夜勤はリアリテス

第17話 リアリテス・エンジン

 予定外の患者さんがいらっしゃったこともあって、既に夜7時になってしまったが、今日中にリアリテス・エンジンの設定確認と申請書類の準備を終えておく必要がある。申請書類にはリアリテスの国際共同治験関係の英文ものも含まれるため、私が頑張って英文で書かねばならない。ああ、ミカちゃん、君の社会人基礎力はもう十分高いから、今後は英語力の修行に専念して、書類作成というものがとにかく苦手なお姉さんを助けておくれよ。

 

 英文と格闘しながらも、昼の診療業務の疲れのためか時として視聴覚室ではな違法のAVじみた妄想までもが頭に浮かんできたりしてしまうため、私の予想通り、書類作成は遅々として進まなかった。


 作成を終えたときには、午後9時半。私をストーキングしようと病院の外で待ちかまえている元患者さんがお越しになっているとすれば、外でさぞ寒さにふるえていることだろう。


 しかも、残念ながら今日の私にはもう一業務ある。いや、この業務のために今日は朝から頑張ってきたと言ってもよい。リアリテス・エンジンのレーザー照射試験である。年の瀬にお越しになっているストーカーさん、お外にまだいらっしゃいましたら、もう寒いから私のストーキングは明日にしてね。ご愁傷さま。


 「リアリテス・エンジンは、脳内魔法リアリテス駆動力エンジンですね。物理的な意味で」

 高校の時、数学と物理がからきりダメだった私が患者さんに行う御説明ムンテラはそれくらいのものだが、実際のところ、1ユーザーとして体験するとリアリテス・エンジンは、すごく、いい。私の下手な説明はおいといて、ゲーム依存症の患者さんたちには、とにかく一度体験してほしいのだ。

 

 そんなリアリテス・エンジンの開発元は、ドイツ南部はバイエルン州の州都ミュンヘンに本社を置くプレジニアス社である。プレジニアス社は、もともとは、医療機器部品メーカーVorgenius社として、2020年代までは医療検査機器である核磁気共鳴装置(MRI)向けの制御用モジュールを主に地元の大手検査機器メーカーに納入していた。いわゆる下請けという意味で、堅実なビジネス展開ができていたのであるが、アジア圏でのMRI特需も一巡した後、制御モジュールの売上は低迷した。そのため、ドイツ国外、EU域外に自力で打って出るべく、MRI向け制御モジュールの長年の開発製造経験を活かして、脳からの血流パルスの変動を機械学習しVR装置への出力にフィードフィワードする仮想現実支援機器リアリティ・クリエイターであるリアリテス・エンジンを開発した次第。装置の製造自体は深センのメイカーに任せることで、装置の低コスト化と小型化を実現しつつも、機械学習を行うエンジンのAIロジック自体は、ゲルマン魂がこもっている。

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