公爵令嬢が婚約破棄されてパーティから追放される話、だけど私なりにがんばります

神奈いです

公爵令嬢が婚約破棄されてパーティから追放される話、だけど私なりにがんばります

 「公爵令嬢ソフィア! そなたを呪詛・誣告・大逆罪により逮捕し、このパーティより追放する! もちろん婚約も破棄だ!」




 にぎやかだった社交パーティは、王子の突然の追放宣言で静まり返っていた。




 煌びやかな大広間。多くの貴族の令息令嬢が見つめる中、艶やかな金色の長髪をなびかせている顔の整った美青年が国王の長子であり、後継ぎの王子だ。




 その手には大審院の判決文が握られていた。パーティの途中でこれを得た王子が大喜びで追放を宣言したのである。




 それに対し、武装した衛兵に囲まれ、しずしずと引き立てられていくのは飴色の髪を三つ編みにまとめた少女、公爵令嬢のソフィアだ。彼女は引き立てられながらも状況を理解してないのか眠そうな目で回りを見回しているだけであった。




 周りを美しい貴族令嬢に囲ませて得意げに王子が声をかけた。




 「ふん、どうだ。今までの非礼を謝れば待遇について考えてやっても良いが?」


 「……はぁ。非礼とはなんでしょう?」




 ソフィアはどこか眠そうなぼけっとした表情で答えた。少しぽっちゃり目の身体と合わせてとても呪詛などしそうにない。




 「ふん! 魔女めがまだしらばっくれるか! 我と大事な姫たちに獣の臓物やら四肢などを送り付けて呪った罪は逃れようもない。連れていけ!」




 衛兵たちに引き立てられるソフィア。


 それを見て王子は「ふっ、ようやくすっとした。さて、次の妻候補はそなたにしようかな?」などとさっそく周りの貴族令嬢たちに声をかけ始めている。




 こうして、公爵令嬢は婚約破棄の上、社交パーティから追放されたのであった。






 ― ― ―




 街路樹の立ち並ぶ街道筋。




 公爵令嬢ソフィアは王子の衛兵たちに囲まれ、パーティ会場であった王子の館から、監獄塔へと護送されていた。




 「……私に対する扱いがこれですか」


 「すみませんね、これもお役目なんで」




 ソフィアはいつもの眠そうな目で護送する衛兵に向けて責めるでもなく聞き、衛兵が済まなさそうに答える。




 パーティに着ていた赤いドレスのそのままで、ソフィアは木製の手かせをはめられ、裸馬に載せられ引かれていた。完全に重罪人の扱いである。貴人であればせめて馬車に軟禁されるのであるが、それもない。




 若い公爵令嬢にこのような仕打ちをするのは衛兵にとってもあまり気の進む任務ではなかった。しかし、王子の厳命でありどうしようもない。




 「この扱いならば……」


 「なんでしょうか姫様」




 ぶつぶつ呟き始めたソフィアを気にして衛兵が顔を向けた。


 手かせをつけたままソフィアが手を高く差し上げている。




 「何を……」




 衛兵は最後まで発言できなかった。




 グシャッ!!




 ソフィアの目が見開かれたかと思うと、両腕を手かせごと振り下ろし、衛兵の頭を強かに打ち付け気絶させる。




 そしてソフィアは馬から飛び降りた。




 「貴様! 何をす……ぐはっ!?」




 左から掴みかかってきたもう一人の衛兵の頭に、馬から降りた勢いで足を跳ね上げ、回し蹴りを食らわせ、昏倒させる。




 「大人しくし……ぐほっ?!」




 右からもう一人の衛兵が槍を構えて突き付けてきたが、手かせで槍を跳ね上げ、そして懐に飛び込んでみぞおちに肘をあてて悶絶させた。




 「ぎゃあ?!」


 「ぐはっ!!」


 「ぐおっ!!」






 護送に当たっていた残りの衛兵たちも地面に転がし終え、ソフィアは一息ついた。




 無表情に目を細め、いつものおっとりした口調でつぶやく。




 「ですから『この程度の拘束で良いのか?』と聞いたのですが」




 そして、ソフィアは護送に使われた裸馬に飛び乗ると、そのままいずこへとなく走り去っていった。




 




