第45話 裏の世界

「おらああああああ!!!」


 男は一切の躊躇なく、レイズの脇腹めがけてナイフを突きつける。

 レイズは振り向くがその時にはすでに遅く、

 男のナイフが、レイズの皮膚へと……


「くっ!」

「なっ!?」


 エルフの里でもリリアの攻撃から身を防御するために使用した、魔力の防御壁。

 己の体内に眠る魔力を現界へと顕現させ、皮膚の表面に帯びる。

 そして、魔力を術式によって硬化状態にさせることで、目前の攻撃を防ぐ。

 魔力はただ術式を発動させるための源にすぎない。

 それを覆すのが、レイズのやってのけた魔力の応用技だ。

 ナイフは寸前で張られた魔力壁で皮膚を掠めたのみで停止する。


「硬っ!?」


 男がいくらナイフを刺そうとも、それはすでに石壁にナイフを突き立てたのと同じこと。


「おらぁ!!!」

「ぐっ!!」


 男が動揺した隙をつき、レイズは拳で男の腹を打撃する。

 男はなす術なく、赤髪の男の足元まで突き飛ばされ、気を失った。

 赤髪の男は倒れ伏した男を一瞥すると、戦闘態勢のレイズに声を掛ける。


「おいおい、戦闘初心者のこいつら相手に奇襲かけた上に魔法まで使うのかよ!!落ちぶれてんなァ!!!」

「どの口が言う」


 レイズが冷静に言葉を返すが、赤髪の男は肩をゴキゴキとひねり、薄笑いを浮かべた。 


「しゃぁねえな、弟子の敵討ちと行くか」

「お前は、こいつらが子供を誘拐をしようとしてると分かってるのか?」

「いいや、これっぽっちも。なんなら今初めて聞いたわ!」

「なら、なんで俺と戦う!?目的はなんだ!!」

「あっ?たりめえだろ。痛い気な弟子をボコった糞野郎には報復ってのが常道だろ」

「……っ!」


 男の口ぶりから、弟子と称するチンピラたちの誘拐行為には一切興味はないと言い切れる。

 それよか、ただ報復のためだけに、レイズと戦うとのこと。


 男の後ろには、怯えて尻ごむ獣人の子供が。

 だが、レイズが子供にたどり着くには、男を退かせねばいけないらしい。

 男の取る戦闘態勢から、そう伺うことができる。

 ならば一刻も早く男を倒し、子供を救出するのみ。


「あ、そうだ。もう一つ常道があるんだわ」

「あっ?」

ではな、戦う前には名乗るんだぜ?」

「なんだと?」

「なんでか分かるか。戦った後に、負けた方を晒にするんだァ。弱さ故に敗北した弱者ってな」


 両手を広げ、高らかにそう言い放つ男。

 その目は、今までに相手にしてきた何人もの挑戦者を、嘲笑っているかのよう。


「俺はシルヴィス・ノーゼンハルト。こいつらの師匠だ」

「レイズ……」

「いい名前じゃねえか。その名が晒し首になるのを夢見るんだな」



 対角線で佇むレイズに拳を構え、にやりとそう言い漏らすシルヴィス。

 対して、レイズはその言葉に後味が悪そうに顔をしかめるも、戦闘態勢を取る。  

 二人は互いに硬直状態。いつどちらかが攻撃を開始しても対応できるよう身構える。


「こねえのかよ、じゃあこちらから行くぞ」

「──っ!」


 瞬間──シルヴィスが残像を残して消失したと思えば、一瞬のうちにレイズの懐に潜り込み、足蹴りを放った。


「ぐっ!!」


 レイズは一瞬で蹴りを見切り片腕で防御。

 シルヴィスは足蹴りが効果を成さないことを感じ取ると、一歩後退する。


「俺の足蹴りを止めるなんて、なかなかやるじゃねえか」

「ふっ!」


 男に応じることなく、レイズは拳の連撃を男に喰らわせる。

 その速さは先の足蹴りを軽く凌駕しており、一つ一つが濃い残滓を残してシルヴィスに襲来する。

 だが、シルヴィスも凄まじい瞬発でそれを避けたため、レイズは低姿勢の足蹴りに移行。しかし、それが仇となった──

 

