第7話 三代将軍

 江戸からの早馬で、江と徳川家光が折れたことを知り、松平信綱は毛利家から切り取った領土及び前田家の処分を発表した。

 毛利家は周防・長門以外は没収となり、池田家は因幡と播磨においては存続が認められた。同様に森家についても美作の再領有が認められた。

残る石見、出雲、伯耆、備前、備中、備後、安芸であるが、出雲には長宗我部家が入ることになった。また、安芸から備前までについては安芸を福島正則に与えることを想定していたが辞退したため、豊臣秀頼のものとなった。秀頼は、安芸、備後、備中、備前、伊予松山を領有し、瀬戸内の要衝を領有する代わりに摂津・和泉・河内・大和が天領として戻ってきた。

松平忠直は当面、大坂に入ることとなり、家光小姓以外の江戸の重鎮は当面、大坂で政務を見ることとなった。松平忠昌は正式に越前領主となり、将来に向けて研鑽することとなる。

 前田家は越中と能登北部を没収となったが、15年後に秀忠の孫にあたる犬千代が前田家当主を継承する場合には返還されることとなった。


 慶長二十二年、二月。

 京・伏見の郊外には多くの馬や従者などが集まっていた。

「おう、源二郎ではないか」

 真田信之が弟の姿を見つけて声をかけた。

「これは兄上、お久しぶりです」

「聞いたぞ。大和を拒否したそうではないか」

「はい。まずいですか?」

「まずくはないが、大和なら父上の墓も近いし、お主にとって良かったのではないのか?」

「父上の墓なら、大坂に残っていても変わらないではないですか」

「それはそうだが…」

 真田幸村は大和二十万石の領有を辞退し、大坂で信綱の下に置かれることとなった。この動向には世間の多くの者が驚いたが、幸村は今の兄とのやりとり同様、心境を語ることなく従っている。

「お、会津からの駕籠も来たぞ」

 信之の声に、幸村の表情も和らいだ。

「これは真田殿、ご無沙汰しております」

 駕籠の中から立花宗茂が現れた。

「立花殿も壮健そうで何よりです」

「聞きましたぞ。大和一国を拒否したとか…。真田殿…おっと、伊豆守殿もおられましたか」

 信之の存在に気づいて、照れ笑いを浮かべる。どちらも真田殿だからである。

「いやいや、幸村がおるところではわしなど真田であってなきようなもの。強いていうなら、もう一人の真田とか、別の真田みたいな扱いであろうか」

「兄上、悪ふざけはやめてくださいよ」

 幸村が困惑した笑みを浮かべる。兄弟の仲のよさそうな様子に宗茂も笑う。

「わしも弟がおりますが、最近病弱がちで困っております。

「民部少輔殿が?」

「ええ。鳥取で既に病気がちであったのですが…戦後更に悪化してしまったということで、現在は筑前から動けぬ状態でございます」

「左様でございますか」

「そのような落ち着かない状態で、真田殿が領地の拝受を拒否…ともなりますと、近いうちに更なる戦乱があるのかもと思いまして、拙者、気が気でござらぬ」

 宗茂はそう言って大声で笑った。その声に、近くにいた別の家の者も思わず振り返る。立花宗茂ほどのものがそれだけの大声をあげること自体、冗談であることは窺い知れるが、信之も幸村も苦笑するだけである。

