第4話 段取り

 前田利常は翌日には帰るつもりでいたが、珠が後から来るというので滞在を延期して大阪に残っていた。

 そこで、翌日夕方に朝廷の面々が来るということを知らされ、同時に城の方から参加してほしい旨を求められる。

 利常は一本取られたとばかりに頭を叩いた。

「なるほど。これによって前田も越前の方についたことを朝廷に知らしめることができると考えているわけだ」

 宇喜多秀家が頷いている。

 更にしばらくすると。

「どうやら、昼までには徳川義直も到着するらしい」

 という話が城の方からもたらされた。

「…手はずが良いのう。一体誰が調整をしているのだ?」

 考え自体は松平信綱などから出ているのであろうが、それを実行する手はずの良さが目を引く。

「それが、どうも大野修理のようです」

「大野修理? というと、秀頼の配下の?」

 利常は素直に驚いた。豊臣秀頼にも驚かされたが、大野治長の差配にも驚かされた。


 徳川義直は鳥取城を占領し、立花宗茂と藤堂高虎らと共に戦後処理に当たっていた。

 そこに、大坂からの使いがもたらされ、「十六日に大坂で戦勝の宴会と、毛利領の分配について相談したい」という話がもたらされ、了承して向かっていた。

 その途中で、前田利常も大坂に向かっているという話を聞き、驚く。一部の者を先行させて偵察した結果、前田家を迎えたうえで朝廷からの使節を迎えるという話も伝わってくる。

「本当なのか?」

 半信半疑であった義直も、大坂城の一部に前田家の梅鉢紋の旗が並んでいるのを見て、考えを改めざるを得ない。

「前田が…」

 義直が絶句する。

「前田が、大坂にいるということは、降伏したということか」

「左様でございましょう」

 宗茂が頷いた。

「そして、それを尾張様に見せるように呼び寄せていたということです」

「わしに見せるように?」

「つまり、西日本だけでなく、前田も味方についていると」

「…わしも、越前につけ、ということか…」

「はい。このまま居合わせて、越前方につくことを明らかにするか、あるいはこれを良しとせず、このまま名古屋に帰国するかのいずれかでございます」

 宗茂の言葉に義直は考え込む。

 後ろの藤堂高虎を見た。首を左右に振る。「本人に答えを出させるべきだ」という意味であろう。

「いかがでしょう。昼食を召し上がりながら考えるというのは」

 料亭を指さそうとした手を義直は制する。

「いや、もう決めた。というより最初から決まっていたであろう」

「と申されますと?」

「わしも毛利攻めに加わっていたのじゃ。毛利攻めの総大将は誰だ?」

「それはもちろん越前様です」

「ならば、既にわしは越前殿の側におるということじゃ。わしは越前殿のことを好きではない。むしろ、嫌いである。とはいえ、ついてきた者達のことも考えると、勝てる方につくしかない。宗茂、高虎。お前たちもどちらにつくかと言われれば、越前につくのだろう?」

「…左様にございます」

「総大将のわしがそこで我儘を言うわけにもいかないだろう。城に伝えよ。わしも朝廷の使いを迎える列に入れてほしい、とな」

「承知いたしました」


 義直からの報告を受けて、松平信綱が飛び上がった。

「唯一、不確定要素だった尾張様もついてくれるということは、最良の方向で進んでいますね」

「義直がのう…」

 松平忠直もこの話には驚いたが、とはいえ。

「正直、義直がわしの方に来るのは驚きだが、義直が立花殿を連れていっても面倒なことになったから、それは有難いと言うべきか」

「そうですね」

「しかし、義兄上が朝廷は金をせびるからのんびりしていると聞いていたが、全部こちら側の都合ではないか」

「いいではないですか。一日ずらすだけで多くのことが済ませるのですから」

「まあ、それはそうだが…」

 忠直は面白くなさそうに城の外を見た。


 昼過ぎになると、徳川義直、前田利常が相次いで入ってきた。更に、豊臣秀頼やその配下達が列をなし、大広間で諸将が居並ぶ体裁を整える。

 そこに夕刻、二条昭実がやってきた。こちらも数人の公家を連れてしずしずと入ってくる。

「源大納言殿。この度は、毛利家を倒し、更に前田家を降伏させ、中国から北陸に至るまでを支配下に置いたこと、真にめでたく、帝も大いに嘉しております」

「ありがとうございます。これも帝の御威光あればこそ…」

「朝廷の方では、大納言殿を征夷大将軍にしてはいかがという声が上がっておりまして、帝も大いに関心を抱いております。どうか受けていただけないでしょうか?」

「帝並びに朝廷の皆様の評価には、真に光栄というほかなく、この源忠直、更なる誠忠をもって勤皇に励む所存にございます。しかしながら、忠直はまだ若輩において、とても征夷大将軍という大役を勤めるだけの力はないものと考えております。どうかその旨、帝に奏上いただけますよう、お願い申し上げます」

 同じようなやり取りを二回繰り返し、二条昭実が。

「承知いたしました。それでは、一旦、この話は差戻されました旨、帝に奏上いたします」

 と取り下げる旨を表明する。

「ありがたき幸せにございます。これからも帝及び朝廷のために尽くすことをお約束いたします」

 その後、二、三、会話をかわして、二条昭実は退がっていった。

「疲れたのう…」

 終わると、忠直が正装のままひっくり返る。

「まあ、どちらもただ台本を読むだけでしたからね」

 松平信綱もさすがに苦笑するしかないという様子である。

「正直を言うと、わしは一年半前が一番楽しかった。今や戦は一番後ろ、面倒くさいことばかり前じゃ」

「そういうものなんですよ」

 と信綱が宥めていると、義直が声をかける。

「随分と機嫌が悪いようですね」

「機嫌が悪いわけではない。憂鬱なだけじゃ」

「私なんぞ、どれだけ努力しても、入れ替わることはできそうにもないというのに…」

「努力だと…?」

「ええ、そうですよ。この半年近く、朝から夕まで勉学に励んでおりました」

「それはたいしたものじゃ」

「褒められるようなことでもないですよ。徳川家康の息子として恥ずかしくないよう、ありたいだけです。どこかの孫は、散々悪口を言っていたあげくに果実だけ取るつもりのようですが」

「それは酷い奴がいたものじゃ」

 嫌味もこのくらい堂々と言われると、むしろ気持ちがいい。忠直は笑った。

「うん、待てよ…」

 そこで半身を起こした。

「義直。今、面白いことを申したな」

「面白いこと?」

「うむ。非常に面白いことを申した」

「…何が面白かったのかは分かりませんが…」

「今の言葉のおかげで、ひょっとすれば日ノ本が変わるかもしれぬ」

「…待ってくださいよ。私には何のことやら」

「うむ。その方向で行こう」

 半身になっていた忠直が飛び上がった。その瞬間。高い音を立てて服が破れる。

 信綱が白い目を向けた。

「越前様…、その服は飛んだり跳ねたりするためのものではないですよ」

「すまん。つい忘れていた…」


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