True Story of TAKATO

 この物語は、第二部の貴斗編以外で、彼が死の淵から生還し、聖稜学園の旧校舎裏の高台に、春香、詩織、宏之を集めるまでの貴斗の軌跡を綴った物である。そして、この記録には彼の深い心の傷が描かれている。彼方方はこれを読んで一体何を思うのだろうか・・・。

 雪菜と共に逝けると思っていた。彼の人の傍に逝けると思っていた。しかし、現実は、現実に生きていない人々は俺に生きることを強いる。その者達が叶えられなかった未来を俺に託す様に。

 藤原貴斗、彼が雪菜の暖かい光に包まれて向こう、冥府への門を叩いてそちら側へ旅立とうとした時、彼の行動を止めようと冥界の扉の反対側からそれを開けて、その場に現れた魂があった。

「雪菜ちゃん、どうか私の弟をこちらには連れてこないでくれ」

「私だってタカトお兄ちゃんにはこっちに来て欲しくない。でもぉ・・・、タカトお兄ちゃんはそれを望んでいるの。もう、疲れたんだっていって私の願いを全然、聞いてはくれないの」

 ためらいがちな顔で雪菜と言う、その少女は貴斗を包んでいた光の衣を払い去った。そして、再びその世界の中で彼は目覚める。

「・・・・・・・・・・・・、龍一兄さん?」

「タカ、お前はまだこちらに来る時ではない。お前を待つ人たちの所へ戻るんだ」

「無理を言わないでよ、兄さん。俺、もう戻れない。戻りたくない。これ以上俺の大切な人達が俺のせいで傷付くなんて嫌だ。雪菜も星矢も、レディンもシフォニィーも、父さんも母さんも、それに龍一兄さんだって、みんな、みんな俺のせいで・・・、俺のせいで俺が居なかったら死ぬこと何ってなかったのに・・・・・」

「タカトお兄ちゃん・・・・・・」

「タカ・・・・・・、それは違う。確かにお前は普通の人より多くの人の死に際をその目で見ているだろう。それもお前が大切だと思っている人達を・・・・・・・・・。しかし、過ぎてしまったこと。それはただの偶然でしかない。嫌だろうがそれが運命の一つだっただけの事。けしてお前の存在が悪かったわけじゃない。タカ、だから、そう自分を責めるな」

「龍一兄さん、運命って何?・・・、運命何って・・・、そんな、そんな簡単な言葉で片付けないでくれっ!」

「お前が辛い気持ちになるのはわかる。だが・・・・・・・・・、何も出来なかった父さんと私に代わって爺さんと翔子を頼んだはずだ・・・。私との約束を守ってはくれないのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「私達は誰も、お前を責めたりも、恨んだりもしていない。もし、それでも貴、お前が私達の死を己の所為だと、罪であると思うなら、お前が誰にも負けず強く生き抜くことで、その罪を贖え、自ら死を選ぶこと、受け入れることは逃げることに等しいのだぞ」

「それと中途半端に物事を終わらせるなっ。逃げるなっ、タカっ!最後まで責任を持って自分がした事に決着をつけなさい・・・・・・。そして、今度こそ何が、誰が、タカにとって本当に大切なのかを探し、そして、守れ・・・。いいな」

 兄である龍一にその様に聞かされた貴斗はしばらく押し黙り何かを考えその答えを口にする。

「・・・・・・・・・、はい」

「小さい頃からタカに無理を押し付けて本心から悪いと思っている。こんな私を許してくれ」

「そんなことを言わないで欲しい。俺、龍一兄さんの事好きだから尊敬しているから・・・、兄さんがそう言うなら俺、龍一兄さんみたいに出来よくないけど・・・・・・、もう少し努力する」

「お前の出来が悪いって?フッ、馬鹿を言うな。タカは私と同じ血が流れている。だから、そう言わず自信を持て」

「ウン努力するよ。それとユキナ・・・・・・・・・」

「タカトお兄ちゃん。そんな顔しないで欲しいよぉ。私もタカトお兄ちゃんにこっちに来て欲しくないの。雪菜の分まで精一杯生きて欲しい。ヒロユキお兄ちゃんと仲良くしてもらいたい。だから、やっぱりこっちに来ちゃ駄目だよぉ」

 二人の言葉にいまだ躊躇いを見せる俺。

 そんな俺を後押しするようにまた別の人影が差す、だが雪菜や、龍一兄さんたちと違って、輪郭がはっきりしない。

「タカト?私との約束を守っては呉れないの?そんなんじゃ、わたし、安心できない。貴方のナイトメアになってしまいそう。そのような存在に私をしないで。ねっ?だから・・・、お願い、こちらには来ないで。貴方を必要とする人たちの所へ戻って!ユー・マストッ・デゥー・イット、タカァ~トッ!ユー・ハヴ・ギフツ、エヴリシィング・ユゥ・キャァン、フぅルフィル・ジィ・アンサー・ウィッチ・ユゥ・ディザイァ・・・、ソー・エヴリシィング・・・」

「それにね、貴斗、大切に想う方の為に命を捧げる事は真実の愛ではないは、どのような事があっても愛する人の為にいき続け、その方と共に歩む事が真理だと想うの。だから、逃げないで、耳を澄まして、貴方を今必要としている人の声を・・・、アナタを呼ぶ声を」

 そう言葉にする人物はその声から、女性だと理解できる。

 その誰であるかわからない人の言葉、ただの励ましの言葉であっても、俺をここから離れさせるための嘘であっても、どうしてなのか、俺は決心が付いてしまった。

 雪菜や兄さんより簡単に俺の心を動かすことの出来るその人の声。

 誰だかわからないけど、心地よい安堵を覚えた。

《たかと、タカト、貴斗、ずるいよ。アナタは残される者の悲しみや、苦しみをわかっているの?私はタカトのこと大好きなのに・・・、こんなにも強く想っているのに、愛しているのに・・・》

 今俺が居るこの彼の場所に彼女の声が届いてきた。そして、ついに俺は答えを返す。

「ユキナ・・・・・・・・・、有難う。でも、どうすれば俺は?」

「タカ、何も心配はするな。兄である私を信じてくれ・・・。雪菜ちゃん、タカがまだ向こうに戻れる裡に・・・・・・・、私に貴女の力を貸してください。できれば・・・、貴女も・・・」

「うんっ」

「ゴメンナサイ、私には何もしてやれないの。タカトの気持ちを表に向けてあげる事ぐらいしか、私にとってはこうしてここにいるだけで既にミラクルでしかありませんから。それに私にはほかの役目もありますし・・・」

「それだけでも十分だったな。無理を言ってすまない・・・、・・・、・・・。私の最愛の弟・・・、出来れば・・・、お前以上に大切な麻里のことも・・・・・・、頼む」

 龍一と雪菜は持てる力全てを貴斗に注ぎ込み現世へと送り返す。しかし、二人の力が足らなかったために貴斗は不完全な記憶のまま元の体に降臨してしまう事になった。だが、それは協力をしなかった彼女の意思なのかもしれない。

 白紙に戻す事での本当の始まりを期待するように・・・。

 病院のベッドの中で目を覚ました。

 見れば体中に包帯を巻かれていた。

 しかも俺が開けることの出来るのは右目だけだった。

 窓から差し込む朝の陽は俺の目に刺激が強すぎた。

 しばらくの間、薄めで時を過ごす。

 どれだけの時間が過ぎたのだろうか医者らしき人物が俺の病室へとやってきた。

「お目覚めですか?おはようございます藤原君」

「おはようございます・・・・・・、先生は日本語を喋るみたいですけど、ここはどこの日系病院なのですか?」

 麻里奈や龍一兄さんとLAXに向かっている途中事故に遭い病院に運ばれたのだと思ってそう口にしていた。

「ふぅん?貴方は可笑しなことを口にする。嫌ですねぇ私の事をお忘れですか?」

「あっ、あのぉ・・・、ごめんなさい。何も覚えていないんです」

「何も覚えてないって?」

 その医者は表情とは裏腹に驚いた声で、そう口にしていた。

 直ぐにその医者は俺の記憶状態を確かめるように色々な質問をしてきた。

 その医者の名前は調川愁。

 俺の主治医になってくれる先生のようだ。

 調川先生が帰った後、色々と考えて何故ここの病院にいるのか整理していた。

 現在は2004年8月28日、父さん達が死んでからすでに三年も経っている。しかし、俺はその三年間の記憶をまったく思い出すことが出来ない。

 あの研究所での出来事、LAXでの兄との別れを思い出した時は酷い負の感情、深い悲しみと後悔に囚われ始めた。だが、何故、俺がこんな状態でこの病室のベッドに寝かされているのか思い出す事が出来ない。

 それにその事について調川先生も教えてはくれなかった。

 そんな悲痛の感情に囚われてしまっている時、今の俺にとって六年ぶりの再会となる洸大爺さんと翔子姉さんが見舞いに来てくれた。

「貴斗ちゃん、お見舞いに参りましたわよ」

「おぉおっーーーっ、我が孫よ。ほんとうに・・・、本当に無事じゃったのじゃなぁ。じいちゃん、死ぬほど心配したのじゃよぉ」

 二人は調川先生から過去の記憶を取り戻したと言う事を聞かされていたらしい。だから、心底、嬉しそうな表情で俺の所へやって来たようだ。しかし、貴斗の表情はというと。

「翔子姉さん、洸大爺ちゃん、オレっ、俺っ・・・・・・、うっ、うくっ、父さんと母さん、それに龍一兄さんを、ひくっ、うぐっ」

 自分の所為で死んでしまったと思っている三人の事を思い出して嗚咽してしまいそうになった。

 龍一兄さんが『男はそう易々と涙を見せるものじゃない』って教え込まれていたから、それを必死に耐えていた。

 心の弱い俺にとってそんな事、ただの強がりでしかないが。

「貴斗、何を馬鹿なことを言っておるのじゃ。お前は何も悪くないのじゃよ。だから、そう自分を責めるでない。そういう顔をわしにみせんで欲しいのじゃよ」

「洸大お爺様も龍一お兄様も・・・、貴斗ちゃんに無理強いする言い方はおやめして欲しいものです。貴斗ちゃん、辛かったのでしょう?辛いとき、悲しいときは涙を流してもいいのよ」

 姉さんはそう言って優しい瞳を向け、その柔らかい掌を俺の頬に当ててくれた。

「翔子姉さん・・・、姉さん・・・・・・、俺っ、オレ・・・、ウクッ、ヒクっ」

 怪我していない方の手で姉さんのその手に重ねた。慟哭しいてた。

 俺がこれほどまでにその行為をするのは生まれてきてから三度目の事であった。

 それから、泣きじゃくっている間、姉さんは俺の頭に痛みが走らないように優しく抱き包んでくれていた。

 泣く事により、心の中に溜まっていた鬱積を流す事により、いつもの平静さを取り戻していた。

 姉さんがしていてくれた厚意に対して俺は赤面しながら声を出していた。

「あっ、あの翔子姉さん。その恥ずかしいんだけど、だからその・・・・・・」

「貴斗ちゃん、もうしばらくお姉さんにこうさせて下さい」

「こらっ、翔子!貴斗が嫌がっておるじゃないか。放れんかっ」

「そんなことありません!そうですよねぇ、貴斗ちゃん」

「翔子姉さんいい加減にしてくれ。俺にだって体裁ってものがある。こんなの他の誰かに見られたら恥ずかしくて生きていけない」

「貴斗ちゃんがそのような事を申す何ってお姉さん、とっても悲しいですわ」

 姉さんはそんなことを言いながらも俺から離れる気はなかった。

 それを見かねたのか?洸大爺さんが俺から翔子姉さんを引き離してくれた。

「三年間の記憶がないのはしょうがないのじゃが・・・・・・・・・、こうして、わしと翔子をちゃんと思い出してくれてわしは至極、嬉しいヨジャ・・・。名残惜しいのじゃが、今からワシと翔子は仕事に行かねばならぬ。がしっかりと養生し、早く元気な姿をわしに見せておくれよ。貴斗と翔子がいなくなったらわしは生きる意味を見失ってしまい、何をしでかすかわからんのじゃからな。無理するでないぞ、良いか?」

「貴斗ちゃん、またお参りいたします」

 そう言葉を残して俺の肉親、二人は病室から出て行った。

 その二人が帰ってしまった後、失ってしまった三年間の記憶を思い出そうと必死になって考えていたが一向に何も思い出せないで時間だけが過ぎていた。窓の外を見てため息を吐く。

 もうすぐでお昼になろうとしていた時に一人の女性がこの病室へ尋ねて来た。

「涼崎春香って言います・・・・・・・・・・・・・・・。お部屋に入っても良い?藤原貴斗君」

「す・ず・さ・き・は・る・か?」

 一言一言、声を上げその名前から記憶をたどろうと思考を巡らせていた。

 どうしてなのか彼女の事だけは不思議なくらいはっきりと誰であるか覚えていた。なぜだ?

