第6話 軍費
伊予・松山にいる豊臣秀頼の下にも程なく毛利勝永を通じて山陰の状況が届けられた。
「ふうむ。もっと、一気に行けぬものだろうか」
傍らにいる蜂須賀家政と大野治長に話しかける。
「一気に、と申しますと?」
「つまりだ」
秀頼は地図を出す。
「山陰は今のままでよかろう。そのうえで、山陽は毛利勝永と治房に任せた軍を、四国からはわしが指揮する軍を、北九州からは越前が攻撃をすれば、すぐに片が付くのではないか?」
「確かにそうではございます」
家政が頷いた。
「ただ、徳川は昨年15万の軍勢を大坂に派遣し、その後もひっきりなしに動かしているのでございます。再度これだけ大規模な軍を動かすとなりますと…」
「そうか。先立つものがないということか」
「はい。兵糧も必要となりますので、それを徴発するとなりますとまた一揆が起きるかもしれませんし…」
「しかし、こう細切れに作戦を展開しているのでは、結果的にはより多くのものを使ってしまうということになるが…」
「危惧はその通りでございますが…」
「それが出来れば苦労はしない、ということか…」
秀頼は溜息をついた。
「実際、わしが大坂で戦えたのも、わしの努力ではなく、父が貯めたものを使ったわけだからのう。分かった、この件については一旦忘れることとする」
松山城から瀬戸内海を眺め渡した。
「幸いにして、四国はそれほど大きな出費もない。四国と大坂でしっかりと資金を貯めておけば…」
とつぶやいて、はたと気づく。
(待てよ。今のままだと四国と大坂はあまり動きがないし、このまま堅実にやっていけば資金という点で徳川を上回るということはありうるということか…。軍も将も勝てずとも、それだけで戦ができるわけではないからのう)
そう考えて、もう一度瀬戸内海を眺める。本州側は毛利が治めているだけに船の数は少ないが、一々船を摘発するのも労力であるし、何より地元の船団の活動まで制約するとなると不満が溜まることもあるので、最近ではお互い余程のことがない限り瀬戸内海での活動は黙認ということにもなっている。
(まあ、今すぐに結論を出さなければならないということでもないだろうが…)
北九州・福岡では松平信綱が資金面のことを考えていた。
「ここまでの活動を考えると、徳川は資金面で不利になるかもしれませんね」
「そうか?」
のんびりと尋ねるのは松平忠直である。
「そうですよ。大坂の陣に始まりまして、南九州は一揆が起き、北九州でも軍を動員しています。しかも加賀や高田も警戒していますので最低限の配備をしなければなりません。山形の件でも出費はありましたし」
「しかも、北九州では誰にどう不満のないように配備するかというような話もあったから、徳川の貯蓄など考える暇はなかったからのう。ただ、四国と畿内、関八州や東海は落ち着いているのではないか?」
「四国と畿内の安定しているところに関しては、豊臣大納言が押さえておりますからね」
「豊臣がもう一回大坂でやってみるか、となったらまずいのう」
「東海や関八州は落ち着いていますが、兵は動員していますし、ほとんど動きを見せていない前田の方が資金に余裕があるかもしれません」
「それはまずいのう」
「…ということで、明日、内藤忠俊が申し出たいことがあるそうです」
「内藤忠俊? 誰のことじゃ」
忠直は首を傾げた。
「…あまり人のことを覚えていないのは間違いないが、内藤忠俊など知らぬぞ」
「内藤と申しましても、江戸にいる内藤氏のことではありませんよ。小西行長の配下だった内藤忠俊です」
「小西行長? 関ケ原で西軍について処刑されたという?」
「はい。ですので、私も内藤忠俊については名前しか知りません。ただ、対馬の臨済宗僧侶から会ってみるといいだろうと話がありましたし、事実、宗義成の紹介状も携えているということですので」
「随分とまた、あっさりと決めるものじゃのう」
「当面、我々にはやることもありませんしね。切支丹側の考えを知るうえでも貴重ではないですか?」
「まあ、そうかもしれんが…」
かくして翌日。
対馬から唐津に着き、そこから東行してきた内藤如安の一行が福岡に入った。
出迎えた信綱は、城の上から一行を眺め、その中にいる一人に「うっ」と声をあげる。
「どうかしたのか?」
「いえ、あの内藤らしい男の隣にいる男ですが、益田好次と申して、天草の一揆軍を指揮していた男でございます」
「ほう。とはいえ、一揆も終わり、切支丹との関係も解決したから別に怖がる必要もないのではないか?」
「いえ、個人的に真田殿と会った際に、完全に島津の者を装っておりましたので」
「そうか。では、島津伊豆守でも名乗ればいいのではないか?」
「そんなことできるとお思いですか」
ということを話しているうちに、一行が城へと入ってくる。黒田長政が屋敷に招待し、応対をした後、忠直と信綱が入る。
好次と信綱の視線が合ったことに忠直が気づく。どうするのかと信綱の様子を見るが、特に動じるところはなく、忠直の前に座る。
「私は松平伊豆守信綱と申す。こちらが越前宰相こと松平越前守様です」
「私は小西家旧臣の益田好次と申します者、こちらにいるのが小西家の旧家老内藤ジョアンでございます」
忠直が予想したよりも、紹介が円滑に進む。
「内藤殿から、我が殿に申し出たいことがあるとか?」
「はい。昨年の年の瀬に対馬に戻り、日ノ本の様子をつぶさに見てまいりました。その結果、現時点では徳川家がやはり有利ではありますが、資金・兵糧の点で不足があるということに気づきました」
「確かにそうかもしれないが、そうだとするとどうなるのだ? まさか内藤殿が融通してくれるとでも?」
信綱の表情を見る限り、警戒が先立っているらしい。一方の如安は予想していたのであろう。特に動じるところもない。
「さすがにそれがしが融通することは無理でございますが、ある方面に働きかけることは可能でございます」
「…ある方面? 切支丹の国ということか?」
信綱の問いかけに如安は頷いた。信綱の顔が険しいものになる。
「確かにそなたならできるかもしれんのう。その場合、切支丹を日ノ本の全土で認めよということになるのであろう?」
「いぇ、そのようなことは申しません。あくまで友好のためのものでございます。切支丹の活動地域は従来通りに対馬だけで結構でございます」
「それは随分気前のいい話であるが、にわかに信じがたい話でもあるな」
「とんでもありません。この三十年あまり、切支丹は日ノ本で肩身の狭い思いをしてまいりました。今、少しでも場所を得られました以上、その地で少しでもより良い関係を抱きたいと考えるのは当然のことでございます」
「どうにも話がうますぎて信じがたいのう」
「ならば、本日中に私どもの条件を提示いたしますので、そちらをご覧のうえで考えていただくというのはいかがでしょうか?」
如安の提案に、信綱は再度首を傾け、忠直をちらりと見た。
「条件を見るだけであれば、特に拒否することはないのではないか?」
ひとまず、相手の出方を確認したいという思いもあり、了承した。
翌日、内藤が条件を提示するという話になり、二人は従者を連れて屋敷を出た。
「一体どういうことなのでしょうね」
「わしに聞かれても困る」
「軍費が欲しいは間違いないですけれど、利子が相当な額であるとか、受け取ってしまったら将来的に徳川家が大変なことになるような話もちかけられそうですしね」
「まあ、見るだけならば何も失わんし、別にいいのではないか?」
忠直は一度伸びをして、自分の屋敷へと戻っていった。
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