第12話 妙な男が現れた2

 ザイは生意気だが傲慢ではない。

 だからどんなに信用できないと思った相手でも正しいと思った忠告には素直に従う。

 それができていなければ、ザイはとっくの昔に死んでいた。


 だから自身がまだ力の足りない子供だという自覚もある。


 だというのに、この彼女の言葉から受けた目の前が真っ暗になる程の衝撃は何なのだろうか。

 これは苦い薬を飲まされて子供だなんだと揶揄からかわれた時の比ではない。


 今まで他人を安易に信じる事ができない環境の中で生きてきたザイには理解しがたい事だった。


 己が彼女へ向ける感情が何なのかも自覚せず、ただ彼女を求める気持ちだけがある。

 それがどこからくるものなのかを考え、納得するにはまだ時間が足りない。

 何より今はそれに考えを及ぼす余裕など、彼にはなかった。


 たった一人で身を守り、生きる事に必死だった無力な子供がどうしてそんな事に頭が働く余裕があろうか。


 心に多大なダメージを負ったザイの耳にくすくすと男が笑う声がきこえた。


「さて、彼女にとって、あなたはどうします?」


 男の手が彼女の腰を撫でた。


「きょうだい!?」


 どこか慌てた声を彼女があげた瞬間、ザイの身体が動いた。

 彼女の腰を男の手からひったくり、思わずといった風に上げられた彼女の細い手首をつかみ一緒に肩ごと抱え込み、自分の胸に強く抱き寄せた。


 状況が全く理解できていない彼女はこちらを見ずに男ばかりを見つめている。

 それが無性に腹立たしい。


 その小さな顎を掴み、ぐいっと顔を己のそれに引き寄せる。

 その黒い瞳を赤い瞳が覗き込む。


「俺を見ろ」

「……わかった?」


 何故疑問形なのか。


 不思議そうに彼を見るフェイの瞳にザイは苛立ちを募らせる。

 あの男にはあれほど信頼した目を向ける。

 きょうだいと呼ぶ間柄なのだから付き合いの長さが違う事はザイ自身も頭でわかっている。だが、感情のもっと奥の方の何かが納得しないのだ。

 フェイの表情が何かを察したという表情になる。


 これは絶対に察していない。


 ザイは直感した。見当違いなセリフが飛び出すであろう事を予測して身構える。


「ザイ」


 するりと細い腕が伸び、首に回されぎゅっと抱きしめる。


「!」


 自分で思いっきり抱き寄せた癖にザイはどう動いていいかもわからず固まった。


「子供扱いして悪かった」

「……フェイ」


 先程の直感も忘れ、彼女はザイの苛立ちの理由を正しく理解していたのかと驚いた。

 思わず身体の力を抜き、その背に手をまわそうと動く。


「しかしなぁ、ザイ」


 続く言葉に嫌な予感を覚え、抱き返そうとしたザイの腕が止まった。


「子供が大人に焦がれる気持ちは否定しないが、子供の時間もまた大事なものなのだぞ?」


 フェイの言葉にザイは再び目の前が真っ暗になった。

 ぶはっと盛大に息を吹き出す音にザイは笑顔のまま肩を震わせる器用な男をぎっっと睨む。


「いえいえ、すみません、彼女があまりにも予想通りに外すものですから」


 男はひとつ咳払いをする。その眼はどこか楽しそうだ。


「さて、鬼の子よ、あなたも薄々察しているようですが、彼女はヒトではありません。もちろん私も」

「お前の事はどうでもいい」


 ザイはばっさり切り捨てた。

 男はそれを気にした風もない。


「きょうだい?」

「これもきっとあなたの身を案じる神のお導きですよ」


 男はフェイの頭に手を伸ばし、優しくなでた。ザイは今度は叩き落しはしなかったが、彼女の身体を抱く腕に力をこめた。


は色々な意味で特別で、私達御使いにとっても大事な「すえのいもうと」なのです」


 ザイは驚きに目を瞠る。


 御使いという存在はザイとて知っている。

 実在するかも定かでないおとぎ話の存在だ。


「彼女はヒトと深く関わる事はありませんし、繁殖の必要もありませんから、あなたがたの持つような情緒を持ち合わせてはいないのですよ。この意味をよく考えなさい」


 これだけあからさまな執着を見せているのに往生際が悪く、少年はまだソレから目を背け見えないフリを必死に演じようと無駄な努力をする。


 彼はすぐに気が付くだろう。

 彼女に対する想いを。

 今までならその想いは報われることはなかっただろう。

 だが、彼女に人間の記憶が混ざり始め、初めて個に対して特別な感情を抱いた。

 これからどうなるかはわからない。


 銀の瞳がザイをひたと見つめる。


「たくさん考えなさい」


 そう言って男はザイの後頭部をぽん、と叩いた。不思議とそれに対する嫌悪感や怒りは一切湧かなかった。


「要は角に触れようとしなければ良いのですよ」

「きょうだい、私は……」

「わかっています」


 何かを言いかけた彼女の言葉を男は制した。


「けれど、今回ばかりは私はそれを勧めます」


 フェイは口を閉ざし、考え込んだ。


「少しでも難しいと判断したら、私か他のきょうだいを呼びなさい」

「……わかった」

「良い名を貰いましたね」


 男は最後にそう言って銀色の光の粒を残してその場から掻き消えた。


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