「涼崎春香なのか?」

 俺はそう彼女を呼びかけていた。

「うっ、うん、そうだよ」

「ソッカ、良かった無事生還したんだな。そんな影にいないで私に顔を見せてくれないか?」

 彼女の声に俺はそんな風に自然と答えていた。

 自分がいった言葉を疑問に思って記憶の海、そこからその意味を探し始めた。

 彼女の名前は涼崎春香。

 今日から約三年前、俺の所為で事故に遭わせてしまった人。

 三年という月日を彼女から奪ってしまった。

 他に何かあったような気がするが今は思い出せない。

 それ以外の接点を見出せない。

 俺が思案めいていると彼女はずっと黙っている状態だった。だから、俺の方から声をかけてみた。

「どうした、黙ったりして」

「よかたぁ」

「なにが?」

「だってぇ、調川先生、藤原君が私や宏之君の事を忘れちゃったって言ってたからとても不安になっちゃって」

「ヒロユキくん?誰だ、そいつは?」

 宏之という人物を一人だけ知っている。

 それが彼女の言う人と同じなのか定かではない。だから、そう答えを返すしかなかった。

「えっ、何を言っているの?藤原君」

「俺は君の事を知っているがヒロユキと言う人物は知らない」

〈まさか俺の従兄弟である柏木宏之と彼女が知り合いだって言うのか?〉

「貴斗君・・・、冗談ヨねぇ?」

「俺はそう言うジョウダンは好きじゃないんだけど」

 確証がない事は言葉にしたくなかった。

 記憶が戻るまでははっきりとした事は言えない。

 故に、彼女にはそう答えていた。

「それじゃ、あの時の約束は?」

「あの時の約束・・・?」

 彼女の問いに答えるため必死に何かを思い出そうとした。

 俺の口から出た言葉は、

「あの時の約束・・・・・・?俺がなぜキミを助けたのか・・・、と言うことだな?」

 瞳を閉じそれについて自分の心に問いかけ始める。

 その答えが見つかると口は勝手に動き出し順を追って彼女に話していた。それから、その話が終わるとその人は涙を浮かべながら俺に赦しの言葉をかけてくれた。

「うぅん、違うの・・・、私が事故に遭ったのは貴斗君の所為でも、宏之君の所為でもないの、誰の所為でもないの。だから、貴斗君、自分を責めないでね」

「春香・・・、俺を赦してくれるのか?」

「許す、赦さないもないよ。貴斗君は何も悪くないんだよ。それに私を凄く暗いヤミの中から救ってくれたじゃない」

「何を言っているのか意味はよく分からないが・・・、・・・、そうか、アリガトウ」

 春香という人は俺が仕出かしてしまった事を赦してくれるといった。

 だが、記憶が定かでない、混濁した今の状況ではその言葉だけをすんなりと受け入れることが出来ず彼女に俺のありのままの気持ちを伝え、ある事をお願いしていた。

 そうでも、しないと自分を自分で赦せなかったから。

「一つだけ春香に言いたい事がある・・・。誰が原因でと言うのは関係なしに春香は三年間と言う月日を奪われてしまった。これは変えられない事実。だが、それが、どうしても罪と言う意識で俺を縛り付ける。その罪を償いたい。だから、そう、だから、若し春香が望むならオレの出来る事は何でもしてやる」

「アリガトウね、貴斗君」

 その話が終わると春香は彼女の知っている俺の忘れてしまった三年間記憶の事を教えてくれた。

 驚くことに彼女、俺の幼馴染みだった二人の女の子と同級生だったという。

 そのことを春香から聞き終わった時にその一人の幼馴染みが俺の所へ姿を見せにやって来た。

「貴斗っ、お見舞いに参らせて頂きました」

「アッ、詩織ちゃん、コンニチハ」

「こんにちは春香・・・ちゃん。具合はよろしいの?」

「ヘェ~、本当に知り合いだったんだ、春香」

 春香にそう言ってから俺の幼馴染みの一人をまじまじと見てしまった。

 俺はデジャビュを感じてしまう。

 目の前の成長した幼馴染みがあまりにもあの人にそっくりだったから。

 いや、違う、一瞬、幼馴染をあの人と勘違いしてしまった。それほど似ていたんだ・・・、俺が言うの恥ずかしいけど目の前の幼馴染み、中学校の時も相当可愛いかった。

 六年も経った今の彼女は美人って言うのだろうか、本当に俺はあの人と人違いしてしまいそうだった。

「ばっ、ばかな?しっ、しふぉにぃ・・・、いや違う・・・、ありえない、・・・、彼女はもう・・・。えっと、そのぉ、6年ぶりぐらいか?ソッ、それとズッ、ずいぶん綺麗になったな、シフォ、あああっ、とそのいやぁ・・・詩織」

 何かをごまかすように恥ずかしかったけど俺の口からはそんな言葉が出ていた。

「・・・・・・・・・?」

 その美人の幼馴染みは俺の言葉に対して直ぐには答えてくれなかった。

 少し間が空いてしまう。

「えっ、貴斗、いったい何を言っているのですか?」

「えっ、だから6年ぶり、久しくあってなかったけど綺麗になったと・・・」

 なぜか彼女は戸惑っていた。

 俺の声に出した言葉が聞こえなかったのか?だから、もう一度恥ずかしかったけど同じ言葉を口にしていた。

「6年ぶりって、貴斗!」

 俺の言葉に酷く動揺した表情を見せるその幼馴染み。

 なぜか俺の名前を敬称なしで呼んでいた。

 昔の彼女ならありえない。どうしてだろうか?そして、六年前の頃より随分と口調も変わっている。

「詩織ちゃん、二人きりでお話しがあるの、いいかなぁ?」

 俺の疑問をよそに春香は詩織を病室の外へ連れ出していってしまった。

 その後、詩織は俺に何も告げず帰ってしまったようだ。

「俺・・・、何か不味いことを言ってしまったのだろうか」

 そう独りベッドの上で呟いていた。

 午後二時を過ぎ、翔子姉さんが持ってきてくれた雑誌を読み始めたころまた新しい来客があった。

『コン、コンッ』

「アぁッ、あのぉ~~~、涼崎翠って言いますけど・・・、お見舞いにきました」

「ハイッ、どうぞお入りください。コンニチは・・・、俺の事を知っている方ですね・・・」

 俺の言葉にその来訪客は少しだけ寂しそうな瞳を見せてくれた。

 心が痛い。しかし、そんな表情を一瞬見せただけでとんでもない事を言ってくれる。

「はっハァ~~~いっ、涼崎翠・・・、貴斗さんの妹でぇ~~~っす」

「アハッハッハッ、俺には君のような可愛いらしい妹はいないよ」

 笑いながら率直な言葉を口にしていた。だが、そのとき俺の脳裏には『涼崎』という単語が何かを訴えていた。

 その解答を求めるように再び、口が勝手に動き出す。

「・・・、涼崎???・・・、涼崎春香?若しかして春香さんと関係がある方ですか?」

「えぇ~!?はい、そうです。私は春香お姉ちゃんの妹ですけど・・・、どうして?」

 その女の子は可愛らしく驚きながらそう答えてきた。だから、俺の知っている事をその子に教えてあげた。

 そのあとは少しだけ話をして彼女を見送ることになった。

「貴斗さん、またお見舞いに来てもいいですか?」

「ハイ、翠ちゃんの事を思い出せないこんな俺でよければお話し相手になってください」

 元気の良さそうなその子と話しているとなんだか自分も元気になってくるような気がした。だからまた相手をしてもらいたくてそう言葉を返していた。


~ 2004年8月31日、火曜日 ~

 今日もまた俺のことを知っている人物が見舞いに来てくれた。

 その人物が俺の持つ一つの疑問に答えてくる事となった。それは詩織の事だ。

 この病院で目を覚まして四日目。

 その幼馴染みは連日で見舞いに来てくれていた。とても嬉しく思う。だが、詩織の向ける視線が妙に優しい。

 その瞳はただの幼馴染みを見るそれとは違っていた。

 そういうのに疎いからそれが何なのか気付く事が出来なかったし、わかってやる事も出来なかった。

 その答えをくれたのが八神慎治という人物だった。

 彼は俺のことをよく知っていて、理解してくれていた人物でもあった。

「慎治のことを思い出せなくて本当にすまないと思っている」

「そりゃぁしゃなぁないなぁ。それじゃ、今、お前は日本に戻って来た、って所までは覚えているんだな・・・・・・・・・。うんじゃ、貴斗っ、お前の両親の事は?」

「慎治、君は俺の事を色々知っている様だ。思い出したくもない、あんな悲劇。俺がそこに行かなかったら父さんも母さんも龍一兄さんも死なずに済んだ・・・、悔やんでも、悔やみきれない」

 彼に聞かれてついまたあの時の事を思い出してしまった。

 胸が苦しい。だが、すぐに目の前にいる人物がその痞えを取ってくれるような言葉をかけてくれた。

「オイ、貴斗、それ以上自分を責めるな」

 彼のその言葉のお陰で俺の今思っている次の言葉を難なく出す事が出来た。

「判っている、俺がどんなに望んでも還ってくるはずないから」

〈いくら、それを望んでも無理だってわかっている。分かっているから・・・、だから、辛いんだ〉

「だから・・・、龍一兄さんの言いつけ通り、祖父ちゃんと姉さんを守っていかなければならない。それに詩織や香澄を護らなければ。だから、俺は悔やんでいられない」

〈それに、それが兄さんと・・・・・・・・・、雪菜、それと彼女の願いだから、約束だから、俺の決めた事だから・・・〉

 そう言葉にした後、慎治は何かを考えていた。

 詩織も春香も翠ちゃんも教えてくれなかった本当の空白の三年間を教えてくれた。

 それは目の前の人物は高校三年生からの同級生で現在も同じ大学へ通っている事。しかも詩織と一緒にだ。それだけじゃない。

 俺がもし彼の言う状態ではなかったら絶対ありえない詩織との関係を口にしてきた。

「何を言ってるんだ!?」

「・・・何を言っているって?俺は何か不味い事でも言ったのか?」

 俺の返した返答がそんなに可笑しかったのか慎治はとても驚いていた様子だった。

「考え直せよ、貴斗っ!」

「無理だ、俺の詩織に対する気持ちは昔から変更の余地はないので」

〈変更してはいけない。俺はどうしても異性を、大切な人を・・・、好きになってはいけない・・・・・・、理由がある・・・・・・・・・。だから、変更は出来ない〉

「お前、藤宮の事、どうでもいいとおもっているのか?」

「そんな事あるはずがないだろ・・・・・・。歳は幾分、正確に言えば3週間、俺の方が下だか、俺にとっては妹の様な存在だからな、無論、香澄もだ。二人は俺の命と等価、それ以上に大切に思っている・・・・・・。これ以上、慎治、君にこの事について論議する気はない。早々にお引き取られよ!付け加えて言っておきます、他言無用」

〈慎治、こんな言い方しか出来なくてごめん。何も思い出せない今は赦してくれ〉

 詩織にも香澄にも俺がどう二人の事を思っているのか知られたくなかった。だから俺は慎治に釘を刺すようにそう言って追い返してしまっていた。




~ 2004年9月2日、木曜日 ~

 今日もこの場所に詩織が来ていた。彼女が俺の所に来たのは病院の夕食を過ぎた頃だった。

「貴斗、これ貴方のためにお作りしてきたの」

「詩織・・・・・・・・、俺を毒殺するつもりか?」

 彼女は品の良い容器の蓋を開けデザートらしきものを俺に見せてくれた。

 その見栄えはとても上品に見えた。しかし、詩織の料理の不味さをこの上なく知っていた・・・・・・。 それのお陰でどれだけ病院という場所にお世話になったことやら・・・、それ故についそう口に出してしまった。

「口にもしてくださらないで、その様なこと言うの酷いよ、貴斗・・・・・・。わたくし、私、貴斗の居ない間たくさん・・・・・・、沢山頑張って一生懸命に料理を覚えたのに、ヒクッ、ウクッ・・・・・・・そんな事言うの酷いです」

 詩織は今にも泣きそうな瞳を俺に向けながらそう訴えてきた。

 幼馴染みの涙を見たくないと思った俺は直ぐに弁解の言葉を口にした。

「詩織、泣くな。俺が悪かった。食べるよ。食べるからそんな顔を俺に見せないでくれ」

「本当にそうお思いになってくれています?でしたら口をお開けになってください?私が怪我をしている貴斗に代わりまして、食べさせて差し上げます」

「大丈夫だ、右手が使える」

 そんな風に言葉を返すと、詩織は再び涙目で俺に訴え掛けてくる・・・・・・・。

 仕方がなく、恐る恐る口をゆっくりとあけ彼女の厚意を受けることにした。

 その時の詩織の表情、さっきまでしていた悲しみの色と打って変わってとても嬉しそうだった。それから、幼馴染みが口に運んでくれたそれをゆっくりと味わう。

「・・・・・・・・・・・・・・」

「ねぇ?お味の方はどうかしら貴斗、美味しい?」

 何が理由で六年の歳月でここまで彼女を成長させたのか詩織が食べさせてくれたそれは職人が作るようなプロフェッショナルな味だった。本当に美味しかった。

「詩織・・・・、お前は凄いよ。とても美味しい」

 その言葉を聞いたときの彼女の笑顔、目をそらして恥ずかしさを隠したいほど・・・・・・・・・・・・・・・、愛らしかった。

 あの人の面影を如実に感じてしまっていた。

 それから、詩織と話をしていると面会時間の終わりが近づこうとしていた。

「貴斗、明日もお見舞いに参ります」

 それを断ろうと口を動かそうとした時、彼女がさらに言葉を続けていた。

「ねえ、貴斗何も言わないで。何も言わないで私の言葉を聞いてください・・・。貴方がこういうときくらい私に何かさせてください。貴斗がお思いしているほど・・・・・・、貴方に甘えてばかりでしたあの頃と違いまして、私はもう子供じゃないの。ですから、こういう時くらい私に頼って欲しいのです。いいでしょう?」

 詩織には俺の為に無駄な時間を費やして欲しくなかった。だから、ここへ来なくて良い、とそう言おうとした。だが、彼女は真剣な目で俺に訴えてくる。だから・・・・。

「詩織・・・・・・・・・、有難う」と答えていた。

 彼女の気持ちに応える事など無いと言うのにそれを知ってか、知らずにか、俺のその言葉が嬉しかったみたいで彼女はにっこりと微笑んでこの場所から出て行った。


~ 2004年9月9日、木曜日 ~

 今日も懲りずに俺の為に幼馴染みの一人が見舞いに来ていた。

「貴斗、今日もお見舞いに来て差し上げましたよ」

「詩織か?いつも悪いな」

「そのような事ありません、私と貴斗は幼馴染み。これくらい当然のことです」

 幼馴染みだから当然か・・・・・・・・・・・・、そう言う物なのだろうか・・・?

 彼女のその言葉に俺は何かを感じた。

 壁の方に視線を向けるとそこには今日の日付を示すカレンダーが掛かっていた。

 9月9日・・・・・・・・・、そう言えば今日はもしかして?

