【短編】幼馴染に振られたので学校で話題のお姫様のお世話係をしていたら、なぜか美少女二人の変態プレイに巻き込まれた

じゃけのそん

第1話

 孤高の白雪姫。


 うちの高校には、そんな敬称で呼ばれる一人の女子生徒が存在する。


 その名は姫路川真冬ひめじがわまふゆ


 名前にまで『姫』が入った彼女のポテンシャルは言わずもがなで、容姿端麗成績優秀、おまけに振る舞いまでもが上品という、全く非の打ち所のない完璧才女のお姫様であった。


 白雪姫という名の通りの白い肌。そして長く艶やかな黒髪が似合う黄金比率のボディラインは、異性だけではなく、同性をも虜にするほどの圧倒的魅力を秘めている。


 彼女を創り上げる全ての要素が、一般の域を超えてもはや高貴。


 まるで物語の中の王女様が、現実世界に飛び出して来たかと思うほどの人物像に、当然周りからは色物を見る目で扱われ、男女問わず彼女に性的な興味を抱く者は数多いと聞く。


 そんなどこから見ても完璧でしかない姫路川なのだが……実は校内でもただ一人、俺——成瀬侯なるせこうにだけは、普段は決して見せることのない素の一面を見せてくれる。





 ガラガラガッシャーン。





 台所でよからぬ音が鳴った。

 嫌な予感と共に急いで駆けつけてみれば。


「お気に入りのお茶碗割っちゃったぁぁ……!!」


 そこには高貴の『こ』の字も感じられない、まるで飼い主に見捨てられた子犬のような顔で、割れた茶碗を眺めている姫路川がいた。


「どうしよう……これもう直らないかな」


「まあ無理だろうな」


「うわーん」


 子供のように泣きじゃくる彼女を尻目に、俺は最近こしらえた箒とちりとりで、割れた茶碗の回収作業に取り掛かる。


「私の大事なお茶碗が……」


「もう諦めろ。それより怪我は無いか?」


「う、うん、私は大丈夫だけど」


「ならいい」


 随分と盛大に割ったようだが、ひとまずは怪我がなくてよかった。


「あとは俺が片付けするから。姫路川は部屋でテレビでも観ててくれ」


「ほんとごめんね……私ったらいつも候くんに任せっぱなしで」


「別にいいさ、このくらい」


 すんすんと鼻を鳴らしながら、姫路川は重い足取りでリビングへ。


 その酷く悲しげな後ろ姿を親のような気持ちで見送り、俺は目に付く細かい破片を一つ残らず回収していった。







 俺がなぜ『孤高の白雪姫』と一緒にいるのか。思い返せば謎ばかりだが、きっかけといえば間違いなくあの日だろう。


 あれは二ヶ月ほど前の大雨の日。


 昔から想いを寄せていた、幼馴染の葉月に告白して振られたのをきっかけに、俺は普段週一だったピザ屋のバイトを週五に増やし、免許取りたての原付で、雨の中せっせこピザを運んでいた。


 そんな時俺は出会ってしまったのだ。


「ピザお待たせいたしまし……え」


「雨の中ありがとうございま……え」


 元々顔見知り程度だった、あの『孤高の白雪姫』と。


「ひ、姫路川だよな……」


「もしかして成瀬くん……?」


 俺は今でも覚えている。

 あの時玄関から顔を出した姫路川の別人ぶりを。


 いつもはサラサラに整えられている髪はボサボサ。部屋着だと思われるシャツはヨレヨレのシワだらけな上、小学生が好んで着るような柄物。おまけに玄関から見通せる彼女の部屋は、床の白紙が見えないほどに物が散乱していた。


 学校では完璧で非の打ち所のないはずの『孤高の白雪姫』が……本当は休日に宅配でピザを頼むような(しかもL寸)タイプで、おまけに住んでいる部屋はとんでもない汚部屋だったのだ。