「……!?」


 シルヴィスは迫りくるレイズの足を身体をうねらせて躱し、片肘をその足に突き落とす。その威力が強力だったためか、レイズの膝に強烈な痛みが走り、バランスが乱れる。それを好機と捉え、シルヴィスはレイズの後方に旋回し前蹴りでレイズを吹っ飛ばした。


「ぐっ!!!」


 レイズは風を切って飛ばされるが、その勢いで両手で地面を掬い取り宙を一回転。

 ばっと着地して何とか態勢を取り戻す。しかし、膝の痛みで地面に片膝をついた。


「まずは片足、そして二本の腕を使えなくしてもう片方の足も潰せばあとはこっちのもんだ」

「卑怯だぞ……」

「裏の戦いにルールなんてねえんだよ。大事なのはどっちが勝つかだ」

「勝つかだと?」

「それが、俺の使うだ。名前なんてねえけどな。とっくの昔に捨てられた」

「そんなの武術でもなんでも……!!!」

「けっ、表の奴らは誰もが口を揃えてそう言うんだ。そうやって俺らを迫害しやがって」

「……?」


 その言葉と同時に、レイズは立ち上がり地面が割れるほどの蹴りで加速する。シルヴィスも攻撃に備え受け身を取るが、その前にレイズの拳が上空から炸裂。


「はっ!」


 前方に気を取られていたシルヴィスは自身の上空にまで受け身の手が回らず、そのまま頬に拳の一撃を受けた。シルヴィスの頬が赤く腫れる。

 間髪入れず、レイズはシルヴィスの前を縦横無尽に高速移動し、その度にありとあらゆる方向から拳と蹴りを放つ。


(ちっ、何処から来るかに気を取られて対応できねえな)


「ふっ!」

「ぐっ!!!てめぇ何を……!」

「地の利ってやつだ!こんな狭い路地裏では避けるために体を大きく使えない!!」

「くっこざかしい真似を!」


 その後もレイズとシルヴィスの格闘による攻防が続いた。

 レイズは狭い路地を利用して一撃一撃をみな違った方向から射出する。

 シルヴィスもその攻撃に押されていたが、だんだんと慣れて受け身を取るように、


「いつまでもそれが続くと思うな!!!」

「そうか。じゃあもっとスピード上げるぞ」


 その宣言通り、レイズは拳の勢いをさらに強める。その一振りの俊敏さが増したことで、受け身を取れていたシルヴィスも対応できずに攻撃を受けてしまう。


(ちぃ、生身の防御は無理か!)


「ちっ!」

「……!!」


 直後、レイズの放った拳の勢いが急激に衰える。自身の意志で、ではない。


「ぐっ、進まねえ」

「ふっ!!」


 シルヴィスはレイズのこめかみに足蹴りを放つ。

 レイズは体が拘束されていることで対応できず、そのまま地面に打ちつける。


「く、くそ……」

「なんだ今のって顔してんな」

「ぐっ……」

「言っただろ?裏にルールなんてねえって」


 その後、シルヴィスは腕を立ててなんとか立ち上がろうと踏ん張るレイズの視線にまで顔を下げ、蔑んだ目で話す。


「こんな、奇跡みてぇな代物。魔法しか考えられねえだろ」

「っ!?」

「俺の魔法は触れた対象の神経や筋組織を、数秒間硬直させる。名を制動魔法シナプスジャミング、だ」

「神経……だと……?」

「単純だろ?しかも、触れてないと発動できない厄介なおまけつきだ。こんな風に」

「ぐっ……!!」


 シルヴィスは人差し指一本をレイズの額に付ける。

 すると、レイズの動きが見事に停止した。


「幸い。術式装填スペル・ローディングで詠唱をすっ飛ばせるのは玉の輿だ。喧嘩なんて詠唱してたら即死亡のデスゲームだからな」

「その手を……放せ……」

「ほら、厄介だろ?攻撃してみろよ」

「くっ……!!」


 ドッ!!!


