憧れのお姉様の悪堕ちはゼッタイ阻止します! ……って寄ってくんなこの王子っ!? お姉様っ!? お姉様の瞳のハイライトがぁ~~っ!? 

翅田大介

第1話 ふっざけんなこのクソビッチヒロインがっ!?

「ふっざけんな!! このクソオンナッ!!?」


 私はコントローラーをソファのクッションへ思い切り放り投げた。お行儀が悪いが、どうしても納得できなかったのだ。


「何よ、このゲーム……何をどうしたらこんな胸糞悪いトゥルーエンドを作れるの……?」


 私がプレイしていたのは、いわゆる『乙女ゲー』だ。ファンタジーな世界を舞台にしていて、タイトルは『愛という名の7つの奇蹟』……通称『愛ナナ』だ。

 タイトル通りに七人のイケメンな攻略対象が出てきて、その攻略対象と愛を育んでいくという……まぁ、典型的な恋愛シミュレーションだ。

 キャラデザは男性女性と幅広く大人気の神イラストレーターさん。昨今の悪役令嬢ブームもあって、愛ナナは男性オタクからの予約も順調で、界隈では今年一番の注目ゲームだった。

 しかも、シナリオライターがプレイ後のエンディングまで秘密というのがまた話題を読んだ。誰もが知る有名シナリオライターということで、きっとあの人だ、いやいやあの人に違いない、と噂し合った。

 オタク社会人OLな私ももちろん注目していた。

 悪質な転売ヤーとの予約合戦に勝ち抜き、金曜の夕方に店頭で受け取ってワクワクしながら帰宅し、土日を費やして月曜の早朝まで王道ルートの王子様の攻略をやり終えたのだが……。


「……納得だわ。まさかよりによってこのシナリオライターだったとは……」


 この愛ナナ、キャラ紹介の段階では『悪役令嬢』と思しきキャラがいなかった。なので割合にほんわかした作品なのかと思いきや……とんでもない胸糞展開が待っていた。

 問題はヒロインの『お姉様』……憧れの先輩である公爵令嬢の『エフィリア・ヴィンバート』というキャラだ

 このエフィリア、ゲームの舞台の魔法学園におけるアイドル的存在で、男女問わず多くの生徒や教師に好かれている。大きな胸に見合った大きな器量の持ち主で、下級貴族の出のヒロインにも優しく接し、彼女が他の生徒に見縊られないように『お姉様』として後ろ盾にもなってくれる。

 作中で攻略対象を別にすれば、ヒロインがもっとも親しく接するキャラで、お姉さんキャラとお助けキャラと親友キャラを足して倍にして乗算したような魅力的なキャラだ。

 私も序盤は、エフィリアお姉様に癒やされながらプレイしていた。むしろ何でエフィリアルートがないんだと思ったくらいだ。

 だが、このエフィリア。公爵令嬢で学園のアイドルであるが、その他に『第1王子の婚約者』という肩書きがある。そして第一王子なんていったら、乙女ゲーの王道ルート。つまりエフィリアお姉様は、ヒロインの恋のライバルになるのだ。

 ……ま、まぁ?

 最初は私も楽観してた。こんな素敵なお姉様がライバルなら、きっと美しい物語になるに違いない。きっと正々堂々とした恋の戦いの果て、彼女にも祝福してもらえるんだろうって。

 とんでもなかった。


 攻略対象の王子とイチャイチャしたあとで、しれっとエフィリアお姉様とお茶するなんて日常茶飯事。時には濡れ場の後でも微笑み合うのだ。

 罪悪感で押し潰されそうになったわよ……。

 おまけに、婚約者と妹分の逢い引きを知ると、エフィリアはそれで二人が幸せならと身を引こうとする。思わずリアルで「ごめんなさい、お姉様……」と呟いちゃったわよ。

 けど、話はこれで終わらない。

 エフィリアは自分に言い聞かせて身を引こうとするけど、彼女の王子へ対する愛は本物だった。嫉妬に身を焦がし、可愛がっていた妹分の裏切りに等しい行いに憎悪する。そんなことはいけないと思いながら、『醜い感情』はどんどん大きくなっていく……傍から見てたら、当然の感情だと思うのだけど。

 どんどん瞳のハイライトが薄くなっていくエフィリアに心が傷んだ。

 そして、彼女は抑え込んでいた『醜い感情』に支配され……悪の道に走ってしまう。

 といっても、ちょっとした意地悪だ。ヒロインの捜し物を見つけ難い場所に隠したり、待ち合わせの邪魔をしたり。

 それくらいの意地悪なら可愛いものだ。むしろエフィリアの目の前でイチャイチャするヒロインと王子に、プレイしてるこっちがドン引きだ。何度画面に「おいヤメロ」と吐き捨て、その場から去るってコマンドがないかと探したことか……。

 そしてとうとう、エフィリアの『醜い感情』が暴走し、ヒロインを監禁してしまう。彼女は禁断の魔法で、ヒロインに成り代わろうとするのだ。


『わたくしは、あなたになりたい……あの人に微笑まれるあなたになりたい……』

『学園のアイドル? 理想の淑女? それが何だというの? あの人に愛してもらえないわたくしに、何の価値があるというの?』


 ヒロインを監禁して殺そうとする……その行動はまさしく『悪役令嬢』だ。

 けど、こんなに悲しくて美しい悪役が居ていいのだろうか? 縋るような目をするエフィリアに、えぐえぐと涙が止まらなかった。

 そして、間一髪で王子様が助けに現れ、彼の剣に胸を貫かれてさえ、


『あぁ……わたくしのことなんて忘れてくださいと言うべきなのに……でも、嬉しい……あなたに殺された女として、わたくしはずっとあなたの心の中に……』


 そんな悲しい末期の言葉を漏らし、満足げな顔で息を引き取る。

 この時の絶望を、果たしてどう言い表したものか……。

 だと言うのにこのヒロイン……いや、もうヒロインとは言うまい。このクソオンナとクソ王子ときたら、「エフィリアが言った通りだ。彼女のことを忘れて幸せになることが、彼女への供養だ。彼女を綺麗なまま送ってあげよう」とか何か良さげに聞こえるけど本質的にはクソの極みみたいなことほざいて幸せになりましたエンドで締めやがった。おまけにエピローグでは、生まれた娘にエフィリアと名付ける……ふざけんな!

 ここで私はコントローラーを投げ捨てた。

 そしてエンディングが流れ始め、シナリオライターの名前を見つけて納得した。鬱エンドやら皆殺しエンドやらメリーバットエンドで有名な人だった。


「う、うう……エフィリアお姉様……っ!」


 なまじ、エフィリアが素晴らしいキャラだっただけに、悪堕ちして凶行に及んだときには胸が潰れそうだった。

 というか、悪いのは全部ヒロインじゃね?

 ヒロインが身を引けばみんな幸せのままでいられたんじゃない?

 そもそもお世話になりっぱなしの先輩の彼氏とあっさりキスするか?

このゲームのヒロイン、クソオンナすぎるだろ!?

 虚無感が過ぎ去ると、理不尽な悪堕ちを矯正したようなゲームのヒロインに対する怒りがふつふつと湧いてきた。


「ふっざけんなクソオンナ! お前さえ……お前さえいなければ、エフィリアは死なずに済んだんだっ!?」


 月曜の明け方。狭いベランダに出た私は、白みはじめた空にうっすら浮かぶ下弦の月に向かって絶叫したのだった。


※       ※       ※


「……なんて言ってたのになぁ……」


 そして、現在。

 私は夜空にぽっかり浮かぶ2つの月を見上げてため息を漏らすのだった。

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