「えっと、俺の記憶が正しければ、詩織誕生日おめでとうの日か?」

「貴斗、嬉しい、私の誕生日、覚えていてくださったのですね」

 正解のようだった。

 彼女は本当に嬉しそうな顔を俺に見せてくれる。しかし、いたって俺の態度は冷静だった。

「間違ってなくてよかった。何もプレゼントしてやれないけど」

 今の状態では何もしてやれない。だから、言葉だけでも何か贈ってやりたかった。しかし、俺がそれを口にする前に彼女が言葉を掛けてくる。

「いいの、いいのです、貴斗がそれを覚えていてくださいましたから、それだけで嬉しいですから、それだけで満足ですから」

「そうか・・・」

 覚えていただけで満足か・・・・・・、本当に気立ての良い幼馴染みだ。

 俺がそんな風に感慨に浸ろうとした時、彼女に絶対に答えを口に出して言いたくない事を尋ねられた。

「貴斗、六年前の高台の丘で私がアナタに言いましたこと覚えています?」

 答えたくなかったけど、答えない訳にはいかない。だから、少しだけ間をおいて口を動かした。

「・・・・・・・・、覚えている」

「あの時のお答えをもう一度お聞きしたいの、答えてくれるかしら?」

 既に結論が出ていることだ。

 間を開けて変な期待を持たせてしまうのは酷だ。だから、詩織には悪いと思っているが即答してやった。

「無理だ、変えられない」

「どうしてっ、どうしてなの?もう香澄には好きな人が居るのよ」

「詩織、お前、香澄が俺のことを好きなのを・・・・・・、知っていたのか?それでも俺の答えは変わらない・・・・・・。お前も、香澄も、俺にとって大事な幼馴染み、それ以上、それ以下でもない」

 詩織や香澄が俺のことを異性として好きだ、って事を龍一兄さんから知らされていた。でも、それに応える訳にはいかなかった。

 どんなに俺の事を思ってくれても、それに応える訳にはいかなかった。

 雪菜を失った時に決めた事だから・・・・・・、特に詩織の気持ちには・・・・・・、今の詩織はあまりにもあの人に似すぎていたから・・・・・・・・・。もう一度失ってしまうのが怖い。

「そっ、そんな、どうして、そんなのりふじん、理不尽よ。貴斗のばかぁっ、私の気持ちも知らないで・・・」

 その言葉の後彼女の腕が俺に向かっていた。

 反射的にそれを生きている右手で止めた。

「痛い、貴斗、放してよ」

「ゴメン、悪かった」

 力を入れた積もりはなかったが彼女はそう訴えて来た。直ぐにその華奢な手首を放して言葉を続けた。

「ああ、俺は馬鹿さ、お前みたいに才色兼備じゃないからな」

 中学の頃まで才女だった詩織、それに本音で可愛い女の子だと思っていた。

 六年たった今、彼女は苦手だった料理の腕前も上達していた。自然とそういう言葉が出ていた。

 それに比べ俺は自分の得意分野、格闘技と理工学以外能無し。

 容姿だって、ただ身長が高いってことくらい以外、取り立て目立つ物でもなかった。

 自分の家系を考慮せず、完璧な詩織から比べたらどこぞの知れぬ馬の骨でしかない俺。

 選んだ言葉が不味かったのか彼女は俺の見たくない涙を流しながらこの病室を出て行ってしまった。

「・・・ゴメン。詩織」

 既に去ってしまった彼女にはその言葉は届かない。

 詩織にあんな酷い事を言ってしまったのにも係わらず次の日も、次の日もこの場所に顔を見せてくれた。

 こんな俺の為にそんな献身的に尽くしてくれる彼女を見るのが辛い。

 彼女の気持ちに答えてやれないのがとても辛い。

 詩織以外にここへ毎日顔を出してくれる人物が二人。

 それは涼崎姉妹だった。

 それと毎日ではないけどよく慎治も顔を見せに来てくれていた。

 そんなみんなのおかげで徐々に俺の忘れてしまった三年間の記憶が埋まって行く。しかし、何かが足りない、誰かが足りない・・・・・・、それは詩織に対する俺の本当の気持ち。

 それともう一人の幼馴染みの香澄、従兄弟であり涼崎春香の恋人だった柏木宏之。

 どうしてか二人は俺の所へは来てくれなかった。

 何故だろう?矢張り原因は俺にあるのだろうか?

 それは俺がまだ不完全な記憶状態の時だった。



~ 2004年9月18日、土曜日 ~

 今日もいつもの様に昼食を終え、小一時間くらい休憩をした頃、彼女、涼崎春香が俺の所へ遊びに来ていた。

 彼女は詩織との関係を訴えてきた。

「ねえ、貴斗君?若しも、若しもだよ。もし、詩織ちゃんが貴斗君に告白してきたら貴方はどうするの?」

 何故、彼女がそんなことを聞いてきたのか不完全な記憶しか持たない俺の理解の範疇を超えていた。だが、答えはわかっていた。だから、すぐにその答えを口にしていた。

「それは受け入れられない」

「貴斗君、それ、本気で言っているの?」

「春香、何故そんなに驚く?」

 彼女は目を丸くして愕いていた。

 それ程までに言った言葉は驚く事なのだろうか?だが、俺の対応はとても冷静なものだった。

 それは、いつでも冷静に事を構えている父さんや兄さんの性格が俺にも芽生えてきたのか定かではないが本当に淡々としている態度だった。

「春香、もう一度聞きます。どうして驚いた」

「・・・だって、貴方記憶をなくす前、詩織ちゃんと付き合っていたのよっ!」

「その事を春香も知っていたのですね」

「えっ、どういうこと?」

「八神慎治君、春香も知っているとおもいます」

「うん、宏之君と貴斗君の大事なお友達」

「彼から以前の詩織と俺の関係は聞かされている」

 春香は慎治と交友関係にある。

 彼女がそれを知っていても可笑しくないはずだった。だから、それ以上彼女には追求せず、俺の今思っていることを春香に伝えた。

「それに詩織には既にその結論を伝えてもいる」

「貴斗君、冗談よね?」

 口にした言葉がそんなに信用できなかったのか春香は困惑の顔でそう聞き返してきた。

「俺の話が信用出来なければ詩織に直接聞くといい」

 その言葉で春香は何かをしばし考えている様子だった。

 彼女が俺に掛けてきた言葉を不完全な記憶状態の俺は受け入れてしまう。

 それは俺にとってこれかららの未来、記憶を序徐々に取り戻して行く自分にとって大きく俺を悩ませ事態を深刻にしてしまう程の要求だった。

 それは、大切な人達を傷つけてしまう要望だった。しかし、春香のその要求を罪の償いという意識から今の俺はすんなりと受け入れてしまう。

「ねぇ、貴斗君、若し私が貴方に私の恋人になって欲しいと言ったら?」

「・・・、春香はそれを俺に望むのか?」

 俺が口にした言葉に彼女は黙ってまた何かを考え始めたようだった。だが、俺は言葉を続ける。

「春香がそれを望むなら俺はそれを叶えてやる。約束だからな。宏之との関係が修復するまでおれはキミの望むままに」

 現在かなり彼女と俺の従兄弟の関係を思い出していた。

 その二人の関係をぶち壊してしまったのは他ならぬ俺であると思っていた。だから、二人の関係が戻るまで俺は春香の支えになってやりたいとなぜか思ってしまっていた。その理由は今判るはずもない。

「俺を必要としなくなったらいつでも捨てて構わない」

 自分自身がまともに恋愛なんて出来るはずもないと思ったからそんな言葉も出ていた。

 彼女は一言も発してくれなかった。だから俺の方から彼女に言葉を掛けていた。そして、やっと何かに迷いながら彼女は口を動かし始める。

「貴斗君、冗談はよして」

 俺の言葉を信じてくれなかったのか彼女はそう答えを返してきた。だから、真っ直ぐな目で真摯な態度でそれに応じる。

「フゥ、冗談か・・・・・・、なら、どうしたら春香はおれを信じる?信じてくれる?」

「貴斗君の言葉が冗談じゃないのなら、行動で示してよ。・・・・・・、私にキスしてみせてっ!」

 春香を信用させたかったら行動で示せと彼女は言って来た。

 行動で示すのは俺の最も得意とする所だ。だから、彼女のそれに答えてあげることにした。だけど・・・・・・・・・、キスしてなんて難しい注文をしてくれる。

 まだ心を通わせていない相手とそれをするのは途方もなく恥ずかしい気分だが出来るだけ冷静に彼女に言葉を掛けようと思った。

「見ての通り、俺は余り体が動かせない。だから、もう少し近くに来てくれないか?」

 春香は俺に促されて躊躇いがちながらこちらへと顔を近づけてきた。そして、彼女の唇に俺のそれを重ねる。

 出来るだけ優しく彼女の口内を愛撫してあげたつもりだった。

 それから、俺の首に怪我の痛みを感じ始めた頃にそれを終わらせ彼女から身を離した。

 俺がしてしまった行いは許されるべき事ではなかったのか?彼女は沈黙し涙を流し始めてしまった。

 その流した涙を見た俺は動揺し罪悪感を覚えてしまう。

「春香、どうして涙を流している?俺は間違った事をしてしまったのか?」


「違うの、嬉しかったからうれし泣きなの」

 だが、しかし、彼女の返してくれた言葉は俺が思っていた事とは違っていた。

 心の中でフッと安堵の溜息を漏らしてしまう。

「そうか、だったら泣くより笑って応えて欲しかったな」

 その言葉に春香は微笑みで返してくれた。

 其の頬笑みを見た後で、素直な俺の気持ちを彼女に伝えていた。

「うん、女の子は笑顔が一番だ・・・・・・。春香の笑顔を見たら何だか眠くなって来た、君に悪いが休ませてもらうよ」

 彼女には申し訳なく思ったが本当に眠たかったのでそのまま身体を倒し眠りへと就いた。


~ 2004年9月21日、火曜日 ~

 今日も聖稜高校の制服姿、学校の帰りなのだろう。

 翠ちゃんが遊びに来ていた。

「貴斗おにいちゃぁ~~~ん、今日もお見舞いにきちゃいました」

「今日も来てくれたんだな。有難う、って毎日俺の所へ来てくれて勉強の方は大丈夫なのか?」

 けして彼女は頭の悪い子じゃなかったから心配する必要はないのに心配してしまっている俺がそこにいた。

「貴斗さんに心配されることないです。部活で健闘していましたから勉強の成績関係なしに聖陵大学に進めます」

〈そうだったな、勉強を無視しても、翠ちゃんには水泳と言うアドヴァンテージがあるもんな〉

「なんだ、翠ちゃんはそのまま俺や詩織がいる大学に来るのか?」

「ハイ、貴斗お兄ちゃんと同じ学校に行きたいから、一年でも同じ学校で過ごしたいから、そうします」

 俺の言葉に対して彼女は嬉しそうに答えを返してきた。

「お兄ちゃん・・・・・・、また何か思い出しましたか」

「そうだなぁ・・・、思い出した事と言えば翠ちゃんが俺に散々迷惑を掛けていたって事か?」

 最近思い出してきた記憶から彼女をからかうように悪戯にそう言ってみた。だが、俺はけして翠の行動を迷惑だと思ったことはない。

 本当の妹の様に思っていたから。

「ブゥぅ~、酷いよぉ、私、貴斗お兄ちゃんに迷惑なんって掛けていたつもりないのにぃーっ!」

「冗談だ、そんな顔するなよ・・・。翠ちゃんに甘えられて悪い気はしない」

「ほうとうですかぁ?だったらもっと甘えても良いですかぁ?」

「程にもよるぞ」

 翠はこれ程までに俺を慕ってくれている。だけど、このまま彼女を俺の傍に留めていて良いのだろうか?

 俺の所為でまた彼女も喪ってしまうのでないかと負の感情に囚われそうになった瞬間、明るい声で返事を返してくれた後に詩織の事を聞いてきた。

「ハッハァ~~~イッ・・・。お兄ちゃんそれより・・・・・・、詩織さんと上手く行ってるんですかぁ~~~?」

「なんだ、翠ちゃんまでそんなこと、言うのか?」

「エェッ?エッ?そんな事ってどんな事ですか???」

「以前の俺は詩織と恋人同士だったようだが・・・、アイツには悪いが今の俺にそれに答えてやる事はない」

「ヴェッ!@#?お兄ちゃん本気?」

 俺の言葉に心底、驚いた表情を翠は見せてくれる。しかし俺は冷静にそれに答えていた。

「本気もなにもない・・・。駄目なものは駄目」

「お兄ちゃん・・・、なにか理由があるんですか?」

「あっても教えない」

 彼女は鋭い所を突いて来る。しかし、それを答えられるはずもなかった。だから、そう口に淡々と出すしかなかった。

「アぁッ、あの・・・、貴斗お兄ちゃん。若しも、私が・・・、その・・・」

 彼女が何かを言いかけた時、噂をしていた詩織がここへやって来た。

 翠は言いかけた言葉を無理やり押しとどめ・・・・・・、そんな風に俺の瞳には写っていた。

 彼女は元気よく挨拶をして帰って行ってしまった。

 その後は翠に代わってここへ来た詩織と取り留めのない話しをして彼女とも別れた。


~ 2004年9月30日、木曜日 ~

 俺が馬鹿な行動をしたせいで交通事故に遭ってここへ入院してから約一ヶ月。

 今日は俺が生まれて二十一年目。

 今日はここへ既に仮退院を貰っていた春香がリハビリのついでにお見舞いに来てくれていた。

「どうぞ」

 そう言ってノックしてくる来訪客を招き入れていた。

「貴斗君、こんにちは」

「春香だったのか?名前、言ってくれればよかったのに」

「貴斗君を驚かせようと思ったの」

「ハハハッ、俺を驚かすのは簡単ではないぞ」

〈そう簡単に普通のことで驚かせようとしても無理、無理、龍一兄さんや麻里奈さんにある程度特訓されているから〉

「それより、無事退院、出来た様だな、遅ればせながら言わせてもらう。退院オメデトウ、春香」

「有難うねぇ、貴斗君」

「退院したからって無理はしないでくれよ」

「どうして?」

「心配だからだ、無理して倒れてしまったら凄く悲しいぞ」

 春香の問いに俺は素直に答えていた。

「優しいんだね」

「どうだろう、自分でそう言う事は分からない」

〈ハハッ、冗談はよしてくれ春香。優しいだって?絶対そんなことありえない。俺が優しいはずがない・・・・・・・・・・・〉

 今まで俺がしてきた事もあってそんな風に自嘲気味に心の中で呟く。

「だが、父さんが生きている時に何度か聞かされた言葉がある『優しさだけが本当の優しさじゃない』ってね。残念ながらその意味をいまだ理解出来ていない」

 父さんや龍一兄さんの考え方は難しすぎて判らない方が多かった。

 これから先、俺がもっと大人になればその言葉の意味も理解できるのであろうか?

