悪い癖

Higasayama

一 友人の癖について

 ――男は嘘をつくとき目をそらすとか、女は逆に目を合わすとか。

 人は嘘をつくとき、体のどこかにその癖が出る。目以外にも、鼻の頭をさすったり、貧乏ゆすりが出たり。

 総じて言えることは、癖は嘘を見破る判断材料としては使えるけれど、確実なものではないということ。

 大抵、嘘の、例えば浮気の証拠には、写真だの、浮気相手とのやり取りのスクショだのを使う。取り調べなら、自白を引き出してから、それを証拠に使う。

 目をそらしたから……と、癖を根拠に相手を追い詰められることは滅多にない。

 そのはずなんだが。

 俺の友人三隅ミスミ 博次ヒロツグは、百パーセント嘘の根拠になる癖を持っていた。

 アイツは嘘をつくとき、自分の首筋の、耳から鎖骨の間にかけてを引っかく。

 なんで百パーセントかって?

 なに、小学一年生から大学の卒業、就職先まで同じだった俺が言うんだ。間違いない。

 かつてその癖を根拠に、三隅が俺のバトエン・・・・をこっそり盗んでたことや、テストで九十点取ったと言ってたのに八十点だったこと、ついには、飲酒運転をしてたことまで見破ってきたんだ。



「――オレのバトエン知らない? 」

「知らない」と言って首をポリポリ。


「数学何点だった? 俺は八十五点だった」

「九十点」と言って首をポリポリ。


「お前、ちょっと酒臭くないか? 」

「いや? 何も飲んでないけど? 」と言って、ハンドル片手に首をポリポリ。



 ――どうか馬鹿にしないでやってくれ。人は誰でも小さな嘘をついてるけど、アイツはそれがバレやすいだけなんだ。アイツもその癖を治そうとしてたけど、苦労してるみたいだった。

 とはいえ、俺はその癖を、アイツの嘘を見破るのに重宝してたから、その苦労はかえってありがたかった。

 で、だ。

 俺も三隅も二十六になって社会人四年目。アイツの癖がここにきて悩みの種になってる。というより、問題はシンプルなんだが、アイツの癖がそれを滅茶苦茶ややこしくしてる。

 説明するよ。

 問題はこうだ。俺の家(それも一戸建ての新居)でネコを一匹飼ってた。ちなみに新居には、大学三年から付き合って、結婚五年目の嫁も住んでる。二人と一匹暮らしだ。子供は欲しかったが、まだ収入も安定しないから、ネコで我慢してたとこもあった。ネコの名は、俺と嫁から一文字ずつ取って、マサハルと言った。ちなみに俺の名前は高木タカギ 正人マサトで、嫁さんが高木 晴美ハルミ。ネコはこれでもメスなんだ。仕事帰りには猫じゃらしやネズミのおもちゃで遊んでやった。春先には青い庭を喜んで走りまわって、疲れたら芝生の上で腹を見せて寝転んでた。それを晴美と一緒に見て笑うのが、最高の日常だったんだ。

 ――そのマサハルが死ぬとは思わなかった。

 しかも、殺されて。

 今朝のことだ。朝の支度をしてたら、家のどこにもマサハルがいなかった。中で飼ってたし、朝はいつも、テレビ前のソファにふんぞり返ってる。

 探していくと、すぐ見つかった。

 庭で、何度も刃物で切りつけられて死んでた。体中から血を流して、むごくて見てられなかった。芝生に、赤い血が散らばってた。

 それは悲しみより衝撃だった。俺より晴美のほうが我に返るのが早くて、遺体を見て五分後には警察に通報してた。泣きもしないなんて……あらためて強い奴だと思った。

 無情にも、そんな日ですら仕事はある。出勤はしなきゃならない。夏休みで有給を馬鹿みたいに使いまくる社員たちのせいで立て込んでる。

 やがて支度を終え、玄関を開けて外へ。


 ――信号が青になっているのに気づかず、後ろからクラクションを鳴らされる。マサハルのことを考えてた。

 思い出にふけってたんじゃない。あまりに犯罪臭が酷かったからだ。考えてみてくれ。家の中で飼ってたネコが外で死んでる? それもズタズタに切られて? 近所に小動物を殺してまわってるサイコパスでもいるのか? このクソ忙しい時に……。

 他にも疑問はある。犯人はどうやって庭に回った? 家の中を通って大きなガラス戸を開けないと、庭には出られないんだぞ。


 ――我に返ったときには、自分のデスクに座ってパソコンに向き合っていた。

 出社時間の三十分前。

 知っている顔がちらほらいるから、ここは会社で間違いない。向かいのデスクの三隅はまだ来てない。時間に厳しい奴だから、いつもなら俺より先に来てるのに……珍しいこともある。





◆ 続く

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