アンズと空

うすい

短編

ぐちゃぐちゃのビデオテープ、手作りの本棚、とうに枯れた花瓶。散らかった真っ暗な部屋の隅で、君はアンズの花を握って、俯きながら座っている。


僕は、そんな彼女に手を伸ばして言った。

「どうしたの、早く行こう」


「寂しいの、私、名残が無くなってしまうのが。」

そう言って、彼女は僕の手をゆっくりと突き放した。


「大丈夫だよ、また初めからやり直そう。悲しいことだけじゃないはずさ。きっと楽しいこともあるよ」

俯いたままの彼女は、僕の言葉に全く耳を貸そうとしなかった。


「ねえ、どうして私は、こうも不幸なの。毎日七時に起きて、制服を着て、学校に行って、授業を受けて、友達と遊んで、どうしてそんな当たり前すら、妨げられてしまうの。」

捲し立てるように彼女は言った。


困った。僕は、彼女の前で立ち止まったまま。

そうして、僕も俯いた。


「不公平だろ、世の中。そうなんだ。どんな政治家でも、どんなに偉い人でも、この小さな僕らの悩みは解決出来ないんだ。だから、僕はいっその事、空を舞うんだ。空は青くて、雲が遠くて、夢が広がっている。在り来りな言葉かもしれないけど、この空に比べたら、僕らの悩みはちっぽけな物なんだって、思えるんだ。だから僕は、空を舞っているんだ。」

俯いたまま、ボソボソと、次第に熱が入り、まるで機関銃のように、僕は彼女に語り掛けていた。


今までは、全くの興味も示さなかった彼女も、顔を上げていた。涙を零していた。アンズの花に、ぽとりと、粒が落ちる。


「空を舞おう。もう、そんなこと、どうでもいいだろ。」

再び、彼女に手を差し伸べる。


彼女は、手に握っていたアンズの花を床に置いて、両手を僕に預けた。


この部屋は4階。彼女の手を引き連れて、ゆっくりと、彼女は空に舞った。

「ごちゃっ」と不快な衝突音が、僕の嘲笑をかき消した。






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アンズと空 うすい @usui_I

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