「ハハッ、何だか、難しい謎かけみたいだね。でも、心配しないでここに来たのはリハビリの帰りだったからその序でなの」

「そっかならそれでいい」

「何で、そんなに淡々と言うの?もぉーっ、折角お見舞いに来てあげたんだから、もう少し不満な顔して答えてくれてもいいのにぃ」

 俺の返す言葉が不満だったのか彼女は膨れた顔を見せた。

「言葉が足りなかった。リハビリのついでなら何も心配しないで春香を安心して迎えられる。俺のために態々ここに来て途中で・・・その・・・、また事故でも起こされたら嫌だからな・・・。それがオレの本意だ」

「だったら初めからそう言ってよ」

「悪かった。でも、許せ、俺は馬鹿だから余りこう言う表現得意じゃないんだ」

 子供の頃の好き放題言っていたくせに今の俺は随分と口数が少なくなっているように思えた。

 ステーツで受けた人種差別で自閉症になってしまった所為だと思う。それを救ってくれたのは三歳も年上だったシフォニィーだった。

 そして、・・・・・・。

「私が知っている昔も今のそう言う所は余り変わらないね。フフッ」

 しばらく、彼女と会話を交えていると何かを思い出したような表情を俺に見せてきた。

「どうした?いきなり驚きの顔と声を出したりして」

「ねぇ、今日って貴斗君のお誕生日よね?」

「確かそうだったな」

「ハァ~、何でそんな他人事のような答え方するの?」

「今日で俺も21歳か、祝ってワァ~、ワァ~、言う歳じゃないだろ」

「ジャァ、祝って貰っても嬉しくないの?」

「祝ってくれる人にもよる」

「私だったら?」

「恥ずかしいから、そう言う答え難い事を聞かないでくれ」

〈どうして、女性はそういう聞き方をしてくるのだろうか答えるこちらの身にもなって欲しい〉

「貴斗君って随分遠回しな言い方するのねぇ」

「わっ、悪かったな」

〈そんなことストレートにいえるか恥ずかしい〉

「クスッ、貴斗君って外見おっかなそうに見えるんだけど、そういうところ可愛い。ねぇ、貴斗君、私なんにも用意できなかったけどこれで許してねぇ」

 彼女はそういうと俺にキスをしてくれた。しかし、春香のその行為は俺にとってバッド・タイミングだった。

 それを詩織に見られてしまったのだ。

 こんな所を見られたら彼女は深く傷付いてしまうだろう・・・・・・・。だが、俺と詩織の関係を修復させない為にもそれは良かった事なのかも知れない。

 完全に記憶を取り戻していない俺はそんな風に思っていた。

 彼女の事をどれだけ愛していたか忘れてしまった俺はそう思っていた。

「ナッ、何で、どうして?」

「あらっ、詩織ちゃん、来てたの」

「春香、どういうことなの、説明して欲しいわね」

 幼馴染みは怖い目で春香を見据えていた。しかし、春香はと言うとそれに堪えている様子はなかった。平然としている。

「どうもこうもないよ、貴斗君は私の恋人だもん、キスくらいしたって当然よ」

「春香、ハッ、恥ずかしいからそんな事、言わなくてもいいだろ」

〈ハァ~~~、良くそんな言葉を恥ずかしげもなく・・・〉

「春香、嘘だと言って、二人して、私に冗談を言っているのよね」

「嘘も何もないよ。私と貴斗君はコ・イ・ビ・ト、恋人よ」

「うっ、うそよ、ウソ、うソ、嘘っ!」

 幼馴染みの詩織は春香の言葉を打ち消そうと震える手で口元を押さえていた。

 この場から居なくなる。更に詩織を追いかけ様としたのか春香が動こうとしていた。だが、俺はそれを止め言葉を掛ける。

「春香、追いかける必要はない。詩織が俺の事をどんなに想ってくれてもその想いに応える積もりはない」

「貴斗君がそう言うのなら・・・」

「それより春香、宏之とは上手くいっていないのか?」

「何で急にそんな事、聞くの?」

「前もいったが、俺はアイツの代用品でしかない。彼奴との関係が上手くいっているなら俺に逢うのはよくない。奴それを知れば絶対妬く。それに宏之に顔向けできなくなる」

 最近一番多く思い出している宏之と彼女の関係。

 俺が春香にやっている行為は最低のことだ。

 従兄弟である宏之に対して酷いことをしてしまっている。

 この俺と春香の関係を終わらせなければいけない事も判っている。だが、一度、俺から言ってしまった手前、俺の方からそれを蹴ってしまっては俺自身を許せない。だから、春香が自ら俺との関係を断ってくれる事を望んでいた。

 自分の事を代用品などと表す冷たい言葉を掛けていたのはそういう理由のため。

「貴斗君なんで自分をそんな風に言うの?私はやましい気持ちで貴方に接しているわけじゃないのにぃ」

 しかし、俺のその言葉は功を奏しなかった。

 彼女は酷く悲しい瞳を俺に見せてくれる。だから、今しばらくは・・・・・・・・・・、と思ってもいる。だが、しかし、なぜか春香に惹かれている様な気がする。如何してだろう。

「・・・俺が悪かった。だから、そんな悲しそうな顔するな。春香自身がちゃんと気持ちを整理してくれないと俺自身本当にどう接するべきなのか判断できない。俺は女性の悲しんでいる顔見たくないんだ。だから、俺の事を少しでも想ってくれるなら今は笑っていろ」

「うん、判った。でもねぇ、貴斗君、自分を蔑むような事を私に絶対言わないでねぇ・・・。私だけじゃない、ほかのミンナにもだよ」

 やっと彼女が微笑んでくれた。

 男でも女でも俺にとって悲しい顔を向けられると酷く自分を蔑んでしまう。だから、みんな笑っていて欲しい。

「判った努力する」

「ウフフフッ」

 最後にもう一度彼女は俺に微笑んでくれた。

 春香が帰って夕方になった頃、俺にとって大事な友達が顔をそろえていた。

 何でも俺のためにパーティーを開いてくれるらしかった。

 祝ってもらえるのは嬉しいが、この歳だと少なからず恥ずかしかったりする。しかし、昼間、詩織は俺と春香のキスシーンを目のあたりにしているのにとても楽しそうに仲間たちと会話を交わしていた。

 そんな彼女を見ると心が・・・。

 この時、初めて宏之と香澄が顔を見せてくれた。

 殆ど話し掛けてくれなかったし、こっちからも掛けてやる事も出来なかった。だが、その二人が来てくれただけで至極な程に嬉しかった。

 香澄も・・・、詩織とは違ったおとなの綺麗さがあった。

 そんな彼女を見てしまうと・・・、記憶のなかった三年間、彼女にとっていた子供じみた、大人げのない己の行動を酷く蔑んでしまっていた。だが、場の雰囲気を崩したくないから平静だけは装っていた。

 怪我人だったから酒は控え、みんなが用意してくれた料理、そのどれもが手料理だった。

 それをつまみながらみんなの会話を聞いていた。

 どのくらいの時間だったか正確には覚えてないが、翠とその同級生二人、弥生とその双子の兄、将臣が訪れ、場は更に盛り上がりを見せる。

 楽しいひと時が過ぎていた。だが、その楽しかった場も詩織の言葉によって急転してしまう。

 幼馴染みが口にした言葉で翠が今まで黙っていた春香や香澄に対する胸の内を曝け出していた。そして・・・、俺に対する彼女の気持ちを知ってしまった。

 翠は言いたい放題言葉を吐き出すと、病室から走り出してしまう。

 詩織を強く諭してから、みんなを促がし、翠を捜しに行かせた。

 全員が居なくなった頃に俺自身も隠し持っていた松葉杖を取り出し、彼女を探しに出かけた。

 いたるところをぶらつくと、俺が翠を発見してしまったようだ。

 その時、彼女の機嫌を損ねないようにあほらしい言葉を掛けていた。

 それから、暫くそこで会話した後、彼女の肩を借りて病室へと戻っていた。

 その会話の中で翠の気持ちには応えられないという風に言ったつもりだったが、彼女にはそれが確りと通じたのかはわからなかった。

 病室に戻るとみんなが戻っていたようだ。

 そこにいた者達は、みんな心配そうな表情を俺に向けていた。

 体を動かしてはいけないという怪我人が動いたにだから、そんな顔をされても仕方がないんだがな。

 翠が見付かったから俺のために開いてくれたその会はそこで終幕を迎えさせてもらった。

 誰もいなくなった後しばらく詩織の事だけを考えていた。

 どうして彼女の想いに応えてやれないって事だ。

 それはもう二度と失いたくなかったからだ。

 俺が好きになってしまった人達はもうこの世にはいない。

 俺にとって初恋だった雪菜、俺の自閉症を救ってくれ心身ともに結ばれたシフォニィー。

 もう、二人はこの世にはいない。俺の所為で・・・・・・・・・・・・・・・。

 詩織の想いに応えられない一番の理由はシフォニィーにあった。

 シフォニィーがどんな人物だったのか今でも鮮明に思い出せる。

 その時の彼女の容姿はあまりにも今の詩織、俺が日本で再会した時の詩織に似過ぎていた。

 まるでクローンの様に。違うのは年齢とシフォニィーの持つ瞳と髪の色だけ。

 人種を超えて深く判り合えたシフォニィー。

 なのに俺の所為で彼女は死んでしまった。

 思い出すのが辛い。だから、語りたくない。

 そんな彼女に似過ぎているから詩織の想いには応えてやれないんだ。

 詩織を好きになって彼女を愛して、俺を取り巻く因果によって彼女を失いたくないから。だから、応えられない。

 多分、だが記憶喪失中の俺がその時、恋人状態だった詩織に一線を置いて接してしまっていたのは心の奥深くにあったシフォニーの影がフェード・イン、フェード・アウトとしていたからであろう。

 この病院に入院して二ヶ月近く経つ。

 誕生日会以来、まだ宏之も香澄も俺の所へは来てくれなかった。

 春香も翠ちゃんも詩織も慎治も俺の所へは来てくれなかった・・・・・・。でも、それでいいのかも知れない。

 それは彼等、彼女ら俺の大切だと思う人達が俺に近づかなければ傷つけることも本当の意味での喪う事もないから。

 最近、自分の体の異常に気付いていた。

 今日はその報告を調川先生から聞かされた。

「藤原君、身体のご加減はどうでしょうか?」

「見ての通りだ、驚くほどの回復振り自分が人であるかって疑ってしまう」

 本当に異常な回復振りだった。

 調川先生には最低でも全治五ヶ月だと言われていたはずなのに今俺が包帯に覆われているのは左腕肘関節から手首までと右足首ぐらい。

 見た目はかなり回復している。しかし、内側である消化器官と肺は通常より二分の一も三分の一も回復が遅れていた。

「確かに藤原君の言う通り、貴方の回復は異常なほど急速です。それでⅩ線、MRI、CTスキャンや他の測定器で調べた先週の結果を貴方にご報告いたします・・・。心苦しい結果ですが貴方の間脳・視床下部に異常が見られました。」

「それの所為で貴方の新陳代謝が不安定になり治癒力が速くなったり遅くなったりしているのでしょうと私は判断いたしました。このまま新陳代謝の緩急が続けば貴方の命を確実に蝕まれていく。残念ながら今の私達の医療技術ではそれを治す術はないです。申し訳に御座いません」

 調川先生は聞き易い早さで何も隠さず総てを教えてくれた、聞かせてくれた。だから、先生のその気持ちが嬉しかった。

「愁先生が謝ることじゃない。無理なものにすがる程、俺は馬鹿じゃない望みがあれば別だけど・・・・」

 先生の言葉を冷静に判断しそう言葉にしていた。

 自分のその異常さから後どれだけ生きて行けるのか尋ねていた。

「愁先生、これだけは答えて欲しい。後どのくらい生きられるんだ?」

「それは判りません。今、私がこうして話している最中に逝ってしまわれるかも知れません。でも、しかし、運がよければ普通に寿命をまっとう出来るかもしれません。ただ・・・、貴方は一度、心臓移植手術をうけているようで・・・、その心臓にかなり負担がかかっているようですから・・・、それを考慮してしまうと」

「それ以上口にしなくても・・・、分かっています」

 一度死んで甦った人間。

 身体のどこかに異常があっても可笑しくない。

 それに雪菜の心臓を宿しているこの体・・・、その心臓がいつまで持つのか・・・、不明だ。

 既に雪菜には二度助けられている・・・、三度目はないだろう。

「愁先生、隠さず言ってくれて有難う御座います」

 そう言い終って少々過ぎてから扉に何かぶつかる音がした。

「どなたでしょうか?」

「誰だっ!」

 調川先生と俺が話している間、ずっと誰かの気配を感じていた。

 だから、俺はそう言葉にしていた。だが、その人物は姿を現すことはなかった。


~ 2004年10月16日、土曜日 ~

 今日まで翔子姉さん以外の俺の大切な人達は誰も来てくれていなかった。だが、久しぶりに慎治が俺の所へ遊びに来てくれた。

 矢張り親友が見舞いに来てくれるのは嬉しいものだ。しかし、その気分も台無しになってしまう。それは、詩織の事だった。

 事を荒立てたくなかった。

 余計なことは聞かれたくなかった。だから、俺は冷静に口を動かしていた。

「慎治、以前も言った様に俺の気持ちは変わらない。それは、たとえ、オマエが言う完全に三年間の記憶を取り戻してもだ」

「完全にとはどう言う事だ?」

「さっきも言っただろう最近少しずつだがお前や宏之達の事を思い出し始めたと」

「そうだったな・・・、だけど、どうして」

「俺と付き合い、長いんだろ?冗談でこんな事を言えるかよ」

〈ごめん、本当はかなり思い出している。だけど、それを言えばお前はもっと俺に何かを聞いてくる。慎治に知られたくないことを聞かれてしまいそうで、それが怖い。だから、ごめん〉

「確かにそうだけど・・・、藤宮の事、お前はマジでそれ本気でそう思っているのか!?」

「同じ事は言わせないでくれ」

「それでもオマエは藤宮を傷物にしたんだぞ」

〈そんな事言われなくたって判っているっ!でも・・・、失うよりはましだ〉

「それ以上に・・・、春香を傷つけた。三年間と言う時間を奪い、彼女の恋人だった宏之を俺の幼馴染みが奪った。宏之の心を支えてくれた香澄を責めはしないが・・・・・・。だが、春香が俺の事を望むならそれに答えなければならない。致命傷じゃないなら人の心と身体に負った傷はやがて時が満たす。だが、過ぎ去った日々は誰にも戻すことは出来ない。だから」

