第34話 騎士資格じゃないっすか!

「「《命じる!その事象を駆逐せよ》!!!全て一オールワン!!!」


 黒葬の魔獣モザ=ドゥーグから放たれた咆哮ブレスを、レイズが衝撃魔法で受け止める。しかし、咆哮は衰えるどころか、その威力を徐々に増していきレイズを包み込んでいく。オルナーは咆哮に向けて手をかざし、物体を灰と化す術式を解除させようとする詠唱を唱えた。だが──


「術式が消えていない……!やはり、解除した傍から再び生成されているようだ……!」

「どういうことですか?」

「仕組みは分からんが、おそらくヤツは本能的に物体や現象を灰と化す術式を組んでいる。もしそれが解かれたとて、魔力の許す限りは本能によって再び同じ術式が展開されてしまう。このままだと、キリがなくなるぞ」

「じゃあどうやって!?」

「一瞬だ──俺が魔法を放ったと同時に、咆哮を一時的に人のいない場所まで逸らすしかない」


 そう考えに至ったオルナーは、前方でひたすらに咆哮を受け止め続けているレイズに同意を求める。


「時間は限られている。キミも了承してくれるか?」

「逸らす、か……でもどうやってやんだ!?」

「因果律を利用した魔法反射の術式を使え!!名は因果流転ラス=リフレクション、詠唱は《事象よ、その形を歪みて反転せよ》だ!」

「おっけ!!」

「では行くぞ!」


 レイズが片手で受け止めながら、もう片方の手でオルナーにグットサインを出す。それを見て、オルナーは再び手をかざし魔法を唱える。


「《命じる!その事象を駆逐せよ》!!!全て一オールワン!!!」


「《事象よ、その形を歪みて反転せよ》因果流転ラス=リフレクション!!!」


 オルナーが詠唱してすぐに、レイズは慣れない詠唱をぎこちない口ぶりのまま発する。すると、咆哮を抑えるレイズの手から、二重のオレンジ色の輪が生成され、ブワッと咆哮を押し上げた。


「ぐっうおおおおおお!!!」


 レイズはそのまま人がいなさそうな場所を見極める。一瞬のうちに遠くの木の元に向かって自身の手を操作し、一気に咆哮の向きを変え反射させた。


「今だ、退避しろ!!」


 オルナーの声とともにレイズが反射魔法を放つ手を外し、場外へ退避する。すると、魔獣が攻撃を止めたのか咆哮がピタッと消滅した。


「ふぅ、なんとか一難去ったな!」

「今ので魔力切れを起こさないとは、キミもなかなかやるようだ」

「応!誰だか分からないが助かったぜ!」

「俺はオルナー・ク……」


「ちょっとどうなってんのよ!」

「あっ……!」


 そこに、切羽詰まった表情のリリアとアリッサがやってくる。アリッサはレイズと会話を交わしている人物を一瞥するなり、


「な、なんで私の後ろに隠れるのよ」

「少しの間だけ背中貸して欲しいっす……!」


 リリアの細身の身体にすっぽりと身を隠したアリッサ。リリアはいやバレバレでしょと心の中で愚痴を吐くが、意外にもオルナーは後ろのアリッサに疑問を抱くことなくリリアに話しかける。

 

「すまない、あの魔獣について知ってほしくて、俺が彼の魔法を止めさせた」

「あ、あなたは……?」

「俺はオルナーという。王国騎士だ」


 リリア達に一度遮られてしまったため、簡略化した自己紹介をするオルナー。

 そこに、レイズがオルナーに疑問を投げかける。


「つーかあの魔獣は何なんだよ?」

「その前に、どこか身を潜められる場所がないか……」


 バヒュン!!!

 

 どこからともなく、再び魔獣から放たれた咆哮がレイズ達を襲う。

 その咆哮は五人が身を隠していた木を僅かに掠め取っただけでなく、射程内の大地を根こそぎ抉り取った。


「また咆哮が!!!」

「とりあえず、気付かれないように中央神殿セントラル・ドグマまで退避しよう。あの魔獣ともだいぶ距離を取れた。恐らく追いかけては来ないはずだ」


「わ、分かったわ」


 オルナーの言葉に、リリアとエーリカがコクリと頷く。リリアの背後でうずくまっていたアリッサも、四人が動き出したのを見計らってこそこそと歩き出した。

 そのまま五人は、オルナーの先導の元、木や大き目な岩などに身を隠しながら少し離れた中央神殿にまで向かう。

 中央神殿につくと階段を登り、正殿にある入り口辺りの魔獣に見つからないような適当な場所を選んで円形状に座り込んだ。そこで、オルナーは五人に彼の魔獣についての情報を余すことなく伝えた。既に説明を受けていたエーリカは隣でうんうんと頷き、オルナーの向かい側に座るリリアはぽつりと呟いた。


