第2話 海賊の流儀
二日後。
柳河城の上屋敷で松平忠直、松平信綱は島津家久を待っていた。その横には田中忠政の姿もある。
「島津様が来られました」
柳河城の者が現れ、程なく島津家久を連れてきた。一人ではない。二人の男がついてきている。一人は40過ぎで、もう一人はやや若い。どちらも服装は異国風のものである。
「越前様、伊豆守殿、久しぶりにございます」
家久が軽い口調で挨拶をし、後ろの二人に視線を向ける。
「紹介しますと、こちらの男が李完峰と申しまして、現在、明・琉球・日ノ本を股にかけて海商をしております李旦翁の配下の者にございます。こちらの若者は通訳でございます」
李旦とは、戦国時代にも活躍していた大海商・王直の配下だった男である。王直の築いた交易路を利用して手広く商売をしていた。
「左様か。では、わしのことも紹介してもらえるか?」
忠直が言うと、通訳の者が李完峰と話をする。
(この短期間で連れてくるとは、島津め、どれだけ海賊と仲良くしておったのじゃ)
呆れるが、それはなるべく顔に出さずに話を始める。
「…委細は信綱から聞いておると思うが、我々はお主達の活動を全面的に認める…というよりは交易に対して協力をする。その代わりに交易幅を上乗せして」
「越前様に納めよということですね。既にその話は通してあります」
「左様か」
「我々としても、徳川家に認められて活動できるのであれば有難いと申しております」
「そうか?」
「はい。そうなれば、湊での補給・交易活動の幅が広がると申しております」
「そうか。それなら何よりじゃ」
通訳と忠直・信綱の話はぽんぽんと進む。
「まずは金五万両を差し出したいと思います。三か月後、改めて十万両を差し出したいと思います」
「…それだけ出して大丈夫なのか?」
忠直は李完峰に尋ねるが、当然「?」という顔をされた。通訳の弥平という者が答える。
「大丈夫です」
「また随分と儲かるのじゃのう」
「はい。明が制限を厳しくかけているので、明の商品の取り扱い値は上がる一方です。そうした取引が増えるということは喜ばしいことです」
「制限をかけるほど、商品が貴重になり、欲しがる者が増えるわけか」
「更にかつて日ノ本に住んでおり、太閤様・徳川様の時代に新しい働き場を求めて出て行った者達が多くおります。現在、その中に日ノ本に戻りたいと思っている者も多くおりまして、こうした者を仲間誘ったり、戻る場合には船賃などを取ったりすることもできまして、本当にありがたいことでございます」
「なるほどのう…。しかし、日ノ本の湊にはどれだけ詳しいのだ?」
「どれだけも何も、ほとんどの湊は我々の良い宿泊地でございます」
「何!?」
「例えばここ柳河でも切支丹の道具なども密かに売り買いしております。今までは柳河城にも密かに来ていたのですが、越前様のお許しが出たとなれば堂々と入ることができます」
「柳河にも…」
忠直は驚いて、信綱を見たが、彼もこのことは知らなかったらしく呆気に取られている。
「田中め。今度何かしたら切腹では済まんぞと脅していたにもかかわらず、一枚かんでおったのか…」
自分の想像以上に倭寇の繋がりは広い。そのことを知り、忠直は舌を巻いた。
「領民の生活にも関わるゆえ仕方ありますまい」
島津家久が答える。
(全く、いけしゃあしゃあと言いおって…)
とは言うものの、今更田中忠政に怒っても仕方ない。
「…分かった。そういうことにしておこう」
「それでは、私は田中様の者にも話がありますので」
弥平が立ち上がる。家久も「わしも少し言っておきたいことがある」と立ち上がった。
「…おい、主を置いていくのか?」
「少しの間だけですので」
弥平はそう言って出ていき、家久も出て行った。
忠直は信綱と顔を見合わせる。
「どうする?」
「…顔を出しても迷惑がられるだけかと…」
「島津は仕方ないが、田中についてはもっと監視しておいた方がよいぞ」
「そうですね…」
二人も二人でひそひそと話を始めるのであった。
少しの間と言っていたが、一刻近く経っても家久と弥平は戻ってこない。
その間、上屋敷には信綱と、李完峰と三人だけである。
「開港する場所を制限しますか?」
信綱が尋ねてきた。
「例えば、四国・大坂などについてはどうしましょう?」
「ここまで来れば四の五の言ってられぬ。出来る限りの場所で行うようにしよう」
「そうですね。なるべく早いうちに資金を確保したいですし」
と話をしていると、李完峰が立ち上がった。一瞬、何か相手の機嫌を損ねるようなことをしたかと緊張が走るが、そうではないようで、何やら不思議な動きを始めた。
「あいつは何をしているのじゃ?」
「分かりませんが、琉球などに特殊な護身術が伝わると言う話を聞いたことがあります。その練習なのではないでしょうか?」
「何でそんな練習をわしらの前でするのじゃ?」
「一人でやることがないのかもしれません…」
「ふむ…。主を置いていくとは随分と勝手な奴らよのう」
「ひょっとしたら、田中忠政と私的に交易していて、儲けをくすねているのではないですか?」
「ありうるのう」
そういう話をしていると、足音が聞こえてきた。程なく二人が戻ってくる。
「随分と時間がかかったのう」
忠直の言葉に、家久も弥平も愛想笑いを浮かべる。
(やはり、主を騙して何かをしているのか…)
と思っていると、弥平と李完峰が話をしている。弥平が頷いて忠直の前に平伏する。
「我々としましても、四国・大坂などに立ち寄れるようになるのは素晴らしいことでございますので、是非、是非、そうしていただけると」
「何!?」
二人を驚いて、李完峰を見た。ニヤリと笑うと。
「弥平が私を騙して何かしているかは分かりませんが、先程出て行ったのは、異なる理由でございますよ」
と非常に流ちょうに話す。
二人は口をぱくぱくと開いていた。
(こやつ…、わしの言葉が分からないふりをしておっただけなのか…)
同時に悟る。弥平と家久がいなくなったのは、いない間に自分と信綱が何をするのか見てみたかったのだろうということを。
(万が一にも、わしらが敵意をもっていないかどうかを見ようとしていたわけか…)
見事に騙されたと舌を巻いた忠直であったが、一方では海商達の用心深さに感心した。
それを裏付けるかのように李完峰は頭を下げる。
「無礼な真似をいたしまして申し訳ございませんでした。私はともかく、李旦翁の命にかかわるようなことであれば受けるわけにはいかないということで、ご容赦いただければと」
「うむぅ…」
「そのうえで、我々は越前様の提案を喜んでお受けいたします。先ほど申し上げました資金については一両日中に福岡にお送りいたします」
「そうか…。そのうえで三か月後と」
「はい」
島津家久が割って入る。
「その頃には九州でも収穫の時期じゃ。兵糧も入ってくるし、仕掛けるには上等な時機になると思います」
「そうであるな…」
忠直には別の思惑もよぎる。
(備前の切支丹が動いてくれるとすれば、そのくらいになるだろうし…)
決戦は秋。
そう考えると、不意に武者震いが出た。
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