 当然そんな事実を知ってしまえば、俺の知的好奇心は高鳴るし、向こうは口止めしたくもなる。


「ピザを二切れ差し上げるから、この事は内緒にして欲しいのだけど」


「んー、三切れなら考えてやろう」


「わかったわ、乗りましょう」


 そんな安い取引の元、俺は学校で一切彼女のことは口外しないという条約を結び、加えて彼女の素性を知る唯一の存在として、それ以来彼女にマークされることとなったわけだ。






 でもいつしか俺たちの関係は変わった。

 いや、拗れた。


「ねぇ候くん頭撫でてー」


「今は洗濯中だ。手が離せない」


「えぇー、ちょっとだけでいいからー」


「はぁ……はいはい」


「いひひひ」


 最初こそ監視という名目で、度々姫路川に呼び出されていた俺だったが、気づいた時には彼女の家の掃除担当になり、最近では夕飯を作る他、洗濯まで任せられるハメに。


 そしてなぜか今、洗濯物を片付ける合間に呼び出され、彼氏でもないのに頭を撫でさせられていた。


「てかお前、なんでいつも俺に頼むんだよ」


「だって頭撫でられるの好きなんだもん」


「そうじゃなくて、俺はお前の彼氏でも何でもないだろ? いいのかよこんなことさせて」


「いいの! 候くんの撫で撫では気持ちいんだから」


「そりゃどうも」


 ワシワシっと髪をかき乱すと、普段の彼女からは想像もつかないような、可愛げのある砕けた笑みが漏れる。


「あ、そうだ。候くん聞いてよー」


「ん、今度はどうした」


「今日綾瀬さんをお昼に誘うとしたんだけど、また断られちゃったの」


「またかよ……」


「ひょっとして私嫌われてるのかな……」


 満足してもらえたかと思いきや、今度はそんな不安を吐いては泣きべそ顔に。学校ではほとんど顔色を変えない『孤高の白雪姫』も、俺の前だといつもこんな調子だった。


「嫌われてるってか、姫路川が完璧過ぎるだけだろ」


「完璧? 私こんなにドジで間抜けなのに?」


「ああ、あとは甘えん坊でおっちょこちょいな」


「もうっ! 候くんたら酷い!」


 ぷくぅっとフグのように顔を膨らませる姫路川。

 普段からそうやって砕けた一面を見せればいいのに。


「まあなんだ。学校の皆んなが抱くイメージはそれと違うんだよ」


「そう……だよね。うん、何となく私も自覚はしてた」


 最近親しくなったばかりの俺たちだが、実は一年の頃からクラス自体はずっと同じだった。


 だからこそ彼女の学校での立ち振る舞いはよく知っているが、あいにくと気軽に近づけるような、人懐かしい雰囲気は感じられない。


『孤高の白雪姫』


 いつしかそんな敬称で呼ばれるようになった裏には、言葉以上の複雑な事実が何層にも重なり、姫路川の望まぬ形で学校全体に定着していた。


 入学したばかりの頃から、姫路川は何かと注目を浴びていた。そりゃこれだけの美貌で、振る舞いも言葉遣いも上品なのだから、お姫様と囃し立てる周りの意思はわからなくもない。


 去年まではその完璧過ぎるなりに興味惹かれ、何かと姫路川に接触しようとする者や、恋心を抱き告白するような輩は腐るほど見られた。


 だが今年になってクラスが変わり、友人関係はほぼゼロにリセットされた上、校内の物好きたちが結束し、『白雪姫を守り隊』とかいう訳のわからない団体を結束したおかげで、物理的にも姫路川に近づき難くなってしまったのだ。


 ただ女性として高い魅力を持っていただけの彼女が、よいしょよいしょと学校のアイドルへと成り上がり、今では先輩後輩関係なく敬語を使われるくらいに、一般人離れした扱いを受けるようになった。


