kanon

4696(シロクロ)

1話 むかしばなし

「春なんて嫌いだ。」

そう呟くようになったのはいつからだっただろう。


──暖かく甘い香りのするような風がカーテンを揺らし、目を覚ます。

「いつまでも寝てると牛になっちゃうよ。おばさんも怒ってたよ!」

そう言って僕を叩き起した少女は「ぷんすか」と可愛らしい擬音のつくような怒り方をしながらも琥珀のような瞳を細め、笑っていた。

視界がまだ定まっていない僕にはまるで天使のように見えたのは内緒の話である。

「……はょ…かのん…」

声にもならない声で少女の名を呼び、それを聞いた少女が栗色の髪をなびかせて振り向き応える。

「おはよ!ともくん!」

屈託のない笑顔、白磁の肌を春の陽だまりに照らされた少女に手を引かれる。

「今日はお花見日和だね!」


この日を最期に少女「天崎奏音」は思い出の存在となってしまった。


「春なんて嫌いだ。」

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