架空もののけよもやま話

太刀山いめ

第1話神隠し

注意

本文は怪談や民話、なんちゃって時代再現があります。

架空の日本の物語として許容出来る方はお進み下さい。





「結構登ったんじゃないか…」

俺は独り言ちた。

今は何故か登山が流行っている。なので百均でも登山道具が幾らか揃うし、一人用テントも千円で買えたりもした。

同級生に「悩んだら釣りをしろ」と言われ、海釣りも考えたが、遥か昔の子供時代に父に山河での釣りに連れて行って貰った事があり、別の人は「悩んだら登山」とも言われたので山での渓流釣りを泊りがけで行う事にした。



これまた周りには山登り好きが多かった様で、きれいな水のある山を教えて貰って、そこに決めて登って来たわけだ。

山頂を目指す訳でもなく、ある程度踏み硬められた山道を歩き、程よい河原にテントを四苦八苦しながら建てて、川で鍋に水を汲み、買い込んだ固形燃料と流木の程よいのを集めて火をたいた。

そこで湯を沸かす。綺麗でも生水は沸騰させないといけないと聞いていたのでその通りにした。


最近の百均は凄い。釣り竿や疑似餌釣り針も売っていた。

湯を沸かしながら近くの石に腰掛けて夕方迄釣りをしてみた。

中々釣れないものだ。

登山も釣りも初心者で、釣れないからそれ程楽しくはなく、必要最低限ではあるが登山用具も重たくて何が楽しいのか分からなかった。

でも沸かした湯で持ってきた金物のカップにココアを作り、飲み飲みしながらだったのでのんびりは出来た。


辺りはもう日も傾いて川面も黒黒としてきて何も見えなくなったので釣りも切り上げた。

鍋の湯も少なくなったのでまた川で水を汲み沸かす。

軽量だった乾物のアルファ米に湯を注いでもどす。

元々釣れるとも思ってなかったので、干し肉等も用意して、ものぐさなのでアルファ米をもどすのに干し肉を千切り入れて干した野菜も加えて待つ。

5分程でパウチから肉の匂いがして来て、野菜も米ももどり、食べ頃になった。

折り畳みのスプーンを伸ばして米を食べる。

うん。味が薄い。

ザックから小瓶の醤油を取り出して少し垂らして食べる。

うん。いい具合。

もう時間は夜の九時位。ものぐさご飯でも腹は少し膨れたので、次は楽しみにしていたお酒を出した。

瓶だと割れるかもしれないのでスキレットにとっておきのウイスキーを入れておいた。

更に普段はやらないが、葉巻も数本買っていた。昔付き合ってた女性が煙草のみで、煙たかったが、たまに葉巻をくゆらせていた時の煙が思いの外良い香りだったので、自分でも試したくて買ったのだ。

ココアを飲んでいたカップを湯で洗いスキレットからウイスキーを少し注ぎ、チビリと呑む。

樽出しなので度数がかなり高く舌から喉、胃が焼ける様に琥珀色の液体が落ちていく。

目を閉じてその感覚を味わう。

ひと心地ついて、次は初めての葉巻をやろうとする。グレードは低いのだがやはり葉巻。紙巻きとは違う。十徳ナイフで封を切り吸口を作り、焚き火の一本を抜いてその火で葉巻に火をつける。