 そのせいで『孤高』などと呼ばれるようになったのだから、彼女の本心を知る身としては、何とも気の毒な話だと思わざるを得ない。


「思い切って一度素を出してみたらどうだ?」


「素って?」


「ほら、俺の前だとやるやつ」


 とはいえ姫路川自身にも何かしらの問題があるのは事実。


 俺の前でこそ女子高生らしい砕けた言葉遣いをしているが、学校ではどこぞのお嬢様みたいな『ですわ』口調だからな。


「無理無理。そんなのできないよ」


「して、その心は」


「だって嫌われちゃうかもだし」


 てっきり恥ずかしいとか、そういった理由かと思ったら。


 なるほど。

 確かにキャラを変えることで周りがどんな反応を示すのかは未知数だ。


 でもそれだと俺には嫌われていいということになる気がするんですが、気のせいでしょうか。


「それに……」


「ん」


 まだ何か理由があるのか。

 姫路川は頬を染めてなぜかモジモジと身体をうねらせる。







「こんな私を見せられるのは候くんだけだから」


「な、ん、だ、と」







 上目遣いで放たれたその一言。今世紀最大級の破壊力を秘めた姫路川渾身のデレに、危うく俺は胸キュンを通り越して、何かの悟りを開きそうになる。


「候くんは優しいから、私のこと嫌いになったりしないでしょ?」


「ま、まあそうだな。むしろこっちの姫路川の方が絡みやすくて助かる」


「うふふ、ならよかった」


 安心したようにニヘラと笑う姫路川。

 あのデレの後にこの無垢な笑顔は卑怯だ。


「どうしたの?」


「残りの洗濯物片付けてくる」


 このままだとうっかり好きになってしまう危険性があるので、俺はあくまで平静を装い早足で洗面所へと向かう。


 今日改めて思ったが、やはり姫路川は可愛い。


 童貞殺しのその完璧過ぎるルックスもさながら、本当は甘えん坊なところも、少し抜けていておっちょこちょいなところも。


 俺は小さい時からずっと幼馴染の葉月のことが好きだったが、長年温めてきたその気持ちが一瞬麻痺してしまうほどに、彼女との時間は決して悪いものじゃなかった。


 始まりこそ偶然だった俺たちの関係も、今では慣れ親しんだいつもの日常として俺の中に定着しつつある。そしてその日常を俺は心のどこかで求めているのだろう。


 葉月に振られた心の穴を埋めるため。

 俺は姫路川に救われていたのかもしれない。






「ん」


 洗濯機の中に普段は見ない柄の布地が一枚。

 興味本位で手に取ってみると。


「……ってブラジャーじゃねぇか!」


 うっかり声をあげた悪い口を手で塞ぐ。目の前に掲げてもう一度よーく確認して見ても……やっぱりこれは紛れもないブラジャー。


 黒いレース柄の大人っぽいデザインで、肌触りも柔らかくサイズもかなり大きい。


 普段こういった下着類は、見えないように洗濯ネットに入れる手はずなのだが、思えば今日の洗濯物の中に、それらしき物は無かったように思う。


 となるとこの中に、これと対になる“アレ”がむき出しの状態であるということになるが……それよりもこのE65というのは、一体どれほどの双丘なのだろうか。


 この色っぽい下着をいつも姫路川は……。





「候くんのエッチ」


「うひょい!」


 不意を突かれて思わず怪鳥みたいな声が漏れた。

 振り返ればそこには、頬をぷくっと膨らませた持ち主様が。


「い、いや違うんだ。今これを偶然手に取ってだな……」


「その割には随分と長い間見つめていたようですけど?」


「え、あ、いや、あの……すみませんでしたっ!」


 何も反論できず、俺は誠心誠意床にデコを擦り付けた。


「興味本位だったんです!」


「興味?」


「はい! 決して邪な考えがあったわけではありません!」


「ふーん」


 今姫路川は俺をどんな目で見ているんだろう。

 もしやあの噂に聞くゴミを見るような目なのだろうか。


「まっ、ネットに入れなかった私も悪いし、いいよ!」


「えっ⁉︎ 許していただけるんですか⁉︎」


「もちろん!」


 期待を込め顔を上げると。

 そこにはブラジャーを抱えた女神様がいた。


「候くんにはいつもお世話になってるし、これくらいはね」


「はぁぁ、よかったぁぁ。軽蔑されるかと思ったぁぁ」


「そんな、大げさだよ」


 姫路川が寛大な奴でよかった。

 これがうちの妹だったら間違いなくぶっ殺されてるからな。


「それに候くんは、私の下着に興味があるんでしょ?」


「え、興味?」


「うん」


 まあ、あると言われればあるが。

 なんでそれを今俺に聞く?


