関係者への精神科的面接

第4話 執事は山田さん。

 国立大学法人第二女子医科大学附属病院に、本日から入院することとなった鴨志田コウ。

 コウへの案内を病棟の看護師に任せた私は、コウの成人同行者から話を伺うことにした。コウのような10代前半の精神病棟への入院者の場合、学業への影響への配慮から、比較的短期での治療的介入が期待される。


 特に、別人格の発現という、典型的な解離性同一性障害(DID)の症状が見られるコウに対する治療的介入については、自覚症状がないという意味で統合失調症患者へのアプローチする際にも近い慎重な配慮が求められる。そのため、家族もしくはそれに近しい存在から話を聞くことは非常に重要となる。若年のDID患者の場合、90%近くの症例ケースで、家族又は近親者からの虐待ぎゃくたい等が発症の要因とされている。

 

 私は、はじめに、二人と鴨志田コウの関係について尋ねた。山田修やまだおさむと名乗った、執事風の格好をした年配の男性は、鴨志田家れぶんけの執事を40年以上勤めてきたのだという。そして、その山田の部下の一人のメイドが、横に控えるイープなのだという。イープという外国人風と言って良いかも微妙な謎の名を平然と語る山田の姿に、思わずツッコミを入れたくなる私だったが、専門医の矜持を保った顔を崩さずに、そのまま話を聞いていく。

 

 (家族性、かも。)

 言葉には出さずに私はそう考えていた。遺伝的素因の関与が比較的強く推定されている統合失調症等とは異なり、DIDについては遺伝的素因の影響は強くないとされる。しかし、両親のいずれかがDIDを発症しながらも社会生活を送っており、その子が同様なDID症状を呈しているといった症例ケースの報告は比較的多い。DIDの典型症状である多重人格が家庭内のみで現れているという成人者は、統計的には1%を超えると推定されている。家庭内でのみ通用する設定の下で育てられた子がその設定を何らかの形で引き継いだ別人格を発症させゲームにのめり込み社会生活を送れなくなる場合を「家族性のゲーム依存症」と呼ぶ。私は、学会の症例報告の場でそう報告していた。

 

 「ご紹介ありがとうございます、山田さん。それでは、コウさん主治医であるわたくし、斎藤にコウさんのご家族についてご説明いただけますでしょうか?可能であれば、40年のご経験に基づきまして、コウさんのご両親の幼少期のこともお話いただけますとありがたいです」

 コウが両親のいずれかから何らかの形で虐待ぎゃくたいを受けている場合、虐待している当人も幼少期に何らかの形で虐待を受けていることが多い。執事を雇っているような名家の場合、両親による厳格なしつけが子にとっては虐待ぎゃくたいに当たる場合もあるのだ。

 

 「承知いたしました。ただ、残念ながら、コウお嬢様のご両親の幼少期のことをわたくしは存じ上げません。お嬢様の父上は齢78歳になられております。母上は生きておられれば72歳となるのですが、66歳の時に乳がんで亡くなられております」


 私は、頭の中が一瞬(???)となった。現在、中学1年生のコウは12歳。その父が66歳で子をなすということはありえない話ではないが、母が60歳で子をなすということは医学的にはほぼありえない。いわゆる愛人関係など、複雑な家庭の事情をいうものを私は想像し始めた。


 山田は落ち着いた口調で続ける。 

 「お嬢様は、鴨志田家れぶんけの住民票の上では、養子ということになっております」

 むむっ。私は、齢60歳を超えた父上が若いメイドとの間でなした子など、いかにもなストーリーを思い浮かべた。初見では、山田の隣にしおらしく座るイープは、コウの母となるには少し若すぎるように思われるが、コウの入院に同行してきたことからすると、その線は当然考えられる。

 

 「ただし」


 山田はそこで言葉を区切った。鴨志田家れぶんけにとって大切な秘密事が語られる予感を覚えつつ、私は山田の次の言を待つ。

 「旦那様は、今のコウお嬢様が、2011年に行方不明となられたコウお嬢様の生まれ変わりであると信じております」

 

 今のコウ?生まれ変わり?ラノベやユリ系小説などに出てきそうな発言を聞いた私は、そこで一旦質問を入れた。

 「ありがとうございます、山田さん。今のコウさんが生まれ変わりであると信じているのは、山田さんの雇い主である旦那様だけなのでしょうか?」

 「いいえ、この山田も、そう信じております」

 

 少し想像の斜め上をいかれたが、コウの呈している症状の原因が家庭環境にあることは十分伺えてきた。後期高齢者となっている旦那様と、同年代であろう執事の山田さんの二人が、12歳のコウを、亡くなった娘の生まれ変わりとして信じている。少なくとも旦那様の方は、多重人格性のDIDか認知症の症状を呈していることだろう。

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