 今はそれすらも本当は望んでいない。

「狂ってる、何もかも狂ってる、どうしてこうなっちまったんだ」

 確かに狂っているかもしれない・・・・・・・・・。でも、それは俺と言う存在の所為・・・・・・・・・・、矢張りこちらへ戻ってくるべきではなかったのかもしれない。

 いや、そもそも俺なんかが、この世に生を受けなければ・・・、はぁ、それだけは俺を必死で生んでくれた両親に対してあまりにも親不孝な言い方か・・・。

「貴斗、早く全部の記憶を取りもどせぇ~~~!」

〈無理だ、記憶を全部取り戻したとしても何も変わらない。俺の存在がある限り・・・〉

 慎治の言った言葉に俺は凄く打ちのめされた。

 みんなの事で悲痛なくらい悩んでしまう。

 どうすれば今を打開できるのか。

 どうすれば俺の負の因果を断ち切ることが出来るのか。しかし、答えは見つからない。

 慎治が最後に訪れた日から俺は必死になって総ての記憶を取り戻そうと努力した。

 なぜなら、そうすれば彼が言ったように狂ってしまった何かが戻るかもしれない、とそう思ったからだ。しかし、そう簡単に総てを思い出せる筈がなかった。


~ 2004年10月17日、日曜日 ~


 今日はここに麻里奈が来てくれていた。

「貴斗ちゃん、昔の記憶、取り戻したんだって?マリ、うれしいぃ~~~~~~~っ!」

「俺・・・、俺、麻里奈さんに何って言っていいのか・・・・・・・、俺があの時」

「ハイッ、そこまで。そこでストップよッ!貴斗ちゃんそれ以上何も言っちゃだめよ。あれは貴方の所為ではないの。私だって龍ちゃんがあんな事になってしまってとっても悔やんだわ。でも、泣いてたって仕方がないって分かったから、その腹癒せにPPMの連中、打っ潰してやったわよ・・・。アン時はスカッとしたわぁ~~~、ホント。龍ちゃん、もういないけど。貴斗ちゃんには私を義姉だと思って慕って欲しいから。けして、私の前で涙を見せないで。いい?」

「有難う、麻里奈さん・・・・・・・。だけど手間の掛かる姉さんは翔子姉さんだけで十分だよ」

「まぁ~~~~言ってくれちゃって、アハハハハッ」

「フフフッ、ハッハッハッハ」

 陽気な笑顔を作って見せてくれた麻里奈。

 俺もつられて笑ってしまっていた。

「もしね、龍ちゃんのことで私に悪いって思うことがあるのならたまにはお姉さんの頼み聞いてくれると嬉しいわぁ~」

「それが俺の可能なことなら・・・」

 その後かなり長い時間、麻里奈に色々な愚痴を聞かされてしまった。

 彼女も俺に詩織の事を聞いてきた。

「あっ、それよりも貴斗ちゃん。あの可愛らしいお嬢さんとはうまく進展しているの?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「もしかした私、悪い事きいちゃった?」

 麻里奈にまで詩織との仲を心配されてしまった。彼女は知っているはず何に俺とシフォニーの関係とその結末を・・・。だけど、俺は何も答えられなかった。

「あっといけなぁーーーーーいっ、さっさと仕事戻らなくちゃ。それじゃまた、お邪魔に来るから元気でねっ!」

 麻里奈は何か取り繕ったように慌てて、そう言葉にするとこの病室から去っていった。

~ 2004年10月20日、木曜日 ~


 今日はやっともう一人の幼馴染み、香澄と龍貴父さんの妹で俺の叔母、麟の娘、瀬能綾が見舞いに来てくれた。

 既に綾の両親は亡くなってしまっている。だが、しかし、せっかく、香澄がここへ来てくれたというのに彼女に辛く当たってしまった。

 香澄が何も告げずに帰ってしまった後に綾に何だか説教みたいなのを喰らってしまう。

「貴斗様、香澄様にあのようにお言いするの宜しくないですの」

「綾っ、盗み聞きしていたのか?」

「違いますの、お聞こえしてしまっただけですの」

「だからそれをぬすっ・・・、あぁああぁ、わかった睨むなよ。話し続けてくれ」

「いいですの?もう、綾も貴斗様も昔の人ではありませんの。ですから、藤原家、隼瀬家、藤宮家のしきたりに縛られる必要ありませんの・・・。ですから詩織様のお気持ちをお察しくださいな」

 綾は俺が詩織の気持ちに応えられないのを家系の仕来りかなんかだと勘違いしているようだ。

 確かに、幼馴染み二人の家系と俺の所は何百年前からもの付き合いらしいが・・・。

「綾、それは違う。仕来りとか、そういう物じゃない」

「それは綾にもお聞かせ願えないことなのですの?」

 従妹は冷静な言葉を向けながら・・・、非常に鋭い視線を向けてきた。

「睨んだって教えてやらない」

「・・・・・・そうですの。でも綾は信じていますの。貴斗様はきっと詩織様の事を・・・・・・・・・、そうでなくては貴斗様に弄ばれ、慰み者にされ、傷モノにされ、捨てられた綾がとても惨めですの」

「あやっ!無実で人聞きの悪いような事を口にするな!」

「ウフッ、貴斗様、ごめんなさいですの」

 それから、少しの間、親族関係の話をしていた。

 あとで、綾の弟、達哉と妹、麻弥が遊びに来る様な事を言い残して女は帰って行った。



~ 2004年10月25日、月曜日 ~

 今日も必死になって記憶回復に専念していた。そして、殆ど組みあがっていた記憶喪失パズルの最後のピースがその穴に埋まった時、日本に帰ってきてからの三年間、どれだけ詩織、彼女を必要とし想い愛していたか、どれ程までに詩織が俺を慕ってくれ、支えてくれたのか、愛してくれていたのか。

 その記憶が鮮明によみがえった。

 それと同時に蘇っては、思い出してくれては欲しく無い、過去一番の惨劇までも浮かんでしまう。

 その記憶だけはずっと閉ざしていたかった。

 それだけは思い出したくなかった。

 自殺してしまいたいくらい、辛い記憶だから。

 そう、誰もいない病室で誰にも見られる事無く頬から涙を伝わせていた。

「シフォニー」という言葉を口にしながら。

 もうあれから、四年近く経つのか・・・。

 俺はその頃、日本ではなくステーツのキャリフォルニ北部のアオークランドに住んでいた。

 その近くの大学に通っていたためである。

 両親と兄とは三人の仕事の関係上、一緒に住んではいなかったが、シフォニーと一緒だった。コハァビテーション(cohabitation)同棲という奴か?

 母親と兄さんは彼女との同棲を認めてはくれなかったが唯一父親だけは許してくれていた。なぜなら、シフォニーの父親ゲオルグ(George)、英語発音だとジョージと俺の父親は親友で、その当人同士が認めていたものであったからだ。

 それに俺と彼女は正真正銘の恋人同士であったし。

 シフォニー・レオパルディ(Syphony Leopardi)、俺よりも三つ年上で同じ大学に通う医学系院生だった。

 大事な幼馴染たちと離れ離れになり、今までいた環境とはまったく違う場所で俺が始めて大学に通い始めて、周りから受けた迫害のため、対人恐怖症と、色々な精神障害で周りから、心を閉ざし、自殺してしまいそうになった俺を助けてくれた人。

 偶然だったのか、それとも意図されていたものだったのか知る由も無いが、それが父親の親友の娘シフォニーだった。

 シフォニーの看護で俺は立ち直り、それはまるで当然の如く、恋人同士になっていた。

 その当時の俺は彼女のためだったら何だってこなせた。

 彼女の思いに可能なだけ答えて見せた。そして、彼女はそんな俺をやさしく包んでくれる。

 穏やかな日々、俺にとっては幸せで、偽りのない心の自分を演じれる楽しいキャンパスライフが続く。

 シフォニーにとってもそうであって欲しかった。

 彼女も同じ思いであると、そう願っていた。

 この幸せがずっと続いてくれればと願っていた。だが、不幸は突然にもやってくる。

 俺たちの他愛も無い幸せは他人の手によって簡単に奪われ、崩されてしまう。そして喪う。どんなに彼女の生存を願っても。そして、思う、俺なんかに出会わなければ、俺なんかを好きにならなかったら、俺なんか無視してくれさえいれば・・・、喪うことなど無かったはずなのにと。

 それはいつものように彼女と一緒に帰宅するためにキャンパス内の公園みたいな場所でシフォニーを待っている時の事だった。

 俺はステーツの連中とガタイも腕っ節も見劣りしないものだった。

 何より、格闘術を幾つか学んでいる俺にとって、普通に体格がいい連中など眼中に無かった。

 それは自慢じゃなく、事実なこと。だが、上には上がいる。その言葉も事実なこと。

 その男は経済学部では常に上位、周りから言われるその人物の性格的評価は良好。

 所属するアメフトではスーパースター的存在。

 日本の武道のひとつである柔道と言う世界でもステーツの大学内では知らない者はいないと言うほどの人物。

 直接あったことも話した事もないが俺も尊敬している人物だった。

 そんな人物がシフォニーの来る前に俺前に現れ・・・、俺の名を呼ぶと同時に何らかの動きを見せる。

 俺の体が危険を察知して、よけ様としたが、相手はその先を読んでいた。

 俺は投げ飛ばされ、地面にたたきつけられると同時に、相手の体重が乗った肘鉄を鳩尾に食らう。

 痛みの言葉を上げることも出来ず、俺は気を失ってしまった。

 誰かによって、目を覚まされた。

 鼻を刺す、きつい臭い。

 その臭いを嗅ぐと少しばかり、頭がくらくらするそんな臭いだった。

 ケミカルな臭い。

 そう、今いる場所はもう校舎の施設としては使われなくなった化学実験棟にどこかに移されていた。

 意識が戻る。そして、周りを見る。

 俺は手錠を手にだけ掛けられ、足を縛られた状態、白人巨漢に踏み付けられる体勢で床に転がっていた。

 数を数える、ワン、トゥ、スリィー・・・、ナイン・・・、・・・、・・・、シフォニー?その中に俺の彼女がいた。

 口元を押さえられ、俺を気絶させた男によって羽交い絞めにされながら。

 俺はその情景にいったい何が起こっているのか理解出来なかった。

 シフォニーを捉えている男は気が付いた俺を見て、鼻で笑い、

「It’s a great show time for you! Must not close your eyes until this show finish! (お前のために面白い物を見せてやる。最後まで見てろよ)」と言い切った。

 男はポケットからバタフライ・ナイフを取り出すと、それを器用に開き、刃先をシフォニーの一瞬首筋に当ててから、にやけた笑みを作り、それを今度は彼女の上服の腹部に当て、上に向かって切り裂いた。

 男は狙っていたのかアウターウェアと一緒に彼女のアンダーウェアの中央部分を裂いていた。

 シフォニーの形の良い胸がその場にいる全員に曝け出されてしまった。

 男はその彼女の胸を鷲掴みにして、もみ始める。

 にやつき顔で舌を出し、彼女の乳房に涎をたらし嘗め回す。

 叫びながら嫌がる俺の彼女。だが、男はその動きを止めない。

 俺は何も出来ない状態で、その男とその仲間たちによるギャングレイプが始まってしまった。

 シフォニーはその男等に陵辱されている間、ずっと泣き叫んでいた。

 何度も俺を呼ぶ彼女の声。だが、どうする事も出来なかった。

 彼女の犯されている声を耳にしたくなかった。

 彼女がそんな事をされている姿を見たくなかった。だが、目を逸らすことも、耳をふさぐことも、出来なかった。

 俺を縛る道具と、俺を抑える一人の男によって俺はその抵抗の手段を奪われていた。

 何も出来ない自分に対して、怒りを覚える。怒りを覚える以上に自己嫌悪に囚われてしまう、こんな状況下にありながらも、俺はシフォニーが連中にギャングレイプされているその光景を見て、俺の男根が反応してしまっていた事に。

「Hhhu, Are you lusting? Hey, Com’on joining us! Sorry, she says she want to enjoy us only, huh(欲情してんのかい?だったらまざれよ。おっと、残念。こいつ、お前なんか入れてやらねぇってよぉハァッ)」

「Hey, gasp more cute like a hummingbird!(もっと可愛らしい声出せよ、ハミングバードみたいになっ!)」

「Huh, Act you mouth and tongue heavily!(もっと口と舌を使えよっ!)」

「No much feel now! Shake and wag more your fack’n shit!(感じねぇだろうがっ、ほらもっと尻うごかせよっ!)」

 一人の男が汚らしいファルスを嫌がるシフォニーの頭を抑え口内に突き入れながら、そんな言葉を俺に向ける。

 他の連中もすき放題シフォニーを弄りながら、汚い言葉を彼女に向けていた。

 激情が俺を突き動かす。

 手錠で拘束された手をリノリウムの床に叩き付けながら、何とかその手錠を壊そうとしたがどうにもならなかった。ただ、やめろっ!と叫ぶ事しか出来なかった。

 どれだけの時間が過ぎたのか、どれだけ奴等にシフォニーが慰め物にされたのかわからない、だが、その幕引きの時間が訪れたようだった。

 これの首謀者が床に投げ捨てていたバックパックを持ち上げ、その中から、拳銃を一丁取り出し、それを俺に向け、俺を小ばかにする様は表情を作る。

「You want to kill me that?(それで俺を殺すのか?)」

「Kukku, Yes or no?(どうだろうねぇ)」

 男はそう答えて、それを俺からシフォニーに向けた。

〝彼女にそれを向けるな〟と叫ぼうとしたが、ギャングレイプにも混ざらず、ずっと俺を監視していた男の、俺の顔面への踏みつけによってそれは阻まれる。

 シフォニーに銃を向けた男はまたいやな笑みを作り小さく笑う。そして、俺ではなくシフォニーに言葉を向けていた。

「Syphony, you had been our idol like goddess before fack’n he comes our ground! And,…,…,and you left us because of him. You know, He’s fack’n Asian moreover he’s shit Jap! It’s treachery and really inexcusable. You know why I say?

