僕と部長の異世界探索
@katatani_manabu
第一章 はじまり
第1話 部長と会長の口喧嘩
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
僕は負傷し、部長はいってしまった。
『彼女』は裏切って、僕たちを捕まえようとした。
破壊された装置を放置し、僕は隣の手芸部の部室へと逃げ込んだ。
階段からは追っ手の足音が聞こえる。
「この先だ!奴らを捕まえるぞ!」
「作戦では、***が拘束してるはずだ」
もう逃げられない。隠れてやり過ごすしかないだろう。旧校舎の階段は一か所しかない。
息をひそめ、部屋の隅でうずくまる。祈る事しか今の僕にはできなかった。
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ある高校の旧校舎の三階、階段から最も遠い辺鄙な部屋に僕ら『科学部』の部室があった。
「ねえー。部長。いい加減部活しようよ」
僕は机を挟んで向こう側でマンガを読んでいる男に話しかける。
彼は今井直正(イマイナオマサ)。この部活の一応部長である。しかし、連日部室に来ても、漫画を読んでいるかアニメを見るか、ラノベ読書をするか、ゲームしかしてなかった。
「だってさぁ、友恵が卒業してから、お前と俺の二人だけになったし、どーにもやる気がでないんだよね……」
「だったら、廃部にしたらどうだ?生徒会が『人数少ないから部屋よこせ』と毎日のように催促してくるぞ」
「やだよ。学校の中で人目を気にせず過ごせる空間があるのはなかなか快適だし。それに夏なんか電気代学校持ちでクーラーとかガンガン回せるから、ここで時間を潰せると経済的に節約にもなるんだ。ネット回線もあるし」
一応、パソコン室以外でPCを使ったら校則違反なのだが、部長は勝手にどこかからランケーブルを引いていた。たまにノートパソコンを接続していた。
「学校をネカフェ代わりにするな。あと、時間を潰すんじゃなくてもう少し生産的に使う気はないのか?」
「ない」
「……即答かよ。もう少し迷えよ。勉強するとかさぁ」
「ふっ。理系学年一桁の俺に勉強しろだって?俺にアドバイスをしたかったら俺よりいい点数を取ってから言うんだな」
悔しいが部長は数学やら物理のセンスはあるようで、理系の成績はかなり良い。“理系は”
「……赤点取って補修になっても知らないかな」
「……うるさい。黙れ」
気分を損ねてしまったようで、部長は目線を漫画に戻すとそれ以上何も言わなかった。
僕はやることもなかったので古文の宿題でもする事にした。
約二十分が経過した。
「ふー終わった」
僕はドリルを閉じて問題集を閉じ、カバンにしまう。
下校時間まで、たっぷり時間はある。次は何をしようか。
ふと部長の様子を見てみると、
「ぐへぐへ……ぐへへへ。妹っていいなぁ……」
薄気味悪い顔をしながら同人誌を読んでいた。表紙に十八禁のロゴが入っているものを。
この馬鹿、学校でなんて物を読書しているのだろうか……
「ぐへへ……俺も妹が欲しいなぁ。姉貴返品したら、クーリングオフで妹もらえないかな」
「部長は自分のお姉さんの事なんだと思ってるんだよ……『妹』って肩書がそんなにいいか?」
「当たり前だろ。妹は神。あんな野蛮で暴力馬鹿な姉貴と一緒にするな」
……よくわからない世界だ。妹ってそんなに魅力的かねぇ。僕も妹を持っていないから何とも言えないが、妹持ちの友達曰く、『妹なんておやつ奪ってくるし、しょっちゅう喧嘩するから可愛くとも何ともない』とのことだったので、部長の思っている存在とは違う気がする。そもそも、部長は二次元と三次元の境目をきちんと認識しているか怪しい。
あと、クーリングオフって契約取り消しの制度だから返品しても代替え品は来ないと思うぞ。
「ただでさえ部長は生徒会から目をつけられているのに、こんなところもし見られでもしたらどうするんだよ。部室の件もあるし、昨日だって掃除中にソシャゲやってる所会長に見つかってこっぴどく叱られてたじゃないか。『次校則違反を見つけたら活動停止。悪質な場合は廃部にする』って警告されてただろ」
「大丈夫。大丈夫。廊下に人感センサー取り付けたし、誰か近づいてきたら分かるようにしてある。ドアの鍵も閉まってるし完璧完璧」
はて鍵は閉まっていただろうか?最後に入ったのは僕だったけ?部長だったけ?