「これからはネットに入れないでおくから、好きにしてくれていいからね♡」


「好きにって……はぁっ⁉︎」


 姫路川から出た衝撃の一言に、俺の未来は薔薇色に……いや、黒のレースに拓けた。





 * * *





「それじゃ俺はぼちぼち帰るぞ」


「えっ、もう帰っちゃうの?」


「当たり前だろ。流石にこれ以上長居したら怪しまれるしな」


 洗濯物をあらかた片付け、明日の姫路川の朝ご飯の仕込みを冷蔵庫にしまったところで、そろそろ俺はお暇することにする。


「なら後で電話してもいい?」


「いいけど、俺と電話してもただ退屈なだけだぞ」


「私が候くんと電話したいからいいの!」


 いつも俺が帰ると言うと、姫路川は決まってそんなことを言う。俺は彼氏でもなければ、女子の話し相手になれるほど器用な人間じゃないのだけど。


「タイミング良さそうな時に掛けるね!」


 きっとこの子は、寂しいんだと思う。

 この歳でもう親元を離れて一人暮らしをしているから、夜寝る前とかは、ふと一人が身に染みたりするんだろうな。


「それと、また明日の朝も起こしてくれる?」


「別にいいぞ。7時だっけ?」


「うん、そう」


「了解。そんじゃ電話掛けるから寝る前に必ずマナーモード切っとけよ」


「やった! ありがと候くん」


 こうして俺は笑顔で手を振る姫路川に見送られ部屋を出た。


 今思うとなぜあんなにもあの子を甘やかしてしまうのか。自分でも驚くほど律儀な自分だが、不思議と姫路川には何かしてあげたくなってしまうのだ。


 そういう魅力が姫路川にはあるのか。

 それとも単に俺が世話好きなだけなのか。


「ま、何でもいいか」






 買い物をしていたらすっかり帰りが遅くなった。

 きっとうちの妹は、今頃お腹を空かせて凶暴化してることだろう。


 多少の億劫を覚えつつ、家の玄関を開けようとしたその時。


「候ちゃん?」


 暗がりの中から不意に声をかけられた。


「お、おう。葉月か」


「今バイトの帰り?」


「ま、まあそんなとこだ」


 そこにいたのは制服姿にスポーツバックを抱えた幼馴染の葉月だった。偶然のことに思わずドキッとするも、俺はあくまで平静を装い返事を返す。


「葉月は部活帰りか?」


「うん、そうだよ」


「そっか。それはお疲れさんだ」


 万年帰宅部な俺とは違い、葉月はバレー部に所属しているが、うちの高校は強豪なだけあって、やはり毎日帰りが遅いらしい。


 普段は俺のバイトが終わるタイミングと、葉月の部活が終わるタイミングがよく被るから、今日みたいに姫路川の家に行って帰りが遅れても、基本怪しまれたりはしない。


「よく会うな俺ら」


「そうだね。偶然って凄いや」


 とはいえ俺的にこの状況は全く望んでいなかった。


「そ、そんじゃ俺は飯作らんとだから」


 一度告白して振られている手前、やはり面と向かって話すのは少し気まずい。そんな思いから俺は逃げるように玄関の扉を開く。


「待って!」


 あいにくと葉月は逃がしてくれなかった。

 気まずいとはいえ、幼馴染を無視するわけにもいかない。


「ど、どうしたよ」


「候ちゃんさ、最近表情が明るいよね」


「えっ? 表情?」


「うん」


 何を言われるのかと思えば、俺の表情が明るいだって?


