第7話 松山顛末
土佐・高知城。
松平忠直らが九州に向かった後、豊臣秀頼は四国の各大名に書状を送っていた。
返答を待っている間に、江戸から加藤嘉明が紀伊湊から高知へとやってきた。
「久しいな。嘉明」
福島正則が迎え入れる。
「うむ。お主は秀頼公の副将のような地位になったようで羨ましい限りよ」
「羨ましいものでもないぞ。わしは今、根なし草になってしもうたからな。それより、秀頼公からお主に聞きたいことがある」
「何か?」
「これは九州に向かった越前公こと松平三河守殿のことなのだが、松山に向かう途上、何者かに襲撃されたということなのだ。しかも、あらかじめ連絡をしていたにもかかわらず」
「何ですと!?」
「加藤家の者であることを示すものはなかったということなのだが、加藤家の領地で徳川家の重臣が襲われるということは由々しき事態」
「は、はい…」
加藤嘉明は震える声で平伏していた。晩秋の気候であるが、滝のように汗を流している。
「もちろん、越前公も我々も嘉明がそのようなことをしようとしたとは考えておらぬ。ただ、思い当たる節はないか?」
「お、恐らく明成でございましょう…」
「明成? 嘉明の息子か?」
「はい。幼少の頃から腕白と申すか、傍若無人なところがございまして…」
「ふむ」
秀頼は正則に視線を向けた。正則が頷く。
「嘉明。端的に申すと、四国の諸大名は松山以外疑いがない状態なのだ。従って、松山のみこのままの状態が続くことは望ましくない。今、四国は全土をあげて毛利に対せねばならぬのだから、足並みを揃えるつもりがないのであればまず松山の城主を変える必要があることになる。それは分かるな?」
「ははっ…」
「嘉明、何とかしてほしい」
「直ちに松山に戻り、明成をこちらに送ります。恐れ入りますが、馬をお借りいたしたく」
嘉明は馬を借りると、すぐに松山へと駆けていった。
二日後。
伊予・松山に戻った嘉明は怒り心頭で城に現れる。
「十成か重信はおるか!」
城内に響く怒声に慌てて二人が駆けつけてくる。
「と、殿…。いかがなされました?」
「聞きたいのはこちらの方じゃ!? その方ら、加藤家を潰すつもりか?」
「め、滅相もございません」
「ならば、越前様を襲撃したのは何とする!?」
「襲撃、でございますか?」
二人とも唖然とした顔をしている。
それで嘉明も多少冷静さを取り戻したか、高知で聞いた顛末を伝える。
「まさか、そのようなことが…」
「お前たちは本当に知らんのか?」
「は、はい」
「明成に何か不審なところはなかったか?」
「……」
二人共、下を向いた。
「あるのだな?」
「は、はい」
佃十成と足立重信はそれぞれ、明成から毛利家との連携の打診があったこと、それに対して消極的に賛同したことを白状する。
「……」
「…毛利が四国に攻め寄せた場合、我々加藤家が消耗した挙句に他の四国勢に後れを取る事態を想定しておりまして」
「…それはよい。それは分かる。だが」
加藤嘉明が拳を握りしめる。
「越前様と秀頼公が四国に来た時点でその構想はとん挫しておろうが。その時点で、どうして明成に方針を変えるように言えなかったのか!?」
「も、申し訳次第もございません」
二人揃ってひたすらに平伏している。
「もう良い。とにかく、兵を用意せよ」
「兵でございますか?」
「事の次第を秀頼公に申し開かなければならん。そのためには少なくとも明成を高知に送らぬことには…」
嘉明はすぐに兵を集めるように命じた。程なくそろった二十人の兵士を伴い、明成の屋敷へと向かった。
嘉明は先頭に立ち、門を荒々しく叩く。
「明成、おるか!」
しばらくして、「父上、戻っておられたのですか?」と呑気な顔をして明成が出てくる。
「戻ってこられたも何もないわ! 一体どういうつもりだ?」
「…何のことですか?」
「街道に刺客を待ち伏せさせて、越前様らの一行を襲撃したらしいではないか」
「ああ…」
明成は悪びれる風もなく、天を仰ぐ。
「三十両で雇った面々だったのですが、もっと高額な面々を雇うべきでした。うわっ!」
全部言い終わる前に、嘉明が明成を蹴り飛ばす。
「そこへ直れ! 高知へ送るまでもない。このわしが斬ってくれるわ!」
言い終わる前に刀を抜き放った。
明成は蹴られた腹のあたりを押さえているが、表情にはまだ余裕がある。
「ほほう。私を斬ると?」
「当然じゃ。貴様のようなうつけを置いておっては加藤家が滅亡してしまうわ!」
「私を斬ると、加藤家の損失になるとしても、ですか?」
「損失じゃと?」
「はい。私は毛利家の清水景治らと定期的に連絡を取り合っております。私を今のままの立場に置くことで、毛利家の情報を知ることができますぞ」
明成がニヤリと笑う。
嘉明は一瞬だけ思案した後、溜息をついた。
「うわっ!」
そのうえで、もう一度明成を蹴り飛ばす。
「たわけものが。貴様のようなものを
後ろに目を配り、捕まえるように指示を出す。
「良いか。戦というものは計算ではないのじゃ。お主が仮に有益なものをもたらすかもしれぬとしても、味方に立つ者はそれ以上に、お主が敵に走ることを心配する。そんな簡単なことも分からぬ奴に、大将は務まらん。斬る気も失せたわ。どうなるかは知らんが、同じことを秀頼公に弁明するがよい」
そのうえで兵士の一人に。
「佃十成を呼んで参れ」
と指示を出し、十成の到来を待つ。呼び出しを予想していたのか飛んでくるようにやってきた。
「わしはこのたわけを連れて、再度高知に行く。その間、松山は明利に任せるが、今度は分かっておろうな?」
「ははっ! この十成、命を賭して松山で毛利家と戦をする準備を進めてまいります!」
「あと、このたわけを運ぶ駕籠も用意せい」
「ははっ」
十成が城から戻ってくるまでの間、嘉明は手の者に明成を縛らせていたが、ふと何か思い出したかのように刀を叩く。
「一つ聞き忘れておったが、毛利に通じておる理由は是非はともあれ理解したが、何故に越前様達を襲撃しようと思ったのじゃ?」
「ああ…」
明成も諦めたように言う。
「もし討ち果たせば、一息に形勢が変わるではありませぬか」
「だからたわけなのだ」
「左様でしょうか? 今の徳川家において越前殿の占める位置は大きいのではないかと思いますが」
「分かっておる。お主がたわけなのは、それほどの大事をたかだか金三十両の連中に任せたことだ。本当に形勢を変えたいのであれば、加藤家総出でやるくらい全力でかかるべきであった。だから、貴様は豎子なのだ」
「…なるほど」
「まあ、貴様に大きな世界を見せてやらなんだは、わしの落ち度であったかもしれんが」
嘉明は三日後、明成をつれて高知城に赴き、弁明した。
「嘉明、そちの誠意は受け取った。悪くないようにしたいと思う。ただ、明成については…。処分は江戸の伊達・井伊殿らの判断待ちではあるが、切腹は免れぬだろうと思ってくれ」
「はい。覚悟しております」
「うむ、嘉明。毛利がいつ攻め寄せてきてもよいよう、準備をしておいてくれ」
「ははっ!」
嘉明は再び松山へと舞い戻り、水軍の準備などにとりかかるのであった。
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