「へぇ、あれが黒葬の魔獣モザ=ドゥーグなのね」

「リリア知ってんのか?」

「ハインゲアに住んでるならその名を知らない人なんていないわよ」

「そ、そっす!」

「あんたは知らないみたいね。訂正するわ」


 眉間にしわを寄せたリリアを一見するなり、アリッサは視線を反対方向に逸らす。そんなアリッサの挙動をじっと見つめていたオルナーはおもむろにアリッサに話しかける。


「キミ、どこかで会ったことはないか?」

「き、気のせいっす……ですよ……」


 わざわざ語尾を変えてまで別人アピールしたアリッサにオルナーは目力を強くしてアリッサを凝視する。そんなオルナーの圧に呑まれてしまったアリッサは再び目線を逸らした。そこへ二人の不審極まりないやり取りを気付いてもいないレイズがオルナーに話しかける。


「つーかよ、ただでさえ近づけない上にあいつに触ったら即死ってどうやって倒すんだ?」

「だから、撃退か逃走だ。討伐が困難ということは、悔しいが我が王国騎士が身をもって痛感している」


「でも、ここで倒せないとまた来年ハインゲア王国のどこかにやってきて人間を襲うってことですよね。それを考えると……」


 エーリカは顎に片手を添えながらそう呟くが、それを聞いたオルナーのやるせない表情を一瞥してすぐに口をつぐむ。エルフの里の一件から、エーリカは空気を読むということを覚えたようだ。


「す、すみません……」

「案ずるな。民を守る立場にあるにも関わらず、あのような巨獣を野放しにしてしまっていることは、王国騎士として情けないばかりだ」


 そうすると、五人の間に暫しの沈黙が流れてしまう。


「つーか早くどうすんのか決めようぜ!」


 沈黙を破るようにはきはきとそう言葉を吐いたレイズ。しかし、オルナーは深刻な顔つきでレイズの言葉を投げ捨てるかのように言い放つ。


「俺は騎士として援軍が来るまでここに待機せねばならないが、キミたちは仮にも一般市民だ。民を危険な討伐任務に同行させるのは騎士道に反する。逃げてくれ」


「あっ?」

「ちょっと待ってください!それってつまりオルナーさん一人がここに残るってことですよね!?」


 オルナーの発言に顔をしかめたレイズに続き、エーリカが強張った顔つきでオルナーに尋ねる。だが、オルナーはエーリカの言葉を当たり前かのように頷き、


「当然だ。俺は騎士だからな。民を守ることが騎士の役目だ」

「んなこと言ってたらお前死ぬぞ?」


 レイズが真顔でそう言い放ったことに、オルナーはピクリと眉を動かす。


「そ、そうっすよ!厳しいことを言うようっすが、あなた一人で戦って王国騎士の援軍が来るまで生き残れるとは思えないっす!」


 今までリリアの陰で身を潜めるようにして話に耳をそばだてていたアリッサも、オルナーの言葉に動揺してそう口を漏らす。しかし、オルナーは目を瞑りレイズとアリッサの言葉を一蹴する。


「申し訳ないが、戦の果ての死はハインゲアの騎士道では美徳とされている。俺が死んだとしても、それは本望だ」


 オルナーはきっぱりとそう言い放つと、腰に帯剣していた剣の柄を持ち立ち上がろうとする。だが、その直前にアリッサが結いつけられた金色の髪をバサバサと揺らしながら差し迫った表情でガバッと立ち上がる。


「違うっす!!!」

「っ!?」


 拳を握り締め、オルナーに向けて言葉を吐き出すアリッサ。その表情は酷く深刻で今にも、涙腺から雫が垂れそうなほどだった。そんなアリッサを、エーリカは心中で頑張れと鼓舞しながら見守る。


「民を最後まで守りぬくことが騎士の役目じゃないんすか!?死んでしまったら騎士道精神の以前に騎士失格じゃないっすか!!!」

「……!!」


 アリッサの感情を超越した精一杯の言葉に目を見張るオルナー。その言葉に付け足すように、レイズも冷淡な声音で、しかし灼熱に燃える瞳のままオルナーに言い放つ。


「騎士だかなんだか知らねえが、お前も一端の人間だろ」

「それに、あなたが死んだら悲しむ人だっているんすよ……」


「やはり、キミはどこかで……」

「気のせいっす!」


 オルナーにまじまじと見つめられたことで顔を隣のリリアに逸らすアリッサ。そんなアリッサの一連の行動を見ていたリリアは、流石に何かを察したようで細い目でアリッサを見つめた。

