かったけど」




 僕と部長は装置の裏側を覗いてみた。しかし、設計図は落ちていなかった。装置の手前側も調べてみたが見つからない。




「『吸い込まれたみたい』って言ってたよな?」


「ああ」


「なら……」




 部長はポケットから消しゴムを取り出すと、光へ向けて放った。放物線を描いた消しゴムはまるで吸引されるように、光源へと姿を消した。




「ふーん……確かに『吸い込まれてる』な。裏を見ても落ちてないし、どこへ行ったんだ?」


「知らないよ」


「なら、これならどうだ?」




 部長は光源の中へ手を突っ込んだ。


 僕からすると、不気味な現象が起こっている元に、自分の身を投じるなんてありえないが、部長はためらう様子もなかった。




「清。裏側から俺の手がどうなってるか見てくれ」


「ああ」




 僕は装置の反対側へと回る。しかし、そこにあるはずの部長の手はなかった。


 ちなみに清というのは僕の下の名前だ。




「どんなマジックだよ……」


「どした?」


「部長の手が見えないんだけど……手品なんていつの間に覚えたんだ?」


「しらん。俺は手品なんてつかってないぞ?」


「じゃあ、部長の手はどこへ消えたんだよ」


「わからん」




 部長は一度手を引き抜いてみた。突っ込まれた右手は見た所代わりはない。




「ほら、俺の手はちゃんとある」


「うーん。確かに裏からだと見えなかったんだけどなぁ」


「本当に?光がまぶしすぎて見落としてたんじゃないのか?」


「そんなことはないとは思うが……」


「なら、今度はお前が手を突っ込んでみろよ」


「え?」


「お前がちゃんと目視できないなら、俺が見るしかないだろ?手が消えたとか、そんな馬鹿な話があるわけないだろうし」


「本当に消えたんだって。嘘じゃない。よく確かめた」


「ほんとに~?」




 いかん。何とかして、部長に手が消えたという事を納得してもらわないと、今度は僕が実験体にならないといけなくなる。彼とは違って、僕には恐怖を押し殺して、自分の体を賭けられるほどの精神力は持ち合わせていない。わが身が可愛いのは誰だってそうだろう?例外は部長ぐらいだ。




「うーん。やっぱり引っかかる。お前、早く手を突っ込めよ」


「嫌だよ」


「なんで?」


「怖いから」


「俺はお前の嫌だを聞き入れる事が嫌だ」




 無茶苦茶言うな。


 しかし、部長を見ていると、どうしても自分の目で確かめなければ引く様子はなかった。このままだと俺の手が犠牲になる。何とかしなければ。


 あたりを見回してみると、掃除用具が入ったロッカーがあった。


 そうだ。わざわざ人間の体を使わなくても、消えるかどうかなんて物で確かめればいいじゃないか。




「これでどうだ?」




 僕はほうきを持ってきた。




「僕がこれを光に向かって突っ込むから、部長は反対側から消えているかどうか見てみてよ」


「まあ、ビビりの米山君の為にそれで良しとしてやるか」




 僕がビビりなんじゃなくて、部長のブレーキがぶっ壊れてるだけなんだよ。


 ともかく、承諾が取れたので、僕は箒を光源へ向けて突っ込んでみる。もし、消えなければ、装置の向こう側に届いているはずである。




「どう、部長?見えた?」


「いや、何も見えん。もっと奥まで突っ込んでみてくれ」




 今でも十分に突っ込んで、部長側に先から二十センチほどは届いているはずである。それぐらいあれば、いくら光がまぶしくても確認できるだろう。


 まさか、この光は本当に物を消す力でもあるのか?


 もう少し奥まで押し込んでみる。




「どう?」


「いや、何も見えん。もっと奥まで」


「これ以上突っ込んだら、僕の手まで巻き込まれるのだが」


「構わん。やれ」


「いや、構えよ」




 これ以上、部長の言う通りにすると僕の体まで犠牲になりそうだったので、箒を引き抜いた。




「なんでやめるんだよ」


「僕にも、自分の体を守る権利はあるからな。被害を受けそうな命令は断固拒否する」


「ちぇっ」




 『ちぇっ』ってなんだよ。僕の体を危険にさらしたがるな。




「にしても、俺が裏から見ても本当に何もないし……どうなってるんだ?」




 部長は表へ回ると、再び装置に向けて手を突っ込んだ。




「さっきから何の躊躇もなく手、突っ込んでるけど、大丈夫なの?痛くない?」


「別に痛みはないな。でも、スース―はするかも」


「スース―?」


「ちょっと涼しい感じがする。冷蔵庫の中に手を入れたような」


「ふーん……」




 一体どうなっているのだろうか?この光源の正体は実はワープホールで本当に冷蔵庫にでも繋がっているのだろうか?




「思い切って入ってみるか」


「は!?」




 部長は、手だけではなく、足を突っ込み、更には頭も突っ込んで、体の半分が中へ入ってしまった。




「ちょ……大丈夫?」


「……」




 返事はない。


 僕は裏へと回ってみたが、やはりというべきか、部長の姿はみえなかった。神隠しにでも合いかけているのだろうか?


 再び表へと回ってみる。すると、今度は部長の姿は完全に消えてしまっていた。




「部長!おい、どこ行ったんだよ」




 本当に神隠しか。部長はこの部屋からきれいさっぱり消えてしまっている。声を張り上げて呼びかけてみるが、返事はない。


 この装置は一体何なのだろうか?謎の振動に謎の光。そして消えた設計図と部長。


 訳の分からない状況に、頭がパニックになりかけていた。


 落ち着け。落ち着かないと……


 装置の電源を切るか?いや、もし電源を入れている状態でこの装置がワープホールみたいになっているのであれば、電源を切れば部長はかえって来られなくなるかもしれない。いっそう、僕も光の中に飛び込んでみるか?でも、僕まで戻ってこれなくなったら……




「おい。こりゃすげぇ。お前もこっち来てみろよ」


「へ?」




 どうしたものかと頭を抱えていると、装置から部長の顔が出てきた。




「お、お化けだ!!!」


「誰がお化けだよ。俺は生きてるっつーの」


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