第4話 怖いお姉さんに追われてます助けてください!

「すぅ~~……はぁ~~……」


 村外れの原っぱで、私はいつもの鍛錬をはじめた。鍛錬と言っても、空気中の魔力を取り入れ、体内の魔力を排出するだけ。言ってみれば魔力版の深呼吸みたいなものだけど。


「すぅ~~……」


 この世界にはあらゆるものに魔力が宿っている。もちろん、空気にもだ。

 ただ息をするだけでも、人間は空気中の魔力を取り入れ、呼気として体内の淀んだ魔力を排出する。

 淀んだ魔力というのは、もう利用できない魔力だ。人間の邪念……まぁ、雑多で不愉快な想念に染まってしまい、まっさらな魔力で魔法を行使するときのノイズになる。

 魔法を邪魔するだけでなく、身体にも害がある。攻撃的な感情に染まった淀んだ魔力は、宿主へも攻撃を仕掛ける。活性酸素みたいな困ったちゃんだ。


「はぁ~~……」


 普通に呼吸していていれば、それなりに淀んだ魔力は外へ排出される。身体の機能そのものに、淀んだ魔力を排出しようという力があるからだ。

 此処らへん、さすがは魔力がある世界だ、という感じだ。生まれながらにこの世界の人間の新陳代謝には、魔力と上手く付き合うように出来ている。

 もっとも、それが身体の機能であるなら、魔力に関する病気や疾患も存在する。

 私も、どうやら生まれつき淀んだ魔力を外へ排出する力が弱いらしい。むしろ、魔力を取り込む力が強すぎる、という感じか。摂取と排出のバランスが取れていない。

 此処らへんはゲームのヒロインとまったく一緒だ。ヒロインも幼少時は身体が弱く、意識的な魔力循環によって淀んだ魔力を排出し、身体の健康を維持していた。

 たしかゲームのヒロインは、五歳かそれくらいから父親に魔力循環のやり方を教えてもらったんだったかな?

 私は不健康なんてまっぴらごめんだったので、二歳かそこらで前世の知識と自意識が芽生えたら、さっそく魔力循環を試していたが。自己流で不備もあり、後日にちゃんと父さんに指導を受けたけど。


「ふぅ~~……こんなものかしら?」


 肩をぐるぐる回したり身体を捻ったりして調子を確認する。うん、どうやらきっちりデトックス出来たみたいだ。

 乳幼児から続けたおかげで、ほとんど無意識に魔力循環をしながら生活しているが、それでも一日に一回の本格的な循環は欠かせない。むしろ魔力の基本取り込み量も増えたせいで、淀んだ魔力の沈殿速度も上がってしまっている。大した量じゃないが、自分の中に毒があるとはっきり分かるのも嫌なものだ。だから一日一回、しっかりデトックスしてリフレッシュするのが日課になっている。


「お? 寄ってきたわね」


 私の周りには、いつの間にか色とりどりの毛玉たちが寄ってきていた。まぁ、普通の人には見えない。魔力に敏感な人にだけ見える精霊たちだ。

 この世界には、七種類の属性の魔力があり、精霊たちもそれぞれの属性に見合った七種類の妖精がいる。

 ファンタジーにはおなじみの四大元素、地、水、火、風。それに光と闇の二属性が加わる。

 この世界では、闇もちゃんと敬われる属性だ。闇を司る月と眠りの女神ナスタシアは、光を司る陽と生命の女神アタラシアとともに二大女神として敬われている。

 二大女神に加え、四大元素の四男神が加わった六神が、世界を巡らすために生み出したのが精霊だと言われている。

 ……七属性っていったのに6つしかないって?