考え込む間もなく、机の上に置いてあったLEDライトが赤点滅をし始め、ブザーが鳴った。
「ヤバい。誰か来た」
「隣の手芸部じゃないの?」
「いや、手芸部は今日休みのはず。ってことは生徒会の連中の可能性が高い」
部長は慌ててエロ同人とスマホ、卓上に散乱していたお菓子諸々をカバンに突っ込む。
ファスナーを締めると同時に部室のドアが勢いよく開いた。
あ、ようやく思いだした。最後に部室に入ったのは僕だった。すまない部長、鍵は閉め忘れていたよ。
「ノックぐらいするのが礼儀じゃないのか?須川会長?」
「礼儀というのは尊敬する相手にするものですの。悔しかったらあなたも校則違反や怠惰な部活動をおやめになったら?今井」
部長は舌打ちをして顔を背ける。
この二人犬猿の仲なのだ。
『なんで鍵締めてないんだよ』とでも言いたいのか、部長は僕を睨む。
ごめん。そんなに怒らないでおくれ。
生徒会長、須川友理奈(スカワユリナ)はズカズカと部室へ入ってきた。
「で、『今日も部室の明け渡し』の話か?」
「そうですの。察しが良くて助かりますわ。米山さん」
「おい、なんで清はさん付けで俺は呼び捨てなんだよ」
「うるさいですね。先程も述べた通り、私は相手が尊敬に足る人物であれば誠意ある対応をさせて頂きますの」
「ほう?だったら俺は尊敬に足る人物ではないと?」
「ご自分の胸に手を当てて考えてみたらよくて?」
「なんだと!?」
「まあまあ、二人ともその辺にしてさ。部長も下手に反抗したら部室取り上げられるかもしれないんだよ」
僕は一触即発な雰囲気を何とか抑えようと最善を尽くした。
努力の結果もあって、何とか二人とも着席するところまではできた。
しかし、不穏な空気は今も流れている。お茶を淹れている僕の背中にはプレッシャーがピリピリと伝わってきた。
三つ分、注ぎ終わると、丁寧に且つこやかにするよう心掛けながら、会長に湯飲みを手渡す。
「ご丁寧にどうも」
「いえいえ」
僕と目が合った一瞬だけにこやかになった。しかし、正面に視線を戻すとまた険しい表情に戻る。
「ほら部長も」
「ん」
部長は受け取ると、一気に口元へ注いだ。飲み干すとバンと音を立てながら卓に湯飲みを置いた。いや、たたきつけるの方が表現として適切だろう。
一方の会長は丁寧に両手を使いながら少しずつ飲んでいた。
「この味は……京都の宇治の方のお茶ですか?香りもよく、実に口当たりがよくておいしいですね」
「ど、どうも」
それ、スーパーで一番安いティーパックのやつなんだけどな。もちろん産地なんて知らん。
にこやかな会長に嘘をついたみたいでちょっと罪悪感を抱いてしまった。きっと今の僕は鏡で見たら、自分でも気持悪いような苦笑いをしているだろう。
「へっ!そんなお上品なお茶なんてここにあるかっつーの。それはスーパーの特売で一番安く売られてたやつだよ。何勘違いしてるんだよ。お前の舌、バグってるんじゃねーの?」
こ、こいつ……僕がせっかく雰囲気良くしようと頑張って取り繕っていたのに、指さして笑いやがった。よほどツボにはまったのか、机を叩きながらゲラゲラと笑ってる。
「あらすみません。米山さんの淹れ方がとてもお上手だったもので、私勘違いをしてしまいました」
ティーパックのお茶なんて誰が淹れても同じだと思うが……
オホホと笑っていた会長の背中に黒い何かが見えた。見ているだけで背中がゾッとする。
「そろそろ本題に入りましょうか。今井部長、米山さん?」
「は、はい」
委縮する僕とは反対に、部長は涙を拭きながらまだクスクスと笑っていた。
「ご存知だとは思いますが、当校の部活は四人以上じゃないと部室が与えられませんの。科学部は前年度、三人でしたが、文化祭での出し物の評判や、その活動内容の高度さやコンテストへでの成績等を加味して、特例として部室使用を許可しました」
「普通、ブランド物の茶と最安値ティーパック間違えるか……クスクス……しかもあんなに自信満々に……クスクス」
こいつまだ笑ってやがる。よほどツボに入ったらしい。
会長はまたにこやかな表情をしていたが、再び背中に黒い何かを発し始めたようにみえた。