「んなことねぇと思うけど」


「そうかな。最近の候ちゃんは何だかずっと楽しそうだよ?」


 そうは言うけど、俺はついこの間、十数年温めてきた初恋が玉砕したばかりだ。当然今でもそのことは引きずっているし、むしろ気持ちはブルー寄りなのだが。


「候ちゃん私に告白してくれたじゃん?」


「あ、ああ。そうだな」


「あの日のことでまだ落ち込んでるって思ったんだけど、もしかしてもう吹っ切れちゃったのかな」


「んなまさか。俺は今でも引きずってるよ」


「そうなの?」


「当たり前だ」


 何年片思いしたと思ってる。

 振られてほんの数カ月で吹っ切れられるわけがないだろ。


「てかお前からその話するんだな」


「えっ?」


「いや、何でもない」


 何度も言うが俺は葉月に振られた。

 少し考えさせて……とかも無くほぼノータイムで。


 初恋が実らなかったのだから、俺が落ち込んでいることは十分わかるだろうに。なんでこいつは忘れたい過去をわざわざ掘り出すような真似をするんだ。



 ——もしかしてもう吹っ切れちゃったのかな。



 それにその探りを入れるような一言も。なんでちょっと残念みたいな顔するんだよ。俺が吹っ切れていようがいまいが、元はと言えばお前が俺を振ったんだろ。


「じゃあ、俺はもう家入るから」


「う、うん。おやすみ候ちゃん」


「おやすみ」


 どこからともなく無性に湧き上がってくるイライラに、危うく理性を害されそうになる。これ以上話していてもお互い得がないので、俺は気持ちを押し殺し家の中へ。


 なぜこんなにも憤りを覚えたのか、理由はよくわからない。


 でも一つ言えるとするなら、俺が葉月を好きだという想い、その重さや熱意を、あいつは軽んじていたように見えてしまった。


 確証はないし、葉月がそんな情の無い奴じゃないことはよく知ってる。でも幼馴染なら俺がどれだけお前を好きだったのか、それくらいはちゃんとわかってくれよ。


「んな簡単に忘れられるわけねぇだろ、ちくしょぉ……」





 * * *





 それ以来、葉月と家の前で出くわすことは無くなった。


 俺に気を遣ってくれてるのか。それとも葉月の方が俺ともう顔を合わせたくないのか。いずれにしろ、あの日の一言を俺は心のどこかで後悔していた。


 本当はわかってる。

 葉月に悪気はなかったってこと。


 でも心が弱い俺にとっては、過去を掘り返されることが十分過ぎる棘になってしまった。


 もしかしたらあいつは、俺が引きずっていたからこそ、あえて話題に出したのかもしれない。


 今の微妙な関係を少しでも早く元に戻そうと思ったから、落ち込む俺を元気付けようとしていたから、ああして声をかけてくれていたのかもしれない。


「もしそうなら、俺はとんだ勘違い野郎だな」


 独り言を溢しては、気分転換に教室を出る。とはいえうちの学年の廊下はいつも騒がしいので、教室にいるのとほぼ変わらないのだが。





「「「お疲れ様です真冬様!」」」


 行く宛てもなくただぼーっと歩いていると、前方からそんな活気のある声が聞こえてきた。午前折り返しのこの一番だるい時に、一体どこの誰だと思って見てみれば。


「こちらハンカチになります」


「あ、ありがとう」


「足元お気を付けください」


 どこか見覚えのある野郎が三人。そして彼らに囲われるようにして手厚い待遇を受けているのは、『孤高の白雪姫』こと姫路川だった。


「お手洗いぐらい一人でも大丈夫よ……?」


「いえ、いつ不当な輩が姫様に手を出すかわかりません。私たちはその脅威から姫様を守らなくてはいけない義務があります!」


「そ、そう……」


 姫路川とその親衛隊と見られる男たちのやりとり。

 随分と見慣れてしまったこの光景だが、よくよく考えたら不当になりうるのは、こいつらの方じゃないかと俺は思う。


 最初こそ校門での出迎えとか、帰りの見送りとか、その程度だった『白雪姫を守り隊』の活動も、規模が大きくなるにつれ、どんどんエスカレートしていき、今ではほぼ毎休み時間に親衛隊の誰かはうちのクラスに来ては、姫路川のことを見張っている。


 側から見ているだけならまだマシだが、今みたいにトイレの前で待ち伏せまでされるとなると、流石に姫路川のメンタルが心配でならない。





 ……ん。





 囲いの間からチラッと何かが視界に入った。

 だがあまりにも一瞬過ぎて俺の中に違和感だけが残る。





 ……まさかだよな。





 チラッと、又してもそれが視界に入る。

 その瞬間俺の中の違和感が確信に変わった。





「パンツ丸見えじゃねぇかっ!!」





 思わず飛び出してしまった大声。

 そのせいで廊下中の視線が俺に集まる。


 やべぇ。


 そう思って俺は反射的に背中を丸め白を切るが、一度口に出してしまったことは撤回できず、「パンツって何?」みたいな会話がそこら中から聞こえ始めた。


 見間違いかもしれない。


 一度はそう思うことにした俺だったが、何度確認しても姫路川のスカートは、まるでラーメン屋ののれんのようにめくれていた。


 どうやらトイレをした後に、何かの弾みでこうなったらしいが……だとしてもこれに気づかないのは、アホ過ぎやしないだろうか。


(親衛隊は何やってんだよ)


