第11話 秀頼と秀家②
豊臣秀頼はぽかんと口を開け、秀家の言葉を聞いた。
「それなら、天下分け目にならないではないですか」
安心したように笑う。
「井伊直孝は忠直の側につくでしょう。忠昌は忠直の弟ですし、私も忠直の勧めで四国に来た。全員忠直派ではないですか」
「兄弟同士が相争うことなど日常茶飯事ではないか。忠昌が家光の側につけば、井伊家が忠直の側についても一対一だ。その場合、おまえはどうするのだ?」
「ううむ…」
「今の前田のように、どちらにもつかずに両者の隙を狙うということもできる」
「私にはそれは無理でしょう」
秀頼は笑った。諦観めいた笑いであった。
「前田利常のように天下のために何でもやるという気概が、私にはありません」
「それを理解しているなら、天下は諦めた方がいいな。となると、どちらにつくかだ。個人的な恩があったとしても、考え方が相いれないのなら相手側につくということもあるからな。利害だけでついて、後々違うということで追放されるということも考えれば、その方が賢い」
秀家は自嘲するように笑う。
「関ケ原で一方を指揮していて、
「…義兄上はどちらにつくのですか?」
「わしか? わしは今更大名に復帰したいとは思わない。そもそも大名に復帰したいのならおまえにこんなことは言わず、もっとうまいこと言って、領地をもらえるようにするだろう」
「確かに…」
秀家の物言いは希望も期待もない。ただ、「こうなるだろう」という推測である。
しかし、本人の意向が反映されないからこそ、不気味さがある。
(当て推量ではない。この方向で進む可能性は高い)
秀頼はそう感じた。
「それにすぐに四国を離れるし」
「どこに行くのです?」
「うむ…、豪にも会うし、前田利常も赦免のために色々動いたということだから、金沢には行かなければいけないだろうな。会ってくれるかどうかは分からぬが、その途中で越前の松平忠昌にも会おうかと思っている。その後は、個人的には八丈島に戻ってもいいのだが」
「えっ?」
「八丈島の生活は気楽だったからな。ただ、さすがに生活が苦しく耐えるのが苦しいこともあった。となると、どこぞの寺にでも入れてもらうか、最終的に勝った大名から捨扶持でもあてがってもらうか、まあ、そんな都合のいいことを考えておる」
秀家は立ち上がった。
「とは言っても、久方ぶりに戻ってきたわけだし、せっかく高知まで来たのだから数日くらいは楽しんでいきたいと思っておる。何か聞きたいことでもあれば、気楽に呼んでくれ」
秀家はそう言うと、軽い足取りで外へと出て行った。
一人になった屋敷で、秀頼はしばらく考えていた。
やがて立ち上がり、福島正則の待つ控えの間に向かう。
「宇喜多様はいかがでしたか?」
話の内容を知らないのだろう、正則は笑顔で尋ねてくる。
「うむ。以前よりも遥かに大人になられていたと思う」
「ほう…」
「正則…、結局は元のところに戻るらしい」
「元のところ?」
秀頼の唐突な言葉に、正則は怪訝な顔をした。
「かつて毛利勝永に言われた。わしの思う日ノ本とは何なのか、どういう形にしていきたいのか。それで幸村も勝永もついてくるか来ないかを決めると」
「…ほほう」
「四国について、目の前のことに忙殺されていて、何となくそれと距離を置いたつもりだった。しかし、やはり最後にそれがあるかどうかがかかってくるのだのう」
「左様でございますな。かくいう私も、この15年ずっと考えておりました。あの時、治部憎さに徳川家についたのは正しかったのだろうかと。もちろん、後悔はしておりませんが、そうでなければどうなっていたのだろうと考え続けておりました。虎之介は間違いないとばかりに徳川家と接近しておりましたが、それを羨ましく思う反面、自分ができない理由がどこにあるのかということも考えておりました」
「まさに、利害で徳川についたという形であったわけだな」
「私は太閤様についていくだけで、日ノ本がどうとか、自分がどうということすらほとんど考えたことがありませんでしたからな。秀頼様は違います」
「うむ。そうありたいとは思う…」
二日後。
秀頼は秀家を呼び出した。
「聞きたいことがありましたので、申し訳ありませんが呼ばせてもらいました」
「何なりと」
秀家はどこか飄々とした様子で答える。
「先日、義兄上は、いずれ毛利は屈服すると申しました」
「確かに」
「現実には、毛利は大坂の陣以降領土を拡張しつづけていて、先日も徳川家は負けたという。それを今の状態のまま屈服させられると言われるわけですか?」
「その通り。今年中になるかどうかは別にして、来年にはそうなるだろう」
「…そこまで状況が激変するでしょうか?」
「する。今までのことを考えれば、毛利の弱点がどこにあるかは分かるだろう」
「弱点ですか?」
秀頼にはさっぱり分からないが、秀家は「それは自分で考えるべきではないか」という顔をしていて、教えるつもりはなさそうであった。
(分からんが、これ以上聞いても無駄そうではあるな)
秀頼はそれ以上問いただすことは諦めた。
「あ、そうそう…」
今度は秀家が何かを思い出したかのように言う。
「金沢に向かう途中に大坂にも寄るつもりだが、全登とも話をするつもりだ」
「はい」
明石全登は元々秀家の家臣であったから、不思議なことではない。
「全登を連れていくつもりはないのだが、わしと話をしたことで、あいつも進む道を変えてしまうかもしれぬ。おまえの下を離れていくかもしれんことは先に言っておきたい」
「…やむをえませんな。そもそも、全登は私とも考え方に違いもありますし、むしろ、どうして私についてきているのか不思議なところもありますし」
「わしも全登のことを全ては知らぬが、ついてきている以上、理由はあるのではないか? ただ、一応何かあるかもしれないことは言っておく」
「承知しました。お越しいただきありがとうございました」
はっきりとした収穫はなかったが、毛利家に対する有利な状況はあるらしいということは分かった。そこから先は自分達が頑張ることであろう、秀頼はそう思った。
それから三日。秀家は高知を散策し、やがて大坂に向けて出発した。
出発した翌日、秀頼は大野治長と蜂須賀家政を呼び出した。
「義兄上のこととは関係なく、少し大坂に戻る」
「左様でございますな。もう一年ほど四国におりますし、たまには淀様や奥方様に顔をお見せした方がいいかと」
「…それが目的ではないのだが、それもまあ」
「何を言われますか。ある程度目途が経ったのですから、お世継ぎを残すという大切な仕事もなさらなければ…。こまめに大坂に戻られるか、あるいは奥方様を四国に呼ぶか。どちらかをなすべきだと申すつもりでおりました」
「…分かった。肝に銘じておく」
そんなつもりは全くなかったが、大野治長の剣幕がいつになく強いし、横にいる家政も頷いている。秀頼は話題を切り替えて、誤魔化す方法を考えることしきりであった。
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