(こんなやろうが現れる前は、シフォニー、お前は俺たちのアイドルだった、女神のようなな。そして、こいつの所為で、俺たちのアイドルである事を降りた。わかってんだろう?こいつは下衆アジアンだぜ?しかも、日本人だぜ。裏切り行為だよそれは、非常に許しがたいな。何でだか分かるよな、俺が言っている事?)」

 奴が何を口にしているの単語の意味は分かる。だが、言葉の意味が分からなかった。俺の事など気にせず、男は言葉を続けていた。

「You’re with him, it really our heart injury pain in to the neck even though world becomes my enemy! Therefore I absolutely can’t forgive you because you deny staying with me! Give you this! It feels you better than his fack’n prick and enjoys it.

(お前と奴が一緒にいることは世界が俺の敵に回るより耐え難い。だから、俺はお前が許せないんだ、俺の物にならないお前が。くれてやるよこれを、楽しめよ、奴のあれより気持ち良いだろうぜ!)」

 シフォニーは口の中に何か詰め込められているためと、今までの行為の疲労で、抵抗の言葉さえ、抵抗の動きさえ見せなかった。

 周りの連中は奴の言葉に戦慄の為か顔を引きつらせていたが、その言葉を出した本人は何の躊躇も見せず、拳銃をシフォニーの秘所に突き刺し、狂気に満ちた表情で楽しそうに動かしていた。

 その男のその行為を見て、俺の精神も倒壊し始めた。

 がむしゃらに拳を床に叩きつける。

 ただひたすら、何の意味もなく、叩き続ける。そして・・・、

「It's time soon. This show going to end! This is the last you want to say somethig, Syphony? Kukku, you say nothing? So, give you this iron sperm and go to the hell. Take pleasure in there itch! (そろそろ終わりにしようか、何か言いたい事はあるか、シフォニー?ククッ何も答えられないようだな。なら、これ(鉄の精子=弾丸)をくれてやる。地獄にでも逝って続きの享楽でも楽しめっ!)」

 男はそこで言葉をやめトリガーに指を掛けて力をいれようとした。そして、ちょうどそのとき何度も床に叩きつけていた俺の右手の拳が砕けるのを感じた。

 普通なら、砕けるとともに激痛を感じるのだろうが、精神が逝ってしまっていた俺にはそれが感じられなかった。

 拳が砕けたために締め付けていた手錠より形が狭まっていたそれを強引に輪から抜き出すと、開いた左手で今まで俺の口をふさいでいたものを取り外し、俺を踏んづけていた男を縛られていた両足で足払いする。

 俺の身体検査をしなかったのだろうか?ジーンズのベルトにぶら下げていたキーフォルダーにぶら下げているナイフ付きツールで足のロープを切り外す。

 シフォニーに自動小銃を突きつけている男は己の言葉に酔っているのか、それともその行為自体に酔いしれているのか?俺の行動に気付いていない。

「Come off it! Son of a bitch(いいかげんにしろぉー、くそやろうがぁっ!)」

 俺はそう叫びながらその男に殴りかかろうと襲い掛かった。が、しかし、俺のその行動も手遅れ。

 その男は女だったら惹きつけて離さないだろうという艶やかな燃える様な朱髪を掻き揚げ、狂ったように高らかな笑い声を上げながらトリガーを引く。

 乾いた銃声が閃光とともに数発その空間に響き渡った。

 食らった弾の数だけ、シフォニーの身体がビクッ、ビクッと揺れる。

 その光景に俺と今でも銃を握っている男以外は青ざめる。

「シフォニーィィイイイイィイイイイイイイイっ!」

 叫ぶ事しか出来なかった。

 俺が彼女の名前を叫ぶ。

 それは陵辱劇が、殺戮劇に変わる瞬間だった。

 俺の中のモンスターが目覚める。

 後は今の動きの慣性のままに銃を握っている男を殴りつけていた。

 俺よりもガタイのしっかりしているそいつは握っていた拳銃から手が離れ、二、三ヤード吹っ飛んでその場に倒れこむ。

 シフォニーを抱き起こして、言葉を掛けるよりも先に、彼女の秘所に埋め込まれたままだった拳銃を引き抜くと、俺はそれを元の所持者に向けて躊躇しないで引き金に力を込めた。

 引き金を指に掛けていた間の分だけの弾丸全てが奴の頭を捕らえていた。

 そいつは俺に何の言葉も返すことなく死んで逝く。

 残りの弾丸は他の連中に向けていた。

 弾がなくなって撃鉄の音だけが暫く虚しく続いても俺は引き金から指を放す事が出来ないようだった。まだ、シフォニーを陵辱した連中を殺しきっていない。

 俺がもっていたナイフより大きなナイフが足元に転がっている。

 それを拾い上げ、・・・、・・・、・・・、ジェノサーダーになるだけだった。

 心の暴走が、シフォニーを陵辱した連中を皆殺しにしろと命ずる。

 最後にずっと俺を束縛していた男、彼女には一切に手を出さなかった男に止めを刺す。

 その男は何の抵抗も見せず、俺の呉れてやったナイフをもらっていた。

 その男はシフォニーに何もせず傍観しているだけだったが、だが、俺にとってはその行為すらも他の連中の陵辱行為と一緒だった。

 だから、殺した。

 俺は最後の相手の喉を貫通させるように突き刺したナイフを抜かず男をけり倒す。

 その時の俺の姿はさぞ血塗れだったであろう。

 そんな姿のままでシフォニーの傍に歩み寄り、もう息がないであろう彼女を抱き起こしていた。だが、彼女の息はまだあったようだ。

 しかし、俺にとってそれは卑しめな奇跡が起きていただけにすぎない・・・。

 血塗れの俺を見てもシフォニーは俺に微笑み掛ける。

 その微笑みは俺が何をしたか知っているように、彼女が何を連中にされ、今がどんな状況下なのか知っているはずなのに、彼女は微笑んでいた。

 彼女の天使のごときその微笑みは俺のくぐもっていた、暴走していた心を徐々に明瞭に、平静にさせていく。そして、今と言う状況に俺を気付かせてくれた。

 唇の脇から血を滴らせながら、俺に言葉を向けるシフォニー。

「Please, don’t cry Takato! I feel sad more than you if Takato, you feel sad. So, don’t make face like you

(タカト、泣かないで。貴方が悲しい気持ちになれば、私はそれ以上に悲しい気持ちになるから。だから、そんな顔しないで。)」

「Don’t speak anymore Syphony! It’s pain for you! And go your mother’s office. She will cure you, Syphony. So…(もうしゃべるな、シフォニー、傷に触る。君の母親の場所(病院)なら何とかしてくれる。だから・・・)」

「Takato, I know I’m not so long living here, please don’t sotp my talk and listen……….. I really have been gotten happiness and enjoyment on everyday after I met you. So, I hearty thanks for god because of giving a chance to meet you! Please, don’t be sorrowful and don’t close your mind even if I have gone

(タカト、私はわかっているの。もうだめだって事。だから、私の話を聞いて。・・・・・・、私ね、貴方と出会ってからずっと毎日が幸せで楽しかった。だから、貴方と巡り逢わせてくれた神にすごく感謝しているわ。ねえ、だから、悲しまないで、心を閉ざさないで、私が死んでも)」

「What did you say? I can not understand you say. Don’t say you are gone and stupid thing! Don’t be sad? I cannot do it! (何を言っているんだ?俺にはわからない。だから、死ぬなど言うな、そんなばかげた事を口にするな、悲しむな?そんな事、出来るはずがないだろうっ!)」

 シフォニーは動かないはずの腕を上げ、血ぬれた俺の頬を摩り言葉を続けた。

「Yes, you can. You know I am in you heart, our precious memories are in you mind. We are always together, don't worry so that I’m sure you can.(私は貴方とともにいる、私たちの大切な想い出は貴方と共にある。そう、私たちはずっと一緒。大丈夫、だから心配しないで)」

「・・・」

「Takato, please promise to me only one.(タカト、一つだけ私と約束して)」

「What’s?(なにを?)」

「Don’t hurt your new lover if you stay on futur, ok? And your friends will meet you too.(これから先、新しい彼女が出来ても悲しませないでね。もちろん、貴方の友達もよ)」

「Shit, my love is only you, Syphony. I never love someone except you! (戯言を、俺はお前以外の誰かを好きになるものか。お前以外の者を望まない)」

「Don’t say like you said, but I love you too, Takato more than you think and…,…,…,…,T(そんなこと言わないで、でも、私も好きよ、タカト。貴方が思っている以上にね。それと・・・)」

 シフォニーが最後に何かを言い切る前に息を引き取った。だけど、俺は彼女が何を口にしようとしたか理解できた。

 多分、Thanks、サンクス、ありがとう。でも、そんな言葉を終わりまで聞くことが出来てもちっともうれしくない。ただ、悲しいだけ。

「シフォニィィイイィイィィイィイィィィイィッ!」

 ホルマリン等のケミカル臭、今まで行われていた陵辱から発生していたクソ共の体液の悪臭、俺の手によって流してやったやつ等のどぶ色のような血から発する泥っとした粘着性の臭い、そんな臭いが入り混じる噎せ返るような異臭を放つ空間、血と屍によって作られたアートがおかれたその空間。

 常軌を逸したその空間、常人なら、この情景を直視出来ず、その臭いで卒倒してしまうであろう。しかし、俺はそんな空間で、ただ一度だけ、喉がつぶれそうなほど彼女の名前を叫んでいた。

 俺のその叫びに彼女が戻ってくる事もないし、俺の奇声に気付いて誰もこの場に駆けつけて来る者もなかった。ましてや、俺が殺してやった連中が生き返るわけもない。

 その後、俺がどうなったのかわからない。

 気が付けば、大学をさっさと卒業するために必死になって勉強していた。

 あのような惨劇、その場にいた者じゃないと分からない苦しみ、他人なんかでは理解出来ないそれが、まだ心の幼い少年の俺にとって、記憶として俺の心の中でとどまっていたのなら、今の俺は生きてはいなかっただろう。

 生き抜こうとは思わなかっただろう。

 復讐は既にその場ですんでいたのだから。

 そう、だから、有難い事に、俺の超自我が、シフォニーの記憶と思い出を閉じてしまっていたのだ。

 そのときは偶然にも両親や兄の死の後での記憶の封印による記憶喪失障害はおきなかった。

 俺が在籍していた大学は、数年前まで学長がアンチ・フォーリナーで特にアジアから来る学生の風当たりは厳しかった。

 学内でアジア人が被るどんな大きな事件があってもお構いなしだった。だが、今度は学長がそのアジア人の筆頭、チャイニーズに代わるとその仕返しとでも言うのか、裏で色々な事をしていたようだ。

 そのために学内では見えない人種の闘争が巡り、その災いが俺やシフォニーに降りかかってきたわけだ。

 白人側のスーパーアイドルに近かった彼女がどこの馬の骨とも知れない日本人の俺と付き合うなど、やつ等には耐えがたい苦痛だったのだろう。だが、シフォニーはそんな事を気にする人じゃなかった。

 人種差別なんかしない彼女、誰にでも優しい彼女。

 アジアンやブラックとも親しい彼女、そんな彼等と一緒にいる彼女の行為は白人側にとって裏切り行為だったのだろうしかし、そんなシフォニーが俺と一緒になる事がなければ、彼女は死なずにすんだはず

 。悔しくてしょうがない。

 それと、俺がこの手に掛けた連中の中にはその州の議員を親に持つ者もいたが、事後処理をしてくれた麻里奈や、龍一兄さんの手によって闇へと封印される。だが、俺はその事をこれから先も知る事はないのだろう。

 シフォニーのその出来事を思い出し、辛くて、悲しくて、どうしようもなく自分が情けなくて涙する俺。

〈ずっとお前の約束を守れずにいてごめん、シフォニー、お前の大切な思い出を、記憶を閉じていてごめん。〉

 謝ってから・・・、彼女が最後、俺に言った言葉を口にする。

「ドント・ハァート・ユゥアー・ニュー・ラヴァー。ユァ・フレンズ・ミィート・ユゥ、トゥーか・・・。しおり・・・、しんじ、ひろゆき、かすみ・・・、みどり・・・、みんな・・・」

 シフォニー、歳は違うが彼女の生き写しに近い、俺の幼馴染、詩織。

 彼女がいなかったら、今の俺は存在しなかったのかもしれない。だから、今すぐにでも詩織に辛い思いをさせていたことに対して謝りたかった。

 それから、俺を支えてくれていた他のみんなにも謝りたかった。

 俺の所為で壊れてしまった友達関係を修復しなければと思った。

 やるべき事を見つけた。それは他人から見れば独善的でエゴイスティクかもしれない。

 だけど、俺にはそれしか方法を考えられなかった。そのため俺は行動を開始する。

 調川先生が検診に来たとき直ぐに退院させてくれるように頼んだ。しかし、あっさりと断られてしまう。

 だから嫌なヤツ、最低なヤツと思われても強硬手段に出ることにした。

「愁先生・・・・・・、ここ確か国立病院でしたよね?」

「ハイ、そうですが。それがどうかしたのですか?」

「可笑しいですよね?国立病院なのに民間企業から融資されているなんて」

「藤原君、馬鹿な事を言ってはいけない。どこにその様な証拠があると言うのですか」

「俺の知っているだけで11社、そのうちの出資資本約六割はメディカル・ファクトリー。違いますか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 その事実を知っていた事に調川先生は黙って目を細くし俺を見る。

「先生も俺の爺さんが誰であるか知っているはず?MDF社は俺の爺さんの会社の一つだ。若し、その出資を今すぐにでもやめたらここはどうなる?俺一人ホッポリ出すのと、融資を受けられない所為でまともな治療も受けられず何十人と言う患者を見捨てるのと、どちらがこの病院にとって大事?」

「藤原君、その様な考え卑怯です。私にとって他の患者も貴方もどちらも大事なのです。だから、直ぐにその考えを取り止めてください」

「愁先生、嬉しい事を言ってくださって有難う御座います。ですが、利用出来るモノは何でも利用するのが俺の主義だから」

 本当は違う、龍一兄さんにそう刷り込まれていただけなんだ。

「だから、取りやめない。選択肢は二つに一つ。そのどちらかだけ。三つ目の選択はないですよ」

「貴方って言う人は・・・・・・・・・・・、全く。判りました。今日直ぐにと言うのは無理ですが明日には」

 先生はやっとそう言ってくれた一日でも早く行動したかったがこれ以上望んでも仕方がないと思った俺は先生に言葉を掛けていた。

「愁先生、無理言って本当に申し訳に御座いません」

「でもいいですか、なにか貴方に異変が起きたら直ぐにここへ戻ってきてもらいますよ。いいですね、絶対ですよ?それを約束して戴かなければ・・・」

「了解」

 翌日の10月26日にここを仮退院させてもらった。

 その事を翔子姉さんに知られたときは涙を流されこっぴどくお叱りを受けてしまった。

 洸大爺さんはと言うと呆れんばかりの大きな溜息をついていたが俺のその行動を許してくれた。

 自分が中学校まで住んでいた家から飛び出すと正面の詩織の家へと足を運び、彼女の所存を確認しようとした。しかし、彼女はそこに居らず、出てきたのは彼女の弟の響だった。

 彼から凄まじい誹謗中傷を受けた。

 当然、悪いのは俺であったから反論できるはずもない。そして、最後に強烈な蹴りを喰らい詩織に会うこと叶わずその門を閉められてしまう。

 蹴られた時に地面に殊の外に叩きつけられた。

 腹部を響の蹴りから庇ったら簡単に右腕が折れてしまっていた。

 いくら響がテコンドーのチャンプでも俺だって格闘技で体を鍛えていたはずだからそう簡単に骨が折れることなどないはずだった。だが、しかし、折れてしまったのは事実。

 多分、体の異常の所為だろう・・・・・・。

 また満身創痍になってしまう。

 それを調川先生に知られたとあっては即急強制的に病院に戻されてしまうと思って他の病院へと足を運び、そこで怪我の治療してもらった、右腕と頬に。


~ 2004年11月6日、土曜日 ~

 思う様に行かない。

 本当にどうすればいいのか。

 宏之と春香の関係。二人は俺の思い違いじゃなかったら三年たった今でもお互いを必要としていると感じていた。

 それは俺の総ての記憶を取り戻して得た答えだった。

 それでは宏之に振られてしまう事になる香澄は?