 奴らを含め、まだ誰もこの事実に気づいていないっぽい。


 常に姫路川を囲っておいてこれでは、何のための親衛隊なのやら。姫の貞操も満足に守れず、一体あいつらは何を守ってると言うんだ。


「あの、ちょっといいか」


「んあ、何だ貴様は」


 このままだといずれバレて大変なことになる。

 そう思った俺は、意を決して囲いの一番強そうな奴に話しかけた。


「そいつ……じゃなくて、姫路川さんに用があるんだけど」


「用だと?」


 ちょっくら彼女を借りるだけ。

 ただそれだけのつもりだったのだが。


「それはうちのリーダーにちゃんと許可を取った用なんだろうな」


「い、いや、許可とかは取ってないが」


「許可を取ってないだぁ⁉︎」


 なぜか俺は親衛隊の方々に睨まれる。


「真冬様に用があるなら正式な手続きをしてから来るんだな!」


 そして誰が決めたのか、そんなめちゃくちゃなことを。


「少し用があるだけだ。それくらいいいだろ」


「いいや、許可できない。貴様が不当に真冬様を連れ出す可能性もあるからな」


「んなことしねぇよ」


「いいや、信用できない」


 一体どこまで迷惑な奴らなのか。まるで駆け落ちファンタジーラブコメのモブキャラみたいなセリフを吐いては、頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。


