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「好事家がいるんですよ。子供をバラしてるシーンが特に好きな、好事家が」


 黒のリムジンの車内にいた。

 荒れた画質の動画を流しながら、その男は嬉しそうに、悲しそうにそう言った。

 不安がる唯花の付き添いで、“引き取り手”と称する男のリムジンにイツキは乗った。唯花はその前を走る車に分乗している。

 不気味な男だと思った。歳の頃は三十代後半に見えるが、まるで還暦を迎える初老の様に落ち着いている。


 白い髪、白い肌、淀んだ瞳。


 “父の知人”だとも言っていた。

 その男から、引き取り手の事を話された。同時に“動画”も見せられた。

 動画には二人の人間が映っている。白衣姿のこの男と、手術台に横たわる“被害者”。

 胃液が逆流するような、横隔膜を直掴みされるような、気分の悪い時間だった。


「基本はまず、爪から剥がすんですよ」


 その説明通り、動画の中の被害者は最初、爪を剥がされていった。


「そしたら指の先から皮を剥がして熱した錐で傷口から筋繊維を引き上げて、その時の悲痛な叫びは、生きているからこそ。子供ならではですよ、大人ではああは……」


 言葉の通りに、動画は進んだ。


「やめてくれ……」


 右手で頭を押さえ、ただ絶望しながら動画を見るイツキの言葉を無視し、男は話し続ける。


「……腰部に切れ込みを入れて開いて臓器を水平切開するとね、心が少し壊れてきて、でも痛みだけは続くんです。それから膵臓を……」


 延々と続くその行為に、イツキは自分を失いそうだった。


「やめろ……!」


「やめません。だってこれは映像ですから」


 画質は悪い。時代遅れのVHS。

 動画の中の被害者は、小学生。

 昨日引き取られた、施設の――




 ――俺が、許可した――。


 黒葉潤が、解体されている。

 爪を剥がされ、皮を剥がされ、骨を削られ、肉を焼かれ――。

 腹部を裂かれ内臓をかき回されている。

 耳を劈くような悲鳴は少しずつ弱まっていき、か細く続き、やがて消えた。


 父親はずっと断っていた。この“訳あり”の子供達の――死んでも容易く存在を抹消出来る子供達の、その引き取り手が、どんな人間か知っていたから。

 真っ当な福祉施設では、抗いきれない相手。

 父親はきっと金を使って、体を張って。持てる力全てで、拒否していた。


(それを、俺が……)


 吐き気がする。

 胃液でも朝食でもない。感じた事のない何かが出てくる、吐き気。




「唯花ちゃんと言いましたか。これから彼女がこうなるのを、今度は、君にも、目の前で見てほしい」


 押さえていた頭を上げた。

 動画の中では、黒葉潤の脊髄が引き出されていた。


「望むなら今、前の車から彼女を連れてきて、ここで指の一つも切断して構いませんが」


 どうして他人に与えてしまったのかという後悔の中、自らが独占し支配していたら何も失わずに済むかもしれなかった可能性を想い、


「…………………………」


 “もう、戻って来なくてもいいよ”


 昨日、内心そう呟いた自分を唾棄し、憎悪し、侮蔑し、

 脳が灼ける感覚に精神を委ねた。


 殺そう。


 そう思った。


 イツキは十七年生きてきて、誰かを救いたいと思った記憶はない。

 人間を救う最も手っ取り早い方法は“金”であるが、見知らぬ誰かが“不幸”と見做した孤児達に金を恵む姿など、イツキの起伏に乏しい記憶の中には無い。

 翻ればイツキ自身もそうだった。五億円あれば救える事が分かっていながら、その金が用意出来ない。命が買えない。


 ――だけどもし、“殺す”事で守れる命があるのなら。


「……」


 イツキは目の前の男を睨みつけていた。男は目を逸しもせず、ただ口元に笑みを浮かべていた。


「いい眼だね。やはり話して正解だ。そんな瞳には……そうだな金に換算すれば一億の価値はある」


 動画の中、黒葉潤の惨殺体。

 その姿はイツキの脳に刻みつけられたが、呼吸は整っていた。


「悪いが……この引き取りの話、無かった事に出来ないか……」


 車内を見回した。

 凶器となりそうな物は、何も無い。


「無理だね。借金のカタだよ。今日は返済期限で、せめて一割の利子だけでも払ってもらわないとね。それは大切な約束事で、違えてはならない」


 視線を戻すと、男はいつの間にかリボルバー拳銃を持っていた。

 威しのつもりなのだろうが、ただ思惑通りに怯えるのは、癪だった。


「なら無理矢理にでも、連れて帰る」


「力ずくでは無理だと、どうして分からない? 私一人を殺したとして、この車の周りにも、到着先にも、何人もの屈強なスタッフがいる。君一人ではどうしようもない……でも」


 男は拳銃を懐に戻した。

 その動きは淀みなく、迷いもなく――まるで全てが予定通りに、想定通りに事が運んでいるような、男の搦手の中にいるような悪寒をイツキに感じさせた。


 それから男は、拳銃に変えて懐から大きな布袋を取り出し、その中から未開封のトランプセットを一つ取り出した。


「“ゲーム”なら別だ……君の、父親のように」


「……!」


 父親――その言葉にイツキは反応した。父は最後、“博打”をした筈。


「君は唯花ちゃんの付き添いだが……本当はね、最初から君も連れて行く予定だったんだよ」


「……?」


「死んだ父親の代役でね。招待するよ、常設二人零和有限ギャンブルルーム、『ペレストロイカ』に」

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