第2話 新米弁護士 樹神 かや

「京都 ホニャホニャ大学卒業、樹神かや、20歳です。よろしくお願いします!」


会社の面接で、勢いよく喋る私。


「樹神かやさんですね。お座り下さい」


そう言って面接官は、そばにあった椅子を手で指し示し、私にサインをする。それを見て私も、一礼をして椅子に腰かける。


「ではまず、なぜこの事務所に入ろうと思われたのですか?」


面接官は、ありがちなセリフを私になげかけた。


「はい。まず前提として、私は弁護士をめざしています。そのうえで、この事務所で働くのが1番いいことかと思いまして」


かなり抽象的な答え方をしたが、気にしないでおこう。


「そうですか。なんともざっくりとした理由ですね」


面接官も対応に困っている様子。申し訳ないが、理由など聞かれても正直に答えるわけにはいかない。嘘で誤魔化すしかない。


「まあ、いいでしょう。では、弁護士になって何をしたいですか?」


私は頷いた。


「弁護士は法のお仕事と同時に、依頼をしてくる人達や街の人達などに触れられるお仕事。ですから、人々とふれあいながら安全と幸せ、環境を、維持していける、そんなお仕事をしたいです」


我ながらかなりまともなことを言ったと思う。


「なるほど。ざっくりとした内容の割に、したい事はきっちり決まっているんですね。では…」












面接が終了。無事に終わった…と一応言っておこう。


「絶対落ちたよ…」


緊張でガッチガチに固まった肩を緩く落としながら、帰路に帰る。私がこの事務所を選択した理由を喋った時の面接官のあの顔…かなり惹かれていたし、なんなら苦笑いされてしまった。とても受かったなんて事を自信満々には言えない。


「仕事、どうしよう」


落ちたことを自分の中で確定させてしまった私は、カバンの中から埋もれていたスマホを取りだし、画面をスライドさせる。


開いて最初に出てくるロック画面の画像。


私と、幼なじみの如月たつみが映っている写真だ。2人してカメラにピースしている。なんて最高な笑顔なんだろうか。





「かやちゃん、撮るよ」

「え!?やめてよ。私写真嫌いだもん。たっちゃんだけ自撮りしてればいいでしょ」

私は昔からカメラ嫌いだった。たつみに一緒に撮ろうとせがまれては、よく文句を言ったものだ。


「かやちゃんケチだなあ。写真くらい良いじゃん」

そう言ってたつみは、頬を膨らます。これが本当に5歳も年上の男なのか、時々わからなくなる。


「お願い!1回だけでいいから、1回だけ!ね?本当に1回だけだから!一緒に撮ろ!」

「何その思春期みたいなお願いは」

「だってかやちゃん、撮らしてくれないじゃん」

ケチいな、と一言ボヤく彼。


パシャ!


「は!?」

「やったああ!可愛いかやちゃんげっちゅ〜!」

突然、シャッター音がして彼の方を向くと、満面の笑みで私にガッツポーズをして見せる。


「ちょっ、何撮ってんの!消してよ!」

「消さないもん!隙ありだね、かやちゃん。」

「いいから消してよ!」

スマホを奪おうとして手を伸ばすも、同時にスマホを持っていた彼の長い手は上へ向かって伸ばされてしまい、奪い損ねる。


「あ、届かないでしょ?残念〜。もうちょっと大きくなったら取れるかもね、これ」

そう言って彼は、手に持っているスマホに目をやった。


「うるっさいなあ!」

こんな時、やはり身長差というものを感じてしまい、心底自分の遺伝子を恨む。




そうして撮られたツーショットは、私にとって今までで最高の思い出だ。あの頃は「たっちゃんウザイ」なんて思ってもいたが、今となってはそれが恋しいほど。



「たっちゃん…待っててよ」


一言呟いて、私は持っていたスマホを強く握りしめた。





その翌日の事だった。


着信にセットしていた携帯のバイブレーションが突如私の部屋に鳴り響き、目を覚ました。

「こんな朝に誰…?」


寝ぼけながら机にあったスマホを手に取り、画面をスライドして耳に当てる。時計は朝8時頃を指していた。

「もしもし…」


面倒だなあと思いながらも、ベッドに横たわっていた自分の重たい体を、精一杯起こして座る。

「樹神さんのお電話でしょうか?」

「そうですけど…」

わかっててかけてきたんじゃないのかよ、と少し不安になった。


「おはようございます。朝早くにすみません。昨日の事務所のものなのですが…」

「え…」

電話の相手は、先日私が面接を受けて落ちが確定であると仮定した事務所からだった。FAXを送るから、その内容を熟読しろと言われ、それ以上に何も無く電話を切られてしまった。

朝からそれだけのためにかけてくるなんて、失礼な事務所だなと思いながら、ブーッとなったFAXに目を向けた。


さっき言われた通り届いていた。


わざわざこんな面倒なことをさせなくても、口頭でいえばいいのにと思う。全く、なんのために電話をかけてきたのだか。

どうせ書いてあるのはろくな事じゃないないんだからと、ゆっくりとベッドから出て、放置されて床に落ちてしまったFAXを手に取った。


「えっと…樹神かや様。この度は…え…どういうこと…?」


内容を見て、驚いた。書いてあることに驚きつつも、読み進める。


「この度は、合格誠におめでとうございます…。うぇえええ!?私合格!?」

そう。通知にははっきりと濃い文字で、「合格」と記載されていた。面接であんなに雑な答え方をしてしまったから、てっきり落ちたと思っていたのだが…どこをどう見込んで合格という判断に至ったのか、この事務所が不思議だ。


しかし、受かったのならさっそく働き出さなければいけない。いつからの契約だったかを忘れていたため、ベッドの隣にある書類棚をゴソゴソとあさる。


「あった…」

探し始めてから5分程度でようやく規約書を見つけ、ペラペラとめくる。記載してあった期日は、合格の1週間後。

「じゃあ来週か…来週!?」

期日にはしっかりと書かれていた。

職場で働くのは1週間後。しかし、落ちたことを覚悟していた私は、1週間後の仕事に向けて何の準備もしているわけがなく、必要な荷物や書類などもゼロな状態。


「就活生だった私のバカ…」

少し前の期日を書いた自分を恨む。しかし、泣こうが喚こうが仕事が1週間後であることには変わりはない。

準備のためにしかたなく、私服に着替えて化粧をして、外へと買い出しに行くことにした。






こうして私は無事、弁護士としての仕事を獲得する事が出来た。


「待っててね…」


ここから、私の物語が始まる。

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