 そう、そこがこの世界というか、『愛という名の7つの奇蹟』における最大の謎なのだ。

 七属性に当てはめた七人の攻略対象がいると明言されているのだが、実は七人目は秘密にされていた。いわゆる隠しキャラね。

 その隠しキャラに当てはまる属性もこれまた謎なのだ。隠しキャラに当てはまる属性だから隠し属性、なんて呼ばれていた。

 この世界でも、7つ目の属性についてはいろいろな説が出ている。

 ラノベでお馴染みな『虚無』だという人もいるし、『未知』という可能性の獣こそがそれだと言う人もいる。そんなものは存在しないという人ももちろんいるし、人間が新たに生み出すのを神々が待っているからと解釈する人もいた。

 何にせよ、7つ目の隠し属性は明らかになっていない。

 私もゲームは主要ルートともいえる王子様ルート……あの胸糞悪いルートしかやっていないので、隠しキャラも隠し属性も知らない。

 現に、私の周りに集まってきた精霊たちも、白黒、赤青緑黄色と、六色六種類しかいない。

 しかし……このカラーヒヨコならぬ、カラーケサランパサランなふわふわ毛玉が精霊とは。最初に目にした精霊が闇の精霊だったので、思わず「○っ黒クロスケ!」って叫んじゃったわよ……。


「ほう、それほどの精霊に好かれるとは大したものだな」


 急に声がかかってびっくりした。

 慌てて振り返ると、そこには大きな黒い帽子に黒いローブの、見るからに魔法使いと思しき人物が立っていた。

 おまけに、すっごい綺麗な人だ。

 真っ黒な装いの中で顔だけを露出しているので、余計に白石の美貌が輝くように目立っていた。

 母さんもこんなど田舎ではめったに見られない垢抜けた美人だけど、この人はまたレベルが違う。

 前世でたくさんの美人女優を見てきたが、こんなに整った顔の美女は見たことがない。

 完全に左右対称な顔のラインに、すっと高く伸びた鼻筋。長く繊細な睫毛で縁取られた、涼やかな切れ長の瞳。

 同性でもどきりとするような、眩しいほどの美女だった。輝くような美貌という修辞句がこれほどぴったりな女性もいないだろう。強烈な光のように、網膜に焼き付くような鮮烈な印象の美女だった。

 ミステリアスな紫の瞳が私を映し、うっすらと細められた。


「ほう、ちゃんと視えておるのか? ふふ、有象無象は儂の美貌を見て鼻の下を伸ばすが、うぬはしっかり儂の本質が視えているようだ。感心感心」

「…………」


 私は黙ったままだった。のどが渇いて張り付いている。

 この謎の美女の周りにも多くの妖精が寄り集まっているのが視えた。だが、それ以上のものも視える。

 凄まじいまでの魔力、可視化されるほどの濃密な魔力が、美女の身体から迸っていた。

 想像して欲しい。

 目の前に噴火直前の活火山の火口がいきなり現れたら、と。

 今にも噴き出しそうな煮え滾るマグマを目にして、美しさに見惚れることが出来る人間はどこか壊れている。生憎、私は前世の記憶があるだけの普通の人間だ。こんなおっかないものを目の当たりにして、呑気に鼻の下を延ばすことなんて絶対出来ない。


「ふふっ。ドルフとレリアに請われたとはいえ、たかが七歳の子供に大した実力などないと思っていたが……ふふふふふふっ。これは面白い」

「っ!?」


 美女の魔力を見てたから気付けた。

 慌てて飛び退くと、私がさっきまで立っていた場所で爆発が起こった。

 爆発だ。

 むき出しになった地面がじゅうじゅうと煙を立てている。


「ほう? しっかり視えているな? ふふふ、ますます面白い。それなら……」


 ふっ、と。

 あれだけ濃厚に吹き出していた美女の魔力がかき消えた。

 精霊たちが飛び散っていく。

 完全に、魔力の放出を抑制している。


「こうすればどうだ? ふふ、魔力の動きで予測はできまい?」

「じょっ、冗談じゃない!!?」


 私は駆け出した。魔力循環も最大稼働だ。

 七歳の身体の限界を超え、猫のようにその場から逃げ出す。


「ほうほう。魔力循環も実に滑らかだ。ドルフに教えてもらったか? 感心感心」

「ぎゃぁあああああああ――――っ!!?」


 白く浮き上がる美貌が、ニコニコ笑いながら追っかけてくる。

 こわい!

 ぜったい悪夢でうなされるやつだ!

 今夜、無事に眠ることができればだが……っ!


「お巡りさん! 棘しかない怖い美女に追われてます! この人です! 助けておまわりさ~~~~んっ!!」

「なんじゃ、オマワリサンとは?」


 思い出したように爆発魔法を放ってくる絶世の美女とおいかけっこしながら、私は転生して初めて身に沁みていた。


 異世界コワイ!!

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