「参りましたな。何を申しても、それがしが次なる戦いに備えていそうではありませぬか」

「いやいや、武士たるもの、それが正しいのですが、真田殿の状況には気を揉んでいるものも多いのも事実です」

「本当に参りましたな…」

 と笑っているところに、別の大名家の行列が入ってきた。

「おっと、仙台から伊達殿が参られたようだ。それでは、私は先に伏見城に入っておきます」

 宗茂は軽く手をあげると、足早に城下町へと入っていった。


「おお、これは、これは真田殿ではござらぬか」

 駕籠から出てきた伊達政宗も宗茂同様、ニヤリと笑みを浮かべる。

「わしのような者でも天下を諦めたのだが、真田殿はまだあきらめていないともっぱらの噂でございますぞ。もし、そのつもりならわしにも一枚噛ませてくだされ」

 政宗は大仰なほど丁寧に頭を下げる。その仕草を見た信之が噴き出すほどだ。

「先程立花殿にも言われましたが、そのようなつもりはありませぬ」

「ほほう。それでは、伊達家が宇和島を与えると提案すれば? 宇和島は瀬戸内を挟んで九州ともやりとりできて大層便利でござるぞ」

 内陸の大和が不満なのでは、と言わんばかりの提案である。

「皆々様がわしを謀反人に仕立て上げたくて、感無量にござる」

 幸村が半ば自棄のように言うと、政宗も笑った。

「感無量でござるか。分かり申した。直接聞かずに、丹念に真田殿の様子を探らせていただきます。おっと、後ろがつかえておるようなので、早く行かなければ」

 政宗も快活に笑って、町へと入っていった。


 次に入ってきたのは、彦根の井伊直孝であった。

「井伊殿、いけませんな。領地が近いからとのんびりされては…」

「申し訳ない。彦根ではなく、江戸を出る際に遅れてしまいまして」

「ほう?」

「江戸のはずれの方に視察に行っていたところ、大雨に見舞われまして。それで途方に暮れておりましたところ、ある猫がそれがしを招くように近づいてきて、走り去ったのです。そのまま向かうと豪徳寺という寺まで案内されまして、それでそこの和尚と話をしていて、雨宿りの恩もあるので井伊家の方で世話をする話などをしていたら、一日遅れてしまいました」

「左様でございますか。ただ、井伊殿に関しては、上様も話をしたいものと思われますので、予定より早めについてほしかったところにございます」

「申し訳ござらぬ。その旨は、それがしの方から…」

 直孝は、そそくさと走って行った。さすがに若いだけあって、政宗や宗茂よりも足早である。

 直孝が去ると、他の番人達と情報を照らし合わせて、まだ来ていない者を確認した。

「残るは、徳川家一門のみでございますな。家光様、忠昌様に尾張の義直様にございます」

「なるほど。それでは、わしも町の方に行っておくか」

 信之は幸村の労をねぎらうように肩を叩いて、町へと入っていった。


 その日の夕方。

 諸大名が居並ぶ中央に松平忠直がいた。

 その前に、徳川家光と松平忠昌が座り、更に後方に松平忠輝、徳川義直が座り、その後ろに徳川頼宣と頼房、更に伊達政宗、上杉景勝、島津家久、前田利常から諸大名が並んでいる。

「皆の者、大儀である」

 松平忠直が大声で話を始めた。

「余…源忠直は、先程、朝廷より先年末に引き続き征夷大将軍に就くよう…、叔父秀忠に続くことを要請された。余はしばらく考えた末に、この日ノ本を少しでも良くしたいと、謹んで御受けしたことを皆に報告申し上げる」

 全員が一斉に頭を下げた。

「二年前の大坂での戦い以降、各々の立場が不幸にも食い違い、別の戦いを招いたことは、余が一番理解している。しかし、今、ほぼすべての者が一つの日ノ本を考えていると思うし、余もそのために力を尽くしたいと思う。皆も力を貸してほしい」

「もちろんでございます! 徳川様、万歳!」

 忠昌と家光がほぼ同じく叫んだ。それを受けて、諸大名も一斉に、「徳川様、万歳!」と叫んだ。

「うむ。皆の賛同を有難く思う。余は若輩者なれど、精一杯、良き日ノ本のために頑張っていきたいと思う。改めてとなるが、皆の助けを求めたい。よろしく頼む」

「ははーっ!」

 誰が最初に言ったのかは分からないが、居並ぶ全員全てが一斉に頭を下げた。


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