3千円オジサン

シヨゥ

第1話

 親戚の集まりで決まって3千円のお小遣いをくれる通称『3千円オジサン』がいた。

 彼は宴会が始まるや現れて3千円を配ってどこかに行ってしまう。オジサンの登場に親戚たちは顔をしかめていたのを覚えている。

 そんなオジサンを今もしっかりと覚えているのはボクぐらいだろう。なんたってちゃんとオジサンと話したのはボクぐらいなのだから。


 その年、ボクは木から落ちて足を骨折してしまった。動くのも億劫で、みんなが買い物に行くというのにも付き合わずに一人留守番をすることにしたのだ。

 すると3千円オジサンは現れたのだ。ボクが残っているとは思わなかったのだろう。いつものムスッとした顔が少し驚いたように見えた。

「なんだ。お前ひとりか」

「そうだよ。骨折しちゃって」

「せっかくの夏休みなのに運がないやつだな」

 オジサンはボクの横にあぐらをかく。

「出て行ってどれぐらいだ?」」

「1時間ぐらいかな」

「もうちょっとかかるか」

 そういうとオジサンは時計を見上げた。

「ねぇ、なんか話してよ」

 暇で暇で仕方がなかったボクはオジサンにそうねだった。

「唐突だな。まぁいい」

 オジサンは腕を組む少し考えると、

「お前、夢はあるか?」

 と切り出した。

「サッカー選手」

「じゃあそのために何かしてるか?」

「サッカークラブに通ってる。けど今はお休み中」

「そりゃあそうだよな」

 そういってボクの足を見やる。

「まぁいい。夢をかなえる方法について話してやろうと思う」

「うん」

「それは小さい目標を1個ずつ全力でクリアしていくことだ」

「小さい目標を全力で?」

「そう。お前ゲームは好きか?」

「好き」

「ロールプレイングゲームは?」

「好き」

「ロールプレイングゲームに例えるが、新しい場所に向かうときは装備を強くしたり、レベルを上げたりして確実に到着できるように準備するよな?」

「するね」

「ボスと戦うときは弱点になる魔法とか武器とアイテムがないかいろんな人に聞きまくるよな?」

「そうだね」

「そういう次に進もうとする時ってなんか全力でやってないか」

「そうだね。熱中しすぎてお母さんに怒られるぐらい全力だね」

「でもそれって魔王を倒すとかいう物語の目的ではないな」

「たしかに。でもボスを倒し続ければ魔王に届くんじゃないの?」

「そう。いずれは届くんだ」

 そういってオジサンは一呼吸置く。

「次の町へ行く、ボスを倒すっていうのは本来の目的じゃない。だけど絶対に魔王につながることなんだ。

 だからな、ゲームで魔王の前のボスに全力で当たるように、でっかい目標につながるちっさい目標を全力でやれば夢はかなうんだ」

「本当に?」

「そりゃあ100%じゃない。けど100%には近づける。ちっさいことにも全力で、出し惜しみなくやれた奴が勝つんだよ。……ただな」

 そこでオジサンは顔を曇らせる。

「人生は死んだら教会からやり直しってわけにはいかないんだよな」

 そう吐き捨てるように言った。その言葉とタイミングを同じくして外から車の音が聞こえる。

「いけねぇ。帰ってきやがった」

 オジサンは弾かれたように立ち上がった。そして、

「サッカー選手になれるといいな」

 それだけ言うと去っていった。


 あの年を最後にオジサンには会っていない。だから3千円オジサンの記憶はゆっくりと消え始めている。それでもオジサンの存在はボクの中でかなり大きい。

 彼の『ちっさいことにも全力で、出し惜しみなくやれた奴が勝つ』という言葉はボクの信条になった。それを守って生きている。こんなボクを見てオジサンはなにを言うのか。ぜひとももう一度会ってみたいものだ。

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3千円オジサン シヨゥ @Shiyoxu

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