 俺の大事な幼馴染みの一人である彼女を傷つけてしまうのは俺にとって不本意。だが、今回ばかりは許して欲しい。

 香澄が望むなら俺の可能な限り何でもしてやりたい。

 出来れば慎治の想いに応えてくれるのが望ましいのだが。

 最後に詩織と俺は?もし春香と宏之がよりを戻してくれれば・・・・・・・・・、詩織と同じ道を歩きたい。だけど、ずっと彼女を失わず俺の因果から護っていけるだろうか?

 その負の因果を断ち切って彼女を護っていけるだろうか?・・・、悩んでいても仕方がない。

 後は行動するのみ。


~ 2004年11月7日、日曜日 ~

 今日は仕事で忙しいはずの麻里奈に無理を言ってある事をお願いしていた。

 それは宏之に俺のステーツ、四年間で体験した惨事を教えて欲しいと言う事だ。

 何故自分で伝えないのか?それは俺から言うには余りにも辛い事だったから。

 それではどうして、そんなことを宏之に言う必要があったのか?

 程度の差は存在するが人と言うのは衝撃的な事実を耳にすると、動揺といった精神不安定な状態になる。

 そういう状態の時、何かを要求すれば普通の精神状態のときと比べて受け入れてもらい易い。

 それが、その人と関係がある事だと、特に。

 こんな事を考えてしまうなんて俺ってとても卑劣な人間だと自分を蔑んでしまう。

 俺の取ろうとする行動がどれだけエゴイズムな行動かって分かっている。

「だけど・・・・・・・・・、許してくれ」

 誰に対して謝っているのか分からない。しかし、そう小さく口に出していた。


~ 午後11時38分 ~

 気分を紛らわすために午後8時30分ごろに家を出て街中をドライヴしていた。

 すると、セルラーが鳴り出しす。車を素早く道路わきに止め、それに出た。相手は麻里奈から。

「ハァ~~~~いっ、もしもし麻里奈よォ~~~ッ。貴斗チャン、貴方の言った通りに宏之君に話しておいたわよ」

「有難う。麻里奈さん」

「でもさぁ、あんなこと、教えて一体どうしようって言うの?」

「教えない」

「ありゃっ、即答ぉ?まあ教えてくれないのなら、それでもいいわ。それよりお姉さんの頼み、確りやっておいてね」

「ギヴ・アンド・テイク、分かってる。出来るだけ早く用意して置きますから待っていて下さい」

「とぉってぇ~~~もっ期待しているわよ?それと多分まだ彼、繁華街をうろついていると思うわ。飲んでいたお店はララバイよ。それじゃ、私仕事に戻るから電話、切るわ」

「麻里奈さん仕事、頑張ってください。それじゃ」

 セルラーを切ると車を繁華街へ向かわせた。

 ララバイの近くの有料駐車場で車を止めると用意してあった紙を持ってそこから歩いて宏之を探し始めた。


~ 2004年11月8日、月曜日、0時27分 ~

 ここに来て、もう三〇分以上が経つ。だが、宏之を発見することが出来なかった。

 何故、電話を掛けないのかって?必然的より偶然的に会った方が俺のやろうとしている事の効果が高いからだ。

 ポップ・スミスという店のコーナーを曲がった時、宏之を発見した。だが、その場には予期していなかった人物が二人。

 その人物の片方に宏之は殴り掛かろうとしている瞬間だった。

 自分の居た場所からダッシュでその間合いに入り間一髪、宏之の拳を怪我していない方の左手で止めた。

 庇った人物が俺に声を掛けてきた。

「貴斗、何でお前がここに?」

「ぇッ?貴斗?」

「ぶらっと、散歩」

〈何で二人が?・・・・・・・、でも、良く俺も冷静になって出任せが言えるものだ〉

「貴斗、放せよっ!」

 従弟がそう言うので宏之を手加減して突き押した。だが、力加減が上手くいかなかったのか彼は蹌踉めき地面に倒れそうになる。だから、直ぐ倒れそうになった宏之の腕を掴んで体勢を立て直してやった。

 宏之にそうしていると背後から慎治が声を掛けてきた。

「そうじゃないダロッ、オマエ入院してたはずじゃ?」

「今朝、強引に退院させてもらった。退屈だからな、病院」

 本当は一週間近くも前に退院していたけど慎治にはそんな風に言い訳していた。

「バカなこと言ってんな、お前全治5ヵ月って聞いてたぞっ!」

 従弟も必死の表情で俺の事を心配してくれているようだった。だから、今から俺がすることに酷く罪悪感を覚えてしまう。

「アンタ、何やってんのよ、貴斗、アンタに何かあったらしおりン凄く心配すんのよ」

「心配ない、香澄」

〈ちっ、ここで香澄に会う何って予想外だ・・・・・。うまく話を進めないと〉

 刹那な時間、思考を巡らしこの場を切り抜けるシナリオを作り出し、それを言葉にする。

「宏之、色々と迷惑、掛けたな・・・・・・。だが、これ以上俺の幼馴染みを傷つけるナッ、すべてを思い出した。俺が記憶喪失じゃなかったら、絶対に、絶対宏之、お前に香澄を預けたりはしなかったんだっ!」

 今、口に出した言葉は本心からだった。

 本当に三年前のあの時期、記憶喪失でなかったら宏之と香澄の関係を二人に嫌われたとしても割って入っていただろう。

 今のような結果が見えていたから。

 春香が目覚めれば罪の意識からまた宏之が春香に惹かれるのではないかと思っていたから。

 それは事実となっていた。他にも理由はあるんだが今はどうでもいい。

 若し、あの頃、俺が記憶喪失でなかったら何かに縛り付けてでも香澄にあんな行動は取らせなかった。

 最後に傷付くのは彼女だと判っていたから。

 俺も香澄をもっと深く傷つけてしまう行動を取ってしまう。しかし、疑問に思う事が多々ある。

 何故、春香は三年もの間、眠ったままだったのだろうか?

 若し、もっと早く彼女が目覚めていたら、宏之が香澄の気持ちに答える前に目覚めていれば今の様な事にはならなかったのかもしれない。

 俺自身何故三年間もずっと記憶が戻らなかったのか?

 もっと早く思い出せていれば・・・・・・・・・・・・・・・。でも、それは過ぎてしまった事。だから、今やるべき事を俺はやる。

 いつの間にか宏之の怒りの矛先が慎治にではなく俺に向かっていた。

「タカトォーーーっ、貴様ぁあぁぁぁぁぁああぁっぁああぁっぁぁっ」

「慎治、俺はコイツと二人きりで話がある。香澄を連れて俺の家で待っててくれ、もし詩織がいたら追い返してくれ」

 彼女にも慎治にもこれからする宏之との会話を聞かれたくなかったからそう二人にお願いした。

 二人が俺の意を汲んでここから立ち去った時、宏之の震えていた拳が襲い掛かってきた。避ける積もりはない。

 彼は数発、俺にその拳をくれると急にその動きは鈍くなりやがて止まってしまう。

「貴斗、何で避けなかったんだっ!?お前だったら俺のこんなヘナチョコなパンチ何ってことないだろ」

〈今の俺の体じゃそのパンチでも結構堪えるんだぞ宏之〉

 確かに彼が言うように、そうしようと思えば回避することは簡単だった。だが、俺はそうしなかった理由を淡々と口にする。

「同じ事を二度言わせるな。お前が俺を殴りたけりゃ幾らでも殴らせてやるとな。でも、命をくれやるのは見逃してくれ・・・・・・。宏之、すべて思い出した。だから、それだけは許せ」

〈思い出したんだ、今の俺の命は俺だけのものじゃないって事に。雪菜と一緒なんだ・・・。そして、今は龍一兄さんとも〉

 従弟は酔いの所為で俺の言った言葉が理解できなかったのか困惑した表情で黙ってしまった。

「まだ・・・、酔いが醒めていないようだな。少しここで待ってろ」

 今の宏之の状態から見て直ぐにここから動かないだろうと思って彼の為に水を買いに行くことにした。

 辺りにはコンビニなどなかった。

 仕方がなくバーの中まで入って行き、恐縮だと思ったがその店の中で売っている高級な水を買って出てきた。

 それを手に入れると直ぐに彼のところへと戻って、それを投げ渡した。

「ゴクッ、ゴクッ、ゴキュッ、プハァ~~~、アンガト」

 従弟はそれをちゃんと受け取り、飲み始めてペットボトルが空になるとお礼を言ってくれた。

 間を置いてから俺の方から言葉を掛ける事にした。

「酔い、醒めたか?」

「あぁ~、楽になった。何で、お前がここにいるんだ?何しにここへ現れたんだ。それにお前こんな所にいて大丈夫なのか?お前みんなが知っているほど大丈夫じゃないだろ」

 酔いが醒めた宏之は続けざまに聞いてくる。だが、それに冷静になって答えていた。

「一度に多く質問するな・・・。麻里奈さんに聞いた。それと、お前の気持ちを確認したいから俺はここへ現れた。俺の容態・・・、知っているのか?いや、何故それを知っている?」

〈やっぱり愁先生との会話を聞いていたのは宏之なのか?〉

 俺の質問に対して宏之は何も言ってくれなかった。

 黙ってしまった。だから、その間に何から話せばいいのかを考えていた。

 それを整理し終えた頃に宏之は座っていた場所から立ち上がって俺の正面を向いた。

 頃合だと思ったから口を動かし言葉を出す。

 独善的シナリオの始まり。

「俺は今、詩織と別れ春香と付き合っている」

「笑えねぇ・・・、冗談はよせよ」

 俺の嘘の言葉に引っかかってくれたのか?宏之は俺を睨んでくる。

「春香と付き合ってる。彼女を好きなだけ犯し、貪り、汚し、いらなくなったら捨てる」

〈ハハッ、そんな事俺が出来るはずがない〉

 口ではそう言っているが心の中では自分自身を嘲笑していた。

「春香にそんな事したら只じゃおかねぇぞぉおぉおおぉぉおっぉおっ!」

 宏之は俺の言葉に完全に乗ってくれた。

 怒りを露わにした彼は俺に殴りかかってくる。だが、今は殴られる訳にはいかないから回避させてもらうことにした。

 宏之の怒りが収まった頃に再び俺は口を開く、

〈冷静にな〉と心に言いながら。

「今、俺が言った春香の事でお前は凄い怒りを覚えたな。なぜだ?」

「・・・・・・・・・・・・」

「わかってんだろ?自分にとって関係ない奴等何て罵られ様が汚され様がどんな災いがそいつ等に降りかかろうと気にも留める事がない。どんな災難、大事故が起きて、それによって多くの命が失われて、その時は多くの連中が嘆き、悲しみ、怒り、哀れみ、悼みいるだろう。だが、それは上辺だけのこと。当人の家族や友人達と違い、時とともにその心は風化する。」

「もし、俺達が出来事を記録に残すという方法を知らなければ、全て忘却の彼方へ。ずっとその思いを持ち続けるのは遺族と最も親しかった者たちだけだと思う・・・。それは所詮他人事に過ぎないからな。遠い他人同士が本当の意味で共感など有り得ない、見た事もないやつの心など理解できるはずも無い。知らない人間が、災害で亡くなったり、事件に巻き込まれ殺されたりとなどの訃報を耳にして悲しむ連中がいる」

「しかし、客観的に悲しんでいるだけ、そんな奴らの悲しみはただの自己愛、自己満足にしか過ぎない。口で言うだけで本当に悲しんでいる訳じゃない。本当の悲しみなど理解出来るはずもない。だが・・・、だが、実際に自分たちの身の親、大事な友達、最も愛する人にそんなことが遭ったらどうする?今、宏之がとった行動みたいに怒り、嘆き、悲しんだりする」

「理性では停められない自己の欲求のまま行動を起こす。・・・、・・・、・・・それに・・・・・・身内の為に復讐、って考えてしまう奴だっている」

 俺が今、言葉にしたことが総ての人に当てはまる訳ではないと思っている。だが、今の彼を説得するには有効な言い方だと思った。

「この国ってのはよ、俺達男が何人もの女性と同時に結ばれるって事が許されてないんだ。それくらいお前だって分かってるだろ?」

「あぁ、うんなぁ事ぐらい分かってる」

「だったら宏之、自分の気持ちにもっと正直になれっ!何が一番大切なのかよく考えろ」

〈後一押しか・・・・・・、上手くいけば良いが後は宏之が決めること。お前の気持ちしだい。これ以上はどうにもならないだろう〉

 四つ折にしてある一枚の紙切れを上着のポケットから取り出すとそれを宏之に渡した。

「何だよ、これは?」

「俺がここから去ってから読めっ!」

 今、読まれてしまっては不味いと思った俺はそう釘を刺しておいた。

 言いたい事と渡したい物を渡したからここから直ぐに立ち去ろうとした。だが、宏之はそれをさせてくれず、聞かれたくない事を聞いてきた。

「分かった・・・、一つだけ聞かせてくれ!何でお前はそこまで俺を信じ助けようとする。俺がお前と従兄弟って関係の理由じゃ駄目だからなっ!」

 従弟のその言葉に黙ってしまった。

 彼がそれを思い出しているとは全然思っていなかったから。

「答えろ、貴斗!」

 従弟の声と目はそれを答えないと帰してはくれない、って感じだった。躊躇いながらも正直に答えることにした。

「・・・・・・、思い出しちまったんだな。俺との関係。それは・・・、ユキ・・・、雪菜ちゃんのためだ」

 自分の心臓のある位置を親指で指しながら彼の妹の名前を口に出した。

「意味がわかんねぇぞ!分かりやすく答えろよっ!」

「俺は雪菜ちゃんによってこの命をながらえさせてもらった」

 今、いった言葉の意味も分からないっていう風な表情を向けてくる。

 若しかして、宏之は雪菜の心臓が俺に移植されているって事を知ってはいなかったのか?知らされてなかったのか?

