第14話 とてもとても腹立たしい
結局、黒の森の件に関してはきょうだいの協力で思いの外早く片付いた。
もし、きょうだいが現れなければあと数日は時間をかけていたに違いない。
用件は済んだので、さっさと閉ざした森を開いても良いのだが、それができないでいる。
熱を出して倒れたザイは翌日には起き上がり、大丈夫だと主張した。
しかしその顔はまだ赤い。
熱を測ってみればやはり熱く脈も早く、正常とは言い難いのだ。
気を抜いてはならない。
偶に立ち寄る人里では子供はよく死ぬ。人の少ない場所には薬師も医者もいない事が多い。
ヒトの多く済む場所には薬師も医者もいるが、医者や薬師に頼る術も金銭も持ち合わせない者もいるのでやはり子供は死に易い。
ザイはそれでも強がって動こうとするものだから、仕方なく無理のない範囲で森の中を二人で散策する事を提案した。瘴気を取り払った後のこの森の状態も非常に気にかかったからだ。
歩調をゆっくり進める私にザイは文句ひとつ言わずについてくる。
不満そうな、どこか機嫌の良さそうな複雑な表情ではあるが、特に言うことはないらしい。
道中見つけた薬草や食用可能な木の実の特徴など、食べてはいけない物を実物を交えて教えていく。見た目の特徴や匂いや味、ザイは説明を聞いて素早く理解する。物覚えが意外と早い。
私は一本の草を手に取りザイの目の前に差し出した。
「これは何かわかるか?」
ザイはその草に顔を近づけじっと見つめスンと匂いを嗅いだ。
「さっきの傷薬の草。噛んで吐き出して塗るやつ」
「口を開けて舌を出せ」
ザイは素直に従い舌を出す。
「口に含むのはいいが、噛むなよ」
その赤い舌の上に葉をのせる。
こちらの様子を伺いながら小さな犬歯の覗く口の中に収め、眉をわずかに顰めじっとこちらの反応を待つ。
「よし、吐き出せ」
言った瞬間、すごい勢いで吐き出した。
ぺっ、ぺっ、と何度も唾を吐きだすその顔は何とも言い難い。
「何だコレ?」
「毒だな。噛めば唾液と混じって咥内が爛れる」
さらりと答えればザイの頬が引きつった。
「草を載せた舌の感覚は?」
「痺れてる。口の中がビリビリして気持ち悪い」
「先程の薬草と今の毒草の違いは覚えたな。怪しいと思ったらとりあえず口に放り込め」
よしよし、と頷き身を翻し、先に進もうとすれば視線が背中に突き刺さる。振り返ってみれば、赤い瞳が何か言いたげにこちらを見ていた。
「……」
「なんだその目は」
「さっきの毒草、他の見分け方は?」
「見た目でも匂いでも区別がつかぬなら味で覚えよ」
ない事もないが素人には判断が難しい。この手のものは頭で覚えるよりも身体で覚える方が早い。
あっさりと返せば何か言いたげに口を開きかけ、閉じ、ザイは渋々といった様子で引き下がった。
即興ではあるが、この森の薬と毒と食料の粗方の説明を終えた私は気持ちを切り替えた。神経を研ぎ澄ませ、注意深く森の中を歩く。そうして目的の物であろうソレを見つけて足を止めた。
黒い結晶が地面に突き立っていた。
それに手を伸ばせば、ばちり、と黒い火花を散らし私を弾く。
「ザイ」
私は傍らの少年に声をかける。
「これに、
先程の授業とは違った問いかけに何かを感じたのか、ザイがそれに手を伸ばす。
今度は何も起こらなかった。その事実に更に不快さが増す。
「それに触れて、特に異常はないか?」
「ない。でも何これ? 嫌な感じがする」
その結晶に触れ、地面から引き抜いたその顔は嫌悪に歪んでいる。
「良い物でない事は確かだな」
元々瘴気の集めやすい土地だ。きょうだいが消し去ったとしても新たな瘴気をこの地は集めようとする。この地が集め始めた瘴気をこの結晶が吸い上げているのだ。
結晶を黒く染めるのはこの森の瘴気だ。地面から引き抜いて尚、その結晶は瘴気を取り込み続けている。
きょうだいが去ったあと、森の様子を気にかけていれば、どうにも気の流れがおかしい事に気づいた。ゆっくりと循環している風に見えて、特定の場所で気が滞り、渦巻き、また森の循環に沿って流れ、別の場所でやはり同じように渦巻いているのだ。
渦巻いた箇所と別の同様の箇所が別の循環の道筋を形成し渦巻いていた瘴気が徐々に凝り固まる。森の循環に紛れてそれは形成されていくのがはっきりと解った。
その凝り固まった場所で見つけたのがこれだ。
私一人では、この森を鎮める事ができても、この結晶の存在に気付けなかっただろう。
実際、きょうだいが手伝ってくれるまでは一切気付く事がなかったのだ。
きょうだいがこの森の瘴気を「なかったこと」にしてくれたからこそ気付く事ができたようなものだ。更に言えば、ザイが熱を出し、この森に留まる事が無ければ、気の巡りのおかしさにも気付く事なく立ち去っていたに違いない。
次にこの森を訪れるのは幾年か先だ。
もしあの時、きょうだいが手伝いを申し出てくれなければと考える。
結晶の中に蓄積された瘴気は何らかの形でもって暴発して森の循環を全く別の物へと変えた事だろう。
充満した瘴気は森だけに留まらず外へと溢れだし、不自然な形で人に、魔物に取り込まれ、凶暴化し、いずれは街を、近隣の国々を襲っていたかもしれない。
この結晶は明らかに焦点を私に絞って対策を施している。
でなければ、ザイが安易に触れられるのはおかしい。
種の争い、滅びは必定のものだが、それがどんな形であれ私の関わりのあるものだと
私は久方ぶりの感情に支配されていた。
とてもとても腹立たしいのだ。私の大切にしているものを、世界を構成するものが何なのかも理解せずにただ無遠慮に弄び、踏みにじろうとする。
私の触れられないものまで作り、私の、世界の邪魔をする。
森が私の感情に呼応するようにざわめき出す。
その感情が身を染め上げようとした瞬間、私に触れる手があった。
細く、骨ばった、それでもしっかりとしたそれが私の手を握った。
「フェイ」
真剣な眼差しに射抜かれ、私は我に返った。
「これ、どうする?」
少年の手に握られた結晶に思考が働いた。まだ、あと4つこの森にあるのだ。
念の為にと持ってきた革袋の口を開け、それを入れるように促せば、ザイは素直に従った。
口を絞って立ち上がれば、ザイはその革袋を引っ張った。
「ザイ?」
「俺が持つ」
「不快なのだろう?」
ザイの様子を伺うが、何でもないように革袋を奪い取る。
「フェイはもっと嫌そうだ」
照れ臭いのかぶっきらぼうに言い放つ。
「ありがとう」
そういって頭を撫でればびっくりしたように頭を揺らし、顔を背けた。
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