「こ、この馬鹿がすみません。どうぞ続けてください」
「……昨年度及び、二年前からの発足当時からの科学部の活動成績から期待して今年度も部室の使用を特例として許可しました。しかし、四月からのあなた達の様子を見ているとどうですか?まともに活動しているようにも見えず、今井部長は度重なる校則違反、おまけに成績も壊滅的。これでは、部室使用の取り消し、いえ、科学部の廃止も検討しなければなりません」
「ほー。この俺が成績が悪いと?理系一桁常連の俺にひどいいちゃもんをつけてくれるじゃないか?」
「……古典十二点」
「ぬ!?」
「他にも現代文二十六点、漢文三点と。社会系の点数も読み上げた方がよろしくて?」
顔から血の気が引いてくる部長。確かにこの男は理系の成績はいいのだ。“理系は”
逆に文系の成績は壊滅的で、二回に一回ぐらいの割合で追試を受けさせられている。
「な、なんでお前が俺の中間の点数知ってるんだよ!?」
「生徒会長たるもの、部活動にうつつを抜かして学業が疎かになっている生徒が居れば、部活停止等の措置を行う為にある程度情報請求の権利は与えられておりますの」
「ぷ、プライバシーの侵害だ!お前が理事長の孫娘だからって無茶苦茶しやがって。無法も大概にしろよ!」
「あらあら。校則はお読みになったのかしら?生徒会は成績不振による部活動の審査の為には、情報請求が出来ますの。それも知らずに、ひどい『いちゃもん』だわ。もしかして文字も読めないのかしら?私の舌がバグってるのでしたら、あなたの目も『バグってる』のかしらね?」
「ぐぬぬ……」
顔を顰め、明らかに悔しそうな顔をする部長。会長はしてやったりと満足気な笑みを浮かべていた。
なぜこの人達はお互いにマウントを取ろうとするのだろうか……
「ってことで今井。あなたが次のテストで赤点を一つでも取ったら問答無用で廃部になるから。言っておくけど、文系のテストが合格点に達しても、理系で赤点でもアウトですから」
「ほざけ。文系ならともかく誰が理系で滑るかよ」
「ならいいのだけど。更に、活動実態作りとして、文化祭にて何かしら研究発表を行いなさい。活動実態のない部活を野放しにはできないから、それくらいはやってもらいます」
「文化祭ってまだ3か月ぐらい先だろ?まだ早いんじゃないのか?」
「ええ。それは今井の言う通り。だけど、あなた達の場合は研究発表だから色々と時間がかかるのではなくて?だから親切に早めに勧告してあげてるのよ。感謝しなさい。今井」
去年の科学部も文化祭で研究発表をした。色々とやっていたら、結構時間もかかったし、去年の今頃から動き始めていた気がする。
「それで、部長が赤点出さず、かつ文化祭で発表をすれば部室はこのままってことでいいのか?」
「その通りです。もちろん、その条件をクリアしていたとしても校則違反等の問題行動を起こしていれば話は別ですが」
「……お、おこすわけないじゃないですか……」
部長の目は泳いでいた。
「米山さんはそうでしょう。せいぜい、制服の着方がだらしないとか、廊下を走る程度の違反しか犯していませんから。注意すれば素直にやめて頂けますし。『米山さんは』」
「……なぜこっちを見る」
部長が不満げな顔で須川を睨んでいた。
「なぜだと思いますか?ご自分の胸に手を当ててみればよくて?」
「けっ。語彙力低くて同じセリフ使いまわしてやんの」
「そういう減らず口はまず現代文の赤点を回避してからにしていただきたいですの」
「ぐぬぬぬ……」
「そうそう。再来週から風紀強化月間ってことで、生徒会と風紀委員会合同で取り締まりを強化しますの。是非とも漫画やゲームの持ち込みはもちろん、緊急時以外の携帯電話の使用はおやめになってくださいね。是非とも清く正しく生きてくださいまし」
漫画というワードが出てきた所で部長がぴくんと揺れた。
今、部長のカバンがご開帳になったら会長さんはとっても怒るんだろうな。なにしろ、漫画+ゲーム+それ以上にヤバいものが詰まっているのだから。
会長は残りのお茶を飲み干すと「ご馳走様」と僕に湯飲みを渡し、生徒会室へと帰った。一瞬だけ見せてくれた笑顔と首を傾げた姿が可愛かった。