「不届きものは去れ。通行の邪魔だ」


 お前らの方がよっぽど邪魔だという事実はさておき、こうなってしまって手詰まりだ。


 どうしたものかと頭を悩ませつつ、俺はチラチラと姫路川のパンツを見ていたところ。


「あの、ちょっといいかしら」


「真冬様。どうされたのですか」


「成瀬くん……ですわよね。私に用があるとおっしゃいましたが」


 久方ぶりの名字呼び。そして二人の時じゃ考えられない姫様口調。更にはパンツ丸出しのこの状況から、俺は一瞬姫路川との会話の仕方を見失いかけた。


「あ、ああ。ちょっと次の授業のことでな」


「でしたら私、ちょっと行ってまいりますわ」


「しかし……!」


「いいの。さ、行きましょう成瀬くん」


「お、おう」


 たじろぐ野郎たちをかき分けて、俺の誘いに乗ってくれた姫路川。その堂々たる姿ときたら、もはやどこぞの国の王女様そのものだが……あいにくとパンツは丸出しだった。


「で、どこに行けばいいのかしら」


「と、とりあえず突き当たりの空き教室に」


「わかったわ」


 可憐に、そしてお淑やかに、何食わぬ澄まし顔で足を進める白雪姫のお尻を、俺は己の全身を使ってできる限りのカバーをする。


 右に刺客。左に刺客。その度に身体の向きを変え、黒のレースに包まれた姫路川のプリティなお尻をチラ見しながら、目的の空き教室へと一歩一歩近づいて行った。


 これぞまさに親衛。

 あの口だけの野郎供にこの勇姿をぜひ見せてやりたい。





 * * *





 教室で二人になった瞬間、姫路川の態度が一変する。


「こ、候くん。どうしたのいきなり」


「え、えーっと……」


「授業の用って、次現代文だよね? 特別用意するものは無いと思うけど」


 先ほどまでガッチリと固められていた凛々しい表情は緩みに緩み、心なしか声のトーンはいつも以上に高い。


「もしかして何か他の用事?」


「それはだな……」


 おまけにパンツまで丸出しなもんだから、その圧倒的破壊力に目のやり場はどこにもなかった。


 先ほどまではチラ見する余裕があった俺だが、いざ面と向かうとどう指摘すればいいのやら。


「候くん何で目逸らしてるの?」


 ギクッ……。


「顔、真っ赤だよ?」


 徐々に詰め寄って来る姫路川に、俺は思わず後ずさる。


「もう、何で逃げるの?」


「いや、あの、その……」


 恥じらいのないその態度からして、おそらくこの子に現状を自覚させるのは不可能だ。となると俺に残された選択肢は……。




 ……強行突破しかない。




 姫路川の隙をついて、『大将、やってる?』状態のスカートを何とか元の状態に戻す。その為にはまず、適当な会話をしてこの子の気を逸らしたいところだが。


「そ、そういえば。俺ら学校で話すのとか珍しいよな」


「確かに! 候くんから話しかけてくれるの凄い意外!」


「ま、まあ。今回はたまたまな」


 バレないように右手を後ろに……。


「もしかして私と話したくなっちゃった? なーんちゃって!」


「あはは……あんまりからかうなよ」


「えへへ」


 もう少し……もう少しだ……。


「でも候くんに話しかけられて私嬉しかったよ!」


「そ、そうか?」


「うん!」


 よし掴んだ……あとはこれを慎重に……。


「だって私、候くんのこと——」




 ウエスト部分に巻き込まれている裾。緊張と不安からプルプルと震えるこの右腕で、一気に引っ張り出そうとしたその瞬間。







「きゃぁっ!」







 ゲームオーバーを知らせる黄色い悲鳴があがった。


「ちょっと候くん! 今何してたの⁉︎」


「いや、これは……」


 終わった。

 あれほど朗らかだった姫路川の表情が不審の色に染まる。


「もしかして……私のお尻触ろうとしてた?」


「え、えっと……その……」


 俺に向けられるその細い視線が痛い。

 言い訳しようかと思ったが、そう解釈されたのならお手上げだった。


「もう、候くんたら……」


 そして最後には失墜したように俯く姫路川。幸いスカートは元通りになったようだが、その功績以上に俺は何か大きなものを失ってしまったらしい。


(これは間違いなく嫌われたな……)


 黙り込んでしまった姫路川を前に、俺は一人絶望の味を噛み締める。


 次に彼女から飛び出す一言があまりにも恐ろし過ぎて……いっそのこと今ここで殺してほしいくらいだった。









「……いいよ」


「えっ」


「候くんが触りたいならいいよ」


 しばらくの沈黙を経て、姫路川はポツリと呟く。


「お前今なんて?」


「候くん私のお尻触りたいんだよね?」


「え、いや、その……」


「いいよ、触っても」


「触っていいって……はぁっ⁉︎」


 想定していた斜め上……いや、斜め上の更に斜め上を行くその反応に、俺の脳内は困惑の色に支配される。


「おまっ……冗談だろ?」


「ううん、冗談じゃないよ」


「いや待て待て。そもそも俺はスカートをだな……」


 俺があたふたしているその合間に。


「ほら、好きにしていいんだよ?」


 一度は閉店したはずのアレが、姫路川本人の手で営業再開してしまった。恥じらいながらも、しっかりと上げられたスカートの裏から、またしても黒のレースが顔を出す。



 ゴクリ。



 改めて見ると何とも見事な光景だった。


 おそらくこのパンTは、この間俺が手にしたブラジャーの片割れ。物だけでも十分色っぽく見えるが、いざこうして生で履いている姿を目にすると、こう……。


「さ、触らないの?」


 完成されたハリのあるお尻に、少し食い込み気味な黒のレース。そして追い討ちをかけるような姫路川の甘い誘惑に、俺の右手は吸い込まれるように動き出した。


 まるで意識を洗脳されてしまったかのように、ゆっくりと距離を縮めていくその最中、視界の隅に映った姫路川の表情は、徐々に徐々に濃い茜色に染まっていった。


「候くん来てっ……!」


 このまま手を伸ばし続けたのなら、俺はこの素晴らしき桃尻を、今度は直接肌で堪能することができる。


 このまま手を伸ばし続けたのなら、俺は失恋のことなど忘れてしまうくらい、衝撃的で快楽に満ちた極上の体験をすることができる。


 このまま手を伸ばし続けたのなら——!







