【漫画原作】永遠の時をいだく天使 ― An Angel with the Clock of Eternity ―
スイートミモザブックス
プロローグ ~引き裂かれた宝物
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物語の始まりは、一九二〇年代のギリシャ。
貴族令嬢クリスティアナは、もう二度と会えない恋人に、とある宝物を託す。
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一九二〇年代 ギリシャ とある貴族の屋敷
夜の九時を過ぎ、ひとけのない裏庭が暗闇に包まれた。青白い半分の月が、西の空に浮かんでいた。
裏庭の果樹園には、両わきにアーモンドの木が立ち並ぶ小道があった。三月の今、頭上の枝には淡いピンク色の花が咲き誇っていた。柔らかな月の光が、枝を覆い尽くす花びらをぼんやり照らし出している。
クリスティアナは、小道の行き止まりで木の下に立ち、じっと待っていた。ディナーの席を中座して抜け出してきたので、
ほとんど足音もさせずに、黒い人影が近づいてきた。
「フレデリック!」
「クリスティアナ」
ふたりは固く抱き合い、息もつけないほど激しく唇を重ねた。
「もう行ってしまうのですね」唇が離れると、クリスティアナはあえぐような声で言った。
フレデリックが呼吸を整えてから、低く落ち着いた声で答えた。「ええ。お別れです。もう二度とお会いしません」
クリスティアナの目から涙があふれた。取り乱すまいと努め、胸に抱えたビロードの袋を差し出す。「これを」
フレデリックがけげんな顔で袋を受け取り、中身を確かめて目を丸くした。「でも、これは、あなたが父上から受け継いだ大切な……」
「お願い、持っていて」クリスティアナは、袋をつかんだフレデリックの両手をぎゅっと握って言った。「わたしは、片割れのほうをいつまでも大切にするわ。いつかまた、必ずひとつになれる。そう信じています……たとえ、わたしたちが生きているあいだは無理だとしても」
フレデリックはしばらく何も言えずに、クリスティアナの潤んだ瞳を見つめていた。それからゆっくりとうなずいて言った。「ぼくも信じよう。いつかまた、必ずひとつになれる」
ふたりはもう一度、激しいキスを交わした。フレデリックが、体の一部を引きはがすかのように腕をほどいた。
「さようなら、いとしい人」
「さようなら」
フレデリックはこちらを向いたまま、一歩、二歩と後ずさりした。整った繊細な顔が、悲しみにゆがんでいるのがわかった。それからくるりと振り向き、走り出した。黒いマントを翻して風のように小道を駆け抜けていく後ろ姿は、すぐに暗闇のなかへと消えた。
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