あの人は、外見は良い。一部の人以外には基本的に温厚だし。
「畜生………あのチビ……言いたい放題言いやがって……」
部長は凄くイラついている。いなくなった事を良いことに、念仏のように悪口を呟いていた。
「今度会ったらボコってやろうかな。喧嘩とかやった事ないけど、あれだけ体格差あれば痛めつけるぐらい余裕だろ……そうだスタンガンでも用意して……」
「やめといたほうがいいと思うぞ」
「なんで?懲戒食らう心配はない。バレないように上手くやるから」
「そうじゃなくて。あの人すっげー強い」
「え?あのチビが?」
「この間、体育館裏でタバコと酒やってた三年注意して、喧嘩になったけど五対一で完膚なきまでに叩きのめしたらしい。三年側が泣いて慈悲を乞うレベルで」
「須川側が五だろ?」
「いや、会長は単騎」
「……マジで?」
「マジで。しかも、そのうち二人はナイフ持ってたけど、何の問題もなく無力化できたとか」
「……」
「全員まとめて先生の前に突き出した後、ナイフ持ってたやつは警察に引き渡したとか。全員停学以上になったらしいぞ」
「……定期的にガラが悪いやつが校内からいなくなってると思ったらアイツの仕業だったのか」
「お前、スタンガンで須川会長の事ボコるんだっけ?」
「……」
「勝ち目ないからやめとけ」
「何者だよアイツ……化け物か?」
「噂だけど護身術学んでるらしいぞ」
「護身の範疇を超えているだろ。もうその道で食っていけるんじゃないのか?」
「知らん。もし、お前が会長に手でも出してたら、今頃灰にされてたんじゃないの?少なくとも暴力沙汰にしない事をお勧めしておく」
「……肝に銘じておく」
それ以降、部長は同人誌も漫画もカバンから出さなかった。青ざめた顔をしながら真面目に古典の教科書を読んでいた。
帰り道。
夕暮れに照らされながら、僕らは自転車で坂を下っていた。
「スカワコワイ……スカワマジコワイ……」
部長はまだ顔に血の気がない。
おーい大丈夫か?壊れたままだと、信号とか見落としそうで怖いのだが。
仕方がない。
「ほら、元気出せよ。そこのコンビニでジュースでも奢ってやるからさ」
「スカワコワ……えっ?マジ?奢り?高いやつ買うぞ」
「復活はえーな。現金なやつめ」
人の金だと思ってか、部長はエナジードリンクの一番高いやつを買い物かごに入れてきた。
天然水と取り換えてやろうかとも思ったが、下手に機嫌を損ねてまたぶっ壊れモードになったら意味がないのでやめた。
さらば僕の三百円。
「ほら飲めよ」
「いやー。米山君悪いねぇー」
「なら、もっと安いやつにしろっての」
部長は缶を受け取ると、ブルドックを引き、一気に流し込む。
それを横目に見ながら僕もオレンジジュースの蓋を開けた。
「それで部長」
「んーー?」
「須川の件どうするの?」
「スタンガン大作戦?」
「そっちじゃねーよ」
「ああ。部室の方か」
それ以外に何があるんだ。最悪、部長が一人で特攻してボコボコになったとしても頼むから僕を巻き込まないでおくれよ。
「力ではかなわないってことが分かったから、癪だがあいつの言う通りにするさ。期末で赤点回避して、文化祭の出し物も明日から用意し始めるか」
力でかなったら、この人、本当に力で解決するつもりだったのかな?
「詳しい内容は明日言う。今日はこれにて解散。エナジードリンクごちそうさん。じゃあな」
「また明日」
部長は空き缶を捨てると自転車に乗って帰っていった。
「さてと。僕も帰るか」
残ったジュースを喉に押し込むと僕も帰路へと就いた。
思えば、これが悲劇の始まりだった。もし、大人しく部室を渡していたり、部長が真面目に勉強せず赤点を取っていたり、本当にスタンガン大作戦を実行していれば結果は大きく変わっただろう。部活は廃部になり、学校内の僕ら専用個室はなくなるが、その方が何百倍もマシだっただろう。しかし、この時の僕も部長もそれを知るための手立てなど何もなかった。
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