なんにも出来ない勇者さま 〜その依頼、謹んで辞退させて頂きます〜

@kajiman

プロローグ 「なにも出来ない勇者さま」

※物語全体の雰囲気が分かりづらかったため、2話まで公開した後ですがプロローグを追加しました。ご笑覧ください。


――――――――


「どうかこの街を守るのに皆様の力をお貸し下さい」


 そう言ってこの街の代官が集まった冒険者たちに頭を下げる。

 城塞都市ザウル近郊で発生した魔物の氾濫スタンピード。下位の魔物ばかりとは言え数が多く、領主率いる領軍がなんとか押しとどめているものの、形勢は良くないという。実際は相当悪いのだろう。

 ギルドに集められた冒険者たちは、一様いちように黙って代官の話を聞く。

 

「近隣の都市へは援軍を要請しております。半月持ちこたえれば間に合うはずです。この街に住む無辜むこの市民のためにも、何卒ご助力をお頼み申します」


 悲痛な代官の声に誰もが押し黙る。高い市壁に囲まれた城塞都市とは言え、500人を超える領軍が勝てないのだ。援軍が間に合ったとしても厳しい戦いになるだろう。


「俺は戦うぞ!」


 茶髪の染谷そめやくんが声を上げた。確か下町の食堂の娘と付き合い始めたと聞いていた。

 

「わ、私も戦います!」


 眼鏡を掛けた三つ編みの蜂巣はちすさんが僕の隣から手を上げる。真面目な彼女は街の人たちを見捨てられないのだろう。

 勇者として召喚されながらも勇者に選ばれなかったクラスの仲間たちが、僕らを受け入れてくれたこの街を守ろうと声を上げていた。

 彼らの声に押されたのか、次第に大きくなっていくこの街出身の冒険者たちの戦いへの参加を叫ぶ声。誰もがこの街を守るんだと、その気持ちを一つにしていく。

 誰も逃げない、市民を一人残らず救ってみせると気勢を上げる彼らの勇ましい姿に、代官たちが涙を流し喜んでいる。


勲人いさと、私たちはどうするの?」


 僕の後ろから、抑えた声で一花いちかが問い掛けてくる。

 この喧噪けんそうほどけてしまったのだろう長い黒髪をローブの中に押し込んで、顔を隠すようにフードを深く被り直している。

 

「うん、逃げるよ」


 何のてらいもなく言い放った僕の言葉に、仲間たちがぎょっとした顔をする。仲間以外の周りの人たちも驚いた顔でこちらを振り返る。うん、ちょっと声が大きかったかもしれない。失敗失敗。


「わ、私たち、勝てないの?」


 さっきまでの勢いが嘘のように怯えてしまった蜂巣さんに、僕は戦い自体はたぶん勝てると伝えた。


「だったら……」


「でも、僕らはたぶん死ぬ」


 納得がいかなそうな声に僕はただ事実を伝えた。

 高い石壁に守られた都城に籠るだろう騎士団や勇者に選ばれたクラスメイトは何とかなるかもしれないが、市壁を守る衛兵や冒険者にはかなり被害が出るだろう。冒険者の中でも下っ端な僕らなど言うまでもない。市壁も越えられて、恐らく市民もごまんと死ぬ。だから逃げると。

 

「僕はこれでもこのチームのリーダーだからね。死ぬのが解っている依頼を受けるつもりはないよ」


 蜂巣さんを黙らせてから一花に視線を向ける。うん、納得はいかなそうだけど、理解はしてくれたみたいだ。

 なら、面倒ごとに巻き込まれない内にこの街を出よう。早ければ早いほど良い――と思っていたら、染谷めんどうごとくんが「おい!」と、怒鳴り声を上げて僕に掴み掛かってきた。

 

「染谷くんも逃げたほうが良いよ。僕ら程度の力じゃ死んじゃうから」


「俺は逃げない。お前らこの街の人に助けてもらったくせに何とも思わねーのかよ!」


 この臆病者、と大声で僕をなじる染谷くんの周りに人が集まってくる。あまり良くない傾向だけど、まあしょうがない。他のクラスメイトたちもいるし、いい機会だから伝えておこう。

 

「僕らは勇者に選ばれなかった半端者だよ? そんな僕らが参加しても数合わせにしかならないよ」

「だからって逃げ出しても良いのかよ! さっきまでやる気だった蜂巣だって怯えてるし。お前の言葉で逃げるやつが増えて、もし負けたら責任とれるのかよ!」


 笑いそうになったが、そうすると染谷くんが怒るだけでなく他の人にも目を付けられそうだから止めておいた。

 

「本当に戦力になるレベル3以上の冒険者は強制依頼だから抜けないよ。僕や蜂巣さんみたいなレベル1の冒険者や、染谷くんみたいなレベル2の冒険者は死ぬかもしれないんだ。抜けることも権利のひとつとして認められている」

 

 そう、認められている。肉壁が減るのを嫌って言わなかったのだろうが、強制依頼はレベル3からだ。すべての能力値が10以下の僕らレベル1冒険者やすべての能力値が20以下のレベル2冒険者は、強制依頼を受けなくてもいい権利がある。だから今回逃げても後ろ指は指されるものの何ら問題はない。それに――

 

「人が足りなければお城の勇者様や騎士様が助けてくれるはずだよ」


 すぐに市壁を破られてしまったら、いかに都城といえども援軍が来るまで持ちこたえられないかもしれない。それに城だけ守って市民を見殺しにすれば、後で露見した時に外聞が悪い程度では済まなくなる。だから市壁を守る衛兵と冒険者が足りなければ城の兵を出さざるを得なくなり、結果として僕らが残るよりも皆の生存性は上がるだろう。例えそれで、領主にとっての虎の子である騎士や勇者に被害を出すことになったとしても。

 

 僕らの周りにいる低レベルの冒険者が二の足を踏みだしたのを見て、さっきまで涙を流して喜んでいた代官が苦り切った表情を浮かべていた。

 代官の取り巻きや染谷くんたち元クラスメイトが僕をさげすんだ目で見下し、クズだなんだと叫んでいた。

 冒険者になったクラスメイトの大半が残ることを選択したのは残念だけど、一応は忠告をした。これ以上説得している時間は無いから後は個人の選択に任せるしかない。

 

「じゃあね、皆。生きていたらまた会おう」


 僕は仲間を促して席を立つ。


「この無能! 勇者のなり損ないが!」

 

 顔見知りだった冒険者の声が胸に刺さる。だけど振り返らない。残ったら守りたい人が死んでしまうから。

 無能勇者――召喚された勇者なのに力を得られなかった僕らの蔑称べっしょう。それを揶揄からかった「なにもできない勇者さま」とは、井戸端でかしましく語られる僕らの愛称ニックネームだ。

 だから、街を守れなくても仕方ないよね。そう心の中で呟いて、僕はギルドのドアを閉めながら残った皆にバイバイと手を振った。



――――――――

面白いと思って頂けましたら、是非また見に来て下さい。

お待ちしてます。

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