「候ちゃん、一体何をしてるの」


「わっほーいっ!!」







 釘付けになっていた俺の意識が、一気に現実に引き戻される。あまりにも唐突なその呼びかけに、思わず肩が飛んで行きそうなほど凄まじい衝撃を覚えた。


「なんで姫路川さんと一緒なの」


 聞き覚えしかないその声に嫌な予感を覚えながらも、俺はゆっくりと姫路川へと伸びた手を引き、恐る恐る後ろを振り返る。



 これは夢だ……夢であってくれ。



 そんな切実な願いに相反し、振り返ったその先に立っていたのは……。


「葉月……お前どうしてここに……?」


「どうしても何も。候ちゃん今お尻触ろうとしてたよね」


 困惑……いや、失望に近い雰囲気を纏い、ただ呆然と立ち尽くしていたのは、俺の幼馴染、もといつい最近告白して振られたばかりの葉月だった。


 あまりにも絶望的すぎるこの状況を前に、俺は焦りを通り越して無の境地に突入する。今の今まであったはずの余計な思考が消え失せ、呼吸の仕方すらも危うくなった。


「姫路川さんお尻出してるじゃん。なんで?」


「え、あ、その、これは……」


「つまりは触ろうとしてたってことだよね?」


「いや……えっと……」


「そんなに姫路川さんのお尻が好きだったの?」


「そ、そんなこと……」


「そりゃ好きだよね? だって候ちゃん今興奮してるもんね?」


「……っっ!」


 葉月の言葉攻めに、忘れていた羞恥心が一気に全身を駆け巡る。


「どうしたの、そんなに顔真っ赤にしちゃって」


「これは……」


「女の子のお尻を触るくらいでそんなに恥ずかしいんだ」


「ち、違う……!」


「違くないでしょ? だって候ちゃん童貞さんだもんね」


「おまっ……! 今それは関係ないだろ……!」


「うふふ、焦っちゃってもう♡」


 最初こそ失望されているかと思われたこの状況だが、俺が恥じらえば恥じらうほど、なぜか葉月の表情がどんどん危ない方向に緩んでいく。


「ほんとは触りたいんでしょ?」


「俺は別に……」


「だったら、姫路川さんにちゃんとお願いしないと」


「だから俺は」


「ほら、早く」


 やがて俺は困惑したまま、葉月に促され仕方なく姫路川に頭を下げた。「あなたのお尻を触らせてください」と、そんな恥ずかしいセリフを唱えさせられながら。


 こんな訳のわからない状況なら、当然姫路川も嫌だと断るだろう……なんて、俺はあくまで茶番程度に、今の状況を捉えていたのだが。


「候くんが触りたいならいいよ♡」


 返って来たのはまさかのOKコール。

 てっきり嫌がっている側だと思っていた姫路川は、ノリノリでスカートを捲り上げ、うっとりした表情で俺が触れるのを今か今かと待ちわびていた。


 これではまるで変態みたいだが……。


「ハァハァ♡」


「お、おい葉月。どうしたそんな息切らして」


「ほら候ちゃん♡ 早く触って恥ずかしがっている姿を私に見せて♡」


 どうやら葉月までも、もう手遅れのところまで来ているようだった。「ハァハァ」と色香のある吐息を漏らしては、恥じらう俺に舐めるような視線を向けてくる。


「お前ら……一体絶対どうしちまったんだ……」


「はぁん恥ずかしい♡ ねぇ候くん、早く触って♡」


「いいよ候ちゃん♡ もっともっと恥ずかしがって♡」


「何なんだよこれ……」







 誰もが憧れるほどの美貌を持つ姫路川と、俺がずっと片思いしていた幼馴染の葉月は、そのイメージを軽々と壊してしまうほど、だらしなく緩んだ変態面をしていた。


 結局その後、場の空気に耐えられず逃げ出した俺だったが……どうやらあの二人はそれぞれ違う特殊な性癖を持っているらしく、学校でも、それ以外でも、度々呼び出されては、よからぬことを強要され続けたのだった。




「候くん♡ もっと私を辱めて♡」


 姫路川は恥ずかしさや、俺に触れられることで興奮を覚える癖を。


「候ちゃん♡ もっと顔を赤くしてもいいんだよ♡」


 葉月は恥じらう俺を見て、視感で興奮を覚える癖を。




 各々が個性的な癖を全開に晒しだす中、ただ一人ノーマルな俺だけは、先行する二人について行けず、一生複雑な感情を抱いていた。


 初めこそ好きだった幼馴染に振られ、偶然に従い白雪姫のお世話係をしていただけのはずが、どうしてこんなことになってしまったのか。


 Mに目覚めた姫路川と、視感が趣味の葉月。そんな二人に挟まれた俺の危ない日常は、しばらくの間熱を引くことはなかった。

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【短編】幼馴染に振られたので学校で話題のお姫様のお世話係をしていたら、なぜか美少女二人の変態プレイに巻き込まれた じゃけのそん @jackson0827

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