 ― ― ―






 公爵令嬢ソフィアが逃亡した。




 屋敷のベッドで美女を侍らせていた王子はその報せを受け取り、冷たい表情でニヤリと笑った。




 「ふん、逃げたならば逃げたでよい」




 きっと実家の公爵家の兵が護送中に襲ったのであろう。


 衛兵は公爵令嬢が一人で逃げたなどと言っているが、衛兵に囲まれて令嬢が一人で逃げ出せるわけがないだろう。実家に累が及ばぬように口止めされたか。




 それぐらい予測の範疇だ。これで反逆は確定、公爵領を没収する理由になる。




 「さっそく討伐軍を編成するか。分け前と次の婚約者の座をちらつかせれば乗ってくる大貴族はいくらでもいる……邪魔だ」




 王子はしなだれかかってくる半裸の美女をベッドから蹴りだした。




 「ふん、色香しか能のない愚物めが」




 欲望の処理はさておき、王子の好みは機智と教養にあふれた会話のできる文化的な貴族令嬢なのである。




 それなりの貴族令嬢なら問題はなかったのだが、今は病床にある親父、現国王に婚約者として押し付けられたのがソフィアだったのだ。




 この女と来たら社交パーティで同席してもまったく楽しい会話の一つもしない。目の前で他の貴族令嬢といちゃついてもぼけっと眠そうな目でこちらを見つめてくるだけ。




 そのくせいきなり臓物やら動物の足を送り付けてきたり、全く理解ができない。




 なので今回の婚約破棄を仕組んだのだ。




 親父がくたばれば王位も継げるし、あのいけ好かない女ごと公爵家を一つ滅ぼして財産も増える。いいことずくめだ。




 王子はガウンを羽織ると部屋の外に出た。戦争の用意だ。




 ― ― ―






 ひゅるるる……




 冷たい風が吹きすさぶ崖の上、赤い革製のドレスを羽織ったソフィアは眠そうな目のまま馬上から眼下を見下ろしていた。




 飴色の髪を三つ編みにして垂らし、頭を灰色狼の毛皮の帽子に包み、刺繍のされたスカートの下には黒い乗馬ズボンを履いている。




 そのソフィアの目の前には王子の派遣した討伐軍が雲霞のごとく迫ってきていた。






 何がいけなかったのだろう。




 ソフィアは王子と婚約できたことは非常に喜んでいた。




 昔から絵本で読んでいた理想の王子様が絵本からそのまま飛び出てきたような美しさだったからだ。




 なので婚約者として王都に呼ばれてからは王子様に気に入ってもらおうと、ひらひらしたドレスを着たり化粧をしたりと努力を重ねた。




 もともと口下手で、華やかな場所には慣れてないので社交パーティではあまり話すことはできなかったが、それでも王子様をずっと眺めているだけで満足だった。




 他の貴族令嬢と仲良くしているのも非常に華があって良かったし、貴族が愛人を持つのは良くあることで気にもしていない。




 いろいろとブンガクだとかカイガだとか難しい話もされたが、さすが王子様は頭もいいととても尊敬していたのである。




 なので、喜んでもらおうと『自分で狩ってきた』新鮮なジビエ……特に内臓がおいしいのだ……を、そっと贈っていたのだが、気に入らなかったのだろうか。






 考えるのは後だ。




 とりあえずこんなにお客様が来たのならば。






 ソフィアの目がカッと見開かれた。




 「コサアアアアアアアアック!!」


 「ウラアアアアアアアアアアアアアッ! 」




 ソフィアの後ろで、騎馬に乗って銃を掲げた髭面のオッサンたちが一斉に鬨の声を上げた。




 私のパーティでお相手しないと。






 ソフィアは軍馬の腹を一つ蹴ると、一気に崖を駆け下りる。


 コサックたちが一気にそれに続いた。










 ― ― ―










 ソフィアの姫様?




