裏切られた元勇者、また異世界に召喚されちゃいました。今度は自分の為だけに力を使って生き残ります。

鳳城伊織

第1話 妄想?いいえ。現実です。







「モエちゃんはさ、誰が好きなの?ほら。この中なら……誰?」


クラスメイトの時又ときまた比奈ひなから差し出された雑誌に目をやって、萌香はバレない様にため息を吐いた。


似たような顔の若いメンズアイドルが並んでいる。萌香には、全部同じ人に見える。無個性。嘘くさい笑顔。適当に指を差すと比奈は大袈裟に驚く。


「えーっ!!!翔真しょうまを選ぶとか、モエちゃんって面食いだよねー!!!」


にししと笑う比奈に、萌香は少しだけ苛つくがサラリと躱す。


「かもね……。」


(どれでも、一緒じゃん……。でも面食いは否定出来ないかな……。もうイケメンとか懲り懲りだけど)


「モエちゃんって、落ち着いてるって言うかー大人って感じー?」


比奈が、そう言うのにチラリと視線だけを向けると比奈の顔色が曇る。


「ひーなー!!!もう、放っときなよ。毎回毎回、高橋さんはうちらとは違って大人しいんだから……。つーかノリ悪いって言うか?まっ、とにかく、迷惑そうだしあっち行こーよ。」


「え。う、うん、………またね。モエちゃん」


他のクラスメイトに引っ張られて、比奈は萌香から離れて行った。それに萌香はほんの少しの寂しさを覚えた。


(……………やっぱり、もう普通には戻れないのかな。………少しだけ…、辛いな。ノリが悪くてごめんね……。)


ぎゅっと手を握りしめて萌香は俯いた。同年代の子達と、どうやっても仲良くなれない。年相応に、はしゃいだり出来ない。元々の気質もあるだろうが、それだけじゃ無い。


何故なら【高橋たかはし萌香もえか】は元勇者だからだ。


そこまで考えて、萌香は苦笑する。


(あー、我ながら痛いやつみたいになってるし……、でも。事実だし、……いくら体は元に戻っても。……変わっちゃった心は、元には戻らないんだよ)


机にうつ伏せになって萌香は寝たふりをする。


そして長い長い夢に思いを馳せた。いや、夢だと。そう何度も自分に言い聞かせた地獄の様な現実に………。







◇◇◇◇◇◇





今から2年前。高校一年生の春。萌香は突然異世界に召喚された。


道を歩いていたら足元が光って、それで気が付いたらお城の中だった。

凄くテンプレ的な展開に萌香は、正直心が踊った。お約束的に勇者の力を与えられて、更にはイケメンしか居ない逆ハーレムパーティーを組んで、更には正体を隠していたパーティーメンバーの王子様と恋人になった。旅が無事に終わったら結婚しようとも言われて、萌香は舞い上がった。他のメンバーからもアプローチされて、それに嫉妬した王子と仲間が火花を散らして萌香を取り合った。巷で流行りの逆ハーレム小説やアニメが現実になったと萌香は喜んだ。最初の3年は本当に夢の様で楽しかった。


世界に蔓延した穢れを払い、魔物を倒して旅は順調に進み、後は城に帰るだけになったある日の朝。いきなり王子様から裏切られた。


目が覚めたら、魔力封じを掛けられて、魔力を吸収する鎖でキツく縛られていた。萌香は地面に転がされて頭の中はハテナで一杯だった。


「すまない………。萌香、………もうすぐ浄化の旅も終わるだろう?そうなったら、僕は君と結婚しないといけない。だけどそんなの、嫌だ。………父上から言われたから、君を好きなフリを続けていただけなんだ。本当は、君を愛してなんかいないんだよ。………ごめんね。君が居ると……僕は困るんだ。」


大好きだった王子様からそう言われて萌香は、目を見開いた。口も口枷で塞がれていたから何も言葉を発する事は出来なかったが、くぐもった唸り声は出せた。


「ああ……。本当に、ごめんよ。萌香……。でも僕には他に愛する人が居るんだ。…………君に生きていられると。困るんだ。分かっておくれ?萌香。君は魔物に襲われて……命を落とした、そう言う事になる。…………世界を救ってくれてありがとう。萌香」


そう言って頬を撫でられて、萌香の瞳からはボロボロと涙が流れた。


他の仲間も全員がその場に居たのに、誰も王子様を止めなかった。ただ皆嫌そうに、萌香から視線をそらした。きっと皆も王様からの命令で萌香を好きなフリをして媚を売っていたのだ。


その後は、何度も剣で切りつけられた。魔法で身を焼かれた。それでも勇者の萌香は死ななかった。いや、死ねなかった。それ程に3年掛けて鍛えられた、勇者の力は凄かった。食事を抜かれていたのに餓死すら出来なかった。


それでも苦痛は感じた。切られれば痛いし、焼かれれば熱い。食べなくても死なないが空腹は感じる。ハッキリ言って、地獄だった。


萌香が死なないと分かると王子達は萌香を町外れの空き家の地下牢に閉じ込めた。真っ暗で、虫やネズミが体を這う。糞尿は垂れ流しだった、無理も無い。思い出した様に半年に一度くらいは、誰かが様子を見に来るがその度に、まだ生きている萌香に落胆して帰って行った。助けは一度も来なかった。世界を救ったのに、萌香の味方は誰も居なかった。その事実が体の痛みよりも、辛かった。


動きを封じられて、魔力も封じられて、そして口も封じられて。萌香は7年近くを其処で過ごしたのだ。正直、後半は気が狂っていたので余り覚えていない。


起きてるのか眠っているのか。わからない。終わりの無い地獄。だが唐突にその日は訪れた。いきなり辺りが眩しくなって、そして萌香は気づいたら、元の世界の自分の部屋に居た。


ぼーっと鏡の前に突っ立っていた。


何故かは、分からないが萌香は戻って来た。


それが2年前、高橋萌香の身に起こった事だった。





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