ビデオテープとオムライス

うすい

短編

「ああ、撮れてんのか?これ?あ、すみれへ、愛しいすみれへ。ああダメだ!もうこれも7年やってるのに全然慣れねえな...」

「ちょっとアナタ、ちゃんと撮れてるから。ちゃんとカメラ見て。ちゃんと喋って。ほら、すみれにまた笑われるよ。」

「そ、それだけは勘弁だな...っゴホン!すみれ、7歳の誕生日、おめでとう。毎年恒例のビデオテープだ!ああ、そうだ、見てのとおり、杏...いやママは今、遠い場所で悪いヤツと戦ってる。すみれも画面の前で応援してやって欲しい!家族で悪いヤツを倒そうな!ほら、ママも何か言ってくれ。」

「ちょっとアナタ、ここ病院よ。大声出さないでよ...すみれ、7歳の誕生日おめでとう。この前の入学式、すみれと一緒に学校に行けなくてごめんなさいね。代わりに行ったパパはどうだった?うるさくなかった?また今度電話する時に聞かせてちょうだい。こっぴどく怒ってあげるから。」


ベッドの上から優しい表情でカメラに向かって喋る妻、杏の姿は、どこか寂しさがあった。


「おい!それ以上はいいだろ!うるさくしてないから!多分...まあそんな事は置いといて、すみれ、お前の大好きなあんずの花、たくさん用意しておくからな。このビデオテープと共に明日持っていくよ。ああ、それとすみれの大好きな森谷エトの絵本もな!」


「愛してるよすみれ」

「愛してるわよすみれ」


カメラの録画ボタンを止めて、俺はため息をついた。

「お前無しじゃ、俺、どうやってすみれと話したらいいか分からねえよ...」

フフっと、杏は微笑みながら言った。

「あら、アナタらしくないじゃない。漢気溢れるかっこいい所に惚れたのに、しおらしくなっちゃって...」


「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!!」

俺は思わず声を荒らげてしまった。


「アナタ、病院よ。静かにして。それに大丈夫よ。まだ死んだ訳じゃない。手術が成功したら、またいつもの暮らしに戻れるじゃない。」


「でもよ...成功率20%だぞ...俺...もし成功しなかったらよ...どうしたらいいのか...わかんねえよ...どうしたら...」


「ビデオテープがあるじゃない。なんのために撮ったのよ。私は、ずっとビデオテープの中に居るから。もし失敗して、会いたくなったら観ればいいのよ。」

杏は、やつれた顔で俺を見る。


どうやって励まそうとしたって、その裏に陰りがあるのは、充分に理解していた。

だからこそ、俺は心配で、仕方が無いのだ。


「花村様。花村杏様、お時間です。準備は、よろしいでしょうか。」

2人の看護師が部屋に入り、杏を運ぶ。やめろ、連れて行かないでくれ。心の底でそう思いながら、杏を見送った。

「頑張れ、杏」

「言われなくても頑張るわよ。」

強気に言う杏の言葉は、震えていた。



成功してくれ。



丸一日が経ち、手術中のランプが消える。

「花村様...誠に申ッ」

医者が言い終わる前に俺は医者の胸ぐらを掴んで捲し立てていた。


「杏を返せ!!!!お前のせいで!お前のせいで!杏は...ッ!!!」

分かっていた。この医者のせいではないと、だが、縋るしか無かった。

ぶつけるしか無かった。


その日から俺の心には、大きな穴がぽっかりと空いている。



幾らかの月日が経ち、完成したビデオテープをすみれと観る。

そこには不器用な自分の姿と、健気に振る舞う杏がいた。


たくさんのあんずの花が、部屋を舞っている。

あんずの花に溺れるように俺は、すみれは、

涙を零していた。


「ちょっと、アナタが泣いたらすみれも泣くに決まってるじゃない。まだ小さいんだから、アナタがしっかりしないとダメよ。それに、私はずっとビデオテープにいるんだから。寂しくなんてないわよ。」


杏の声が聞こえる。頭の中で、杏が怒っている。


「そうだよな、杏。ごめんな。俺頑張るよ。杏の分。すみれは俺たちの宝物だ。だから、応援していてくれ。そのビデオテープから。」


溢れる涙を拭き、ゆっくりと立ち上がる。



「よし、すみれ!今日はすみれの大好物のオムライスを作ってやるから、楽しみにしとけよ〜!」

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ビデオテープとオムライス うすい @usui_I

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