 瞬間、シルヴィスは倒れ伏せたレイズを蹴り上げる。

 その威力で、レイズは路地裏のさらに奥まで突き飛ばらせた。


「さて、どうするか……」

「し、師匠……」

「ん?おう、起きたか」


 声に呼ばれ振り向くと、二人のチンピラがむっくりと起き上がった。


「お前らをシめた糞野郎は俺がしごいといたぜ。とどめはお前らが差せ」

「そうしたいところだが、俺たちにはやることがあるから……わりぃ」

「そうか、じゃあ代わりに俺が」


 そう言ってゴキゴキと拳を鳴らすシルヴィス。

 一方、チンピラたちは抵抗しようとする子供を抱え上げ、そそくさと退散する。


「や、やめて……!!」

「うるせえ行くぞ!!!」


 チンピラは子供を担ぎ上げたまま、倒れるレイズを踏みつけながら通り抜ける。


「てめぇら……ガキを……」

「ふっ!俺たちに歯向かったから悪いんだ!!」

「くそっ……」


「さて、弟子たちも行ったところで、後は俺が」


 男はにやりと不敵な笑いをしながらレイズに近づく。

 レイズも拳を支えにし、ふらふらの身体を無理やりにでも起こすが、


「満身創痍。もう俺に抵抗する事すらできねえな」

「決めつけんなよ……俺はまだ戦える」

「そうか、じゃあ試してみるか?」

「……っ!!」

「いくら俺に挑もうと、俺は魔法でお前の動きを止めて一方的に殴るだけだぜ?なら、苦しみを最小限にしてトドメを差される方が楽だとは思わないか?」

「俺は死なねぇ……」

「へぇー、でも俺はお前を殺す。殺してでも死ななかったら、死ぬまで殺す」

「お前、アヴァロニカ帝国の奴らみてぇだな」


 レイズが零したその言葉に、男は眉をひそめる。


「まあ、俺も同じか、アヴァロニカの騎士からエーリカとリリアを護る時、俺も奴らを殺す気でいたな」

「何の話してんだ」

「いつだって人間の本質は、殺すか殺されるかってことだ」

「何が言いてぇ」

「だがな、そこに目的があるのとないのでは大違いなんだよ!!!」

「……っ!!!」


 瞬間、レイズは残りの力を奮い立たせ、拳を放ち男を攻撃する。


「俺はな、エーリカを護れんだったら誰かを殺してでも守り抜く!!!そこに正義も悪も関係ねえ!!!」

「何が言いてえんだか分かんねえなあ!!!」

「ぐっ!!」


 だが、満身創痍のレイズの攻撃は、シルヴィスに容易に防がれる。


「殺しに理由?あるのは優越感、そして達成感だけだろ!!!」

「そんな糞ったれの集まりがアヴァロニカなんだろうな」

「あァ!?」


 レイズの煽るような言葉に、男はついに威勢を強め牙を剥いた。


「別に俺は殺しを肯定してるわけじゃねえ。だがな、何の目的もねえのに人を殺める奴らが気に食わねえんだよ」

「言い残したのはそれだけか」


 レイズの腕を掴んだ男は、ぐっと力を強めて腕を握る。


「ぐっ……」

「まずはこの腕をへし折って、それから反対、そして足首二本。全部斬りとって動けなくしてから、心臓を穿ってKOだ」

「……っ」

「もう抵抗する力すら残ってねえか。この喧嘩──俺の勝ちだ」





「それを人は慢心って言うんじゃないかな?」

「……!?」


 声が聞こえた。シルヴィスの背後から。


 しかし、シルヴィスは振り返り、その人物を確認することさえ叶わない。

 なぜなら── 


「全身の硬直。自らの制御がきかなくなる感覚ってこういうのだよ。分かった?」

「て、てめぇは……」


 シルヴィスの背後を見ることができるレイズだけが、その人物を視認できた。

 暗闇にシルエットだけが浮かび、徐々に姿が現れる。

 アッシュブロンドの髪を靡かせた、どこかけだるげな少女。


「や、久しぶり。エーリカ王女放っておいて何してんの?」

「また……お前に助けられちまった」


 その少女は、輝きのない瞳でニっと微笑んだ。

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