 だが──大切な人を失いたくない。その気持ちをアリッサの胸の内から感じ取ったリリアは、ふっと笑みをこぼす。


「け、結局戦うんですね……」

「なんだ?エーリカはビビってんのか?」

「そういうわけでは!」

「お前が逃げたいって言うなら、俺はそれに従うぜ」

「いいえ。倒すのは無理そうですから、あくまで援軍が来るまでですが……今回に限っては、それが騎士の役目だからと言って逃げ出したりはしません」


 エルフの森の誘拐事件では、それが騎士の仕事だからと首を突っ込むことを避けようとしていたエーリカ。しかし、そんな彼女の心境の変化にレイズはあっけにとられつつも、にやりと笑みを浮かべる。そんなエーリカやアリッサに、少女たちの心の強さに、オルナーは目を焼かれてしまい、


「すまない。民の手を拝借してしまうとは、後で団長から厳しい叱責を受けるだろうな」


 そう言葉を漏らしたオルナーは立ち上がり、己を見つめる一時の仲間たちを見下ろす。


「だが、今はともに戦うという選択肢を選ばせてくれ」


 オルナーの一言に、そこにいた全員が光輝いた瞳で頷く。


「で、どうすんだよ?」


 再び腰を下ろしたオルナーにレイズが問いかける。

 黒葬の魔獣モザ=ドゥーグ。その禍々しい名の如く、皮膚に触れた物体や現象を一瞬で灰と化す。遠くで攻撃しようにも、その悍ましい口腔から咆哮が放たれ灰になる。隙を取ろうにも巨体に見合わぬ俊敏さで見破られる。攻守ともに、全く隙のない魔獣を倒す手などあるのか。いや、倒せなくとも、援軍が来るまで中央神殿に魔獣を寄せ付けぬようにするなど……考え更けても結論が出ない。そんなオルナーの向かい側で、ずっと黙然としていた白髪の少女がぽつりと手を上げた。オルナーが何かあるのかとその少女を見やる。


「も、もしアイツがこの世に存在するすべての物体と現象を灰にするのなら、アイツが踏んでる地面や、皮膚に接触する空気もまとめて灰になるはず……よ」

「どういうことですか?」


 リリアの言葉に、オルナーの隣でちょこんと正座していたエーリカはそう尋ねた。

 そこに、リリアの言葉の意味を汲み取ったオルナーがリリアの代わりに発言する。


「なるほど、奴は仮にも一種の生命体、生命活動を営む上で必要な物質や大気は灰にできないというわけか。当たり前と言えば当たり前な話。だが、俺たちは魔法の一撃で倒す事を注視しすぎて見落としていたな。完全に盲点だった」

「でも、それが分かったところでどうするんすか?」


 先の出来事で隠れることも放棄したアリッサがリリアに堂々と問いかける。


「何か策はあるのか?」

「私たちが魔力で術式を行使するのと同じように、自然界にも術式が存在する。でもそのような術式は大概がの定まっていない不定術式が多いわ」

「目的?」


 リリアの言葉をうまく呑み込めず、エーリカはリリアの放った言葉を呟く。


「たとえば《操剣魔法》のように武器を操るとか、レイズの魔法のように衝撃波を射出するとか、そう言うのが魔法の目的。だけど、自然界の術式にはそれがない。もしそれを私たちの術式と同調リンクさせて目的を与えれば、自らの魔法で自然操作ナチュラル・コントロールが可能となる」

「つまり、自然の力であのデカブツを倒すってことか!」


 エーリカの座る反対側、オルナーの左隣で胡坐を掻きながら手を組んでいたレイズはそう言葉を放つ。


「倒せるかは分からないけどね。でも、今私たちがアイツにダメージを与えるとしたらそれくらいしかない」

「分かった。だが、俺の使う魔法は全て、自然を操るには不向きだ」

「あ、あたしもっす」


 オルナーに続けて、アリッサも申し訳なさそうにそう応える。


「じゃあ、俺とリリアで攻めるしかねえな」

「そ、そうね」

「どうした?」

「いや、なんでもない……」


 リリアがさっきから黙り込んでソワソワしていたことにレイズは首をかしげる。


「よし分かった。では己の魔法で自然操作が可能な君たち二人で魔獣を攻撃、俺たちは二人の護衛に徹しよう」

「はいっす!」


「私も一緒に戦わせてください!」

「エーリカ……?」


 そこに、硬くした表情で、エーリカが話に入り込む。そんなエーリカに、レイズは目を丸くした。


「私、もう皆さんが戦っている姿を遠目で見ているだけはしたくありません。誰かに守られるくらいなら、私が皆さんを守りたい。だから……!!」

「で、でもエーリカの魔法は戦闘向きではないでしょ?」

「私は皆さんを援護できる魔法をたくさん使えます!」

「そうなの?」


 エーリカの言葉にぽかんと小首を傾けるリリア。そんなリリアに、エーリカは快活にこう言葉を続ける。


「はい。私が使う《召魂死霊術》の神髄を──お見せします」

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