 その事を教えて良いのか、悪いのか判断に迷っていると、宏之の方から言葉を掛けてきた。

「貴斗、答えロッ!答えないと藤宮さんにある事、ない事、言うぞっ!」

 なぜか、その言葉にある種の恐怖を感じ、口を滑らせてしまっていた。後は芋づる式にどんどんと喋ってしまっていた。

「ユキの為に俺はお前に何かがしてやりたかった。助けになりたかった。俺のココロのどっかにユキの事があったから記憶喪失だった時の俺でもお前と親密な関係でいられたんだと思う」

 本当にそうであって欲しかったから自然とそんなことを口にしていた。

「貴斗、お前・・・、アリガト」

「カッ・・・、感謝されるようなことしてない。俺に感謝するならお前の気持ちに決着をつけてからだ・・・、それと感謝するなら俺じゃ無く・・・・・・、ユキにしてやれ」

 雪菜の可愛らしい笑顔を思い出してしまったら何だかこそばゆくなって自分が言った事に恥ずかしくなってしまった。

「俺はもう戻る・・・・・・。もし、お前が一夫多妻を求めるんなら中東かどっかへ行っちまえ。じゃぁなっ」

 そう言って背を向けたまま宏之の返事を待たないでその場を走り去った。

 車に乗り組むと、即行で慎治と香澄が待っていると思われる自宅マンションへと移動した。


~ 午前1時43分 ~

 自宅に到着して玄関のドアを開けようとした瞬間それは勝手に開いてきた。

 そこに顔を出して来たのは慎治だった。

「何処へいく積もりだ?俺はここで待って置けと言ったはずだが?」

「何強がってんだよっ!大丈夫なのか?」

 ホントは体中痛かった。だが、親友の言うように強がってそう言葉に出していた。

「大丈夫だ、死にはしない」

「テメェ、笑えネェ、笑えねぇ冗談、言ってんじゃネェよっ!一度死んだくせにぃ!」

 言葉の選び方が良くなかったらしい。親友は俺の胸倉を掴み僅かに涙を流してくれる。

「若しかして、慎治、泣いているのか?俺の為に・・・」

 親友の涙が俺の心に甚く染み込んで来る。

 それが無性に嬉しかった。

 慎治から中傷の言葉を聞かされたあと詩織がいるかいないか尋ねていた。

「お前の頼みだからすっげぇ~~~いやだったけど藤宮、彼女は帰らせた。ハァーーーーーっ、アン時の藤宮の顔、思い出すだけで心が痛くなる」

「心配要らない・・・。詩織の気持ち・・・・・・・・・・・・・・、応えるつもりだから」

「何だよ、その言い方少し可笑しいぞ。まあいいや、お前と藤宮が元の鞘に納まるなら・・・」

「慎治、香澄と話したい。彼女を呼んできてくれ」

 そう親友に頼んだが彼が呼びに行く前に彼女の方から玄関に姿を見せてくれた。

 慎治に俺の部屋で待っていてくれと頼み、香澄を連れ出して普通だったら潜る事の出来ない屋上へのドアを開け外に出ていた。

「貴斗・・・・・・・・・、あたしに話って何?」

 もう一人の幼馴染みは悲しそうな表情と瞳でそう俺に聞いてきた。

 香澄のその顔を見てしまうと今から話そうとする事、言葉にする事が辛く思えた。

 彼女を傷付けてしまうのがとても嫌だった。だけど、無理に口を動かし始めた。


「香澄・・・・・・、宏之と別れろ・・・・・・。その頼む、別れてくれ」

「ナッ!」

 俺のその言葉は彼女にとって相当インパクトの強いものだったのだろう。

 次に言葉を出せないほど酷く驚いた顔を俺に向けていた。

「俺の事恨んでくれてもいい。蔑んでくれてもいい。きっ・・・・・・、嫌いになってくれても・・・・・・、いい。・・・・・・、だから、頼む。香澄、宏之と別れてくれ。俺が出来る事なら何でも香澄にしてやるから頼む。俺の従弟と別れてくれ」

 声に出して、必死に頼んで、ずっと彼女に土下座をしていた。

「貴斗っ、お願いだから土下座何ってしないで、何だか凄くアタシが惨めに思えてきちゃうじゃない・・・・・・。それより従兄弟?それって、どういう事よ」

 その幼馴染みは必死にそう訴えてきたので、その姿勢をやめ立ち上がり彼女の顔を見て俺と宏之の関係を簡単に教えてあげた。

「そう・・・・・。通りでアンタと宏之がどことなく似ていると思った。分かったわ、アンタがそこまでアタシに頼むなら・・・・・・、貴斗にあんな酷いことしちゃったから」

 幼馴染みが次の言葉を言う前に俺が先に言葉を出した。

「香澄それはちがうっ!俺が事故にあったのは絶対お前の所為なんかじゃない」

「タカ坊・・・・・・・・・・・・」

「宏之と別れろ、って俺は香澄に酷いことを言っているのに、お前にそんな事、思われていたら・・・・・・おれ・・・、オレ、辛いよ」

「貴斗、やっぱあんたは昔っから優しいんだね。ちゃんと考えて行動してるんだね」

「俺が優しいって?それは違うそれは全部、俺のエッ」

「『それは全部、俺のエゴ』なんていわせないわよ。アンタ少しくらい。いいえ、もっと自分を大切にしなさい。本当に昔から貴斗はアタシや他の人の心配ばかりして、まったく。あんたは突然、行動起こすからみんな不審がるけど、それが全部上手くいけばそれで良いじゃない・・・」

「それにアンタはアタシにとっても、しおりンにとっても大切な存在なんだから、自分の存在を悲観しないでっ!『俺は居ない方が良い』なんて思わないで。いい?過去のこと何って気にしないでもっと前向きに生きなさいっ!いいわねっ」

 その幼馴染みは俺の事をそんな風に見ていた何って今まで気付かなかった。

 気付くことが出来なかった。気付いてやれなかった。

 そうだろうな・・・、記憶喪失の所為でずっと香澄を無視していたのだからな。だが、しかし、彼女のその言葉を素直に受け入れることは出来なかった俺は躊躇いの言葉を口にしていた。

「でもぉ・・・」

「デモも、へったくりもない。宏之のことは諦めるからアタシの言うことを聞きなさいっ!」

 迫力のある表情で香澄は指を突きつけて俺にそう命令してくる。

「有難う。香澄」

「まだアタシ言葉、終わってないわよ。宏之と別れるのに条件三つ。それを聞いてくれなきゃ嫌」

「それは俺に出来ることなのか?」

 香澄がそれで従弟の事を諦めてくれるというのなら可能な限りやってみようと思った。

「絶対不可能なことでもやってもらうからね」

「そんな無茶言うなよ」

「無茶も、へったくりもない。良いから聞きなさい」

「はっ・・・・・・、はい」

 自分でまいた種だと思った俺は渋々とそう返事をしていた。

「よろしい、よろしいぃ~~~。一つはしおりンの事。どういう意味だか分かっているわよね?出来るわよね?」

「ああ」

「もし、アタシの意に反する答えだした時はぶん殴るからね」

 彼女のその言葉にどうしてか恐怖して何も返せなかった。まるでそれはインプリンティングだ。

「二つ目はあんた自身の事よ。何でも、かんでも、加害妄想っていうのかな?自分の所為だと思わないで、自虐的にならないで。いい?」

「それは香澄、お前にも言えることだろう」

「アンタのそれはアタシのなんかより酷い症状でしょ?」

「わかった努力する。だから、香澄もそうしてくれると嬉しい」

「アンガト、最後はね・・・・・・・・・・・・・・・。少しの間でいいから・・・・・・、アタシの愛人になって・・・・・・・・・・・・・・・、ハズッ」

「はっ?」

 香澄のその言葉を聞いて物凄く変に表情を歪めただろう。

「無理、無理無理無理無理無理・・・・・・・・、そればっかりは勘弁してくれ」

「もしかして、しおりンのこと、言っているの?大丈夫よ、少しくらい。しおりン、愛は奪うものじゃなくて、与えるもんだって言ってたもん」

「ソッ、そういう問題じゃないだろう。それにいいか?愛人って言葉はな中国ではもっとも愛する人に使うんだぞ」

「ここは日本よ、海外での意味なんか、関係ないわ。それにしおりンの事なんて問題にならないわ。いいこの三つ聞き入れてくれないと・・・。ここから飛び降りるわよ」

 その幼馴染みはそう言うとその場からフェンスの方へ体を向け歩き始めた。

「わかった言う事、きくっ、聞くからやめてくれっ」

 今の彼女なら本当にそうしてしまうのではと思った俺はすぐさま香澄の腕を掴みそう言葉にしていた・・・・・・・・・。喪いたくなかったから。

「ニャハハハハッ、引っ掛かったわね。商談成立ぅ~~~っ」

「香澄、まったく悪い冗談はよしてくれ・・・・・・。お前が言った三つ目のことできる限り努力するよ。だけど・・・・・・、いつかはある奴の気持ちも気付いてくれ」

 お節介だとは思ってはいるが最後にそう付け加えていた。

 そのあと総て隠さず俺の行動の事を慎治だけには伝えていた。

 彼は一人納得したように『お前がそうするならそうしろ。結果は良い方に出るって俺は信じる。だって俺は慎治だからな』ってことを口にしていた。

 慎治、香澄が寝た後、台所に詩織が作ってくれたと思われる料理が置いてあった。だから、それを食べ俺も寝た。

 その日は昼過ぎまで香澄と慎治を俺の家に泊めると二人をそれぞれの家まで送ってあげた。



~ 2004年11月9日、火曜日 ~

 六年ぶりに俺はある場所へ向かっていた。

 来る途中買った花と桶いっぱいに水を入れたそれを持って今墓前の前に立っていた。

 その墓石を見るととても綺麗だった。

 日本を離れていた間、そして、記憶喪失三年間の時も翔子姉さんと洸大爺さんが年三回この場所にお参りに来てくれていたようだ。

 ちゃんと掃除されているようだったけど、俺自身の手でそれをしたかったから丁寧に時間を掛けてそれをやっていた。

 綺麗にし終わると花を添え、線香を上げ、手をあわせ静かに瞼を閉じた。

〈ユキ、長らくここへ来てやれなくてすまなかった〉

〈本当は俺がユキナを救ってやりたかったのに・・・、ユキに二度も助けられてしまうとは・・・、情けない従兄弟ですまない。そして、有難う〉

〈ユキに貰った心臓のためにもヒロユキのためにも今しばらく頑張って生きていくよ。その間、俺の事を見守っていてくれると・・・、うれしい〉

〈それじゃ、またお参りに来る・・・。次回、俺の・・・、を連れてくるかもしれない。その時は祝福してくれ〉と心の中で墓下に眠る雪菜にそう告げて、龍鳳寺を後にした。


~ 2004年11月10日、水曜日 ~

 三日間ずっとあるおまじないの言葉を捜していた。

 それは俺が小学生の頃、詩織と交わしたものだった。

 それの意味が知りたくて図書館と書店、それと占いの店。

 行ける所全部回った。

 そして、偶然にもその言葉を知っていたのは俺が気に入っているアンティーク・ショップの店員だった。

 その女性は見た目、小学生位なのに実は俺よりも年上だって知って世の中、普通ではない事って沢山あるんだなって驚愕した。

 その人からそのおまじないの事を教えてもらったその帰りに涼崎家に向かってその家のポストの中へ春香宛に手紙を残してきた。

 それから、自宅マンションへ戻ってからは詩織にE―メールで

『11月11日、5時30分PM』

『思い出のあの場所で待つ』

『時間厳守』と打って匿名で送った。

 詩織がもしこの文面だけで俺だと気付き、あの場所に来てくれるのであれば今度こそは俺から彼女に勇気を持って自分の気持ちを伝えようとそう決意した。


~ 2004年11月11日、木曜日 ~

 香澄から受け取ったシルバーのリングを失くさない様にスモールケースに入れ、さっき印刷したばかりのイディオムをポケットに入るくらいの大きさにたたんでジャケットの裏ポケットにしまった。

 それから学校へ歩いて向かう詩織と春香、二人を呼び出した指定の場所へと。

 今は11月、すでに陽は沈み、辺りは暗くなっていた。

 空を見上げれば雲は一筋もなく月も星も夜空とこの星の大地を照らしていた。

〈曇らなくて良かった。有難う〉

 心の中で何かに感謝し、二人の待つ場所へと急ぐ。


~ 午後5時29分30秒 ~

 聖稜大学付属高等部旧校舎裏、三戸の街が一望できる場所。

 大きな桜の木がある高台の丘。

 その数歩手前。

 俺は・・・・・・、 総てに決着をつける為に、俺の負の因果を断ち切る為に、そして、新しい未来図を手に入れるの為に、これが最後のエゴであるように願って、最後の行動にでた。

「二人とも、呼び立ててすまない・・・」


     Back to the 2nd Episode

              o r

                To be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る