第16話 急性期の搬送患者さん

 肝ファ……もといカンファレンスを終えた私は今日も、入院患者さんとの面談も外来患者さんとの面談も、いつもの如く愛をもって臨むのだ。


 と気合を淹れたところで、久しぶりに、急性期で搬送されてきた患者さんを診ることになった。


 高熱でうなされている危険な状態だ。

 目を覚ますと、

 「そんなことしてる場合か~っ」

 「こんなところにいる場合かーっ」

 「そんなことしてる場合か~~っ」

 「こんなところにいる場合かーーっ」

 「そんなことしてる場合か~~~っ」

 「こんなところにいる場合かーーーっ」

 と叫び続けておられるとのこと。

 

 結構大柄な患者さんなので、マッチョ看護師君たち2名を先に向かわせて、私は患者さんと相対した。

 

 統合失調症の急性期症状のひとつに、原因不明の高熱がある。後悔にせよ色恋にせよフルスピードで何かに一途に思い焦がれると、人間は発熱するようにできているのだ。概ね40度を越えた後に急に意識が混濁してしまった患者さんは、おおやけの場から、救急病院の方に搬送されることになる。

 

 本日の患者さんは、そこそこ有名どころの法学部のある私立大学の図書館から搬送されてきたとのこと。

 彼の「そんなことしてる場合か~っ」「こんなところにいる場合かーっ」の連呼は、母校の図書館で始まったらしい。

 確かに、法科大学院を修了したら試験に受かって司法修習に出るのが社会の道なので、彼は本来ど日々を図書館で過ごすべき存在ではない。


 しかし、おそらくは大学もしくは法科大学院の在学中から、彼は試験に受かるのに必要な未発症の人にとっては簡単な何かができなくなっていたのだろう。彼は焦りを募らせ、よりいっそうそのことができなくなっていく。彼の同級生の多くは今頃、検事か弁護士か裁判官になっていることだろう。一方で、彼に残されたのは、大学の図書館へのOB向け入館カードだけ……そういったストーリーを彼は生きてきたのかもしれない。


 かの中井久夫先生がおっしゃられているように、精神科医は、患者さんにとっての弁護士でなければならない。彼のように社会的立ち位置を無くしてしまっている人を受け入れ、理解し、彼がこれからも生きていけるように彼の立場をそっと擁護ようごしてあげること。彼のようなインテリは、退院後の就労支援が難しいことが多い。支援にあたるソーシャルワーカーさんに、こんなことやあんなことは僕の仕事ではない、と呟き続けた末に揉め事を起こしてしまうこともある。そんな時には、医師である私も参加して、元患者さんのこれからを考える。


 もちろん、ワガママを言っているのは元患者さんの方で、ソーシャルワーカーさんはお困りなのだが、そんな時も私は元患者さんのための弁護活動をその場で繰り広げる。

 

 高熱にうなされる患者さんが、鎮静系薬物トランキライザーを飲めるようになるまでには時間がかかりそうだ。脱水症状が悪化する可能性を見てとった私は、電気けいれん療法を選択した。といっても療法を行うのは、マッチョ看護師君たちなんだけれども。

 か弱い乙女のワタクシは、ウルウルとした目で患者さんを見つめるだけ。……いや、昨晩エアコンフル回転で「OUKIN」をプレイしまくってたせいか、ドライアイが悪化したので、廊下で目薬をさしてきただけなんだけどね。今晩は騎士ではなく、魔法少女モードでOUKINプレイしようかな。(ぁ、ちなみに、電気けいれん療法は、魔法で電撃くらうよりかはるかに安全だから、急性期発作中の皆さん、安心してね。)と、頭の中では既に白衣を脱いで魔法少女に変身済の私は、両手でハートマークを作った。

 

 そうこうするうちに、電気けいれん療法は奏功そうこうし、おそらくは長らく不眠であったであろう患者さんはお眠りになった。マッチョ君お二方は電気けいれんのベテランさんなのだ。

 

(患者さん、後ほどやさしいお薬をおねえさんが準備しておいてあげるから、まずはぐっすりとお休みなさい。こんなところだけど、ここは、あなたが年の瀬にいてもいい場所だからね。)

 

 患者さんへの点滴の要否の確認は内科医の先生におまかせすることにして、私は外来の診療室の方に小走りする。

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