第10話「言葉にするということ」


 俺は、部屋に入るなり髪も解かずに、サキのベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 嫌になる。

 自分がほとほと嫌になる。



 お節介な職場の上司から、東京は危険な場所だと、地方から来た女子大生なんて男達の恰好の餌食だと聞かされた。

 進学した友人から、大学なんて堕落した若者達の巣窟だと聞かされた。

 学生時代の先輩は、ホストに嵌って水商売を始めたらしいと聞かされた。

 金と酒は人を変えると。10代の恋愛は絶対に続かないと。彼女もきっと魔が差す時くらいあると。地方の子は電車や夜道で痴漢に遭うと。遠距離恋愛に浮気はつきものだと。男は獣だと。女は嘘吐きだと。

 いろんな奴らから勝手な事を、聞いてもいないのに聞かされてきた。

 


 俺は一体、何に怯えていたのだろう。



 「みんな、いい人…っぽかったな」


 たった一日話しただけでは、腹の底までは分からない。

 だけど、そう信じたいと、思える人達だった。


 「それにしても、眠い…」

 瞼が開かなくなる。

 明日、目が覚めたら、自分の身体に戻っていたらいいのだけれど。

 そしたらすぐに会社に電話して。

 仕事を休んで、そして、サキに会いに行こう。


 「今日の事、色々、謝らなきゃな…」

 意識が遠のいていく。


 サキに謝って、ちゃんと言おう。



 他の誰でもなく、君の事を信じると。


 言葉にしようと、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る