第7話「同調」
「だからよぉ。お前はなんでも気にしすぎなんだよ。懐が狭ぇっつうか。そんなもんどこの妹もそうだって、このシスコン兄貴」
翌日。高校に通う電車の中で、友人の羽沢が俺の話を聞くなりそう批判した。何だろう。ここ最近同じ手口で罵倒されてばかりの様な気がするが、もしかして、こいつはあまり真剣に人の話を聞いていないのかもしれない。
「でもまあ、確かにちょっと変ではあるわな。お前の妹っつうより、お前の母ちゃん」
「え。オカンが?千奈美じゃなくてか?」
羽沢の以外な指摘に、俺はそのまま疑問をぶつける。
「ああ。だって考えてもみろよ。普通、自分の娘が旦那の親に生意気な口聞いていたら、まずは娘を叱るもんじゃねぇの?お前の爺さんボケてもいねぇし、お前の母ちゃんや妹いじめているわけでもねえんだろ?でもお前、爺さんとの事で母ちゃんが妹を叱ってるところ、見たことあったか?」
「…いや、それは無かったな」
「だろ。何で妹を叱らないんだ?おかしくね。お前の母ちゃんそんな押し弱いタイプなの?」
それは確かにそうだ。俺の居ないところで何を話しているのかは知らないが、じいちゃんとの事について、短気なオカンが千奈美を叱っているところは見た事が無い。寧ろなんだ、周りから怒られたり問い詰められたりするのを庇っている様にも見える。かと言ってじいちゃんを責めるわけでも無い。
「じゃあ、お互いに理由があって、オカンは中立ってところか。オカンに聞けばいいんだろうけど、全然教えてくれねぇしな」
俺がそうボヤくと、羽沢はあくびを噛み締めながら、
「まぁ、意外とお前以外の身内はみんな知ってっかもな」
と、ぶっきらぼうにそう言った。
その日の昼休みも例によって第三講義室を占拠して俺と羽沢、そして堀宮を新しく混ぜて弁当を食っていた。堀宮は色彩豊かな手作りらしい小さい弁当を持参していて、ほぼ肉ばかりの弁当をオカンに用意してもらっている俺や毎日コンビニ飯の羽沢とは違い、非常に健全な高校生に見えた。それから、食事の所作の一つひとつが丁寧で、同席しているこっちが何故か緊張した。「育ちが良いってのはこういう事を言うんだな」と羽沢が呟くと、堀宮は居た堪れない様子で、少し猫背になりながら食事を続けていた。
「堀宮、お前って妹居たよな?」
羽沢が薄っぺらいピザパンに齧り付きながら、堀宮に声を掛けた。
「希崎も妹居るんだけどよ、こいつ、なんかウジウジしてんだよ。話聞いた?」
「あ、うん。昨日少しだけ」
「兄弟とか姉妹の悩みって、俺はわかんねーんだけど、何なの」
「質問が雑過ぎんだろ…」
俺が羽沢にヤジを飛ばすと、羽沢は気にする様子も無く、「で、何なの」と、同じ質問を俺に投げて寄越した。
「何って言われてもな…、まあ、友達とかの人間関係と大差無いよ。一緒に住んでいる分、拗れた時の面倒臭さがデカいけど」
「ああ…そうだよね。一人が落ち込んだりしてると、家族みんなも同じ気分になっちゃいそうだし」
堀宮がうんうんと、小さな頭を少し傾げながら小さな溜息を吐く。
「オカンに怒られりゃすぐ兄貴のせいにしてくるし」
「お風呂が長いって言うくせに、自分は朝ずっと洗面所占拠してるし」
「ああ、あるある。うちは朝のトイレは一人持ち時間5分だよ」
「なるほど、良いかも、持ち時間制度。ウチも洗面所は一人45分にしようかな」
「まあそう言ってもどうせ聞かねーけどな。そんで結局我慢すんのは俺らなんだろうし」
「そうなるよね。アイスに名前書いておくっていうのもやってたけど、結局、書いても食べられちゃったし」
「漫画は読んだら返さねーし」
「猫のお世話も気まぐれにしかしないし」
「セーブデータは勝手に上書きするし」
「勝手に部屋に入って物持っていくし」
「ポテチの好みは合わねぇし」
「希崎くんは何味派なの?」
「俺?コンソメのり塩甘納豆味」
「お、おぉ…?」
あれ、ここに来て長男長女の同調が乱れてしまった。そんなに少数派なのか?
「まあ、言うだけ言っても兄貴だし、下の弟妹ってのは、大事に思っちゃいるんだけどな」
俺がそんな風に取り繕って纏めると、堀宮も、「そこはそうだよね」と、柔和に笑った。
「それに妹も、もしかしたら私達に対して、思ってる事があるかもしれないよね。そう考えると、あんまりガミガミ言えないし、もっと分かってあげなきゃなって思うよね」
堀宮は優しい目をして、少し斜め下を見ていた。きっとその妹の事を思い浮かべているのだろう。なんとなく堀宮の家は、姉妹、仲良しなんだろうなと思った。
うちだって仲が悪い訳ではない筈なんだけれど。
堀宮と話していて、俺も、もう少し千奈美の事を理解してあげなければならないのかと思った。
どうしたら良いのかは具体的には分からないが、やっぱりもう一度、千奈美と話してみようと思った。
しかしそれはそれとして、ポテチの味の好みについては正直まだ納得しかねていたので、「そういえば羽沢は何味派なんだ?」と、静かに俺達のトークを聞いてくれていた羽沢に目をやると、羽沢はいつの間にかワイヤレスイヤフォンを装着して、しれっとスマホでリズムゲームをしていた。
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