肺には煙を入れずに口で煙を遊ばせてゆっくりはく。葉巻は香しい香りを出した。

そうしながら多めに買った干し肉を炙りながらウイスキーと葉巻を交互にやりながら干し肉を齧る。

耳には川のせせらぎと、少しの風での木々の葉擦れの音。

聞きながら目を閉じた。

すると。



「ありゃ、ボウズけ」

しわがれた声がかけられた。

びっくりして目を開けると、焚き火を挟んで対面に見慣れない老人が石に腰掛け俺を見ていた。


「幾らか釣れとったら一尾分けて貰おうと思っとったが…ボウズけ」

どうやら釣りの釣果を言っている様だ。


「すみません」

何故か謝る俺。


「いやいや、釣れん時は釣れん。川の太郎が今日は釣らせんぞ、と決めたら釣れんからなぁ」

老人はそう言ってうんうん頷いた。

「儂は昔太郎に叱られる程釣ったもんだから今じゃこの山じゃ釣らせて貰えんのよ」

川の太郎?なんの事だろう。


「あと、主の呑んどるのは何じゃ?随分ええ匂いするのぉ」


「ああ、ウイスキーですよ。お爺さんは呑んだ事無いですか?」


「無いなぁ。すまんが話の種にその飲み物呑ましてくれんかね」

不思議な老人だった。害意は無い様だが、テントや酒や葉巻等を興味ぶかげにキョロキョロと見ている。

見た目も話で聞くマタギの様な毛皮の袖無しを着て、白い髭をたくわえているが頭は坊主頭だった。


一人でやるのも悪くは無いが、地元の人と酒を酌み交わすのも悪くないかと、カップを湯で洗い、スキレットからウイスキーを多めに注いでカップを渡す。


「おありがとう」

老人はしげしげと琥珀色の酒を眺め、ぐいっとあおった。


「こりゃなんて強い酒じゃ。腹が焼けるわい」

そう言いながら、カップの残りは少しずつ呑み始めた。


「吸いかけですが、葉巻もやりますか?」

何となく老人に愛嬌を感じて、まだ火のついている葉巻を差し出す。


「煙草かい」

老人は葉巻を受け取り、カップ片手に葉巻をこれまた豪快に吸った。

「くらくらするのぉ」

そう言いながら口から煙をゆらゆらはいた。


「強かったら肺には入れないで口で遊ばせると良いですよ」


「そうかい。刻み煙草とも違うのだなぁ」

老人は葉巻も少しずつ味わう様にした。


俺は酒で茹でダコの様に頭迄赤くした老人を面白げに見ながら自分はスキレットから直接ウイスキーをチビリとやった。

干し肉も勧めたら、ピリ辛で旨いと老人は喜んだ。


特に会話が長く続いた訳では無かったが、焚き火のはぜる音や火の揺らめきを眺めているとどうでも良くなってくる。


「主は」

老人は不意に口を開いた。


「死ぬんかい?」

そう俺に聞いた。


俺はギクリとした。

それはあながち間違った問ではなかった。

ザックには睡眠薬が大量に入っていた。

ウイスキーも樽出しの度数の高いものにしたのも薬と合わせて飲んで酩酊したまま楽になりたいと思っていたからだ。

だが、焚き火にあたりながら腹を満たして酒と葉巻をやっていたら…もしかしたら薬を飲まずに翌日下山出来たかも…とも思っていた。

この国は若年の自殺率は世界でも屈指だ。

俺も病気を患い、そのせいもあり仕事も長く続けられず、携帯も解約した。有り体に貧乏なのだ。

月々の携帯代金で大半の登山道具が揃った。

その時は笑えた。

そんな高い金だったのかと。月々の通院のお金も回したら十全に色々買えた。

バカらしくなった。


「山の獣は敏感じゃでな。死にたがる獲物なんぞ人間位じゃからな。ほれ、耳を澄ましたら主の肉を食いたい物の気配が四方から聴こえる筈じゃ」

老人が言う。

焚き火の音以外にも木陰からは枯れ葉を踏む音や、果ては川からもチャプチャプとした変な音が聴こえる…


急に怖くなった。


「死肉はあまり旨くないでな」

老人を見た。茹でダコの様な赤ら顔は人のそれではなく赤面の猿の様だった。

毛皮の袖無しと思ったが老人の腕には獣の様な剛毛が覆っていた。


はたと気づいた。

老人は初め「ボウズけ」と言っていた。そして釣れてたら一尾欲しかったと。

そう言われた時にはもう釣り道具は仕舞っていて、その時点で釣り人とは分からないのではないか…

だが釣り人だと言った。

それはずっと俺を観察していたのだろうか…

俺は老人を怖いと今思った。


「あ、あ…の…」

何か言おうとしたが、口がカラカラで言葉が出ない。


「死ぬってのはそんなもんじゃ」

老人は静かに言った。


「昔はのぉ、よう坊主の死骸が山にあったわ。坊主は潔いでな。死したら遺体は山のモノに食わせよと言ってな」


「は…い」


「あとは童の死骸も多かった。食わせられん童を殺して山に投げるのよ。7つ迄は神の内言うてな。7つ前の子供は人では無いから山に捨てたのよ。まあ腹の足しになったわ」

老人の口はもう耳まで裂けて牙が見えていた。


「震えとるな。怖いか」

もはや人の形をしていない老人が俺に言った。


「儂は主を頭から齧りたいが、酒も煙草も貰ったでな」

一呼吸おく。


「主はええ時に来たかもしれん。今夜は霧が出るでな。獣は火があれば寄らんじゃろう。じゃから儂は主が死んでおらなんだら食わんよ。じゃから好きにしなされ」

老人だったものはそう言うと立ち上がり、律儀に酒と葉巻の礼を言って闇に消えていった。


すると老人の言うとおりに急に山頂辺りから霧が流れてきて焚き火周り迄覆ってしまった。


俺は動けなかった。体が重く、焚き火から目が逸らせずにそのままでいた。




朝日が登って来た。そこで目が覚める。いつの間にか寝ていた様だ。もう焚き火は燻りもせず燃え尽きていた。燃え残りが湿っていたので、昨夜の霧が余程の濃霧だったと分かった。



座りっぱなしだったので体がギシギシ痛むが、結局使わなかったテントを畳み、一応鍋に水を汲み焚き火跡に水をかけた。

老人の使ったカップは妙に獣臭かったので念入りに洗ってザックに押し込み、下山の準備をした。


それ程高く無い山。頂上にも行ってないので悠々と降りれる筈だったが、前日と山道が微妙に違う気がした。

山を降りると舗装された道はなく、踏み固められた地面があるだけだった。

バスと電車でここまで来たが、どうにも車が通る道では無い。

登山用に買った方位磁石を見てみた。それで駅の方角に歩く。

確か方角は合っている筈だ。

俺は道道昨日の出来事を思い出していた。あの老人は何者だったのか。

最近山の怪談を見聞きしていたが、あれが山の化け物かとも思った。


トボトボ歩いていると向こうから人が歩いて来ていた。

人がいた。駅までの道を聞こう。そう思って近寄ると。



「お前何処のもんだ?」

向こうから声をかけられた。

年の頃四十位の日焼けで黒い肌の男が時代劇のエキストラみたいな格好で立っていた。


「あの、俺は駅を探してて…」


後で知る事になる。

自分が俗に言う戦国時代に迷い込んだ事に。

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