 ああ、あの子は本当に生まれたときからのコサックだよ。




 王国の中でも『荒野』は本当に危険以外は何もねぇところでさ。




 狼やら遊牧民やらが襲ってくるんで、お貴族様なんかが来るところじゃねえんだけどよ。




 お姫さまは何でかこの土地が好きだってんで、ちょくちょく遊びに来てたんだ。最初はおつきの人が厳重に警備してたんだけど、隙を見て逃げ出しては弓を引いたり馬に乗ったりで。




 ありゃあ姫様が十歳のころだっけな? 野生馬の群れに出くわして、一番でっかい馬を気に入ったとかで無理やりしがみついてよ。




 三日三晩暴れまくって振り落とそうと暴れたのに、食らいついて離さねぇで。結局馬の方が根気負けして。




 そうそう、姫様のあの赤くてデカい軍馬がそれよ。




 あの馬に乗ってからの姫様はもう無敵でよ。近場の狼は狩りつくすわ、十二歳の時に遊牧民のパーティに殴り込んで、全員張り倒してダチになったりしてたな。




 おう、その時に姫様のコサック騎兵に参加したのがこいつらな。けっこう強いぜ?




 ――by『荒野』のコサック騎兵――






 ― ― ―






 王子は走っていた。周りに従う衛兵は数名まで減っている。




 「はぁ……はぁっ……馬鹿な!?」




 王都が燃えていた。




 あちこちでコサック騎兵が走り回り、怒号と悲鳴が響き渡っていた。




 万全の体制で信じて送り出した討伐軍。それが本陣への奇襲、しかも崖の上から騎兵が飛び降りるという信じられない方法で将軍を討ち取られて以来。




 あれよあれよという間に王都を直撃されてしまったのだ。




 気が付くとあちこちに火の手があがり、その混乱のさなかに、コサック騎兵が風のごとく攻め込んできた。




 そして。






 「王子様♪」




 ついに王子は公爵令嬢ソフィアに見つかってしまった。




 いつもの眠そうな目の目じりが大きく下がってニコニコ笑いかけてくる。




 そのソフィアの手にはかわいらしい猫をかたどったステッキが握られている。


 それは太く重たい鋼の塊でできていて、べっとりと赤く血塗られていた。




 「こ、殺さないでくれ?! あ、あれは、そう! 騙されたんだ! 実は悪いやつがいて……」


 「……あの、王子様。私ずっと考えていたんです」




 ソフィアが血の付いたステッキを軽く振りながら話しかけてきた。


 王子はガクガクと震えながら問い返す。




 「な、何をだい?……」


 「……王子様が気に入らなかったのって王子様のパーティで私が上手くお話とかできなかったからですよね?」


 「そ、それもあるかな……いや、気に入らないとかないから! ホント!」






 「なので私、わかったんです」




 ソフィアの目がひときわ大きく見開かれた。




 「私が私のパーティに王子様をお招きするべきだったんですね♪」




 その言葉とともに、王子の隣にいた衛兵が吹き飛んだ。




 ソフィアがステッキで軽く『どかした』のだ。






 「ひいいいっ?!」




 ガシッ!!




 色々と漏らしながら逃げ出そうとする王子を馬の上から拾い上げるソフィア。




 「さぁ、麗しの『荒野』に帰りましょう王子様♪ コサックたちのパーティってとても愉快なんですよ? 歌もダンスも楽しいですし……」




 ソフィアの目が細まる。笑っている。




 「けっして、私のパーティからは追放しませんから、安心してくださいね王子様♪」




 




 ― ― ―






 こうなるから、頼み込んで婚約をお願いしたというのにバカ息子めが……




 ――by病床の国王が最後に残した言葉――

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